「ルルちゃん、ウチの子の勉強見て貰えない?」
 店に誰か来た。あの声はノマさんだ。
「え、都の学校行くんでしょ? 無理だよー」
「必須科目に古代語があるんだって」
「あ。うん、それなら――」
 古代語はつまり魔法語だ。学問と使い方は違うけれど基礎は同じ。
「ウチの卯月に任せてよ」
 奥で薬草を選り分けていた僕は、ウッカリ笊の端に手を付いた。あーあ、もう少しで終わったのに。
「あの子の実力はあたしが保証します」
「じゃ、明日の昼からお願いできるかしら。宜しくね」
 僕が不在のまま契約は成立した。





「お師匠様」
「あ、卯月。聞こえてたでしょ」
「僕が先生やるんですか?」
「あたし下手にルーン使えないもん。卯月なら問題なし」
 つまりヒヨッコだから。
「莫ッ迦ねぇ。教えんなら初級でも発音しなきゃなんないでしょ。描くのとは別って言ってンの」
 お師匠様は、にっと笑う。
「あんたなら大丈夫!」
「……はい」

 まぁ謝礼も良いしね。今月チョイ苦しいし。
 かの息子は僕と同い年で、学力は常にトップで、村一番の有望株らしい。
 直接喋った事はない。家は離れてるし、僕、学校行ってないから。
 だから本当の授業ってのも知らない。ドキドキする。

 翌日、僕は昼過ぎに出掛けた。



「魔女なのに魔法が使えないって変だよな」
 部屋に2人きりになると、開口一番、彼はのたまった。
 ……え。
 ノマさんに勧められた椅子に座って僕は固まった。
 彼は机に片肘をついて笑っていた。
「魔法が使えないのに魔法屋って可笑しいよな」
 僕は膝の上で揃えた手を握る。喉の奥が痛い。
「魔法屋なのに魔法売ってないって詐欺だよな。護符もお前描いてんだろ」
「僕は描いてない!」
 彼は嗤う。
 そして言った。

「知ってんだぜ。魔法で人、殺してたってな」

 僕は目を閉じる。
 お師匠様を侮辱する奴を、見ていたくない。
「魔法使えなくなっても自業自得だよな」
 違う!
「母ちゃんも皆もさ、甘いよ」
 握り締めた拳を、躊躇わず振るう。彼の左頬にヒットした。
 彼は派手に椅子ごとひっくり返る。
「……に、すんだよ!」
「何も知らないクセに、無責任に言われたくない」
「当たり前の事言われて怒ってんのかよ」
「確かにお師匠様は元攻属魔法士だ。今はハイレベルの魔法は使えない。でもそれと軍人だったのとは関係ない」
 僕は踵を返した。





 裏道を時間かけて歩いて、でも小さい村で、直ぐに家に着いた。
 手が痛い。
 ずっと考えていた。罵られた理由。

 溜め息を吐く。解らない。


「――」
「――」
 表の人の気配に僕は物陰に隠れてしまった。
 ノマさんと、お師匠様の声。
 今、出て行くべきだと、思う。行って、謝るべきだ。後になればなるほど事態は悪くなる。





 意気地なしの僕は、動けなかった。





 どのくらい、そうしていたのか。
 物陰に蹲っていたら名前を呼ばれた。
「……卯月?」
 俯く僕の前にお師匠様は身を屈める。
「何処か痛いの?」
 僕は首を振る。
 涙が零れて散った。
「やだ。卯月。ホントにどうしたの?」
「……僕、人を殴りました」
「ああ、それ」
 心なしか口調が低め。
「別に良いってよ」
「え」
 思わず顔を上げる。
 お師匠様は苦笑していた。
「申し訳なかったって。卯月まだ戻ってなかったから心配してた。息子問い質しててかなり時間経ってるのにって」
「本当、ですか?」
「勉強もね、学校行って苦労しやがれだって」
 怒られない。それで更に哀しくなった。
「ごめんなさい……」
「謝るのはあたしにじゃないね。理由はどうあれ」
 僕は立ち上がる。
「今夜、僕の魔法見て下さいね」
「それは勿論。行ってらっしゃい」



 お師匠様の魔力の解放は、アレが封じられてるままじゃ叶わない。
 今はまだ術がない。









 
強くなりたい





『魔女とその弟子のお話』−第5話−
長くなってしまった……


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