◇牧師室より◇

 S兄が75歳の生涯を終えて、天に帰られた。S兄は1993年、大阪の島之内教会から私たちの教会に転入会された。若い時、信仰を得、YMCAとも関わりを持たれた。上京して教会から遠のいたようだが、YMCAとは深い関係を持ち続けられた。YMCAで活躍していたY兄の紹介で私たちの教会に復帰された。目の手術を受けた時、病床を訪ねた。展望の良いレストランがあるとコーヒーをご馳走してくださった。その時、新たに聖書の勉強ができることが嬉しいと教会生活をすることを喜ばれた。大変ダンディーな紳士で、諸集会ではウイットに富んだスピーチで笑わせてくださった。

 礼拝を熱心に守られたが、パーキンソン病と多発性脳梗塞に冒され、体が不自由になり、晩年は病気との闘いが長かった。

 関西大学を卒業後、歯磨きで名を知られたライオン株式会社に入社し、営業の仕事をされた。日本だけでなく、アジアにも進出し、精力的に励まれた。一方、スポーツ、旅行、手品、音楽と多趣味を楽しまれた。YMCA関係で1959年(昭和34年)に船でアメリカに行かれた。この時代の渡米は稀なことで、新しい未知なことへの興味と意欲を持っておられたS兄らしい。

 病気の進む中、奥さんの腕を強く掴み、激しく揺すりながら、体の自由にならない辛さ、苦しさを訴えられた。私はご家族で支えることは困難ではないでしょうかと申し上げた。奥さんが「老人ホームに入る?」と聞いたら、「君に迷惑をかけるから」と入居を受け入れられた。誰も避けられない現実である。有料老人ホームに入られ、その後、特養老人ホーム・上郷苑に入居された。上郷苑に入ってから平安な顔になられた。しかし、言葉を交し合えないことは、本人はもとより訪ねる側も苦しい。プロテスタント教会にも、言葉を越えた神の恵みを伝達できる定式化した手段が欲しいと思う。