「燕岳より常念岳へ」

8月の初めに裏銀座から雲ノ平を歩きましたが、その後好天に恵まれず第二回目の夏山登山には間が空きました。何しろ雨の中を歩くのは極力敬遠していますので、気象情報から好天が予想されないと計画が実行出来ないのです。燕岳から常念岳までの縦走はとうとう8月28日から30日に決行となってしまいました。

好天を予想していましたが、28日合戦尾根の登りは曇り空の下となり燕山荘手前では小雨がぱらつきましたが、その後天気は持ち直し、常念山脈の縦走と一ノ沢への下山は晴天に恵まれ楽しく歩くことが出来ました。

燕山荘ではご主人の赤沼さんが不在でご自慢のアルペンホルンの生演奏は聞けなかったのですが、常念小屋ではN響のフルート奏者細川順三さんと東京音楽大学の教え子のフルート演奏を楽しみ、至福の時を味わいました。キャリアの浅い私でも山小屋の変貌振りには驚いていますので、古の山男はどのような思いでフルートの音色を聞いたでしょうか。

燕岳山頂からの展望はもう一つの感じでしたが、大天井岳、常念岳からの展望は言うことなしの結果でした。目近に見える槍ケ岳、穂高連峰は岩肌とハイマツなどの緑が映えて素晴らしいものでした。

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8月28日 (日) 曇後晴

この日の行動は次の通りである。

中房温泉登山口9:04〜9:38第一ベンチ9:48〜10:15第二ベンチ10:15〜10:48第三ベンチ10:58〜11:36富士見ベンチ11:43〜12:15合戦小屋12:49〜13:09合戦沢ノ頭13:09〜13:54燕山荘

今回は事前準備をしたので松本駅では上手く7:07発の南小谷行の電車に乗ることが出来た。穂高駅では余裕を持って8:00発の中房温泉行のバスに乗れた。夏山の時期は若干過ぎていたので、乗客は我々を含めて3名であった。

中房温泉には8:45に到着したが、バスが高度を上げるにつれ霧が晴れて標高1462mの表示のある登山口に着く頃には視界はかなり開けてきた。トイレを済ましのんびりと出発する。下山してくるパーティからは激励の声がかけられる。彼らは一仕事した充実感もあって、多少の優越感も持ちながらの激励と聞いたが思い過ごしだろうか。

第一ベンチまでは少し急登であるが、古い登山道に見られる上手なルートの付け方のせいであまり急登であるようには感じない。少し身体が暖まったと思う頃人声が聞こえてきて第一ベンチに到着した。一休みして谷間の湧き水を味わう。冷たい湧き水でこのような状態なら涸れることもないだろう。昼食には少し早い時間ではあるが、ベンチを利用して料理をしている登山者がいたが長靴を履いていた。長靴の長所を聞かされたが、むれの問題は解決出来ないだろうと思った。

第一ベンチを過ぎると平坦な道となり、尾根にたどり着く手前で合戦小屋へのケーブルワイヤの下をくぐる。間もなく第二ベンチに到着したが、時間的には30分も歩いていないのでパスする。ほぼ尾根を通して登り続けると第三ベンチに到着した。このベンチではかなりの登山者が休息を取っていた。標識を見ると燕山荘まで3.0kmとあり、全行程は5.5kmとされているので、未だ半分歩いていないことを知って、いささか気落ちしてしまった。このような気持ちになるのはシャリばての前兆と思いオニギリを一つ食し、水の補給も怠りなく行う。ここで埼玉から来た男性3人のパーティと話を交わす。彼等とはつかずはなれずで燕山荘から大下りノ頭まで一緒であった。マイカー登山なので大下りノ頭から思いを残しながら下山となった。

