◇牧師室より◇

教会バザーの古本コーナーで「住井すゑ わが生涯 生きて愛して闘って」を買った。氏は未完の長編小説「橋のない川」を書いた、桁外れの人である。娘の増田れい子氏が92歳の母親の生涯を聞き取る対談風に編集されている。

住井氏が小学3年生の時、校長が朝礼で大逆事件の幸徳秋水について話した。幸徳は反天皇、反戦を唱える不忠の臣、国賊であると語り、ひと息ついて「この幸徳という男は、日本中のカネ持ちからカネを奪いとって貧乏人に分けようなどという、とんでもないことを考えたり、言ったりしている悪いやつだ」と続けた。小学3年生の幼い彼女は校長の言うことは間違っている、幸徳というひとの言うことはいいことだと思ったと幾度も繰り返して語っている。豊かな家庭で育った氏は、家族や使用人の間の歴然とした差別を目の当たりにしていたので幸徳の言い分の正しさを感じたらしい。

現在日本は、人が口を開けば「景気回復、経済再建」と言っている。そして、それは内需拡大によって達成されると、財政投資や規制緩和や構造改革を図るべきだと議論している。失業率が5パーセント近くあり、仕事につけない人々の深刻さを思う。理解できることもあるが、内需の拡大は要するに消費を煽ることである。

地球の温暖化を抑えるために二酸化炭素の排出を規制しようと「京都会議」が持たれた。世界の40パーセントもの二酸化炭素を出しているアメリカは京都会議の「議定書」を無視する、その理由は経済活動が減速するからだという。消費を煽って経済を活性化させれば、その分だけ地球の寿命が縮むのではないか。

共産主義は硬直化した官僚主義によって立ち行かなくなった。勝者になったかのように、資本主義は時代を謳歌している。確かに健全な自由競争は生活者に利益をもたらす。しかし、競争についていけない国家間の格差は益々広がり、そこおける荒廃は凄まじい。今や、競争原理だけの資本主義も行き詰まっている。南の島の人々は慎ましい生活をしているのに、温暖化によって国が水没する恐怖に晒されている。株の売買などしたことがないのに、株価経済によって生活が翻弄される。この矛盾に誰が責任を負うのか。

住井氏は子供の真っ直ぐな感性で、幸徳秋水の「カネ持ちのカネを奪って貧乏人に分けよう」と言った言葉に真実を聞いた。経済優先の大合唱だけでなく、分ち合うシステムを作ることが大切ではないかと思う。