「信者の山の御岳へ」

梅雨が明けたかはっきりしませんでしたが、7月26日・27日に御岳(地形図では御嶽山)に行ってきました。私の母が存命中には御岳講の行事として毎年のように御岳登山をしていたようです。私も長野市にUターンして以来御岳に登ろうと思っていましたが、つい他の山に足が向いていました。今回思うことがあって御岳登山をしました。

長野市から日帰りで王滝口から登り黒沢口に下るのは御岳交通バスのスケジュールからややきついので、山中で一泊し余裕をもって池めぐりをする計画にしました。登山口から頂上までの高度差900m程ですから日帰り登山の範囲と言えますが、木曽福島駅からの始発バスに乗ろうとすると前泊が必要で、長野市からは10:40発の第二便を利用せざるを得ず王滝口到着は12:00前後になり、帰りの最終バスが16:20発ですから時間的な余裕はあまり取れないのです。前泊するなら山中一泊も同じであり、池めぐりも出来るので一泊二日の山行になったものです。

御岳は広い頂上をもち、大きなお花畑はないものの高度差や地質の相違によって様々な高山植物が咲いており、山上の池も神秘的な様相を呈し、期待以上の山行が楽しめました。母もしんどい思いをしながらもこのような山のただずまいを感じたのだろうと思いました。

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今回歩いたルートの地図を添付したかったのですが、国土地理院の地図閲覧サービス ウオッちずがコピーアンドペーストできなくなったので、参考となる地図にはここからアクセスして下さい。

2008年07月26日 (土) 晴時々曇

この日の行動は次の通りである。

田の原バス停12:08〜12:30大江権現12:30〜12:47あかっぱけ12:47〜13:03金剛童子13:13〜13:288合目岩室12:28〜14:06一口水14:06〜14:189合目岩室14:18〜14:24中央不動14:24〜14:37大ノゾキ14:52〜15:02王滝頂上山荘15:06〜15:38御岳頂上15:57〜16:20覚明堂

木曾福島駅より1時間:20分ほどで終点の田の原に到着する。途中里宮から車道の脇に多くの石碑が見えて、かつては里宮から1合目・2合目とただただ登り続けたご苦労を感じた。田の原の手前はスキー場になっているが、高度差から結構規模の大きなスキー場だと思った。

田の原社務所の奥の鳥居をくぐるともう登山道である。行者に引率された信者、観光客、登山者で賑わいを見せているが、観光客は遥拝所とその付近の田の原天延公園辺りまでで引き返し、王滝鉄道の枕木を利用した階段辺りからは信者、登山者だけになる。王滝頂上山荘が雲間隠れに見えて登高欲をそそる。

大江権現、あかっぱげと過ごし金剛童子で一休みする。石碑が立てられていて剣ケ峰までの距離が確認できる。あかっぱげ辺りで森林限界を越したようだ。8合目岩室、一口水を過ぎ9合目岩室辺りからゴーロ道になり斜度もきつくなる。奥の院への分岐でもある中央不動で女性の行者が「六根清浄、お山は晴天、護らせたまえ、ざんげざんげ」と唱えるのにあわせて足を運ぶと楽に登れるような気がする。王滝頂上山荘まで頑張ろうと思ったが、手前の大ノゾキに沢山の信者が休んでいたので、ここで遅い昼食とする。大ノゾキは右手が火口になっていて荒々しい絶壁になっている。

食事と休息のせいで元気を取り戻し、王滝頂上山荘とその奥の神社に到着したが、少しの休みを取りそのまま剣ケ峰を目指す。八丁ダルミを過ぎ最後の登りを頑張って御嶽頂上山荘に到着したが、剣ケ峰には80余段の階段を登るようになっていた。頂上には御嶽神社が祭られていて、三角点と標高3067mと記されていた標柱があった。

生憎と雲が増して、北アルプスや南アルプス、富士山は望むべくもなかった。近くの摩利支天と継子岳が二の池の背後に見えただけであった。

頂上の御嶽神社の前では行者の指導でなにやら祭事を行っていたが邪魔にならないように片隅で静かに休んだ。

後は一旦御岳上山荘まで戻り、黒沢口への下山道を選びのんびりと今宵の宿の覚明堂に向かった。覚明堂は黒沢口からの登山道の9合目上の岩山の裾に昔風のスタイルで立てられている宿泊客75名の小さな山小屋である。入口の横に大きな部屋があり、そこに岐阜県からの行者と信者、登山者4グループが同宿である。しかし畳一畳に一人であるから、通常の山小屋に比べると御の字である。しかも二の池から引いてきた水を電熱で沸かした風呂まで利用できる。勿論石鹸は使えず汗を流し湯船に浸かるだけであるが、この上ない贅沢感が味わえる。二ノ池の水は保健所の指導で濾過はしているが、そのまま炊事にも使用しているとのことであった。そのまま飲用も出来るようだが、ご主人は都会の人達には勧められないと言っていた。私は翌日用にボトルを満たした。

