『Message』




 ――着信。
 液晶を見つめたまま立ち止まる。
 見たことのない番号。誰に教えたかなんてイチイチ覚えちゃいない。あまり見覚えがない。てことは昨日の誰かか。
 並んでいた顔をひとつひとつ思い出そうとしながら、取り敢えず、出た。

 聞こえてきたのは、単なるノイズだった。とても不鮮明。不明瞭。聞き取れない。電波が入らない、そんな感じ。
 いや、でも繋がっている。通話時間が増えていく。
 間違いか無言電話か?
 知らず眉間にシワが寄る。そんなものに付き合っている暇はない。
 切ろうとした時。

『…しもし…』

 聞こえた。
 慌てて耳に当てる。

『もしもし』

 誰か――男の声。
 出て、失敗しただろうか。…したのだろうな。
 とは言え黙っているわけにもいかず、仕方なく返事をした。

『ああ、君だったのか』

 ???
 変な――言葉。だったのか? まるで受けるとは思ってもいなかったとでも言うような。
 誰だ?
 電話の声で相手を当てるのは苦手だ。携帯なら登録していれば相手の名前が出るから解るけれども、家の電話なんかだと出ないから、誰だか解らない。誰何して、親戚連中に呆れられたり叱られたり笑われたり。
 こいつは、はい、の一言だけで相手が誰か解ったのか。誰だこいつ。
 不信感が伝わったのか、声は続けて言った。

『近くにいるよ』

 思わず振り返る。
 すぐに――何故か――解った。
 何メートルだか、遠くも近くもない場所に、彼は立っていた。
 ああ、クラスメートの。名前、なんだったっけ。

 夏休みだと言うのに、何故か制服を着ている。補習か部活か。いや記憶が正しければ帰宅部だった筈。そして補修を受けなければならないような成績でもない。

 携帯を片手に握り締めたまま、彼を見た。
 彼は携帯を片耳に当てたまま、微笑んだ。

『良かった』

 何がだ。
 露骨に顔に出たのだろう、彼は今度は苦笑した。
 多分、言葉が足りなさ過ぎだと気がついたのだろうが……状況を把握しかねているこちらにしてみれば不愉快ですらある。

『クラスメートのね、ケーバンをランダムに選んだら君のだっただけだ。君に責任はないよ。近くに居合わせたのも、単なる偶然。だから、ただ聞いてくれれば良い』

 何を?

『僕はこれから違う場所へ行く。誰かに知っていて欲しかった。これでたったひとり消えてゆかずにすむ。それだけ』

 何処へ行こうと勝手だ。関係ない奴に何故わざわざ言う。たったひとり――消えて?

『聞いてくれて有難う』

 それきり、彼の消息は知らない。








(04/09/05)



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