休むには早かったが富士見ベンチでも一休みする。ここから合戦小屋までは一登りと言ったところである。合戦小屋では先ず一切れ800円の西瓜にかぶりつく。晩夏であり曇り空の下での登りであったのでそれほど渇してはおらず、1/8サイズの量は多かった。多分二人で1/8量でよかったのではないかと思った。しかしケーブルで運んだにせよ西瓜1ケ分が6400円に化けるのであるから good business と言うものだ。ゆっくりと昼飯としてのオニギリも食した。合戦小屋の裏からは大天井岳の大きな山容が眺められる。

十分に休息しエネルギーも補給して歩き出した。合戦沢ノ頭への道は荒れた登りとなっているがどうも調子が出ずに足が妙に重い。どうやら合戦小屋ではよしずばりの小屋に座り冷たい西瓜など食べたので、すっかり身体を冷やしてしまったらしい。一汗かいたら調子も戻ったようで、歩き続けて合戦沢ノ頭はパスした。曇で眺めもそれほど期待出来ないと思ったせいもある。

燕山荘が見え出したがそれからの登りが結構あり、おまけに小雨がぱらついて来た。雨に濡れるのが嫌いな家内は早速傘を拡げて一層のんびりと歩いている。私もオタカラコウ、オヤマリンドウ、ミヤマトリカブトなどが咲いているお花畑を楽しみながらペースを合わせる。上手に補修された木の階段が現れて燕山荘が近くなったことを知る。階段を登りテント場を過ぎるとそこはもう燕山荘の風格のある本館の前であった。

チェックインを済ませて今夜のねぐらを確かめる。二畳のスペースに二人とのこと問題なしと思いザックの整理をして外に出る。既に小雨も上がり東側の眺めは雲にさまたげられているが、西側と南側の展望はまずまずと言ったところだ。西側には8月初旬に縦走した鷲羽岳・ワリモ岳・水晶岳・真砂岳・野口五郎岳が見えて思いがひとしおである。南西側の槍ケ岳と穂高連峰、南側の常念岳・大天井岳も見通せる。北側の燕岳はよく見えるがその背後の山は雲に包まれてる。翌朝はまったく全ての方角が見渡せて、北信五岳の内の妙高山、黒姫山、戸隠山(高妻山)、飯縄山も雲海の彼方に望むことが出来た。

ほとんど空身で燕岳を目指す。花崗岩の白砂、奇妙な形のオブジェ、遅咲きのコマクサを眺めながらの漫歩である。しかしピークに近づくにつれ岩塊の間につけられたルートを慎重に歩くことを要求される。結構汗をかいて頂上の三角点を踏む。雲の様子は燕山荘出発時とあまり変わらないが、高度があるだけ眺めは素晴らしい。相変わらず北の方角の眺めは望むべくもない。寒さも感じ来たので10分程の滞在で下山した。

夕食まで穴倉でゴロゴロを決め込んだ。夕食は第二ラウンドになって丁度空腹感が出て来た。豚の生姜焼、鯖の煮付と山小屋にしては良質な蛋白質に富んだものであった。

食事後にはビデオでご主人の赤沼さんのアルペンホルンの演奏と雑談を視聴した。赤沼さんが不在でなかったら生演奏が聴けたはずとのことで、これはまったく残念なことであった。

水は下の沢からポンプアップしているので潤沢であり飲水にも不自由はないが、無駄使いは出来ない仕組みになっていた。トイレも清潔であり不満はなかった。

本日の登山口から燕山荘までグロス歩行時間は4時間50分、ネット歩行時間は3時間49分であった。累積獲得高度は1324mとなっていた。合戦尾根も予想以上に早く登れたようである。燕岳の往復には小1時間を要した。

8月29日 (月) 晴

この日の行動は次の通りである。

燕山荘6:38〜7:08蛙岩7:08〜7:30大下りの頭7:40〜9:00切通岩9:10〜9:20喜作新道分岐9:20〜9:52大天荘10:16〜10:27大天井岳10:44〜10:52大天荘11:00〜11:21旧二俣小屋跡11:21〜11:46東大天井岳分岐11:46〜12:10一ノ俣谷乗越12:23〜13:30常念小屋

