10月3日から6日にかけて北岳・間ノ岳・農鳥岳いわゆる白峰(シラネ)三山の縦走をして来ました。昨年の甲斐駒ケ岳と仙丈岳への山行では、残暑がきびしく秋の訪れが遅かったのできれいな紅葉・黄葉を見ることができなかったのですが、今年は現地での秋の到来が一週間も遅れていなかったので、大樺沢や大門沢で素晴らしい秋色が楽しめました。北岳から農鳥岳の縦走もほぼ好天に恵まれ、おまけに肩ノ小屋前で赤岳以来のブロッケンの妖怪を見ることができました。

尚新しい読者のために第1回、第2回および第3回の山行記録をバックナンバーとして付け加えました。

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10月18日

白峰三山縦走

10月3日 曇

長尾家具町5:41の始発バスで樟葉経由京都駅に向かう。途中でちょっとしたアクシデントあり、計画した「ひかり」に乗れず次発の「ひかり」に乗ったところ名古屋まで各駅停車の「ひかり」で、名古屋着が特急「しなの3号」の出発時間の数分前となり、慌てたが何とか間に合う。

塩尻・辰野を経由し11:00ちょっと前に伊那市駅に着く。12:44発の戸台口行きに乗るつもりであったので、ちょうど11:00に高遠行きのバスが出発するのを悠然と見送ったところ、今年の4月に関東JRバスのダイヤが変更になっていて、予定していた時間の戸台口への直通バスはなくなったとのことであった。反省 ----- 雑誌の時刻情報は最新のJR時刻表でよく確認すること-----すること大である 。 よって次発12:00の高遠行きに乗ることにして、駅前のギョウザ屋でラーメンとギョウザの昼食をとる。高遠での接続は順調でほぼ予定通りの時間に戸台口に到着して、長谷村村営の北沢峠行きの最終便に悠々と間に合う。悠々と間に合うとは、結構な時間待ちを意味する。

北沢峠行きのバスでは、運転手が時折タイミング良くバスガイドに変身し、見事な観光ガイドをしてくれる。走行中はあいにくと雲が出て、仙丈岳・駒ケ岳はほとんど見えず、辛うじて鋸岳と双児山の一部が見えるだけであった。道路沿いの山肌に垣間見える秋の花は、フジアザミ・ノコンギク・ヤマハハコなどである。

北沢峠では予定通りに15:10発の広河原行きに接続する。昨年一泊した長衛荘の小松さんの顔を懐かしく眺めながら、バスに乗り込む。バスは高度を下げながら一路広河原に向かう。途中思い出のある仙水峠への分岐、小仙丈岳経由の登り口を過ぎて、時間通りに広河原に到着する。バス停留所から広河原ロッジは、ほんのひと歩きである。

広河原ロッジは国民宿舎であり普通の山小屋ではないので、立派な風呂もあり男性用・女性用の二つの浴槽があるが、シーズンオフ故男女は一浴槽の交代利用で時間を分けての入浴であった。登山を前にのんびりと風呂につかるのは、なんとなしにそぐわない感じもする。

夕食は(例によっての記録)、鉄板焼き・魚フライ・ソバ・冷や奴・お澄ましなど、国民宿舎とすれば平均点、山小屋としては最高のものであった。

テレビも見られるがBS1とBS2 のみであまり観賞の対象でなく、20:00過ぎに明日の好天を期待しながら床につく。野呂川の瀬音が高くこれでは雨がかなり強く降っても室内では分からない。

10月4日 晴時々曇

4:00過ぎに起床する。早速ガラス窓を開けて外を見渡すが、心配していた雨は降っていないようだ。朝食はおにぎりにしてもらったので、洗面・トイレを済ませて5:20に広河原ロッジを出発する。周りを山と木々に囲まれているので、大樺沢の吊橋を渡るまでヘッドランプのお世話になる。大樺沢沿いの道は良く踏まれ標識もしっかりついているので、薄暗い夜明けの夫婦二人の山行でも不安はまったく感じない。途中で一回休憩し2時間ほど歩いて7:14に朝ご飯とする。おにぎり二個と虹鱒の甘露煮・つけものでおいしくいただく。この後約30分歩けば、川原に降りて北岳に初見参の好適地があったのだがこれは後の祭りであった。

