「中村新道を歩く」

2012年の夏山は大滝山荘から徳本峠までの中村新道を縦走しました。当初徳本峠から霞沢岳へのピストン登山を計画したのですが、標準時間で往復7時間30分を要するコースなので、弱気になった家内の希望から中村新道の縦走になったものです。

中村新道はシラビソやコメツガの樹林帯をひたすら歩くだけと聞いていましたが、2009年夏の甲武信ケ岳から国師ケ岳までの樹林帯の縦走経験が忘れられないのでそれもよかろうと計画しました。

長野駅東口8:15発上高地バスターミナル11:00着の特急バスを利用し、初日は横尾街道を歩き横尾山荘泊、二日目は蝶ケ岳を経由し大滝山荘泊、三日目は徳本峠経由で上高地バスターミナルに戻りました。蝶ケ岳は1998年に槍ケ岳登山の帰りに登っていて、その際には長塀尾根から徳沢に下っています。

蝶ケ岳から大滝山南峰まではお花畑が見事で、樹林帯の歩きもそれなりに変化もあり思いのほか印象に残る山行になりました。

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今回歩いたルートの地図については、国土地理院の地図閲覧サービス ウオッちずが参考になりますので、ここからアクセスして下さい。 

2012年7月26日 (木) 晴

この日の行動時間は次ぎの通りである。

河童橋発11:40〜12:29明神12:37〜13:36徳沢13:52〜14:53横尾

少し早いが梓川岸で昼飯をとり先ず明神に向かう。木陰のベンチで食事をしている際に、バスツアーで当地を訪れた大阪城東区の89才の女性と同席した。高齢にもかかわらず、杖に頼りながらツアー旅行に参加しているその元気さに圧倒され、あやかりたいものだと思った。

横尾街道は2005年秋に涸沢に紅葉見物に行った以来7年ぶりの歩きである。明神までは観光客も散策している。4名のドイツ女性が、軽装で徳沢の先の新村橋で右岸に移動し治山運搬路で上高地に戻る散策をしていたが元気なものだ。明神で家内が足の手入れをし、徳沢でトイレ休憩と水の補給を行いほぼ予定通りに横尾山荘に到着した。

新館の二段ベッドの上下に横になれ、やれやれであった。8畳程度の部屋に二段ベッドが6組設置されていて山小屋とはいえない収容状態であり、午後4時前には風呂が使えた。勿論洗剤などは使えないが湯船につかり汗を流せるのはうれしい。

夕食は鶏肉のソテートマトソースがけがメインで味も悪くはない。夕食後山荘の周囲を散策する。明日からの本格的山歩きに備えて早く床に就く。冷たい水がふんだんに飲めるのは有難い。ただし一泊二食9500円は下界の温泉旅館並み。

本日のネット歩行時間は2時間49分、グロス歩行時間は3時間13分であった。平地同様のコースでは標準時間で歩けるようだ。

2012年7月27日 (金) 晴

この日の行動時間は次ぎの通りである。

横尾山荘6:12〜6:52槍見台7:02〜7:55第二槍見台8:08〜9:27樹林帯標高2310m9:32〜10:23尾根標識10:53〜11:38瞑想の丘11:38〜12:40蝶ケ岳ヒュッテ12:20〜12:25蝶ケ岳最高点12:26〜13:16最低鞍部13:21〜14:36鍋冠山分岐14:36〜14:42大滝山北峰15:48〜14:53大滝山荘

起床は4:20で5:00より朝食が供される。

時間的余裕があるが早立ちとする。まだ明けきれていない登り口から歩き出す。まだ調子も出ないうちに槍見台に到着する。小槍は見えないが三角錐の見事なフォルムを示している。長野の我が家のベランダから大天井岳を左にした槍ケ岳が望めるが、近くに見る槍ケ岳は久しぶりである。途中の道沿いにはセンジュガンビ、ゴゼンタチバナ、ギンリョウソウなど見られた。