日の出を拝み周囲の山々を撮影する。南東方向には八ケ岳と南アルプスの間に富士山が姿を現していた。同定は出来ないが奥秩父の山々も見渡せた。常念岳、大天井岳、穂高連峰、槍ケ岳、裏銀座の山々、立山、剣岳、針ノ木岳、蓮華岳、鹿島鑓ケ岳などの後立山の山々も認識出来た。旭岳の特徴ある山容はよく分かるが、白馬岳は白馬鑓ケ岳に隠れて見えないようだ。

久しぶりの好天なのでヘリコプターによる荷揚げが6時過ぎから開始されて本館前は利用不能となり、新館の出入り口から出発となった。行程から早立ちすることもないのであるが、ヘリコプターでの荷物の上げ下ろしを珍しそうに見物して出発は若干遅れてしまった。小屋の裏側の斜面を下って縦走路に合流するのだが、目覚めていない体なので急な斜面をへっぴり腰で下る。

縦走路に入ったら大下りノ頭までは何と言うこともない快適な縦走が楽しめた。大岩の割れ目を過ぎたら出現した蛙岩(ゲイロイワ)はよく見ると確かに蛙が張り付いているように見えた。大下りノ頭で一休みする。振り返ると竜王岳、立山、剣岳の姿が雄雄しく見事である。

大下りノ頭と聞くとこの先厳しい下りがあるように思えて少し身構えたが、下りだしたら特別に注意を要するような下りではなかった。為右衛門吊岩に気が付かずに歩いて小さな鎖と梯子が付けられている岩場に到着した。岩場を過ぎると切り通しがあり、そこが切通岩で右手の岩肌に喜作新道の開拓者の小林喜作のレリーフがはめ込まれていた。左右に有明山と裏銀座が望める絶好のポイントなので、休息することとした。

喜作新道の分岐は切通岩の直ぐ先であったが、表銀座ルートがここから分岐していることを思い、更には大天荘への登りに備えて又一休みしてしまった。大天荘への登りは緩いものであったが直登に近くかなりきつく感じた30分であった。途中で立ち休みを数回取るとは珍しいことであった。振り返ると燕山荘からの縦走路がうねっていて結構歩いて来たことを感じさせられる。

大天荘は大天井岳の肩にある平地に建てられていて眺めがよい小屋のようだ。少し早いがオニギリ(梅干入りで持ちがよい)の昼食とする。食事後ザックを置いて大天井岳の頂上を目指して歩き出す。小屋の北側に踏み跡があるが少し分かり難い。しかし直ぐにはっきりとした道となりあっと言う間に頂上に達した。頂上の眺めは最高で、針ノ木岳の下には高瀬湖が緑の水を満々とたたえているのが良く分かる。ブナ立尾根の麓には濁沢の白い河原もよく見える。大天井岳は槍ケ岳に一番近いピークであるので、東鎌尾根、西鎌尾根、北鎌尾根と見事に裾を広げた景観が素晴らしい。

飽きることなく周囲の山々を見渡すが、縦走の目的である常念岳は東大天井岳、横通岳の未だ先である。今朝出発した燕山荘や切通岩の梯子もよく見える。名残惜しい気持ちを持ちながら大天荘に引き返す。

この先はそれほどの登りもないので、距離は長いが気楽に歩けるはずと大天荘を出発する。20分程歩いたところ右手に古いコの字形の石垣が見えた。旧二ノ俣小屋跡と思われた。かつて二の俣谷を利用するルートでもあったのだろうか。近くに水場があるようでもなくロケーションは悪かったと思われた。小屋跡から25分程で東大天井岳分岐である。ここはガイドブックによれば直進せずに左に折れよと書かれていたが、その通りの標識が立っていたので間違えることもなかった。しかし乗越を目指してどんどん下って行くので少々不安になった。おりしもガスが出てきたので、周囲の様子を見て判断することも出来ない。荒れてはいるがきちんとした道となっているので下り続けたところ、一ノ俣谷の源頭となる乗越に到着した。先着の女性パーティとは切通岩で一緒に休息を取ったことがあった。

