「鏡平から笠ケ岳」

今夏二回目の北アルプス山行の目的地として笠ケ岳を選定しました。一昨年に黒部五郎岳に登った際北ノ俣岳よりの稜線上から眺めた笠ケ岳の姿の良さが印象的で、その後気になる山になっていました。昨年の夏は長野市へ引越し日帰りの焼岳以外に北アルプスの山には登れなかったので、今夏は是非登ろうと計画を立てていました。生憎天候が安定せず8月10日より12日とぎりぎりでお盆前に実施することが出来ました。

当日長野市から新穂高温泉に車で行くと時間的にも笠新道を登るのは無理(笠新道登山口より笠ケ岳山荘まで1450mの登り)と思いましたので、鏡平山荘に一泊して笠ケ岳を目指しました。晴天にも恵まれ弓折岳から笠ケ岳までの稜線をたどる雲上漫歩は快適の一言でした。笠ケ岳山荘での無料での水の支給が1Lのみであったので、笠新道の下りでは脱水状態になり往生しました。

笠ケ岳山頂からの展望は素晴らしく、富士山・南アルプス最深部、高妻山・妙高山・岩菅山の山々も認識出来ました。

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尚この山行記録にかかわる2万5千分の1の地形図(笠ケ岳南東・北東および三俣蓮華岳南東)は国土地理院の地図を参考にして下さい。

8月10日(火)晴後曇 

この日の行動は次の通りである。

新穂高温泉バス停9:28〜10:35笠新道登山口10:35〜10:47ワサビ平小屋11:03〜11:48秩父沢手前11:53〜12:23秩父沢12:38〜13:50シシウドケ原分岐14:10〜14:19大ノマ乗越分岐14:19〜15:08鏡平山荘

長野市の自宅を朝の5時41分に出発し、新穂高温泉深山荘手前の無料駐車場に着いたのが8時53分であった。既に駐車場は満車で深山荘への吊橋横の空き地に駐車する。駐車場から山道を10数分歩くとバス停前に着ける。トイレに行ったり登山届を出したりしてバス停発は9時30分頃となった。山行の計画を立てた際には笠新道を登ることも考えたが、歩行時間が長く早朝出発が前提となるので、鏡平を経由して登ることにした。笠新道を登るのなら遅くともバス停を午前6時頃に出発するのが望ましく、そうすると自宅発が午前3時前後となる。それをこなすほどの元気は残っていないのが現状だ。

バス停からは蒲田川を渡り、左俣谷に沿って小池新道に取り付くまで幅広の林道をひたすら歩くことになる。途中舗装がある場所とダートの道が混在しているが、中崎橋を渡る辺りから多少普通の林道らしくなる。間もなく笠新道の取り付きに到着する。笠ケ岳山荘を早立ちしたと思われる登山者が三々五々下り立ち、水を飲んだりして一息入れている。一仕事終わった雰囲気が感じられ、これから一仕事が待っている我々は羨ましい思いで通り過ぎる。

日差しが若干きつくなった林道を10分ほど歩くと、懐かしきワサビ平小屋が見えてくる。少し早いが昼食としおにぎりを一個食し、林道の向かいの水場で冷たい水を飲む。気がつくと天然のワサビが生えていたが、採取禁止の立て札がなんともぶち壊しである。雰囲気がいい小屋なので時間があればゆっくりしたいところだが先を急ぐこととする。

しばらくはブナの林間歩くことになり涼しい歩行が楽しめる。小池新道の取り付き手前で林道がかなり決壊していた。取り付きからは河原特有の潅木とゴーロの道となり、日差しが一層きつくなる時間帯でもあるので調子が出るまでしんどい思いをする。前日高校の同級会があり、セーブしたつもりであるがアルコールが若干残ってもいたようだ。とうとうワサビ平小屋を出発して45分ほど歩いた地点で一休みして水を飲む。

ぼつぼつとミソガワソウ・オヤマソバなどの高山植物が目につきだし気分もまぎれて気がつくと秩父沢に着いていた。既に7・8名の先着組が思い思いに休息を取っている。後で気がついてことであるが、環境保全のためのパトロ−ル(ありていに言うと登山道に散らばっているゴミ拾い)の学生のパーティがいて、このパーティとはつかずはなれずの関係で鏡平山荘と笠ケ岳山荘で同宿となった。聞くところアルバイトである由だがご苦労様なことである。このような姿を見れば山でのゴミ持ち帰りは当然のことと思う。

