「ミルフォード・トラック」

正月早々の1月11日から19日までニュージーランドに行き、13日より16日まで三泊四日の行程でミルフォード・トラックのトレッキングをして来ました。昨年秋に家内がミルフォード・トラックに興味を持ち色々調査をしましたが、多少出費はかさむが旅行社のパッケージツアーに参加することになりました。

ミルフォード・トラックは20世紀の初頭に、イギリスの出版社から" The Finest Walk in the World"のキャッチフレースを付けて紹介されて以来人気のトレッキングルートで、最近日本でも注目を集めているコースです。詳細を紹介することは出来ませんが、ガイド付きのトレッキングを運営しているニュージーランドの会社(Milford Track Guided Walk Ltd)のホームページをのぞいて見てください。

ガイド付きのトレッキング(guided walk)の全長は33.5マイル(54km)で決められたロッジで三泊します。費用はハイシーズンで1750NZ$とのことです。ロッジでの夕食は三品(スープ、主菜、デザート)で、下手なホテル顔負けの内容です。お昼は各自が食べられるだけの量のサンドイッチを作って持参します。昼食と休憩時には暖かい飲み物が供されます。バックパックと雨具も貸与されます。まあ有料のトレッキングルートとは言え日本の山小屋から想像したらまったく予想もされないサービスがなされます。

泊まるロッジはまったく別でインデペンデント ウオーカーなるトレッカーも歩いています。彼らは素泊まりのロッジは利用できますが、食料その他を持参せねばならず重装備となります。

ガイデッド ウオーカーは次ぎの日程で歩きます。ニュージーランドはメートル法を採用していますが、このトレッキングルートでは伝統的にマイルでの表示です。ちなみに1マイルはほぼ1.6kmです。

    日                    区間     距離         標高差
  第一日  グレード ウォーフからグレード ハウスまで  0.8 マイル  13m
  第二日  グレード ハウスからポンポローナ ロッジまで  10マイル  195m
  第三日  ポンポローナ ロッジからクインティン ロッジまで  9マイル  登り 744m 下り904m *
  第四日  クインティン ロッジからサンドフライ ポイントまで  13マイル  下り 250m

* マッキノン峠の最高点の標高を現地の標識に従い1154mとした。              

地図に関してはMilford Track Guided Walk Ltd作成のオリジナルを参考にして下さい。(現在転載許可依頼中)

トレッキングが終了しマイター ピーク ロッジに宿泊した際に、売店横にミルフォート・トラックとミルフォード・サウンドの空中写真が貼られていました。とりあえず写して後で地名を入れました。地図とは一味違った参考図が出来上がりましたので、上記のオリジナルと比較してご覧下さい。初めの空中者写真は「マッキノン峠を中心とするミルフォード・トラック」で、後の空中写真は「ミルフォード・サウンドとミルフォード・トラック」です。

この山行記録の写真画像のページに飛びたい場合は、ここをクリックして下さい。

では例のごとくに山行記録を書いて行きます。

1月13日 (木) 晴後雨

この日の行動は次の通りである。

クイーンズタウン(バス)〜テ・アナウ ダウンズ(船)〜グレード ウォーフ〜グレード ハウス

テ・アナウ ダウンズ ホテルでの昼食後に全員が顔合わせをする。我々の今回のグループ名はNo.74 となった。ガイドを含めて記念の撮影をする。グループの内訳は日本人16名、アメリカ人3名、オーストラリア人16名の計35名だった。ガイドは全員で4名、Hisa(日本人)、Jill(女性)、Chris、Nickである。ミルフォード・トラックの始まりはテ・アナウ ダウンズからとも言える。

ミルフォード・トラックに入ることを許されるのは、一日当りガイデッド ウオーカーが50名、インデペンデント ウオーカーが40名の90名に決められていて、グレード ハウスからサンドフライ ポイントまでを歩くことになり逆ルートは許されていない。

テ・アナウ ダウンズの手前のモス バーン(Burnは小川の意味)辺りから降り出した雨はグレード ウォーフ(標高202m)では本格的な降りとなり、傘を差してグレード ハウスに向かう。約20分の歩きで最初の宿泊地に到着する。

