『Call』
何日も前から携帯に知らない番号が入る。何回もだ。夜昼かまわずに。
間違い電話かと放っておいたがいっこうに止む気配がない。いい加減しつこかった。ヘタすると一分置きに掛かってくる始末。新手の嫌がらせかもしれない。
もう、うんざりだ。
――そして。
『見つけた』
誰か――男の声。
見つけた?
何を言っている?
男は突然現れた。
雑踏の中。
携帯を片耳に当てて。
お互いに同じ格好をして向き合っていた。二人の間に出来た空隙には、不思議と誰も入ってこない。此処だけ円く刳り抜かれたかのように。
『おまえだろ?』
受話部分から聞こえる声。同じように動く男の口。腹話術のような違和感。
『俺はずっとおまえを探していた。ずっとだ。俺はおまえを知らない。おまえが誰でもかまわない。そんなことは関係ない。この番号を掛けて、おまえが出た、ただそれだけだ』
何だ? 何のことだ? 何を言っている?
『これはチェーンコールだ。誰が始めたのか解らない。いつ終わるのかも解らない。電話を掛け、次に出た奴を探す』
まるで他人事のように喋る。
他人事のように聴こえる。
『次の番号は勝手に表示される。何故だかな。なぁに、いつかは見つかる。この国にいる奴に掛かることだけは確からしいからな。携帯は捨てても戻ってくる。足掻くだけ無駄だ。電話は掛かり続ける』
そうだった。切っても切っても電話は掛かってきた。電源を切っても。着信拒否をしても。携帯を替えても。
男から目を離せない。
携帯を握り締める。
『拒否権はない。選ばれたんだ。早く開放されたいなら電話を掛け続けることだ。掛け続けていれば近づく。受けた奴を見つけろ。次の権利を渡せ。でなければ日常には戻れない』
男は口の片端を上げた。嗤ったのかもしれない。
『これで俺の役目は終わりだ』
ぷつ、と回線が切れる。
男はおもむろに近づく。間に在った空気は呆気なく外へと押し流された。
二歩半で距離を詰めた男は、持っていた携帯を押し付けてきた。首元を圧迫される容赦ない苦しさに、反射的に手をやると、男はさっさと手を離す。――受け取ってしまった。
携帯そのものは何処にでもあるような機種。銀色の、のっぺりした。小さな液晶は今時珍しいモノクロ。
息苦しい。
出なければ良かったのだ、と今更ながらに悟る。遅い。
間違いなく、見つかってしまったのだ。
手に吸い付いて離れない。
漸く顔を上げた頃には男の姿は既になかった。
雑踏の中に取り残された。
そしてコール。
(04/09/05)
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