気がついたら辺り一面草が生え放題だった。
風が強い。
葉が揺れて、ざわざわと鳴っている。濃緑と淡緑の波。曇り空。
此処は何処だろう。
何で居るのだろう。
後ろを振り返り、前を見透かして、風に追われるように一歩踏み出す。歩き出せば止まらない。何処までも終わらない草の海を掻き分けて進む。
巻き上げられる葉。
「何処に行くの?」
緑の葉の吹雪が収まると、前方に女が居た。
俺を見て、微笑う。煽られる髪を片手で抑える。
チャリ、と金属音。
女の手首には鉄色をした環が、環には同じ色の細い鎖が連なっていた。
「招待に応じてくれてありがとう」
俺は眉を顰める。
覚えがない。
病院のベッドに横たわり、何本ものチューブで辛うじて生き長らえて、誰かの招待を受ける余裕などない。
俺は今、死の際にある。そしてかなり近い未来、死に至る。
見知らぬ女は俺の手元を示す。
いつのまにか白い紙片を握っていた。
そして、俺の手首にも鉄の環があり、鎖がぶら下がっていた。
「ねえ。知ってる?」
見知らぬ女はそう言って、自らを縛めている鎖を握り、引く。
俺の片手が前へ引かれた。
立ち竦む。
繋がる先は、俺か。
「いいえ。逆よ。貴方の次に繋がるのが私。間違えないで」
意味が解らない。
そもそも次だのがあるのか。
「ええ。順不同ではないの」
鎖は頼りない程に華奢な作りで、重さは殆ど感じない。
それなのに縛められていると、解くにはまだ早いと、心の奥底で俺ではない俺が叫んでいる。
「知らなければ、知らないままなら黙って順番を待っていられたのに。でも知ってしまったの。貴方が死んだら、次は私なんだって。試しに呼んだら、貴方は応えてくれた。だから」
女は思い切り鎖を手前に引っ張る。
「お願い――」
その場から動けない俺の手首から、ぶつん、と金属音らしからぬ音が響く。
鎖の細い環が、弾け飛ぶ。
何かが、途切れた。
ざあ、と葉が鳴る。
片腕で顔を庇い、目を開けていられなくて、俺は目を閉じた。
多分、二度と開かれない。
葉擦れが遠のく――
「――お願い、早く死んでね。だって貴方が死んでくれないと、」
掠れゆく意識の向こうで、彼女は喋っていた。
「私は生まれて来られないんだもの」