部屋は6人用で二段のパイプベッドが三台置かれていた。これを5名で使用することになったが、これは手違いで次ぎの二泊は6人用の部屋が我々三人(家内と家内の友人と私)に用意されていた。             

シーツは支給されるがトレキングの間自分で持って歩くシステムである。

荷物の整理など済ませ飲み物を取り一息入れたところでHisaが足慣らしの自然観察のガイドをしてくれた。往復1時間強ペッパートリー、赤ブナ、銀ブナ、バンブーオーキッド(花期は過ぎていた)、イースターオーキッド(花期はこれから)などを眺めながら、雨中での足慣らしを楽しんだ。

夕食は主菜が二種類からの選択(鹿肉と魚)であったが私は鹿肉ステーキを選ぶ。以前にドイツで食したことがあったがそれよりも美味であった。

夕食の後でスライドで明日のコースの説明があり、ついで自己紹介が始まる。家内がオカリナで「さくら、さくら」を吹いたので、皆がそれに合わせて合唱をする。オーストラリアグループは「ワルツィング マチルダ」、アメリカ人は「雨に歌えば」、ガイド達はマオリの戦士の雄叫び(オールブラックスのパフォーマンスでよく知られている)を披露した。日本人は何時も「上を向いて歩こう(スキヤキソング)」を合唱するらしい。思いがけずに盛り上がった自己紹介であったが、シャワーの後きっちり10時消灯で就寝となる。こちらは夏時間と緯度の関係で9時をだいぶ過ぎでもまだ十分に明るいので、就寝のタインミグが分かりづらい。

1月14日 (金) 晴後雨

この日の行動は次の通りである。

グレード ハウス8:45〜9:26マッキノン ハット跡9:26〜10:17クリントン ハット10:20〜12:37ヒレレ滝 シェルター13:25〜15:00ポンポローナ ロッジ

グレード ハウスの西側をクリントン川がゆったりと流れている。ルピナスが咲いているがこれは外来種で現在ニュージーランドでは駆除中とのことで、いずれ見られない風景になるらしい。吊橋を渡りクリントン川の右岸に付けられたルートを歩き出す。10分足らずの歩きで1マイル標識を見つける。こんなペースで歩いていたら1マイルを30分近くかかってしまうことになるので、少し気合を入れて歩き出す。約20分歩いた地点でガイドのJillが赤ブナの巨木群を見るように案内してくれた。周囲が10m以上もあるような赤ブナが三本聳えていた。この地帯は岩盤地帯でその上をコケが腐食した土が僅かに被覆しているだけなので、根の張りが浅く簡単に倒木になってしまうようだ。

赤ブナの巨木群を見るためルートから入り込んだ地点がほぼ2マイル標識地点で、その先にマッキノン ハット跡があった。クインティン マッキノンは、ミルフォード・トラックの開発に一番の功績のあったスコットランドの探検家で、テ・アナウ湖で遭難死をした悲劇の主人公でもある。マッキノン峠、クインティン ロッジ、セント クインティン滝にその名を残している。

上高地の梓川の風景を思い出させるようなルートを歩き続け、ドア峠への分岐を過ぎウエットランドに寄り道する。ここはコケの生育が素晴らしく北八ケ岳のコケの林間を思わす。もう少し明るく生育の程度が盛んであるようだ。朝グレード ハウスで遠くに見えたザ・センティネルが目近に見えてきた。ザ・センティネルの左方向を目指してクリントン谷に入って行くことになるのだ。

ウエットランドから10分程歩くと広河原とでも言いたいようなクリントン川の右岸が展開する。思わず5分程度の小休止を取る。

広河原から間もなくクリントン ハットに到着でここでトイレ休憩とする。クリントン ハットはインデペンデント ウオーカーの宿泊設備であるが、ガイデッド ウオーカーもトイレが利用出来また水場でもある。僅かの休みで出発する。3マイル標識、4マイル標識を過ぎ、5マイル標識まで歩いて来てここで本日の行程の半分と休憩する。林間で流れもある気持ちの良い場所であった。