9:16に大樺沢二俣に到着する。北岳の頂上はガスで覆われていて残念ながら見ることができない。辛うじて八本歯のコルが見渡せる。立派な有料トイレが設置されている。後で雑誌を読んだところ、このトイレのお陰からか今年の大樺沢の水より大腸菌が検出されなかったそうである。因果関係があるとすればすばらしい効果であり、そうならこの様式は多くの沢筋に近い休憩スポットに広められるべきであると思う。

9:35頃高度2500m付近の草付きの広場に到着する。ナナカマド・ダケカンバが今と盛りに紅葉・黄葉していて、見事と言うより他に言葉がない。一息つきながら写真を撮る。

10:31白根御池小屋からの道に合流し、小太郎尾根の分岐まで急坂をがんばって登り、11:40肩ノ小屋に到着する。エンペックスの高度計は2957mを指しているので、本日の獲得高度は延べで1420mほどである。

早速宿泊手続きを済ませ、二階の大部屋の暖かそうな一角に場所取りをして、パンで昼食とする。更に一休みして外に出て、周りの山の写真を撮ることにする。残念ながら西側の仙丈岳と中央アルプスと北側の鋸岳を除いては、まったく展望がきかない。

しかし捨てたものではなく、東側がガス西側は雲の多い晴の条件であるから、夕方になり雲の切れ間から光がさしこむとブロッケンの妖怪発生の条件を満たすことになる。かつて美ヶ原で遊んだ際、濃霧でまったく見通し得られなかった日の夜に、ホテルの主人が余興として霧をスクリーンにしてプロジェクターを使用し、ブロッケンの妖怪の原理を説明してくれたことがあった。その後赤岳の頂上で実際に経験したことがあり、虹とともにきれいな写真として残っている。条件的に発生の可能性があると考えるカメラマンがスタンバイしている。しびれが切れるぐらい待たされたが、最終的に赤岳に劣らない見事なブロッケンの妖怪を見ることができた。虹の色の出方は今回の方が顕著であった。

本日目についた高山植物は、ノコンギク・ヤマハハコ・ヤマホタルブクロ・ミヤマリンドウなど。

夕食はおでん・ポテトサラダ・佃煮・缶詰フルーツなどなど。おでんは関西風でお汁も飲める薄味である。

何とはなしに20:00頃就寝する。180人収容の小屋に50人ほどの登山者であるからゆったりとしたものである。さすが夜になると冷えるので、三枚の掛け毛布に更に三枚の毛布を重ねる。

本日の歩行時間はネットで4:56で、グロスで6:20であった。

10月5日 晴

起床後洗面するが、水は貴重で1リットル100円である。よって濡れタオルで顔を拭き、歯は持参の水筒の水(蓋コップ一杯分)だけで磨く。

日の出は5:40頃で雲取山のある辺りから出たが、雲に遮られて期待したほどの日の出ではなかった。本日も東側は雲が多く見通しが悪いが、さすが富士山は雲海の上に頭を出してその存在を示している。見通しが悪いなりに、鳳凰三山はきれいにその稜線を描いている。西側・北側はかなり明瞭に見え、木曾駒ケ岳を盟主とする中央アルプス・仙丈岳・御嶽・乗鞍岳・穂高連峰・槍ヶ岳・蓮華岳・鹿島槍ヶ岳・五竜岳・鋸岳・甲斐駒ケ岳・蓼科山・八ヶ岳・アサヨ峰などが見渡せる。昨年の奥穂高岳の大展望には及ばないが、それに次ぐ展望である。昨日北岳に登頂した人達はほとんど展望がきかなかったそうで、天気次第とは言え気の毒なことであった。