秩父沢で元気を取り戻しやや涼しさが感じられる高度になったせいか調子よく登りが続けられる。秩父小沢を渡る辺りから高山植物の種類も増えたせいもある。ミヤマシシウドが目につきだし、センジュガンビ、ヨツバヒヨドリ、ミヤマトリカブトも咲き誇り、サンカヨウは実をつけている。チボ岩のゴーロを慎重に歩きイタドリが密集しているイタドリケ原を過ぎると、やがてシシウドケ原に到着する。直登ルートとジグザグル−トの分岐の道標のある辺りで大休止とする。ここまで登れば後1時間ほどの頑張りで鏡平山荘に着けるので、いささかのんびりムードにもなろうと言うものだ。シシウドケ原の名の通りにミヤマシシウドが密集して咲き、ミヤマトリカブト・アザミが彩りを添えている。

直登ルートを選ぶと直ぐに大ノマ乗越と鏡平山荘との分岐に着く。かつて笠新道が崩壊して使用出来なかった時期にここから大ノマ乗越経由で笠ケ岳に至ったのだそうだ。一昨年鏡平山荘から下山した際に女性パーティのリーダーがこのルートについて説明していたのを思い出した。

この分岐から右手の山に取り付き、鏡沢を登り雰囲気のある山道を歩くと湿原らしき場所を通過する。ここから僅か登り続けると右手の山が開け、ミヤマリンドウが咲き誇る道を詰めると木道となり鏡池が近い。鏡池の縁を巡ると鏡平山荘の入口で、入口前のプラットフォームには先着者がのんびりと屯していた。早速に宿泊手続きを済ませる。途中の水分補給が上手く行ったので、名物のかき氷を食べる気もしない。一昨年黒部五郎小舎から下山してきた折には、あれほど美味しかったかき氷であったが今回はまったく別であった。

荷物をクロユリの間に置いて、外に出て周りの山々、弓折岳・西鎌尾根・槍ケ岳・穂高連峰などの写真を撮ろうとしたが、既にガスが涌いてきて辛うじて西鎌尾根の樅沢岳が見えるだけであった。それでも粘っていたら槍ケ岳の小槍と穂先だけが雲間にうっすらと姿をあらわした。この状態では翌日の好天を期待するのみであった。

クロユリの間(聞こえはいいが蚕棚の二階)は定員16名とのことであったが、実際は6名の利用で布団一枚に一人とこの時期としては贅沢な余裕であった。やはり火曜日が効いたのだろう。

夕食は鶏の空揚げ・シュウマイなど月並みなおかずであったが、御飯がよく炊けていたのと味噌汁が美味しかった。塩分と水分補給で珍しく味噌汁のお代わりをした。

水は洗面禁止なるも飲料水は自由にチャージ出来、この点は笠ケ岳山荘とは雲泥の差であった。天水利用以外に周りの池塘の水の利用でもしているのだろうか。

夕食後は食堂でご主人の小池潜(ひそむ)さんの山岳写真集を見て過ごした。潜さんは先代の小池新道を開いた小池さんの二代目だそうで、先代は双六谷を登って双六小屋を創設し小池新道を開いて新穂高温泉方面からのアプロ−チを可能ならしめた先駆者であったと聞く。その際の鏡平の素晴らしい環境を見て鏡平山荘を建てたとのことで、鏡平は誠に山上の楽園である。

また食堂の隅に真空管使用のアンプが置かれていてボリュームを下げてCDを演奏していたが、もっとボリュームを上げた状態で聴きたいと思ったことであった。

本日のグロス歩行時間は5時間40分、ネット歩行時間は4時間44分、累積獲得高度は1290mと表示されていた。

8月11日(水)晴

この日の行動は次の通りである。

鏡平山荘5:50〜6:15弓折岳中段6:15〜6:41稜線上の分岐6:50〜6:58弓折岳頂上7:02〜7:22大ノマ乗越7:23〜8:20無名ピーク(高度計指示2645m)8:30〜9:06秩父平手前9:16〜9:27秩父平9:32〜9:45稜線上の道標9:45〜10:40笠新道分岐11:10〜12:23笠ケ岳山荘