5マイル標識を出発し15分程歩くと、左に"bridge"の表示が見られた。これは降雨により沢の水が増えた際の巻き道のようであった。この辺りから徐々にクリントン川の西谷に入って行く。ザ・ロング・クリッフと言われる両側は岸壁となった緩い谷を登って行く。6マイル標識の手前辺りで白い可憐な花を見つける。後で「ニュージーランド 南アルプスの植物」で調べたところ、プラテアなる名前であった。

6マイル標識を過ぎた辺りで、右側にデッド レークなるクリントン谷のせき止め湖が現れる。言わば大正池と言ったところである。写真集で見られるような景観とは思われないままに通り過ぎる。7マイル標識を過ぎた辺りで右手の岸壁からヒレレ滝が見えてきた。もう少し歩いて昼食の場所であるヒレレ滝 シェルターである。クリントン ハットからヒレレ滝 シェルターまで僅か90mの登りであった。暖かいスープと共に自作のサンドイッチをぱくつく。

おりしもシェルターのすぐ脇の疎林の小さな空き地に小型のヘリコプターが降りて来た。燃料のボンベを運んで来たもので、近くにある湖に潜りに来る人達が利用することもあるやに聞いた。少し寒さを感じたが本格的な雨が降り出した。ここで雨具とスパッツを着用しザックカバーも付けて完全武装することとした。

残るは3マイル、時間はたっぷりあるのであせることもないのであるが、雨が降り出したので周囲の景色を楽しむよりは早くポンポローナ ロッジでゆっくり休みたい気持ちが優先してしまう。晴れていたらここら辺りでマッキノン峠が見えてくるのであるが、生憎と期待を裏切る結果である。でも広々とした谷間のルートを歩くのは気分的には開放される。左手にヒドン レークへのバイバスがあったが、ヒドン レークには寄らずに本道を歩き続ける。ガイドの一人がヒドン レークで水浴びをすると言っていたが、この天気ではどうだろうかと思いつつ歩き続ける。

またブナの原生林に入り込み、9マイルの標識を過ぎるとまた谷間の平地である。プレーリーと呼ばれているそうで、確かに草原の雰囲気は感じられる。ここまで来る間にルート沿いにミヤマキンポウゲ、ウツボグサが見られたが、どうやらルート沿いの花は外来種の可能性が高い。クライストチャーチの検疫でも、トレッキングブーツの底を綿密に調べられた。

最後に若干の登りがありバス ストップを通過しマーリーンズ クリークの橋を渡るとそこはもうポンポローナ ロッジであった。ここの標高は410mでヒレレ滝 シェルターから95mの登りであった。バス ストップはマーリーンズ クリークの増水時に時間待ちをする場所で、別にバスが停まる訳ではない。

ロッジで冷たいオレンジジュースのサービスを受け割り当てられた部屋に落ち着く。部屋は"bunk"と言われていたが"bunk"は寝台の意味で、トイレ、温水シャワーは別に用意されている。お金を出せば個室のバス付きの部屋も利用可能なのだが、日本の山小屋を思えば"bunk"でも十分過ぎる位である。乾燥室も午後10時まで利用可能でかなりの温風が吹き出しているので、2時間もあれば完全乾燥である。それにニュージーランドではポリプロピレンの肌着の着用が勧められていて、乾燥は一層早く完了する。靴とゴアテックス加工の雨具だけは素材と加工の関係で急速乾燥は勧められないとして乾燥室に持ち込みは禁止である。ただし水の中を歩かざるを得ないマッキノン峠越えの際のクインティン ロッジでは特別に温度調整されたブースが靴用に用意されていた。

一息入れてから、バス ストップとマーリーンズ クリークの写真を撮りに現場まで戻ったところ、オーストラリア人の4人のグループと殿りを務めたガイドのChrisが登ってくるのに出会った。彼ら5人はヒドン レークで泳いで来たとのことであった。Chrisは殿りの責任かわざわざバス ストップまで逆行し、写真のシャッターを押してくれた。この話には落ちがありオーストラリア人の息子は泳ぎが原因で風邪を引いてしまったのである。体調不良で歩かざるを得なくなり気の毒なことであった。一方泳いだ証拠として濡れた髪の毛をわざわざ見せた若い女性はけろっとしていたが女性は強しか。