本日は一番歩行時間が短いので、出発時間を遅らして朝食は小屋で取ることにした。おかずはいりたまご・焼き海苔・漬物・味噌汁で、ご飯のお代わりをする。

6:50に肩ノ小屋を出発する。すぐに急登となるも、登紀子を先にしてゆっくりと登る。朝の気温はマイナス1乃至2℃であったとのことで、なるほど山道の岩陰には長さ3cmほどの霜柱が立っている。三年前の秋の赤岳でお目にかかって以来であった。砂礫道も氷結していてあたかもマッカダム道路のごとき状態になっていて、誠に登りやすい。そんな訳かどうか知らないが、所要時間36分で7:26に北岳頂上に到着する。本邦第二位の高度の割には結構広い頂上で、改めてのんびりと回りの山々の写真を撮る。ここまで登ると南側の眺望が開け、これから縦走する間ノ岳・西農鳥岳・農鳥岳は勿論塩見岳・荒川三山更には最南端の南アルプスの諸峰が一望のもとである。

十分に眺望を楽しんで、7:46に頂上を出発して、ゴーロ道を慎重に下り8:45に北岳山荘に到着する。昨日の内に北岳山荘まで脚をのばし、本日大門沢小屋まで降りてしまう計画も立てたが、本日はゆっくりと縦走を楽しみ農鳥小屋泊まりとし、最終日に全力をつくして長丁場に挑戦することにしたものである。トイレ休憩をして、8:55に北岳小屋前を出発する。

東からの尾根通しの強風に帽子を飛ばされぬように注意する以外は、気を使うことのない快適な縦走を続け、9:35に中白根山に到着する。展望の良い山とされているが、確かにすばらしいスポットである。特に北岳と間ノ岳を近くに見ることができ、好対照な二つの山を心行くまで楽しめる。

10分程休憩し更に間ノ岳を目指して続けてがんばる。10:50に余り知られていないが本邦高度第四位の間ノ岳に到着する。広々とした頂上で、これが奥穂高岳にほぼ匹敵した高度を有する山とはとても思えない。ここでパン・チーズなどの昼食を取る。頂上には農鳥小屋から登ってきた学生さんグループが陽気にワイワイとやっていたので、間ノ岳からの下山ルートを聞いた。本日のように天気が良いと考えにくいが、濃霧の状態では広い頂上故にルートに迷うことがあると言い、山行前に仲間から注意するように助言されていたが、案ずるよりはの結果であった。この頃から西側の展望が悪くなり、相対的に東側の展望が良くなりだした。金峰山などの秩父の山が見える。ここまで来たらのんびり気分も出るようで、別のパーテイはコーヒーをいれだした。京都の北山登山ではいつもバーナーとケットルを持参しインスタントコーヒーを楽しむのだが、今回のような高山登山では出来るだけザックの重量を減らすために、その楽しみを割愛せざるを得ないのである。我々二人は通常10kgまで、多くとも今回のように12kgまでに収まるようザックの重量を管理している。

本当にゆっくりと山頂を楽しみ、11:40に農鳥小屋を目指して下山を開始する。南側の見通しが良くなると、農鳥小屋の赤い屋根がすぐに目に入った。ゆっくりと慎重に下山を続け、12:30に農鳥小屋に到着する。

農鳥小屋では、宿泊手続きの前に二匹の犬のご挨拶を受ける。ご主人の深沢糾さんは、寡黙であるが要点をつかんだ話し振りで説得力がある。彼は我々が枚方から来たことを宿泊者名簿から知り、話題作りの一つとして琵琶湖からの枚方の水はまずい、農鳥小屋の天水はおいしいと言う。枚方の水も沸かし適当に冷やして飲めば軟水だから美味しいと説明したところ、枚方の水はなかなか泡が消えないと大阪の水道関係者が言っていたと逆襲するので、確かに体への悪影響は分らないと逃げておく。明日の大門沢下りで5:30頃出発で最終の16:35のバスに間に合うだろうか質問したところ、肩ノ小屋を出発して農鳥小屋12:30頃の到着では脚が遅すぎるの印象を持っていたようなので、肩ノ小屋を6:50に出発したと答えたら納得して、それなら大丈夫と答えてくれた。