ここからは手前と横通岳の二つのピークを過ぎると常念岳への下りになるので、ここからは最後の登りとなる。緩い登りでありしかも最後の登りであるので、気合も入りどんどんとペースが上がる。途中で横通岳のピークハントをして来て小休止していた女性に会ったが元気な人もいるものだと思った。

横通岳を巻くと前方に待望の常念岳の全容が見えてきた。下り始めると間もなく樹林帯に突入し、薄暗い林間の荒れた道をひたすら下ることになる。樹林が途切れたあたりはもう常念乗越で大勢の登山者が屯していた。

常念小屋は常念乗越の東側の平地にあり風当りの少ない絶好の場所である。水は下の沢からポンプアップしているので、燕山荘同様に不自由はない。チェックインを済ませたところ本日は8畳部屋に8人とフトン1枚に1人が寝られる状態であった。同部屋は浜松からのパーティと珍しくも長野市淺川からのご夫婦であった。北アルプスを歩いていて長野市からの登山者と同部屋になるのは結構稀なケースなのだ。

夕食は大きなドイツ風のソーセージが主菜で、蛋白質の補給には向いていたが好き嫌いが出るようだった。夕食後に食堂でN響のフルート奏者細川順三さん、東京音楽大学の教え子、奥さんの幸子さん(電子チェロ)のフルートの演奏があり至福の時を味わった。本格的なハイドンの作品から年配の登山者向けにビートルズナンバーも披露され、それは心温まるひと時であった。このような音楽会が山小屋で開かれるのは、常念小屋に限らずあちこちの山小屋で実施されているようで、キャリアの浅い私でも隔世の感に打たれた。ご主人の山田さんもご自慢の安曇節を披露された。

本日の水晶小屋までグロス歩行時間は6時間52分、ネット歩行時間は5時間30分であった。累積獲得高度は燕山荘から大天井岳までで618mとなっていた。歩行時間には大天井岳への往復の時間も含まれている。

8月30日 (水) 晴

この日の行動は次の通りである。

常念小屋6:07〜6:59前常念岳分岐(8合目)6:59〜7:08常念岳7:33〜7:39前常念岳分岐7:39〜8:30常念小屋8:50〜8:57第三ベンチ8:57〜9:20最後の水場(一ノ沢への合流点)9:28〜10:25木陰の水場(標高1840m付近)10:38〜10:45烏帽子沢出合10:45〜11:08大滝ベンチ1:08〜11:40山ノ神11:40〜11:55一ノ沢出合

朝食を済ませサブザックのみで常念岳頂上に向かう。荷物が少ないので快調に登ったが頂上までは約1時間を要した。蝶ケ岳までの縦走をするなら恐らく1時間20分程度はかかったことだろう。頂上からの展望は早朝であることから一層素晴らしく、ピークからは乗鞍岳、御岳など今までの縦走中には見ることが出来ない山々の雄姿が拝めた。燕岳、針ノ木岳の背後には後立山もはっきりした稜線を示していた。目近く見る槍穂の山容に素晴らしさは言うまでもない。ただピーク付近は狭く露岩がゴロゴロして不安定なので、落ち着いて写真を撮る余裕はなかった。

登りに要した時間に匹敵するほどゆっくりと下り、常念小屋でトイレ休憩を済ませいよいよ一ノ沢出合に向けて下山を開始する。出発前に一ノ沢出合でのタクシーの予約時間を12:15に訂正しておいた。