この日の夕食はミートソースとペンネが主菜であったが、まずくはないもののミートソースが多すぎて閉口した。明日のコース説明はスライドが故障で口頭での説明に留まった。

ポンポローナ ロッジ付近にはケア(Kea)と呼ばれる野生のオオムが多く見られる。ロビーで周りの木立を見渡すと肉眼でも確認出来る。このケアは「飛ぶ猿」と言われ悪戯好きの鳥で、無用心にしていた隣室に入り込みサンドイッチの残飯をゴミ入れから持ち出したとの話を聞いた。普通サンドフライ避けの意味もあり二重のドアになっている。家内達が現地調達した杖を廊下に立てかけて置いたが翌朝にはなくなっていた。ひょっとしたらケアに持っていかれたのかなと思っている次第。

本日のグロス歩行時間は6時間15分、ネット歩行時間は5時間7分で、資料によれば5〜7時間となっているのでまあまあと言ったところだろう。グレード ハウスからポンポローナ ロッジまでの高度差は資料によれば195mとなっているので、ハイキング程度の歩きだったと言える。

1月15日(土) 雨

この日の行動は次ぎの通りである。

ポンポロ−ナ ロッジ7:45〜9:17ミンタロ ハット9:26〜11:15マッキノン記念碑11:20〜11:49パス ハット12:18〜13:36プラットフォームセクション13:36〜14:51クインティン ロッジ

朝食にポーリッジが供されるのを待っていたのと、杖を探していたので出発は最終となってしまった。ポーリッジはオートミールのお粥であるが、これに梅干をのせて食べたら結構食べられるらしい。私は食べていないので分からない。朝食は合理的にサービスされ、ポーリッジが供されるのはいわゆるコンティネンタルの後になり、更にベーコンエッグやハッシュドブラウンはポーリッジの後になる。早立ちはご馳走にありつけないわけである。

最終者と言うことは殿りのガイドと共に歩くことになる。Jillのペースは結構早いが、兎に角先行者に追いつくように更にペースを上げる。11マイル標識を過ぎてクリントン谷支流の河床に下り立つとそこは雪崩多発地帯である。既に残雪はほとんど見られないが不気味な思いが走る。橋を渡ってクリントン谷の右岸を歩き続ける。初日よりルートの幅は狭くはなっているが、整備の状態はよく気持ちの良いトレッキングが続く。小さな沢をトラバースする際に多少ルートが荒れている箇所が見られるが、その辺りで先行者に追いつき最終者を脱することが出来た。

右手に二段のセント クインティン滝が見られた。優雅な姿であるが落差は230mはあるのだそうだ。これだけ雄大な滝を数多く見ると日本の滝は箱庭の滝の感じがしてならない。天気が良ければマッキノン峠の東に聳えるバルーン山が見える地点に来ても雲がかかり残念ながらその姿は見えない。

ルートは若干登り勾配になるが気になるほどのものではない。13マイルの標識を見落としてしまったが、昨晩の説明を思い出しルート左にあるはずのミンタロ ハットへの表示に注意を払いつつ歩を進める。今度は見落とすこともなくミンタロ ハットに到着出来た。ここもインデペンデント ウオーカーのための宿泊設備であるが我々もトイレの利用が出来る。十分に休んでミンタ湖を右に見ながらマッキノン峠への登りに挑戦である。マッキノン峠まではミンタロ ハットから距離4kmで高度差が500mとのことだから、伊藤幸司さんの計算方式では2時間15分程度で登れるはずである。

ミンタロ ハットを出ると間もなくクリントン橋を渡ってクリントン谷の左岸にうつることになるが、この吊橋は1人だけしか渡れないとの表示があった。ここの吊橋は通常最高5人までの通行は認められているのだが、この橋のみはきつい重量制限があった。山道らしい雰囲気が出て来て、14マイル標識を過ぎるとジグザグ登山道になる。ぼつぼつと高山植物が目につくが、日本のものと趣が違い、同定は出来ないのでとりあえずシャッターを切っておく。後で調べたところ、クリーピング・ウーレシアサウス・アイランド・マウンテン・フォックスグラブマウンテン・デイジーハースト・キャロットマオリ・オニオンなどをコレクションに加えることが出来た。