再び登り始めるとまたまた槍ケ岳がきれいに見える場所に到達した。登山地図には記述はないが第二槍見台とした。槍ケ岳を登山し三股に下山する二人連れ、蝶ケ岳ヒュッテで一泊し上高地に下りる二人連れとのんびり雑談を交わす。彼等とは付かず離れずで、三股への分岐と蝶ケ岳尾根標識でお別れであった。

樹林帯を抜けると展望がよくなるよと下山者に励まされて登り続けたが、なかなか樹林帯が抜けられず高度計2310m付近の適当な場所で三回目の休みとする。これが正解で樹林帯を抜け尾根まで後1時間ほど歩くことになった。途中で標高2400mの標識があり、後150mほどの登りを残すだけになりやれやれと思った。間もなく樹林帯を抜け背後に槍ケ岳と穂高連峰が全容を表すようになった。

ゴーロ道を少し頑張るとそこは左常念岳右蝶ケ岳ヒュッテへの標識がある尾根であった。登山地図には左常念岳への途中に蝶ケ岳のピークがあるが、最近蝶ケ岳のピークは蝶ケ岳ヒュッテの先の旧称長塀の頭になっている。よって蝶ケ岳方面に歩を進める。

その前に見晴らしの点よい場所に腰掛けて槍ケ岳連峰と穂高連峰の身近な絶景に眺め入る。もう再び登ることはない山々になってしまった。はるかに乗鞍岳、手前に霞沢岳、足元に梓川の白い川原が望める。残念ながら東側はガスでまったく眺めがない。高妻山、黒姫山、戸隠山などの北信の山々、志賀高原、四阿山、浅間山は望むべくもないのは残念であった。常念岳すらガスの中であった。

蝶ケ岳ヒュッテまでの稜線歩きは記憶通りの快適さであった。左手に二重山稜の尾根を見える頃雷鳥の親子が登山道の真ん中に出てきて、親鳥は砂浴びをはじめた。お邪魔をしてはいけないので道を外れて通過した。会社定年前後から山歩きをしているが、雷鳥に出会ったのは、五色ケ原手前の獅子岳、笠ケ岳手前、赤沢岳手前に次いで4回目であった。

チシマキキョウ、遅れたシャクナゲ、ミヤマダイコンソウが目には入り、デジカメにおさめる。

瞑想の丘を過ぎると直ぐに蝶ケ岳ヒュッテであった。ここで山小屋のうどんを始めて食することとした。出来るだけ荷物を軽くするために弁当を作ってもらうこともやめるようにしている。少々の出費は覚悟して軽い荷物で山歩きするのも高齢者登山者としての心がけである。家内は好物の自家製の赤飯のオニギリなど持参していた。はじめての山小屋のうどんは出汁が今一つであった。

食事後蝶ケ岳の最高地点を経由して大滝山荘に向かった。その際に珍談があった。家内が大滝山荘に向かうと話をしたら、最高地点に向かわず直接大滝山荘に向かう道を行けとヒュッテ関係者も他の登山者もアドバイスするのである。最高点に向かったらそのまま長塀尾根に入り徳沢へ下る間違いをすることを懸念したらしい。私は最高点からキャンプ地を抜けて大滝山荘に向かう道があることを登山地図で確認しているので、そのような懸念は無用と思って家内に最高点を目指すように指示したのである。まあ善意の塊のような皆さんであった。

大滝山に向かう道は蝶ケ岳の蝶の雪形(この雪形は残雪が雪形、つまりポジ)の中を通っているので、見事な湿生のお花畑になっている。手始めが盛りのキヌガサソウであった。更にカラマツソウ、ミヤマキンポウゲ、シナノキンバイ、ハクサンフウロ、ハクサンチドリ、ヨツバシオガマ、イワカガミなどなどが次から次と現れる。