起床は4:00前後だっただろう。2時ごろ目が覚めたので外に出てみたが、満天の星空で流れ星が見られた。笠ケ岳山荘で聞いたことであるが、11日と12日の未明にかけてペルセリウス座流星群が見られたのだそうである。

それほど急ぐ必要もないのであるが、周囲の様子にひきずられるように5:50に山荘を出発する。帳場にいて色々と指図をしていた初老の従業員さん(名前は失念)の誠意あふれる客扱い振りは忘れられない。出発前に光の当たり具合は良くないが、鏡池に反映する槍ケ岳の写真を撮った。有名であるが月並みになった構図ではある。

鏡池山荘より1時間足らずで弓折岳に連なる尾根に到達する。ここを右に進むと1時間強で双六小屋に到着する。10分ほど周囲の景色を愛でながら休息する。ここから僅かの登りで弓折岳の頂上である。頂上らしい様子も感じられない平坦な空間である。ここでも若干の休息をする。

20分ほど歩くと大ノマ乗越であり、ここ辺りから高山植物が目につくようになるが、やはり時期的に遅い感じですがれた花が見られる。大ノマ岳は頂上は踏まずに巻いて進む。ハクサンフウロ・ミヤマトリカブト・ミヤマリンドウ・ミヤマダイコンソウ・コバイケイソウ、咲き遅れたハクサンイチゲやらチングルマが見られ道端の岩の上にメスの雷鳥が見られた。このような晴天の折の雷鳥は珍しいのだろうが、盛んにハクサンイチゲの花を啄ばんでいた。乗越より二つ目の無名ピーク(高度計指示2645m)で10分の休憩をする。なんだかやたらに休憩をしてしまうが、頑張って歩く雰囲気ではないのだ。無名ピークからは周囲の山々のよい写真が撮れたが、笠ケ岳はまだ視界の中に入らない。

無名ピークを下って30分ほど歩くと広い鞍部となるが、一瞬秩父平に到着したかと思いまた10分ほどの休憩をしてしまった。しかし本当の秩父平はここから10分ほど歩いた先にあった。大きな岩の上に秩父平の書き込みがしてあったし、大勢の登山者が休息していたので間違いはない。またまた5分ほどの休憩をしてしまった。大阪からのツアー登山者のグループが何故この場所が秩父平と呼ばれるのか知らないで疑問を持っていたようなので、秩父宮にまつわる由来を説明したがスポーツ好きで登山家でもあった秩父宮も知らないようで昭和は遠くなりにけりであった。

秩父平から再び稜線に上がるのに15分近い苦しい登りがあったが、登りついた稜線上に笠ケ岳と弓折岳への道標が立てられていた。この稜線上に至り初めて笠ケ岳の全容が拝めることになった。ここまで歩いてきた思いもあってしみじみと眺めた笠ケ岳の雄姿であった。手前に小笠も見えそして本日の宿泊場所の笠ケ岳山荘の赤い屋根も認識出来る。

この稜線に達すれば後は抜戸岳を巻き笠新道の合流点を通り抜戸岩を過ぎて笠ケ岳山荘となる。多少のアップダウンがあってもそれほど苦労する登りはないのでやれやれの思いである。後2時間ほどの歩きだろう。

抜戸岳を巻いた意識もないままに歩き続けたところ、はるかかなたに道標と人影が見えてきてそれは笠新道の合流点と思われた。そろそろ昼食の時間でもあり笠新道の合流点で大休止とする。以前の笠新道の合流点はここから10分ほど下った先の稜線上にある。下山の際に新しい笠新道の合流点まで登り返すことになるが、それは登山者には不評の様である。杓子平からの古い笠新道に危険な場所があるようで、新たに付け替えられたのだから文句は言わないことだ。安全第一が山歩きの鉄則、急がば回れでなく、安全確保のためなら回れである。

この笠新道は合流点から若干稜線を登る様に作られているが、稜線に近づくと縦走して初めて剣岳のピ−キーな姿が望めるようになる。それまでは双六岳やら秩父岩より派生する北西尾根に隠されていた。

昼食を済ませ元気を取り戻し後1時間強ほどの歩行を続ける。古い笠新道の合流点には利用を禁ずる立て札が横たわっていた。注意しないと分からない存在であった。立て札が見えればかえってここから下山出来ると考える不心得者が出るのかも知れない。