ルートは古い峠道の例にもれず、無理のない付け方をしているので部分的なルート上の流水、小さな沢の流れを別にしたら難しいルートではない。大きな曲がりの4番目と5番目の中間に15マイルの標識があったので小休止をする。3番目の曲がりの後で小さな曲がりが五つあるが、大きな曲がりは全部で11と数えた。6番目の曲がりの先から森林限界を越しているそうである。概算すると標高900m前後に森林限界があることになり、北アルプスの2000m〜2300mと比較すると大幅に低いことが分かる。北海道の森林限界は1500mであり、これらの情報からもマッキノン峠越えは北アルプスの標高2000mクラスの峠越えに匹敵する。

11曲がりを終わったあたりで、クリントン谷の源流部分の圏谷を眺めることが出来た。ハート山から左周りに1800m前後のピークが作る圏谷は誠に雄大で直径は2.5kmを越していそうだ。

マッキノン記念碑はガスの中で、先発ガイドのChrisが暖かいココアをサービスしてくれる。ものも言わずに飲み干し休憩も取らずにパス ハットに直行する。記念碑の裏でキウィに似た無翼鳥のウェカを見つけた。パス ハットへのルート沿いに山上湖(ターン)が見られ、マオリ・オニオンの黄、ハースト・キャロットの白がガスの中でも人目を引いている。30分の歩きでパス ハットに到着する。入口の左側(東側)はガイデッド ウオーカーが利用し、右側(西側)はインデペンデント ウオーカーが利用することになっているそうである。Hisaがサービスする暖かいスープでサンドイッチを食べる。雨具を付けているので行儀を悪いが立ち食いである。尚ここのトイレの眺めは最高だそうで、カメラ持参の用足しがリコメンドされている。

十分に休みトイレも済ませて下山に入る。パス ハットからクインティン ロッジまで、距離5.6km、高度差900mとのことである。六甲山の頂上から芦屋の街に下る程度であるから問題はないはずだが、流れがルートをどれだけ歩く難くしているか、また途中の沢の増水状態が気がかりである。

天気が良ければ、ハート山、バルーン山、エリオット山の雄姿、クインティン ロッジの様子、アーサー谷の景観を愛でながら歩くところだが残念なことだ。何しろマッキノン峠を越したら年間降雨量が6500mm〜7000mmのミルフォード・サウンドの地域に入るのだからなにをか況や。17マイルの標識を過ぎるとバルーン山からの滝を見ながら整備されたルートをひたすら下ることになる。岩混じりのルートだが雨を別にしたら心配したほど歩き難いことはない。

エリオット山から発するモレイン クリークの急流を橋で渡るが、この辺りの風景は標高1000mを切る山の雰囲気ではなく、北アルプスの沢の源頭の感じである。

間もなく天気が良ければサザーランド滝が眺められる展望ポイントに到着するがここでも残念の一言。

18マイル標識を過ぎるとプラットフォームセクションに到着する。ここはモレイン クリークの流れに沿って作られた階段と板敷き道で最初にマーガレット滝にお目にかかり、見事な滝とラピッドが連続する流れに並行する大下りである。Hisaもこれだけの水量のマーガレット滝は初見だとカメラのシャッターを切っていた。階段と板敷き道には滑り止めの亀甲の金網が被せてあった。

プラットフォームセクションを過ぎるとまた薄暗い林間を歩くことになる。デジカメでフラッシュ撮影しても暗い景色しか写らない程。林を抜けると待望のクインティン ロッジとダンプリング ハットの分岐で、ここから2分でロッジに着けるとの表示で大いに励まされる。ローリング バーンにかかる吊橋を渡るとそこはもうクインティン ロッジの構内であった。

先着していたHisaからオレンジ ジュースを供され、二杯も飲んで渇きをいやす。部屋で一息入れて、往復1.5時間を要するサザーランド滝(落差580m・世界第五位)の見物に出発する。ザックを置いてあるので足取りも軽い。途中で下山してくる仲間に励まされ難なくサザーランド滝の手前までたどり着いたが、水量が多くまるでジェット機の風きり音を思わす音と台風並みの風速で早々に退散した。近くまで寄ろうと試みたが、バランスを崩したところ3mほど飛ばされてしまった。ホウ(泡)雪崩と同じ現象で圧縮された空気が急に開放されて台風並みの風が吹いていたと素人考えを持ったが、専門家はどのような説明をするのだろうか。

