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宙吊り時計台





 我が街の名物と言えば、まずは金剛石。街は随一の産出量を誇っています。細工も逸品、お値段はピンキリ。お望みのお品が見つかれば幸いです。それから特産品の空玉菜、この空玉菜で肉を巻いて煮た玉菜煮、体が温まりますよ。宿屋や屋台でお召し上がりになれます。あちらをご覧下さい、街の中央です。何と言っても外せませんのは、街の象徴、宙吊り時計台であります――

 観光案内人の口上は続き、いい加減飽きた。
 ちょっと見れば金剛石の工芸が盛んだと解る。店先に細工物が売られ、鉱山直送や工房直卸なんて張り紙もある。と言うか、この街は金剛石の採掘の為に造られたのだ。
 その街の中央にある時計台は、しっかり地面に建っている。それが何で宙吊りか。
 答えは簡単。
 他の街から見れば一目瞭然――この街は、空から吊るされている。最初に吊るされたのは時計台で、それから街が造られた。
 何処、吊るされているのか?
 そんなの俺が知るもんか。
 そして案内人は一つ言い忘れている。
 この街は採掘の街であると同時に、罪人を収容する監獄でもあるのだ。

 空には様々な鉱脈がある。希少価値の高い鉱物ほど隙間深くにあり、金剛石も最奥へ行くほど良質と言われる。この街で採れる金剛石は比較的浅瀬で採れるのに上質らしい。
 つっても買い付けに来たんじゃないんでどうでも良い。
 採掘する隙間は陽射しは届かず、換気扇を回しても空気の循環は悪いし蒸し暑い。労働のなり手は少なく、だから安い賃金で雇える囚人を連れて来たらしい。外に通じる門は唯一つしかなく、出るには船が要る――空を飛べるのなら話は別だが――絶好の収容地でもあった。

 街に入った俺は、屋台路を歩く。空腹だからではなく仕事。調査に来たのだ。――採掘人が行方不明だという。
 屋台路は混雑していた。つい先刻観光客が着いたばかりだし、採掘の交代時間にも当たったらしい。そう、この街の特色をもう一つ、観光客も採掘人たる囚人もごちゃ混ぜに街を歩く。
 採掘人達が首に付けている識別票は取り外し不可能で、遠隔操作で電流が流れる仕組みになっているらしい。だからって大丈夫なのだろうか。野放しと変わらない気がする。
 治安的に問題無いのが疑問だ。
 まぁ観光客も、そんな場所に来てまで直で金剛石を買いたいって奴等ばかりだ。位置情報の発信機の携帯を義務付けられていたって、多少豪気でなければ出歩けないだろう。見るからに軟弱そうな素封家連中は屈強な護衛を幾人も従えて、そもそも混雑した場所へは来ない。
 適当に目に付いた屋台を覗く。乱雑に並べられた卓には、船着場からやや離れている為か、採掘人が圧倒的に多い。
 料理を買い、席を探す振りをして店内を見回す。決めた。
「今日和」
 声をかけると、男達が顔を上げた。中央に隻眼の男。右目の上を縦に走る傷痕。この男が今現在この場の主だ。
「こちらに座っても構いませんか」
 周囲に座っていた男達が無遠慮に眺めてくる。
「…ああ、どうぞ。兄ちゃん、観光か?」
 頷いておく。
「物好きなこったな」
「何が好きかに因りますね。単に高い場所が好きかも知れませんよ」
「そりゃそうだな。んじゃ兄ちゃんは何がお好きで?」
「強いて言うなら、皆さんとのお喋りですね」
「俺らと喋ったって、一文の得にもなんねぇぜ」
 笑われる。嗤われたのかも。
「そんな事ないですよ。ひと時でも楽しめれば良いと思います」
「何か面白ぇ話でもあんのかよ?」
「そうですね…。この街の居心地はどうですか?」
「取り敢えず寝床と食うには困らねぇな」
「不満は無い?」
「そらァ挙げてったらキリがねぇよ」
「不安は? 刑期明けまで働けるかとか」
 隻眼の男は今度こそニヤリと嗤う。
「年季明けて出られる奴ァ此処にゃ来ねぇよ」
「え。でも」
 一拍置く。
「出て行く人がいる、と聞いた事がありますよ」
「…あぁ? あー偶に見なくなる奴ァいるなァ。出たんだろ」
「誰か、街を出るところを見た人はいますか?」
「出るのは観光客だけだよ。俺らは一生出ねぇ」
 それじゃ矛盾してるだろ。
「では、出たんだろ、とは?」
「そりゃァお前ェ」
 隻眼の男は、いったん言葉を切る。思わせぶりにではなく、何故そんな事も解らないのかと少し呆れた様子で。
「ここからだよ」

