『Snow spot』




 そりゃあ、あたしが悪かったと思う。反省してる。ちゃんと御免なさいも言った。なのにさ、納戸に閉じ込めることはないんじゃないかって思うわけよ。幼稚園児とかじゃないんだからさ。
 事の発端は……何だっけ? あ、そうそ、全国模試の申し込み代金。お母さんから貰ったんだけど、お釣りがあったのね。300円とかそのくらい。ちょっと返しそびれちゃってて、そしたら今日、新しくアイスクリーム屋さんが出来てたの! これはもー行かなきゃじゃない?
 で、制服のポケットに入れっぱなしだったお釣りでアイス買っちゃったんだな。
 そしたらお母さんの怒ること怒ること。まぁ、あたし一人だけアイス食べたってことが怒りの半分なんだよねぇ。コーンじゃなくカップにして半分こすりゃ良かったな。
 納戸は、納戸って言うくらいあって、いろんなのが置いてある。古い箪笥とか棚とか。何が入ってるんだか解らないダンボールの山、戴き物の箱(お中元? お歳暮?)、壊れたテレビ(捨てようよ)、これは使わなくなったミシンかな……そんなもんで埋め尽くされてる。すごい埃っぽい。窓あっても換気してないなコリャ。
 窓を開けようとすると――何処からか、あれ? か、風ぇ?
 ど、何処から? 何で風が吹いてんの? ドアは閉まってるし……。
 見回したら、どうやら衝立てみたくして置いてある箪笥の向こうかららしい。
 回り込んで見てみたら。
 床に穴が開いていた。ぽつんと。直径は一センチか、そこら。
 そこから何かがぽこぽこ連続して吹き上がってくるのだ。白くて丸くてちっちゃいの。幾つも。何だか白っぽい、寒ぅい空気も一緒に出てて――うわぁ、何コレ、雪ぃ? ってゆーか、いったい何の現象よ?
 四つん這いになって顔を近づけてみる。……冷え冷えー……。
 ぽこぽこ出続ける雪。薬缶の口から湯気が出てるのに似てる。あれの雪バージョンてとこかな。勢いはそんなにないんだけど。……ぷぷぷ。鼻に掛かったー。払って、なおも眺める。
 いつまで出てくるんだろう。何で納戸の床に穴が空いてて、そこから雪が出てくんの? どうやって雪が出てきてんの? 穴の向こうって――ここって、二階だよ?! 縁の下とかないよ? 床下(つーか天井裏?)で雪作ってるの? そんなスキー場みたいな降雪機が挟まってるの?!
 自問してるうちに、どんどんどんどん雪は吹き出てきた。吹き出す勢いに乗って、雪は穴から少し離れた辺りにこんもり積もっていく。みるみる山はでかくなっていった。
 わ。わ。わ。出過ぎ! ちょっとサービス良すぎだよお!
 怖々指を突っ込んで崩してみると立派に雪の感触。冷たーい。粉雪って言うのかな、さらさらしてる。うーわマジ。本物ぉ。
 って感心してる場合じゃないよー。だってどうすれば良いのコレー。解けちゃったりしたら……。
 あそーか穴! 塞いじゃえばいいんじゃない? かき氷作るのに便利そうだけど。コルク栓だったらぴったり嵌まるんじゃないかな。問題はコルクを何処から調達するかだな。えっと、戴き物にワインないかなワイン。いや駄目じゃん? オープナーがないよ。
 応急処置で、紙とかでも少しは持つかなぁ。手身近にあった何かの箱の包装紙を破く。クルクル長細く丸めて、捻じって、ふむ、これくらいかな?
 即席栓を穴に近づける――
「ヤメテ――っ!」
 床に突いていた左手にいきなり痛み。えっ、えっ、何っ?! 何コレっ! 四頭身くらいのちんまいのが何人も。わらわらわら湧いて出た。って何処からよ?! あたしの手とか腕とか(手が届く範囲で)突っついてるよー!! げげ幻覚?! にしては痛みあるし。てことは本物?! 本物の小人さん?!
 赤い三角帽子。翠色の、白目の無い瞳。色白の肌。緑色のジャケットは膝丈で、濃いベージュのベルトで締めている。焦げ茶色のショートブーツ。帽子から覗く髪は明るい金色。パニックに陥りつつも、一瞬のうちにこれだけ見て取った。
「ヤメテ」
「ヤメテ」
「ヤメテ」
「オ願イ!!」
 お願いって……栓しちゃうのをかなぁ。これ? って紙を振って見せると、全員が一斉に頷いた。うはは、面白―い。頭ぶんぶん振り過ぎて赤い三角帽子落としちゃった人もいた。
 ……これで無視して栓しちゃったら突っつかれるくらいじゃすまないかな。
 紙をしばし見つめて。ぽいっと後ろの方に放る。安堵の溜め息が全員から漏れた。安心してか、へなへなって床に座り込む人も。
「ゴメンナサイ」
「マサカコノ時間ニ人ガ入ッテクルトハ思ワナカッタカラ」