この日の主菜はニュージーランドビーフステーキであったが、牧草で飼育されたニュージーランド牛は固く噛めば味が出るとか言われてもそこまで噛めず、牛肉好きの私でも少し残してしまった。今回のトレッキングでの唯一のマイナス評価となろうか。

夕食後スライドを使い明日のコースの説明があり、その後は消灯も待たずに就寝してしまった。この日は乾燥室に靴を持ち込むことは許されたので靴の乾燥を行ったが、私のローバのゴアテックスの効果は抜群であった。

この日のグロス歩行時間は7時間6分で、ネット歩行時間は6時間17分であった。資料によれば6〜8時間となっている。高度計による累積獲得高度は最高地点で714mと表示されていた。これはポンポローナ ロッジの標高が410m、最高点の標高が1154mであるから妥当なところだろう。

1月16日(日)雨

この日の行動は次の通りである。

クインティン ロッジ7:45〜10:09ボートシェッド10:35〜10:54マッケイ滝10:54〜12:53ジャイアント ゲート13:20〜14:40サンドフライ ポイント

この朝もポーリッジを食べたが、要領がよくなったのかそれほど遅れずに出発出来た。20マイル標識を過ぎた後でサザーランド滝が再度眺められる好展望ポイントを通過するが、最後の眺めとしては遠すぎた。岩の多い下りを歩き21マイル標識を過ぎるとやや平らなルートになる。ダンプリング ハットは22マイル標識付近にあり、これまたインデペンデント ウオーカーのための宿泊設備である。ここでもガイデッド ウオーカーはトイレを利用出来るが、我々はそのまま通り過ぎた。

22マイル標識辺りはやや暗い林間であり、23マイルを過ぎるとやや視野が開ける。23マイルと24マイルの間でトリーアバランシュ(木雪崩)の跡を通過する。かなり踏み込まれた跡があったので最近の雪崩ではないようだ。25マイル標識の後で更に大きなトリーアバランシュを横断するが、こちらの方が古く大規模の感じであった。24マイル辺りは昔レースコースと呼ばれた平坦な地形とされているが現在はそのような感じはなく、トリーアバランシュで地形も変わってしまったのかも知れない。

その後は平らなルートが続き気分よく歩き続けるとボートシェッドの建物が目に入って来た。この辺りの標高は既に60mであるので、クインティン ロッジよりは190mは下っている。ここで熱いスープをサービスされる。雨は止む気配を見せず、最早我々も晴れることを期待しない。

ボートシェッドの20分程先にはマッケイ滝があり、またベル ロックと呼ばれる転倒したマッケイ滝による岩の甌穴がある。マッケイ滝は水量のせいで、これまた写真集に見られるマッケイ滝の様相とは大様変わりである。ベル ロックの中に入るのは少々億劫で割愛してしまった。

26マイル標識を過ぎ林間を抜けると再び大規模な新しいトリーアバランシュを横断することになり、その後草原風な平地を歩くが部分的に泥田状態のルートが続き、端を歩いてはならないのミルフォード・トラックの歩き方のルールに従うと面倒な場面で往生させられる。

ジャイアント ゲートの手前で左手岸壁の切り通しを歩くが、この場所は爆薬を使って作ったルートだそうで当時は難工事であったことを思わす風景であった。

ジャイアント ゲートでは飲み物のサービスのないままに遅い昼食となる。シェルターの名前もついていないむき出しの東屋風の建物で辛うじて雨を避けている程度のものだ。天気が良ければジャイアント ゲート滝を眺めながらの昼食となるのだろう。

ジャイアント ゲート滝は先の吊橋から写真を撮るのがベストのようだが、吊橋を渡るのに気を使いすぎて写真を撮ることには思いが至らなかった。ベル ロックをのぞかなかったこととここでの撮影をミスしたことは、今回のトレッキングで最大の後悔ごとである。