抜戸岩は切り通した様に見える巨岩であって、自然に通路が出来たとしたら不思議な創造物と言えよう。別に人の手がかかっている様子はなかった。益々近づく笠ケ岳山荘を目指して最後の稜線漫歩を続ける。

左手に播隆平を眺めるようになるとテント場である。カラフルなテントが5・6張設営されていた。テント場を過ぎると最後のゴーロ道を登り笠ケ岳山荘に到着である。山の天気の常としてぼつぼつとガスがかかりだして、槍穂のピークの幾つかは雲の中となって来た。弓折岳から抜戸岳に至る稜線を眺めてはるばると歩いて来た越し方に思いを致す。

宿泊申し込みを済ませ奥穂の間に入る。8帖の部屋には既にご夫婦の先客があった。とりあえず8名の予定と聞いていたが、最終的には6名の収容となりこの日も余裕のある宿泊となった。勿論布団一枚に一人の贅沢であった。

一休みして標高2897mの笠ケ岳山頂を目指すこととなった。笠ケ岳山荘の標高はほぼ2800mであるので、標高差は約100mで空身の登りであったので12分程度の時間で頂上に到達出来た。頂上の北側には播隆上人ゆかりの阿弥陀堂が鎮座していて阿弥陀様が納められていた。三角点は南の場所にあり、眺めは三角点付近の方がよいと思われたが生憎のガスで穂高連峰の白出沢の雪渓が辛うじて見えるだけであった。翌日の朝の眺めに期待せざるを得なかった。

ガスが出てきたので夕方には笠ケ岳山荘前でブロッケンモンスターを見ることが出来た。赤岳、冷池小屋に次いで3回目の経験であった。昔播隆上人が雲間に眺めた阿弥陀様の正体はブロッケンモンスターであると思われている。

夕食は鯵のフライなどでおかずの数は多かったが、好みのおかずを食べるようになっていたのだろう。御飯の味もそこそこで、圧力釜の採用が一般化しているようである。

夜大阪のツアー登山者の内のボランテイアがペルセリウス座流星群の説明を行い実際に観察させる試みがあった。家内を含めた参加者は流れ星を数多く観察出来たと喜んでいた。

この山荘は天水利用で極めて水不足であり、トイレの手洗いの水も出ない。手持ちの水で歯磨きなどをすることになる。水の無料支給は1Lまでである。それ以上の水とお茶は有料である。

本日のグロス歩行時間は6時間33分、ネット歩行時間は5時間24分、累積獲得高度は1170mとなっていた。笠ケ岳山荘と鏡平山荘の地形図上の標高差は500mほどであるので縦走路にはアップダウンが結構あったのだろう。

8月12日(木)晴

この日の行動は次の通りである。

笠ケ岳山荘6:01〜6:12笠ケ岳6:43〜6:57笠ケ岳山荘7:06〜7:37抜戸岩7:37〜8:14笠新道合流点8:24〜9:11笠新道新旧分岐点9:16〜9:33杓子平道標9:33〜10:18高度計表示2225m10:23〜11:02高度計表示2100m11:08〜11:31高度計表示1870m11:51〜12:57笠新道登山口13:23〜14:17新穂高温泉バス停

起床は4:30で何時もよりは朝寝坊した。ゆとりある収容状態でありいびきに悩まされることなく快眠出来た。晴天で再び笠ケ岳山頂を目指す。山頂は360度の展望で写真を撮りまくる。南アルプスの甲斐駒ケ岳の左に富士山が見え、南アルプスは最深部の聖岳もはっきりと認識出来る。焼岳の背後には中央アルプスの木曾駒ケ岳・南駒ケ岳から越百山までがよく見えている。空木岳は山の陰にあるようだ。北から北東の方角はまた素晴らしく北ノ俣岳・黒部五郎岳・薬師岳・国見岳・剣岳・立山・赤牛岳・水晶岳・鷲羽岳・双六岳・野口五郎岳・南真砂岳が見事な山並みを展開する。更に逆光気味であるが西鎌尾根・槍ケ岳連峰・穂高連峰がこれまた美しいシルエットを見せている。背後に燕岳・餓鬼岳・唐沢岳も望める。更に南真砂岳と唐沢岳の間に高妻山・妙高山が頭を覗かせているし、燕岳の右背後には志賀高原の最高峰岩菅山も見通せた。乗鞍岳・御嶽山・白山もその存在感を示している。クリアーさに若干のハンデイはあったとしても、昨秋登った北穂高岳山頂からの展望にも劣らないものであった。