「イツモ誰モイナイカラ」
「チャントりさーちモシタノ」
 小人達は口々に訴えた。いつもの時間ってリサーチって……つまり、闖入者はあたしのほうかぁ。納戸に入れられたのって、あたしも災難だけど、小人さん達にとっても不足のアクシデントだったんだ。必死な表情と口調と身振り手振りな小人達に、逆に申し訳なくなる。
「私達ニコノオ部屋使ワセテ欲シイノ」
「コレ私達ノ食ベ物ナノ」
「コレ食ベレナイト私達消エチャウノ」
「作業ヲ始メテモ良イ?」
 何だか解んなかったけど、あたし頷いた。良い? って可愛らしく小首傾げて訊かれたら嫌って言えないよ。
 そしたら小人さん達は嬉しそうに笑って(それこそ満面の笑み!)またもや一斉に動いた。いつのまにかでっかい袋を肩に担いでる。中身は入ってないらしくってぺしゃんこ。理由はすぐに解った。
 彼ら、袋の口を開けて、積もった雪をその中に入れだしたのだ。袋はあっという間に詰め込まれた雪でパンパンになった。雪が出ちゃわないように、袋の口を紐できゅっと結わく。そんな袋が幾つも幾つも。小さな体に似合わず怪力揃いらしく、彼らから見れば巨大であろう袋を軽々と担いで一箇所に纏める。
「コノ雪ハ神様カラノ贈リ物ナノ」
「私達ノ大事ナ大事ナ食ベ物ナノ」
「今月ハ私達ガ当番ナノ」
「場所ハ私達ガ決メルノ」
 ふんふん。だんだん解ってきたぞ。
 この穴は、神様から貰ったご飯(雪に似てるけど違うのかも)が出てくるところなんだね。そんでその穴は一ヶ月ごとに場所が変わって、今月は我が家(の納戸)に白羽の矢が当たった、ってわけか。
 作業の邪魔にならないよう後ろへ下がって見学。もう穴から雪は出てない。時々、冷気がぷわっと吹き上がるだけ。後は床に降り積もったのを集めれば良いみたい。作業のスピードが少し速くなった。
 小人達は袋詰めが終わると、口を結わえた紐と紐をまた結んで、まるまっちい袋の幾つかをひと纏めにした。結わえたそれぞれの紐の尻尾は長くて、ひとつにした結び目から三つ編みにして纏めていく。細い紐がバラバラになってるよりも、一本にした方が持ち運び易い、からかな。
「ドウモアリガトウ」
「協力シテクレテ本当ニ感謝シテマス」
「本日分ハ全テ収穫デキタヨ」
「マタ明日モ使ワセテ欲シイノ」
 もちろん。全然オッケー。彼ら見てたら、空いてるスペース、ちょっとくらい貸してあげたってかまわないよね、って思えてきた。どうせ納戸になんて滅多に入らないもん。凄く一生懸命だし、害もなさそうだし。雪は解けないみたいだから濡れることもなさそうだし。
 承諾すると、小人さん達はてんでに踊りだしたりトンボを切ったり、帽子を高ぁく放り投げたりした。
 ひとしきり喜んだ彼らは三つ編みのロープを手に取って袋を担いだ。綺麗に整列して箪笥を回って窓の下まで行進していく。でかい獲物を運んでる蟻の行列みたい。先頭の小人さんがサッと片手を上げた。
 カチリと音がして、窓の半月錠が下りた。勝手にするすると窓が開いていく。
 空は夕焼けで真っ赤だった。
「ドウモアリガトウ」
「貴女ノコトハ忘レナイヨ」
「サヨナラ」
「サヨナラ」
 口々にお礼とお別れの言葉。手を振ったら、凄く嬉しそうに笑って、手を振り返してくれた。
 それから、その場で彼らはピョンピョン軽くジャンプして――勢いに乗ってピョーンと浮かんだ!
 雪の入った幾つもの袋を肩に、開いた窓から夕闇の空に向かって上昇していく。彼ら自身の体よりも担いでる袋の方が大きいくらいだから、白いポコポコした後ろ姿しか見えない。列を成してどんどん飛んでいく。白い袋がオレンジ色に染まって綺麗。あたしは窓枠にへばりついて食い入るように見てた。
 遠くに霞んで、輪郭もよく解らなくなって、本当に雪が飛んでいくみたい。今、飛んでいるのを見つけたら、鳥か何かって思うかもしれない。でもあれは鳥じゃなくて、生きて動いて喋って、神様からの贈り物を拾う小人さん達なんだ。
 何もかも全部、夕焼けの空の向こうに消えた。
 ………………。……。……はー。……変なの、目撃しちゃった。明日も来るって言ってたよね。どうしよう。壁際の棚の側に転がる、詰めそこなった紙の捩ったの。穴はまだぽっかり空いている。
 あんまりあたしが静かだから、心配して様子見に来たお母さん、納戸があまりにも寒くて吃驚してた。








(01/08/17)



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