三股への分岐を過ぎると、多くの下山者は三股に下るので少々心細くなったがこれまた縦走の醍醐味である。最低鞍部で一休みするが長塀尾根の向こうに穂高連峰が霞んでいる。この先に小さな池がありご丁寧に橋が架かっていた。このように人気の少ない縦走路にも手が入っているので有難いことである。もっともこの辺りは鍋冠山より蝶ケ岳に向かった槍ケ岳開山の播隆上人が歩いた由緒ある登山道と聞いている。

お花畑を抜け再び稜線歩きが始まる。ピーク毎に背後の眺めが回復する。小さなピークを越すとそこは鍋冠山を経由して小倉へ下る分岐であった。今は中村新道より歩かれない道であるが、由緒ある登山道で信飛新道(小倉→鍋冠山→大滝山→上高地→中尾峠→高山)と呼ばれたようだ。おりしも一人の登山者が鍋冠山方面から登ってくるのが見えた。

ここから一登りで大滝山北峰であった。三角点はなかった。長塀尾根越しの槍ケ岳や穂高連峰もまだ見ることは可能であったが、常念岳は相変わらず見ることはできなかった。

北峰から5分ほどで大滝山荘に到着した。途中で我々を追い越したボッカのお兄さんはここまで荷物を運んでいたのだ。

この日の宿泊者は我々のほか1名で計3名であった。鍋冠山経由の登山者は北峰で我々を追い越し大滝山荘に先着したが宿泊していなかったので、おそらく蝶ケ岳ヒュッテに向かったものと思った。あの時間帯では徳本峠まで下ることは難しい。

水は沢からポンプアップし、トイレ用の水は天水である。飲み水は1Lあたり150円で販売しているので、まったく不自由をしているようではない。自家発電をしているので、ランプ使用ではない。今までの経験では本当にランプ使用は南八ケ岳の権現小屋だけだったような気がする。大日小屋も電気が使えた。

夕食のおかずはオデンがメインであったが、恐らく蝶ケ岳ヒュッテからのボッカものではないかと思った。

夜中に起きてトイレに行ったが星空は見事であった。オリオンの三ツ星がはっきり見えたので遠目はまだ大丈夫のようだ。

同宿の単独行者は健脚で横尾山荘から6時間ほどで大滝山荘に到達したとのことであった。下山に三股に下るか、小倉に下るか、徳本峠に下るか山荘のスタッフに相談していたが、結局徳本峠に下ることにしたとのことだった。同行を誘われたが足が合わないので丁重にお断りした。どうも大滝山荘から徳沢に下る廃道が利用できると思っていたふしもある。

本日のネット歩行時間は6時間41分、グロス歩行時間は8時間41分であった。標準時間で5時間25分なのでゆっくりペースだった。しかしまだ23%増し程度で歩けている。

2012年7月28日 (土) 晴時々曇

この日の行動時間は次ぎの通りである。

大滝山荘4:45〜4:50大滝山南峰4:50〜6:50樹林帯(2285m付近)7:15〜8:15大滝槍見台8:22〜9:29明神見晴らし9:40〜10:51徳本峠小屋11:21〜11:44最後の水場11:50〜12:52徳本峠入り口12:52〜12:58明神13:25〜14:06ビジターセンター

予約した長野行のバスは15:30発なので少しでも早くの出発を心がけた。大滝山南峰には三角点があるがハイマツが残っていて眺望はあまりよくない。45分ほど歩くと標高2400m程度で樹林帯に入った。山荘のスタッフの話によると山荘から南は植生が変わっているとのことであった。確かに山荘の付近の湿原でこの山行ではじめてハクサンイチゲやチングルマに出合い、グンナイフウロも咲いていた。

樹林帯に入るとシラビソやコメツガの鬱蒼とした道をたどることになる。尾根筋を少しはずれ関西で言うユリ道になるので展望もままならない。しかしこのような樹林帯の縦走は心が落ち着き好ましいものである。山荘から2時間ほど歩き少し開けた場所で朝食をとることにした。家内は自家製のオニギリ私は山荘作のオニギリである。梅漬けを入れ海苔をまかないオニギリは持ちがよいので重宝しているようである。

