「卯月」
「はい。何でしょう?」
 呼ばれた僕は魔法書から顔を上げた。
 この店に混み合う時間というものは無いから、店番をしていても何かしら別な事をやっている。本を読んだり、簡単な呪文を紡いでみたり。
 今日は雨模様だから、余計にお客さんは少ない。――と言うより、来ない。
 僕を呼んだ当のお師匠様は、窓際に椅子を寄せて外を眺めてて、こちらを見ずに言った。
「降って来る雨粒の数、数えてみようよ」
「…どうしてそういう事を思いつくんです?」
「だって暇なんだもん」
 脱力するしかない。
 僕は店番か勉強しかやれないけれど、お師匠様はもっとやれる事、ある筈なんだ。きっと。多分。確か。
「動体視力を鍛えるんですか?」
「そんなのあんたが鍛えてどうすんの?」
 本当に解らないといった感じで、お師匠様は漸くこちらを見た。カウンターで頬杖を付く僕に、軽く首を竦める。
「冗談よ」
 そう言ってまた窓の外へ顔を向けてしまった。




「――雨粒は、心なんだって。世界の心」
「…世界?」
「泣いてるのか地上への贈り物なのか解んないけど。空から降って来る世界の心」
 沈黙の後、お師匠様の口から出てきたのはそんな言葉だった。
「あたしの師匠の受け売り。ロマンチックな人だと思わない?」
 苦笑。懐かしみを帯びた。
 お師匠様がそんな顔をするのも昔の話をするのも珍しい。
「でさ、あたし、雨粒なんて数え切れるわけないって言ったの」
 喉の奥でくつくつと笑う。
「そしたらね、目で数えるんじゃなくて、心で数えろって」
「世界の心、だからですね」
「そうそう。その時あたしまだ子供だったからさ、こいつ何言ってんだ莫迦かもって飽きれたわ」
「お師匠様は現実的ですよね」
「だって師匠があんなじゃ、夢見てる暇なんてなかったもの」


 硝子を幾本もの水滴が滑り落ちていく。
 止まらない心の流れ。




「…それが本当ならさ、こんなにたくさん降ってくるって、凄いよね。世界の心ってのは幾つあるんだろうね」









 
Raindrops





『魔女とその弟子のお話』−第6話−
雨の日の過ごし方。


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