最後の水場(一ノ沢への合流点)までの下りはそれほどの難路ではなく、あっさりと水場に到着し美味しい水を賞味する。湧き水ではないが冷たい。一息入れて一ノ沢を渡り左岸を下ることになる。一ノ沢をつかずはなれずに下るが、胸突き八丁はそのような印象もなく下り続ける。もっともこのネ−ミングは登りの登山者用だろう。笠原沢出合で休憩することなく下り続けたが、烏帽子沢出合との中間点(標高1840m見当)の木陰の水場で昼食とする。木陰で涼しくまた冷たい水も飲めるので格好の休憩場所と見た。一ノ沢登山道は水筒要らずの別名があるそうだが、まったくその通りで最後の水場から大滝ベンチまで飲み水にまったく不自由することはなかった。

ゆっくり休み下山を再開する。間もなく烏帽子沢出合である。この地点はほぼ中間地点で常念小屋まで2.9km、一ノ沢まで2.8kmの標識が立てられていた。休憩をすることなく下り続ける。一ノ沢出合に12:00までには到着したいとの思いがあり、休憩してのんびりの気分にはなれないのだ。一ノ沢出合まで2.1kmの標識のある大滝ベンチでは大勢の登山者が休憩していたが、横目で見ながらパスとなる。ゴロゴロ道が続き早く歩き易い道にならないかと期待しつつ下るが、その期待は度々裏切られることになる。

歩き易い道になったと思った頃には山ノ神に到着していた。無事に登山を終了出来そうだと感謝の祈念をする。残りの距離は500mと知ってほぼ予定通りに下山出来ると確信した。

ここからは家内を先頭にして前へ進む。林間に赤い屋根が見えて一ノ沢登山補導所に到着し、無事に常念山系の縦走が終了した。タクシーが待っていたが、常念小屋からの連絡では12:00に乗車(実際は12:15と予約)とのことだったそうで、11:55に下山が終わってまさにドンピシャのタイミングとなった。一ノ沢出合で昨晩常念小屋で同宿していた松本市丸の内中学の一行が昼食を取っていた。40〜50名の団体もタクシーを利用することになるのだそうで大変なことである。一ノ沢出合までの林道は大型バスが入り込めない場所があるのだそうだ。

本日の常念小屋より一ノ谷出合のグロス歩行時間は3時間5分、ネット歩行時間は2時間44分であった。下りは苦手とする我々にしてはよく歩いたものである。尚常念岳の往復には2時間弱を要した。

豊科町では電車の時間待ちを利用して大黒なる鰻屋で鰻重を食べたが、関西風の腹開きで蒸しが入っていないものであった。豊科町の鰻屋は関東風と関西風が混在している由。大黒が評判を取っているのは(タクシーの運転手さんがご推奨)東洋紡豊科工場(現在もフィルム生産工場として健在)の影響かと密かに思った次第である。

天候に恵まれて山々の素晴らしい展望が楽しめ、有意義な常念山系縦走登山であった。燕山荘、大天荘、常念岳と三泊四日の行程にすれば、年を取ってもまだまだエンジョイ出来るコースであると思えたのが収穫であった。(2005.09.25記)