再び樹林帯の縦走がはじまる。7:30頃最低鞍部(2235m)を通過し、そろそろ樹林帯を通過するだろうと思い出した頃、家内が先方に橋が見えると言いだした。橋なぞあるはずがないとよく見ると大滝槍見台のやぐらであった。古びて危険にも思えたが注意して上った。しかしあいにく雲が出だして槍見はできなかった。ここで前日蝶ケ岳ヒュッテの食堂でビールを飲んでいた後発と思われる二人のパーテイに追い越された。

三角点がある大滝槍見台は既に徳本峠小屋の領域である。徳本峠小屋に泊まり、一日で霞沢岳方面のジャンクションピークと大滝槍見台をピストンして下山する登山者がいると聞いている。

一先ず安心して尾根歩きを続ける。小さな尾根を乗り越すと明神見晴らしであった。少し足元の危険な場所にベンチが設けられていて一休みが可能である。明神岳の見晴らしは悪かったが、ここではじめて常念岳や大天井岳を眺めることができた。同時に蝶ケ岳からの縦走路の確認ができたことになる。ここでも後発の4名のパーテイに追い抜かれた。

この時点までで大滝山荘で同宿し先発した男性のパーテイと合わせて我々以外で7名が中村新道を下っていたことになる。

明神見晴らしから尾根続きで2247mの三角点ピークを踏んだ。昭和50年代の登山地図によると獅子岳の名前が付いているが、何のとり得もないピークであった。ここからは約600mの下りになるが、道の整備状態もよく快適な下降が続きやがて増築された徳本峠小屋の赤い屋根が見えた。

徳本峠は小屋も増築され霞沢岳へのベースにもなってテントも多く張られにぎわいを取り戻しつつあるようだ。今晩レコードコンサートでもするらしく、バッハの無伴奏チェロソナタが小屋からもれてきた。1L150円の貴重な水で十分に補給する。峠を下ると水場があるのは知っている。

ウエストン氏が感嘆したと言われる穂高連峰と明神岳の展望場所に上がり、つぶさにその風景を鑑賞する。しかしあまりに写真を見すぎていて感激するところはなかった。

後は明神を目指して峠を下るだけである。昔からの峠は誠に上手に作られていて、緩い直線状の道とジグザグ道を組み合わせて谷に付かず離れずいつの間にか高度を落としている。最後の水場の手前で谷の右岸をへつる場所が若干危険であったほか、まったくよくできた道だった。この場所は登りの問題はないとしても下りにはしっかりしたステップが必要だと思う。

最後の水場で十分に喉を潤し、橋を二つ渡り広い林道をどんどん下ると横尾街道の峠取り付きになる。ここから明神までは5分程度の歩きである。

明神で遅い昼飯を取る。疲労が重なり少し食欲もないが時間をかけてゆっくりと口に入れる。

河童橋までの下りになるがここまでは観光客も沢山入っているので、敗残兵のような歩きはできない。気合を入れなおしビジターセンターを目指す。帰りのバスの時間調整はビジターセンター見学と五千尺ホテルの洋梨のタルトとコーヒーである。

何とか時間的余裕を持って下山し、バスセンターで冷たい上高地の水をボトルに汲み直しバスに乗り込んだ。後はうとうととし気がついたらバスは長野市内を走っていた。

本日のネット歩行時間は7時間35分、グロス歩行時間は9時間21分であった。標準時間で6時間50分なので10%増し程度で歩けている。三日間でネット歩行時間の合計は17時間5分で標準時間は15時間25分なので、10%増し程度で歩けたことになる。まだまだ捨てたのものではない。(2012.07.04記)