 腑に落ちない答えを貰って、俺は正直途方に暮れた。買った料理は手をつけずに置いてきた。玉菜は嫌いだ。来た道を戻る。
 振り返ると、聳え立つ時計台。その尖塔は細く長く伸びて空に吸い込まれている。ヒビ一つ無い綺麗な空。採掘場は反対側の、少し薄灰紫色の靄がかかっている付近。
 …もう少し聞き込みを。
 そう思った次の瞬間、両脇を固められた。
「捕獲致しました」
 片側の警備員が無線で誰かと話す。
 無線――。
 採掘人達に取り付けられた認識票。観光客の発信機。どうやって電流を流す時を知るのか。成る程、街中での会話は筒抜けな訳か。下調べが甘かったな。くそ。

 連行されたのは入国管理局の一室だった。出迎えたのは観光案内人。
「…何を調べてらっしゃるのか存じませんが、ヘタに首を突っ込まない方が身の為ですよ」
「何の事だ」
「まぁ宜しいでしょう。次の船がまもなく出航します。お急ぎ下さい」
「じゃあアンタに訊こう。採掘人が居なくなるのは何故だ?」
 背後の窓から入る逆光の中で、案内人は悠然と立つ。丸眼鏡の奥は解らない。
「貴方には関係のない事です」
「死刑囚ではない囚人が居なくなるのは大事だろ?」
「――どちらからそれを?」
「仕事でね」
「困ったお客さんだ」
 口で言うほど案内人は困っちゃいない。
「この街の盛況振りを見るかぎり、俺あたりに知れたところで特に支障はないだろう? それに採掘人達には周知の事実らしいしな。バレて暴動が起こったりもなさそうだ。知らないのは暢気な一般人だけだ」
「…本当に、困ったお客さんだ」
 案内人は、わざとらしく吐息を吐く。そして口を開いた。

「空に飲まれているのですよ」
「――何だって?」
「きっかけは知る由もありませんが、確かに誰かが空に飲まれた。狭間で異物となり、変化した。そして鉱脈と同化した――」
「同化?」
「そのおかげか、質の良い金剛石が産出されているのも事実」
「興味ないね」
 素っ気無く言い放つと、案内人は少し哀しそうな顔をした。
「至上の原石には惹かれませんか」
「ない。危険ではないのか」
「とは言い切れませんね。今なお空は飲み続けています。鉱脈は、途切れることなく、際限なく、供給されます」
「そして街も存続する」
「そうです。人手にも困りません」
 地上から定期的に運ばれる囚人達。
「何故、囚人が採掘人に選ばれるのか、居なくなっても支障ない人材だからです。下で持て余していたのでしょう? それを我々が引き取った。感謝されこそすれ、恨まれる覚えはありません」
「彼らも『人』では?」
「人道に悖る行為を彼らは犯したのではありませんか? 故にそれ相応の報いを受けるべき身では? はっきり申し上げれば起きているのは事故です。防ぎようのない、ね。それに、後に採掘され、何方かを飾る一役を担う。素晴らしい事ではありませんか?」
 俺は言葉を失う。
 事故で済まされるのか。そんな犠牲の上に成り立っていて良いのか。
「良いのですよ」
 案内人は心を見透かしたように言う。
「良いから、各国から囚人が送られてくるのです。こちらの性質を知って、断った国は今までにありません。街の収容所には限界がありますから、逆に囚人の搬送をお待ち戴いている状況です」
 景気が良いのか不景気なのか。
「早めに帰られませ。街中で飲まれた話は存じませんが、万が一も有り得ましょう。…あぁそれから、当局に訴えても無駄です」
 都合の良い監獄が、金の生み出される地が、無くなりますからね――
 自ら手を下さずとも、放っておけばそのうち空が喰らってくれる。死体の処理も要らない。採掘で利益を得ているのは、囚人をこの地へ送る各国。途切れなく囚人は運ばれる。

 手紙の一つなりと、消息を知りたい。
 例え世間では極悪人と呼ばれようと、子供であるのは間違いなく、あの老婦人のささやかな願いは、どうやら叶えられそうにない。
 溜め息を吐いて、退散を決めた。俺如きが足掻いても何も変わらない。
 あぁ、そうだ。
「一つ、個人的に良いか?」
「何でしょう?」
「あの時計台。どうして宙吊りなんだ?」
「…遥か昔に喰らわれかけ、この世界に残ったものです。贄が止まれば、また喰らわれようとするでしょう。ですから――お解りでしょう?」









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