ジャイアント ゲートからサンドフライ ポイントまでは後3.5マイルを残すのみで、林間の広い平坦なルートを頑張るだけであった。途中で膝を痛めたインデペンデント ウオーカーに追いついたが、仲間が連絡して救助隊が向かって行ったので安心ものであった。我々三人も他人事とは思えない気持ちであったが、無事サンドフライ ポイントのシェルターに到着してほっと一息となった。降雨のお陰でサンドフライ(体長2〜3mmのぶよの一種で噛まれると痒い)も活躍しない状況となり、それも雨降りのメリットの一つであったらしい。降雨のお陰で滝の水量が多く見事な眺めを楽しめたこと、高山植物がきれいであったことが挙げられるのは言うまでもない。

降雨の中注意して使用していたデジカメがサンドフライ ポイントに着いたとたんに不調となり、電源がオフにならず困ったことになってしまった。上部表示パネルが曇りだしたので危ないとは思っていたのだが、折角のトレッキング風景の写真を撮らずに帰るのは極めて残念なので、故障の危険を覚悟で使い続けて来たものである。まあサンドフライ ポイントまで使い続けることが出来たのは多としなければならない。

日本からの参加者は全員3時15分発のミルフォード・サウンド行きの船に乗れてすべてよしの結果となった。

ミルフォード・サウンドへのクルーズは僅か15分で終わり、船着場に迎えに来ていたバスに乗り込んでマイター ピーク ロッジに到着して、三泊四日のミルフォード・トレッキングは無事終了と相成った次第。

夕食の主菜は骨付きラムチョップでこれは美味しく、初日の鹿肉ステーキと甲乙が付けられないものであった。

夕食に先立って完歩証の授与が行われたが、何と一番目に私が呼ばれ二番目が家内であった。家内の友人も五番以内に授与されたと思う。年齢順かとも思うがそうでもないようで、何でそのようになったのかは分からないままに機嫌がよくなった授与式になった。

不調となったデジカメは、タオルに包んでスチームヒーターの周りに一晩置き、上部表示パネルの曇は取れたが電源がオフに出来ず画像の再生が出来ない状態になってしまった。モニタのオン・オフで電池を節約しながらプログラムオートでその後も使用が出来たのは不幸中の幸いであった。

この日のグロス歩行時間は6時間55分、ネット歩行時間は6時間2分であった。資料に寄れば6〜8時間となっている。全体を通じての反省になるが、降雨条件下とは言えもう少し余裕のある歩きをすべきであったと思っている。アメリカ人の一行は4時発の船に乗ってマイター ピーク ロッジ到着したと聞いたが、彼らの歩き方は参考になったかも知れない。

17日はミルフォード・サウンドの観光となったが、ミルフォード・トラックのトレッキングとは関係がないので割愛することにする。バスでミルフォード・ロードを通りテ・アナウ ダウンズに戻り、三泊四日(マイター ピーク ロッジでの宿泊を入れると四泊五日)のミルフォード・トラックのトランピングは無事終了であった。(2005.01.28記)

尚このページに他のホームページからのリンクでアクセスしたが目的とする内容が見つからない場合は、既にバックナンバーに納められているので下記のバックナンバーから目的とする内容にアクセスして下さい。