山望に十分満足して笠ケ岳山荘に戻る。土産物を購入しトイレを済ませて下山をしようとしたところ、トイレに行っている際に山荘の前の腰掛に置いておいたストックが紛失していた。付近にいた登山者に家内が聞くところ、先に下山した大阪からのツアー登山者の一人が忘れ物と思い持って下りて行ったとのことであった。自分達の仲間に確認し誰も忘れていないことが分かった時点で、そのままにして置くべきであったと思っている。そもそも登山路・山小屋の付近で忘れ物と思われるものがあった場合は、確実に届けられる場合を別としてそのまま残して欲しい。大阪のツアーの登山者で思い当たる人がいたら反省を促したいと思う。

幸いにしてストックが戻ってきたので、気分を一新して笠新道下りに取りかかる。笠ケ岳山荘から笠新道登山口まで1450mの急降下である。かつて農鳥岳から大門沢を下り奈良田まで(標高差2000m以上)は歩いた経験はあるが笠新道は名うての悪路である。

30分ほどの歩きで抜戸岩を通過し、更に40分ほど歩いて笠新道合流点に到着する。ここで軽食を取り水を飲む。ここから稜線を僅か登っていよいよ笠新道を下り杓子平を目指すことになる。この稜線を越すと北側と西側の山並みは見えなくなるので、振り返って黒部五郎岳・薬師岳・剣岳・立山・雲ノ平など見納める。

笠新道新旧合流点までそれほど危険な場所は見当たらない。多分付け替えをして歩きやすくなっているのだろう。ただマークを忠実にトレースする配慮は必要だ。今まで見られなかった笠ケ岳のクリヤノ頭などの南の山々が新鮮な感じで目に入る。錫杖岳・大木場ノ辻は少し分かり難い。三脚をすえて本格的に写真を撮っている登山者(写真家)も見られた。この分岐点は小カールの底の感じで見上げた稜線は厳しい姿に見え、昨日縦走を楽しんだ稜線とは別の印象である。旧笠新道ルートを目で追ったが稜線付近は悪路のように見受けた。

昨日笠ケ岳山荘から眺めた杓子平の道は緑の中をうねる歩き易そうなルートに見えたが、実際歩いてみるとゴーロ混じりの歩き難いいやな道である。でも水平道に近いので息を切らせることはない。間もなく杓子平の道標に到着する。ここを左に曲がると抜戸岳から南に派生する尾根を乗越し本格的な笠新道の下りに入る。直進気味に踏みあとがあるが、ここを進むと穴毛方向に入ってしまうので要注意である。

岩混じりの道で歩き難いことこの上もない。それに潅木帯であり日差しがきつくなり下山とはいえ汗が噴出し大変である。杓子平の道標から45分ほど歩いた地点(高度計表示2225m付近)の日陰で5分ほどの立ち休みを取る。17分ほど下った地点に2200mの表示があり、更に15分下ったら2100mの表示があった。この間100mを下りるのに15分を要したことになる。結構な悪路であることを示している。高度計表示2100mの日陰で風通しのよい地点でまた5分ほどの立ち休みを取る。前回の立ち休みから約40分歩いただけで、かなりのスローペースとなってしまった。笠ケ岳山荘は極端な水不足で、宿泊者に無料で1Lの水は支給するが、お茶とか1L以上の水は有料になるのだ。通常は水1.5L、ポカリスエット0.5Lを用意するのだが、笠新道登山口までの下山なので水1Lでまかなえるとしたのが失敗であった。残り少なくなった水を大事に飲むが若干脱水のようでもある。

下山を続けると1920mの表示があり、ここが中間点であり杓子平まで1:30、登山口まで1:00と記してあった。杓子平までの登りの時間が1時間30分とあるのに杓子平道標から1時間35分かかっているとは何と言うスローペースなのだ。食事をするのに適当な日陰の場所を探して更に20分強下り、高度計表示1870mの地点で待望の昼食とする。もう非常食しか残っていないが、少ない水で流し込むように食する。これで水はすべて終わってしまった。後は家内の残り分(1Lの水とポカリスエットの残部)に頼ることになる。

