ウチの納戸は日用品から魔法関係まで、ごった煮だ。
お祝い用のワインの隣には、消毒用のアルコールが並んでいる。同じ形の瓶だからタチが悪い。
こっちの壷は薬草を煮詰める時に使う。うっかり鰯の酢漬けに使っちゃキケンだ。
イモリや何かの干物が入ってる箱をどかしたら、奥に立てかけてた細長い棒が転げてしまった。
追いかけて床を探す。
僕の身長とほぼ同じ。
これでもかってくらい、封呪を施されている。
お師匠様の杖。
魔法使いは1本の杖を持つ。
造作は人それぞれ。魔力の量そのものや方向性が違うし、拘りや好みもある。杖は焦点で、魔法行使には必要不可欠。
この杖は金木犀の主軸に、天辺に薔薇輝石。
普通のロードナイトは太陽光に当てると黒ずんでしまう。この杖に嵌められている石は美しい真紅色を保ったまま。魔法具であれば当然。
お師匠様は今この杖を使う程の魔力を扱えない(元々、杖無しで全く平気に魔法を扱う変人だけど)。
拾おうと掴んだ杖は掌にひんやりとして、見た目の華奢さとは反対に重かった。
彼女の『本気』を見た時は、
――戦場だった。
お師匠様は軍人として、魔法でもって戦っていた。
ろくに呪文も唱えず、僅かなタイムラグで高等魔法を連発し、敵兵を鏖殺する様は怖かった。
今では初歩のルーンだって気をつけなきゃいけないけど、当時、最強だって噂に聞いていた、それが名うての攻属魔法士だった。
攻属魔法士――軍属の魔法使いの総称。
あからさまに怯える僕に、お師匠様は苦笑してたっけ。
僕は戦災孤児で、戦場でお師匠様に拾われた。
感謝こそすれ、後悔なんてしてない。
お師匠様が軍人で戦場に居なかったら、僕はお師匠様には会えずに死んでいた。
その後、軍を辞めたお師匠様は魔法屋――此処だ――を開いた。
小さな村では、大掛かりな魔法行使は滅多に無い。携えていれば恰好はつくけれど、お師匠様はそんなのに構ったりしない。
久し振りに振るったのは、あの時。
アレの所為で、お師匠様は罰を受けた。
それが”望んだ責”であっても。
アレが出なければ――
杖を握り締めていたらしい。
不意に感じた拒絶。ごめんね。君を扱う気は無いし、お師匠様は元気だから安心しなよ。
元にあった場所に戻す。
――また会えると良いね。
行き場を無くした手
『魔女とその弟子のお話』−第4話−
どうにも卯月くんは心配性。
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