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第02回山行記録バックナンバー(念願の劔岳に登る)(2000.10.15)
第03回山行記録バックナンバー(秋の白峰三山)(2000.12.30)
第04回山行記録バックナンバー(交野山 - 石仏の道)(2001.03.15)
第05回山行記録バックナンバー(懐かしの摩耶山)(2001.04.15)
第06回山行記録バックナンバー(早春の奥比叡縦走)(2001.04.30)
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第08回山行記録バックナンバー(八淵ノ滝から武奈ケ岳)(2001.05.30)
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第11回山行記録バックナンバー(梨ノ木林道から竜ケ岳)(2001.10.15)
第12回山行記録バックナンバー(秋の鳳凰三山)(2001.10.30)
第13回山行記録バックナンバー(秋の天城縦走)(2001.12.30)
第14回山行記録バックナンバー(大台ケ原散策)(2002.01.15)
第15回山行記録バックナンバー(晩秋の百里ケ岳)(2002.02.15)
第16回山行記録バックナンバー(比叡山の初歩き)(2002.02.28)
第17回山行記録バックナンバー(雪のダイヤモンドトレール)(2002.03.15)
第18回山行記録バックナンバー(雪の上高地・乗鞍高原)(2002.03.30)
第19回山行記録バックナンバー(大原の山々縦走)(2002.04.15)
第20回山行記録バックナンバー(リトル比良)(2002.05.15)
第21回山行記録バックナンバー(山田牧場・志賀高原・鬼無里村)(2002.06.15)
第22回山行記録バックナンバー(浅間山系の前掛山・黒斑山)(2002.07.15)
第23回山行記録バックナンバー(根子岳・四阿山)(2002.8.15)
第24回山行記録バックナンバー(薬師岳・黒部五郎岳)(2002.09.15)
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第27回山行記録バックナンバー(住塚山・国見山)(2002.12.15)
第28回山行記録バックナンバー(比叡山・飯室谷・横川根本中堂)(2003.01.30)
第29回山行記録バックナンバー(大見尾根和佐谷峠より天ケ岳行)(2003.02.15)
第30回山行記録バックナンバー(葛城山より竹内峠までの縦走)(2003.3.15)
第31回山行記録バックナンバー(獅子窟寺より月輪の滝までの古道を探索)(2003.3.30)
第32回山行記録バックナンバー(愛宕山系の芦見谷の遡行と滝谷の下降)(2003.4.30)
第33回山行記録バックナンバー(湖北の花で知られた赤坂山と三国山山行)(2003.05.15)
第34回山行記録バックナンバー(郷里長野市の市民の山である飯縄山)(2003.5.30)
第35回山行記録バックナンバー(愛宕山三角点と芦見谷)(2003.6.15)
第36回山行記録バックナンバー(梅雨の晴間に大山登山)(2003.6.30)
第37回山行記録バックナンバー(京都北山最深部の小野村割岳登山)(2003.07.30)
第38回山行記録バックナンバー(コウンド谷から小野村割岳登山)(2003.08.15)
第39回山行記録バックナンバー(懐かしの富士ノ塔山と旭山)(2003.08.30)
第40回山行記録バックナンバー(久し振りの北アは焼岳)(2003.09.30)
第41回山行記録バックナンバー(涸沢と北穂高岳)(2003.10.30)
第42回山行記録バックナンバー(岩菅山と裏岩菅山)(2003.12.15)
第43回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つである黒姫山)(2003.12.30)
第44回山行記録バックナンバー(部屋から見える霊仙寺山)(2004.01.15)
第45回山行記録バックナンバー(初冬の御在所岳)(2004.01.30)
第46回山行記録バックナンバー(戸隠高原スノーシューハイキング)(2004.02.15)
第47回山行記録バックナンバー(飯縄山にスノーシュー登山」)(2004.03.15)
第48回山行記録バックナンバー(根子岳にスノーシュー登山)(2004.03.30)
第49回山行記録バックナンバー(戸隠古道を越水ケ原まで歩く)(2004.05.30)
第50回山行記録バックナンバー(ブナ巨木で知られた鍋倉山を歩く)(2004.06.30)
第51回山行記録バックナンバー(信州百名山の一つである虫倉山を歩く)(2004.07.15)
第52回山行記録バックナンバー(長野市トレッキングコースの陣場平山を歩く)(2004.07.30)
第53回山行記録バックナンバー(五竜岳・唐松岳)(2004.08.15)
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第55回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つの妙高山)(2004.10.30)
第56回山行記録バックナンバー(初冬の雨飾山)(2004.11.30)
第57回山行記録バックナンバー(ミルフォード・トラック)(2005.01.30)
第58回山行記録バックナンバー(戸隠高原高デッキ山)(2005.04.15)
第59回山行記録バックナンバー(60年振りの冠着山登山)(2005.05.15)
第60回山行記録バッククナンバー(残雪の蓼科山登山)(2005.05.30)
第61回山行記録バックナンバー(岩井堂コースから虫倉山)(2005.06.30)
第62回山行記録バックナンバー(裏銀座から雲ノ平へ)(2005.08.30)