『雪灯籠』
誰もいない、プラットホームと木製の長椅子があるだけの無人駅に降りた私は、しばらくたたずんでいました。辺りがあまりにも静かだったからです。
駅を出てしまっても良かったのですが、都会の喧騒に慣れた私にとって無人駅はひどく新鮮でした。ひっきりなしに続く列車の音も構内放送も聞こえない、何処かで鳥が鳴いているきりです。
体いっぱいに静寂を満喫して、私は傍らに置いたボストンバックを持ちました。
プラットホームから続いた階段を降りるとすぐに道路でした。
誰かに道を尋ねようと周囲を見回した私の視界に、ひとつの小さな固まりが入りました。何をしているのか、薮の中を覗いています。
近づく私の気配に気づいたらしく、固まりはこちらを振り返りました。まだ十歳くらいの小さな男の子です。
「こんにちわ。何をしているの?」
「烏瓜の実を探しているんだ」
「烏瓜?」
思わず聞き返してしまいました。
今はもう冬です。烏瓜の実が生る季節には遅すぎました。ですが少年の顔は真剣そのものです。
「どうして探しているの?」
「だって雪が降るからだよ」
私が首を傾げていると、少年は、私の荷物で土地の者ではないと悟ったようです。にっこり笑って教えてくれました。
「雪の降る夜に、中身をくりぬいて乾かしておいた烏瓜に火を入れて門に掛けるんだ。光が透けて取っても綺麗だよ」
「どうして掛けるの?」
「雪んこが迷ってしまわないようにだよ。目印さ」
可愛らしいお話に、つい笑ってしまいました。
それをどう取ったのか、少年は唇を尖らせて不満そうに私を見ます。慌てて謝りました。
「ごめんなさい。ばかにしたのではないの。烏瓜の目印を作ったりとかが楽しそうだと思ったのよ。雪はまだ降らないの?」
「うん。僕、もう三日も待ってるんだよ。作っておいた烏瓜も無くなっちゃったし。探さなきゃ。烏瓜のランプは一日経っちゃったら使えないんだもの」
「ふうん」
空はすっきりと晴れています。山の方にも雲はありません。舗装されていない、土が剥き出しの農道は乾いていました。
山の天気は変わりやすいと聞きます。今はこうして晴れていますが夕方には曇ってしまうかもしれません。少年の待つ雪が、今夜にも降るかもしれないのです。
「烏瓜、探すの手伝ってもかまわない?」
「それは嬉しいけど……でも薮の中だし、大変だよ。お姉さんの格好じゃ入れないよ」
「あら、そうねぇ……」
確かにロングコートにブーツでは難しそうでした。
でも烏瓜のランプを見てみたかったのです。残念だわ、と呟いた私を気の毒に思ったのか、ちょっと思案げに少年は言いました。
「それじゃ、ここで待っててくれる? 多分この先にあると思うんだけど、急いで探して取ってくるから。いい?」
少年はあっという間に駆け出していきました。すぐに木々の陰に隠れて見えなくなってしまいます。
でも、いくら待っても少年は戻ってきませんでした。
「――あれ?」
振り向くとあの人がいました。驚いた顔をして駆け寄ってきます。私は悪戯が見つかった子供のように首を竦めて笑いました。
「痺れを切らして迎えにきちゃったのよ。――あら?」
彼の手に蔓が巻き付いていました。彼は少し恥ずかしそうに笑って、赤い実をちょっと掲げます。
「これで灯籠を作るんだよ。雪の降る夜に門柱に掛けるんだ。子供の頃よく作ってたのを、何故か今朝、急に思い出して先刻まで探してたんだ。ここら辺の風習で、えっと、知らないよね?」
「いいえ、知ってるわ」
笑っている私を、彼は瞬きして不思議そうに見ていました。
今夜はきっと雪でしょう。
(00/12/04)
HOME/
紙屑TOP