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第44回山行記録バックナンバー(部屋から見える霊仙寺山)(2004.01.15)
第45回山行記録バックナンバー(初冬の御在所岳)(2004.01.30)
第46回山行記録バックナンバー(戸隠高原スノーシューハイキング)(2004.02.15)
第47回山行記録バックナンバー(飯縄山にスノーシュー登山」)(2004.03.15)
第48回山行記録バックナンバー(根子岳にスノーシュー登山)(2004.03.30)
第49回山行記録バックナンバー(戸隠古道を越水ケ原まで歩く)(2004.05.30)
第50回山行記録バックナンバー(ブナ巨木で知られた鍋倉山を歩く)(2004.06.30)
第51回山行記録バックナンバー(信州百名山の一つである虫倉山を歩く)(2004.07.15)
第52回山行記録バックナンバー(長野市トレッキングコースの陣場平山を歩く)(2004.07.30)
第53回山行記録バックナンバー(五竜岳・唐松岳)(2004.08.15)
第54回山行記録バックナンバー(鏡平から笠ケ岳)(2004.09.15)
第55回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つの妙高山)(2004.10.30)
第56回山行記録バックナンバー(初冬の雨飾山)(2004.11.30)
第57回山行記録バックナンバー(ミルフォード・トラック)(2005.01.30)
第58回山行記録バックナンバー(戸隠高原高デッキ山)(2005.04.15)
第59回山行記録バックナンバー(60年振りの冠着山登山)(2005.05.15)
第60回山行記録バッククナンバー(残雪の蓼科山登山)(2005.05.30)
第61回山行記録バックナンバー(岩井堂コースから虫倉山)(2005.06.30)
第62回山行記録バックナンバー(裏銀座から雲ノ平へ)(2005.08.30)
第63回山行記録バックナンバー(燕岳より常念岳へ)(2005.10.15)
第64回山行記録バックナンバー(涸沢カールの紅葉見物)(2005.11.15)
第65回山行記録バックナンバー(米子の滝から根子岳へ)(2005.11.30)
第66回山行記録バックナンバー(秋晴れの高社山)(2006.12.30)
第67回山行記録バックナンバー(晩秋の一夜山)(2006.01.15)
第68回山行記録バックナンバー(久しぶりの登山は若穂太郎山)(2006.11.15)
第69回山行記録バックナンバー(長野市東部にそびえる妙徳山)(2006.11.30)
第70回山行記録バックナンバー(冬の上高地でスノーシューイング)(2007.02.15)
第71回山行記録バックナンバー(今年の初登山は明覚山)(2007.05.15)
第72回山行記録バックナンバー(井上山へのハイキング登山)(2007.05.30)
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第80回山行記録バックナンバー(花の白山)(2008.08.30)
第81回山行記録バックナンバー(南八ケ岳縦走)(2008.10.15)
第82回山行記録バックナンバー(梅雨の晴れ間の八甲田)(2009.07.15)
第83回山行記録バックナンバー(ミチノクコザクラの岩木山)(2009.07.30)
第84回山行記録バックナンバー(甲武信岳より金峰山へ)(2009.09.15)
第85回山行記録バックナンバー(箱根外輪山の明神ケ岳)(2010.05.30)
第86回山行記録バックナンバー(ミヤマキリシマの九重山系)(2010.06.15)
第87回山行記録バックナンバー(南部富士と呼ばれる岩手山)(2010.7.30)
第88回山行記録バックナンバー(ウスユキソウの早池峰)(2010.08.15)
第89回山行記録バックナンバー(大雪山系の黒岳)(2010.08.30)
第90回山行記録バックナンバー(気になっていた塩見岳)(2010.09.30)
第91回山行記録バックナンバー(再挑戦した苗場山)(2011.07.30)
第92回山行記録バックナンバー(大日三山縦走)(2011.08.30)
第93回山行記録バックナンバー(紅葉の磐梯山)(2011.10.15)
第94回山行記録バックナンバー(戸隠高原のスノーシューハイク)(2012.01.30)
第95回山行記録バックナンバー(鬼女紅葉の砂鉢山)(2012.06.15)
第96回山行記録バックナンバー(梅雨の晴れ間の茶臼岳・栗駒山・秋田駒ケ岳)(2012.07.15)