食事はソバ入りの味噌汁、虹鱒の甘露煮、山菜の煮物など贅沢は言えない内容だったが満腹はした。

暖房は石油ストーブで、何とはなしにそれを囲む雰囲気であった。

本日のネット歩行時間は3時間24分、グロス歩行時間は4時間12分、獲得高度は1036mになっていた。

登高中ヤマハハコ、モミジカラマツ、ゴゼンタチバナ、ミヤマアキノキリンソウ、シナノオトギリ、オンタデなどに出合ったが定番のチングルマ、ハクサンイチゲ、ミヤマキンバイなどは目につかなかった。

2008年07月27日 (土) 曇時々晴

この日の行動は次の通りである。

覚明堂6:23〜6:38二ノ池小屋6:38〜7:23摩利支天展望台7:28〜7:30乗越7:38〜8:10五ノ池小屋8:15〜9:09三ノ池避難小屋9:42〜11:10女人堂(金剛堂)11:23〜12:10行者山荘12:10〜12:20御岳ロープウエイ飯森駅

朝4時に起床した。テラスからは日の出は見えず、東南によった洗面所からは八ケ岳の左からの日の出を見ることが出来た。テラスからは南アルプスと中央アルプスが重なって見え、塩見岳の左に富士山も望めた。山なれない信者は北岳を富士山と混同していた。

朝食は6時前後でゆっくりと池めぐりに出かけた。二ノ池までの火口原にはミヤマダイコンソウ、チングルマ、イワツメクサ、イワギキョウなどが咲き乱れ、昨日の高山植物の種類は大きく変わっていて流石に高度の差と地質の差が如実に現れていた。二ノ池本館につく頃生憎と霧が湧いてきて池の様子ははっきりとしなかった。二ノ池新館への道を分け三ノ池への表示にしたがって進むと小さなゴーロの下りになる。そこを下るとサイノ河原になる。

覚明堂の御主人にガスが出ると分かりにくい道であり、特に左側は絶壁であるから注意するようにとのアドバイスをいただいていたが、霧が晴れてきたのでそのような心配は無用であった。しかし火口原であるサイノ河原には無数のふみあとがあり、確かに霧が濃かったらとんでもない方角に進むことは十分に考えられた。いたるところにお地蔵様が立っているケルンあり、幼児のための供養であることを知る。

サイノ河原から少し登ると白竜避難小屋であり、銅像が立っていた。眼鏡をかけていたので古い人の銅像ではないようだ。ここから五ノ池のある飛騨頂上に向かうには摩利支天への登山道と三ノ池を見渡すユリ道がある。ユリ道は三ノ池避難小屋への近道でもある。時間もあるので摩利支天へと向かう登山道に向かう。乗越を通って五ノ池小屋に行けるが途中乗越の少し先に摩利支天展望台がある。

登山道に入って直ぐにコマクサの群生を見つける。栽培種ではないかと疑ったがパトロールの一隊に確認したところ自生であり、乗越を過ぎ五ノ池小屋の手前にはもっと沢山の群生が見られると言うことであった。有名な御百草の原料が古くはコマクサであるとのことであるから自生が多いには当然と思うことであった。岩稜帯に入るとミヤマダイコンソウ、ミヤマキンバイ、イワベンケイなども見られるようになった。

乗越には祠があり、直ぐ左のピークが摩利支天展望台のようであった。ここからは剣ケ峰と御嶽頂上山荘よく見え、乗鞍岳と残雪が目立つ白山もかすかに確認できた。乗越で一休みして五ノ池小屋に向かう。五ノ池小屋が近づいた地点で確かにコマクサの群生が見られた遠いので見事であると思われない。右手に外輪山に囲まれた三ノ池、左手にほとんど水のない五ノ池が見えてきたが、この辺りの岩石は浅間山の鬼押し出しの岩石のようで比較的に新しい噴火の跡のように思われた。

五ノ池小屋前の五ノ池に水はないものの小さなお花畑になっていて、ここまで来てやっとハクサンイチゲの群生に出合うことができた。ヨツバシオガマ、チングルマも見られた。小屋の従業員がこの先の継子岳への登山道にコマクサの群生が見られると教えてくれたので現地に向かう。丁度継子岳への登山道と濁河温泉への下山道との間にはさまれた斜面にロープが張られている一帯が目指すコマクサの群生地であった。面積は狭いが植生の密度から言うと蓮華岳のコマクサにも劣らない感じであった。

五ノ池小屋に戻り三の池の外輪山を巡って三ノ池避難小屋に向かう。このルートはハクサンイチゲ、チングルマ、アオノツガザクラ、コイワカガミ、キバナシャクナゲなどが散見し素晴らしい。途中に四ノ池に向かう道が分岐しているが時間的な余裕がないので割愛する。四ノ池にも水は無くなっていて、幻の大滝は誠に幻になっていた。

開田口に向かう分岐があるピーク辺りから見下ろす三ノ池は神秘的で誠に素晴らしい構図である。背景になる乗越から摩利支天に向かう稜線が外輪山であることがよく分かる。高山帯らしいトレールをいい気分で歩いている内に三の池避難小屋に到着する。ここからは三ノ池の水を汲む場所に向かえる。早速御神水をいただき昼食とする。