後1時間程度下れば登山口かと思うが、1800m表示、1700m表示が見られ標高1350mの登山口には未だほど遠い。とうとう家内の水と非常食のウイーダーインゼリーを恵んでもらう羽目になってしまった。12:41に1450mの表示前を通過し後100mの下りと意気が上がるが足が重い。左俣谷の瀬音が大きくなってきたと思った頃、標高1350mの登山口に下り立っていた。高度計の表示は1400mとあったから、途中の高度計表示は多少の誤差はあったものの参考にしてよかったようだ。尚最後の100mを下るのに16分を要していた。

登山口にはパイプで引いた水が流されていて早速水を鯨飲する。合計で1.3Lは飲み干し日陰に入って最後の非常食を食べてゆっくりと休む。午後1時過ぎであるからこれより笠新道を登ろうとする登山者はいなく、ワサビ平小屋に前泊するか、鏡平山荘に遅着きを決め込んだ登山者が通過して行く。

中崎橋の下でフライフィッシングをしている釣り人を優雅だなと思いつつ、新穂高温泉バス停までの林道をまるで凱旋将軍にでもなったような気持ちで下る。我々も一仕事をしたのだとの思いがそうさせるのだ。55分ほどの歩きで出発点のバス停に戻り下山届を提出する。登山者用の無料温泉に入りたい気もしたが、それよりも早く家に帰り迎え盆の用意でもしようと、14:50には駐車場を出発して自宅に向かった。

本日のグロス歩行時間は5時間51分、ネット歩行時間は5時間05分、下山故に累積獲得高度は記録しなかった。

今回の反省は、水場がない山においては下山においても十分なる水の用意が必要であると言うことである。やはり1.5Lの水は最低量である。有料であってもこの量を確保することは大事であり、脱水状態で歩行が困難になる事態となったら金には換え難い。(2004.09.06記)

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第03回山行記録バックナンバー(秋の白峰三山)(2000.12.30)
第04回山行記録バックナンバー(交野山 - 石仏の道)(2001.03.15)
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第11回山行記録バックナンバー(梨ノ木林道から竜ケ岳)(2001.10.15)
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第16回山行記録バックナンバー(比叡山の初歩き)(2002.02.28)
第17回山行記録バックナンバー(雪のダイヤモンドトレール)(2002.03.15)
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第19回山行記録バックナンバー(大原の山々縦走)(2002.04.15)
第20回山行記録バックナンバー(リトル比良)(2002.05.15)
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第31回山行記録バックナンバー(獅子窟寺より月輪の滝までの古道を探索)(2003.3.30)
第32回山行記録バックナンバー(愛宕山系の芦見谷の遡行と滝谷の下降)(2003.4.30)
第33回山行記録バックナンバー(湖北の花で知られた赤坂山と三国山山行)(2003.05.15)
第34回山行記録バックナンバー(郷里長野市の市民の山である飯縄山)(2003.5.30)
第35回山行記録バックナンバー(愛宕山三角点と芦見谷)(2003.6.15)
第36回山行記録バックナンバー(梅雨の晴間に大山登山)(2003.6.30)
第37回山行記録バックナンバー(京都北山最深部の小野村割岳登山)(2003.07.30)
第38回山行記録バックナンバー(コウンド谷から小野村割岳登山)(2003.08.15)
第39回山行記録バックナンバー(懐かしの富士ノ塔山と旭山)(2003.08.30)
第40回山行記録バックナンバー(久し振りの北アは焼岳)(2003.09.30)
第41回山行記録バックナンバー(涸沢と北穂高岳)(2003.10.30)
第42回山行記録バックナンバー(岩菅山と裏岩菅山)(2003.12.15)
第43回山行記録バックナンバー(北信五岳の一つである黒姫山)(2003.12.30)
第44回山行記録バックナンバー(部屋から見える霊仙寺山)(2004.01.15)
第45回山行記録バックナンバー(初冬の御在所岳)(2004.01.30)
第46回山行記録バックナンバー(戸隠高原スノーシューハイキング)(2004.02.15)
第47回山行記録バックナンバー(飯縄山にスノーシュー登山」)(2004.03.15)
第48回山行記録バックナンバー(根子岳にスノーシュー登山)(2004.03.30)
第49回山行記録バックナンバー(戸隠古道を越水ケ原まで歩く)(2004.05.30)
第50回山行記録バックナンバー(ブナ巨木で知られた鍋倉山を歩く)(2004.06.30)
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第53回山行記録バックナンバー(五竜岳・唐松岳)(2004.08.15)