以下をクリックすると希望のページに移れます。

ご挨拶 アルバム 日ごろ思うこと パノラマ 登った山々 山望 花の巻 私の趣味 リンク集

第01回山行記録バックナンバー(何故山好きに)(2000.09.14)
第02回山行記録バックナンバー(念願の劔岳に登る)(2000.10.15)
第03回山行記録バックナンバー(秋の白峰三山)(2000.12.30)
第04回山行記録バックナンバー(交野山 - 石仏の道)(2001.03.15)
第05回山行記録バックナンバー(懐かしの摩耶山)(2001.04.15)
第06回山行記録バックナンバー(早春の奥比叡縦走)(2001.04.30)
第07回山行記録バックナンバー(めずらしく九州の山 - 由布岳)(2001.05.15)
第08回山行記録バックナンバー(八淵ノ滝から武奈ケ岳)(2001.05.30)
第09回山行記録バックナンバー(大普賢岳より七曜岳まで) (2001.06.15)
第10回山行記録バックナンバー(権現山より蓬莱山まで)(2001.07.15)
第11回山行記録バックナンバー(梨ノ木林道から竜ケ岳)(2001.10.15)
第12回山行記録バックナンバー(秋の鳳凰三山)(2001.10.30)
第13回山行記録バックナンバー(秋の天城縦走)(2001.12.30)
第14回山行記録バックナンバー(大台ケ原散策)(2002.01.15)
第15回山行記録バックナンバー(晩秋の百里ケ岳)(2002.02.15)
第16回山行記録バックナンバー(比叡山の初歩き)(2002.02.28)
第17回山行記録バックナンバー(雪のダイヤモンドトレール)(2002.03.15)
第18回山行記録バックナンバー(雪の上高地・乗鞍高原)(2002.03.30)
第19回山行記録バックナンバー(大原の山々縦走)(2002.04.15)
第20回山行記録バックナンバー(リトル比良)(2002.05.15)
第21回山行記録バックナンバー(山田牧場・志賀高原・鬼無里村)(2002.06.15)
第22回山行記録バックナンバー(浅間山系の前掛山・黒斑山)(2002.07.15)
第23回山行記録バックナンバー(根子岳・四阿山)(2002.8.15)
第24回山行記録バックナンバー(薬師岳・黒部五郎岳)(2002.09.15)
第25回山行記録バックナンバー(鹿島槍ケ岳・爺ケ岳)(2002.10.15)
第26回山行記録バックナンバー(荒川三山・赤石岳)(2002.11.15)
第27回山行記録バックナンバー(住塚山・国見山)(2002.12.15)
第28回山行記録バックナンバー(比叡山・飯室谷・横川根本中堂)(2003.01.30)
第29回山行記録バックナンバー(大見尾根和佐谷峠より天ケ岳行)(2003.02.15)
第30回山行記録バックナンバー(葛城山より竹内峠までの縦走)(2003.3.15)
第31回山行記録バックナンバー(獅子窟寺より月輪の滝までの古道を探索)(2003.3.30)
第32回山行記録バックナンバー(愛宕山系の芦見谷の遡行と滝谷の下降)(2003.4.30)
第33回山行記録バックナンバー(湖北の花で知られた赤坂山と三国山山行)(2003.05.15)
第34回山行記録バックナンバー(郷里長野市の市民の山である飯縄山)(2003.5.30)
第35回山行記録バックナンバー(愛宕山三角点と芦見谷)(2003.6.15)
第36回山行記録バックナンバー(梅雨の晴間に大山登山)(2003.6.30)
第37回山行記録バックナンバー(京都北山最深部の小野村割岳登山)(2003.07.30)
第38回山行記録バックナンバー(コウンド谷から小野村割岳登山)(2003.08.15)
第39回山行記録バックナンバー(懐かしの富士ノ塔山と旭山)(2003.08.30)
第40回山行記録バックナンバー(久し振りの北アは焼岳)(2003.09.30)
第41回山行記録バックナンバー(涸沢と北穂高岳)(2003.10.30)
第42回山行記録バックナンバー(岩菅山と裏岩菅山)(2003.12.15)
第43回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つである黒姫山)(2003.12.30)
第44回山行記録バックナンバー(部屋から見える霊仙寺山)(2004.01.15)
第45回山行記録バックナンバー(初冬の御在所岳)(2004.01.30)
第46回山行記録バックナンバー(戸隠高原スノーシューハイキング)(2004.02.15)
第47回山行記録バックナンバー(飯縄山にスノーシュー登山」)(2004.03.15)
第48回山行記録バックナンバー(根子岳にスノーシュー登山)(2004.03.30)
第49回山行記録バックナンバー(戸隠古道を越水ケ原まで歩く)(2004.05.30)
第50回山行記録バックナンバー(ブナ巨木で知られた鍋倉山を歩く)(2004.06.30)
第51回山行記録バックナンバー(信州百名山の一つである虫倉山を歩く)(2004.07.15)
第52回山行記録バックナンバー(長野市トレッキングコースの陣場平山を歩く)(2004.07.30)
第53回山行記録バックナンバー(五竜岳・唐松岳)(2004.08.15)
第54回山行記録バックナンバー(鏡平から笠ケ岳)(2004.09.15)
第55回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つの妙高山)(2004.10.30)
第56回山行記録バックナンバー(初冬の雨飾山)(2004.11.30)