お土産として1lのボトル2本と500ml3本に御神水をいただく。昔はこの御神水は万病に効果のある水として大変に貴重な扱いを受けていたとのことであった。十分に休んで三ノ池避難小屋に戻り、黒沢口の女人堂(地形図では金剛堂の表示)に向かって下山を開始する。この道は地図には一部崩壊地危険のマークがあるので、覚明堂のご主人に確認したところ特別に危険なところはないとのことであったので、下山道として選んだものである。

途中に古くなった桟橋があり三箇所の小さな雪渓があったが、全体的に快適な下山道であった。高度が下がるにつれてモミジカラマツ、ゴゼンタチバナ、ツマトリソウ、キソアザミ(蕾)などが目を楽しませた。

女人堂(金剛堂)は8合目であり、一休みして7合目行場山荘、御岳ロープウエイ飯森駅を目指して最後の一下りを頑張る。林間の階段道で膝をがくがくさせながら下るが、登ってくる人達に声をかける余裕もない。

林間に陰気な感じで建っている7合目行場山荘を見てほっとした。この後は10分程の下りで御岳ロープウエイ飯森駅であった。とにかく鹿ノ瀬駅まで降りてしまおうと足湯にも入らずにゴンドラに乗り込んだ。尚鹿ノ瀬駅の売店で売られていた御神水は何と1lが2000円であったとは家内の報告であった。

本日のネット歩行時間は4時間53分で、グロス歩行時間は5時間57分であった。標準時間より20分ほど遅かったがまあ元気で歩けたと思っている。(2008.08.03記)

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第02回山行記録バックナンバー(念願の劔岳に登る)(2000.10.15)
第03回山行記録バックナンバー(秋の白峰三山)(2000.12.30)
第04回山行記録バックナンバー(交野山 - 石仏の道)(2001.03.15)
第05回山行記録バックナンバー(懐かしの摩耶山)(2001.04.15)
第06回山行記録バックナンバー(早春の奥比叡縦走)(2001.04.30)
第07回山行記録バックナンバー(めずらしく九州の山 - 由布岳)(2001.05.15)
第08回山行記録バックナンバー(八淵ノ滝から武奈ケ岳)(2001.05.30)
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第11回山行記録バックナンバー(梨ノ木林道から竜ケ岳)(2001.10.15)
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第15回山行記録バックナンバー(晩秋の百里ケ岳)(2002.02.15)
第16回山行記録バックナンバー(比叡山の初歩き)(2002.02.28)
第17回山行記録バックナンバー(雪のダイヤモンドトレール)(2002.03.15)
第18回山行記録バックナンバー(雪の上高地・乗鞍高原)(2002.03.30)
第19回山行記録バックナンバー(大原の山々縦走)(2002.04.15)
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第30回山行記録バックナンバー(葛城山より竹内峠までの縦走)(2003.3.15)
第31回山行記録バックナンバー(獅子窟寺より月輪の滝までの古道を探索)(2003.3.30)
第32回山行記録バックナンバー(愛宕山系の芦見谷の遡行と滝谷の下降)(2003.4.30)
第33回山行記録バックナンバー(湖北の花で知られた赤坂山と三国山山行)(2003.05.15)
第34回山行記録バックナンバー(郷里長野市の市民の山である飯縄山)(2003.5.30)
第35回山行記録バックナンバー(愛宕山三角点と芦見谷)(2003.6.15)
第36回山行記録バックナンバー(梅雨の晴間に大山登山)(2003.6.30)
第37回山行記録バックナンバー(京都北山最深部の小野村割岳登山)(2003.07.30)
第38回山行記録バックナンバー(コウンド谷から小野村割岳登山)(2003.08.15)
第39回山行記録バックナンバー(懐かしの富士ノ塔山と旭山)(2003.08.30)
第40回山行記録バックナンバー(久し振りの北アは焼岳)(2003.09.30)
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第64回山行記録バックナンバー(涸沢カールの紅葉見物)(2005.11.15)
第65回山行記録バックナンバー(米子の滝から根子岳へ)(2005.11.30)
第66回山行記録バックナンバー(秋晴れの高社山)(2006.12.30)
第67回山行記録バックナンバー(晩秋の一夜山)(2006.01.15)
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第69回山行記録バックナンバー(長野市東部にそびえる妙徳山)(2006.11.30)
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第71回山行記録バックナンバー(今年の初登山は明覚山)(2007.05.15)
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第73回山行記録バックナンバー(新緑の金時山)(2007.06.15)
第74回山行記録バックナンバー(梅雨の晴れ間に尼厳山と奇妙山)(2007.07.30)
第75回山行記録バックナンバー(針の木岳から岩小屋沢岳までの縦走)(2007.08.30)
第76回山行記録バックナンバー(乗鞍岳の登山道を下る)(2007.10.30)
第77回山行記録バックナンバー(梅雨の晴れ間に山上ケ岳)(2008.06.12)
第78回山行記録バックナンバー(笹ケ峰より戸隠へ)(2008.07.30)