この日の農鳥小屋の宿泊者は、昨日肩ノ小屋で同宿した愛媛からの女性カメラマンと合計で3名で、16畳ぐらいの大部屋に炬燵が用意されてきわめてゆったりムードである。登紀子は登山経験豊かな彼女に色々と話しを聞き、山小屋での語らいの楽しさを再認識したようだった。

食事前に小屋の外に出て草紅葉したウラシマツツジとハイマツの写真を撮る。残念ながらウラシマツツジの紅葉は盛りをすぎていたが、しかしその濃赤色は日ごろあまり見られる色ではない。

夕食は4:30からで、おかずは野菜・きのこ・高野豆腐の煮付け、数種類の佃煮、漬物、味噌汁で、味噌汁は煮干のだしで本格的な味である。ご飯のお代わりをする。

寝床は炬燵を中心にして3人分を敷く。炬燵で寝るのは随分久しぶりのような気がする。三十数年前の年末に志賀高原丸池の国立公園管理事務所に泊まりこんで、発哺・熊の湯と滑った若き日を思い出した。就寝は20:00頃か、なにしろ電灯もランプもない夜であった。

本日の歩行時間はネット4:10で、グロス5:40であった。

10月6日 晴

4:00少し前に起床する。水は貴重であるから洗面は省略して、前日水筒に無料で入れてもらった水で歯だけ磨く。尚夕食時にテルモスにいっぱいのお茶も無料でいただいた。

ヘッドランプを着けて早立ちしてもよかったが、深沢さんの助言で少し出発を遅らせ、ヘッドランプなしで道が見えるようになるまで待ち、5:22に農鳥小屋を出発する。いよいよ最終日で両農鳥岳の縦走と予定では6時間を越す大門沢の大下りが待っている。

直ぐにハイマツ帯の中を歩くが、何とも言えぬハイマツの好ましい香りで一層元気が出てくる感じである。気を遣ってか深沢さんが、ハイマツ帯に出ていて見送ってくれた。

西農鳥岳への最初の急登もマイペースで登りきり、6:08に西農鳥岳の頂上に到着する。農鳥岳を前景とした富士山が素晴らしく、本日は東側の展望が一層良くなってきた。秩父の山がよく見えて、金峰山・甲武信岳などがはっきり同定できる。

10分休憩の後農鳥岳を目指して出発する。結構なゴーロ道が連続するが、慎重に楽しく歩き続ける。雰囲気としては立山の大汝山から雄山への感じであった。7:06に農鳥岳の頂上に到着する。大町桂月の歌碑(酒のみて高根の上に吐くいきは、散りて下界の雨となるらむ--------歌碑よりは一部しか読み取ることは出来ず、帰宅後に参考書からその全文を知ったもの)があり、四方の山々とともにカメラに収める。ここではやはり南アルプス南部の山々の展望が見事である。塩見岳・赤石岳など登頂欲を刺激するが、何時の日にか実行可能になるだろうか。頂上の東側で風の当らない場所を選んで朝食とする。佃煮と漬物でふりかけ付きのご飯であるが、ご飯の量が多くさすがの私も全部は食べきれずにお昼分として残した。ゆっくりと休み7:45に農鳥岳を下山する。

ほどなく大門沢下降点の黄色の指導標が見えだした。意気揚揚と下山を続け8:18に下降点に到着する。一休みとともに、農鳥岳と山影に僅かに頭を覗かす塩見岳に別れを告げて、8:26に下山を開始する。

間もなく沢の雰囲気のある岩石の散乱する庭園風な地帯を過ぎ森林地帯に入る。ナナカマドとダケカンバの紅葉・黄葉の見事さは、前々日の大樺沢右俣コースのそれを遥かに凌ぐものがある。後に大門沢小屋の奥さんにその印象を伝えたら、そのような印象は多くの登山者から聞きますとのことであった。急坂でどんどん高度を下げ途中で一回休憩したが、かなり下った所で大門沢の瀬音が聞こえだし間もなく沢のほとりに立つ。そのまま下り続け10:53に大門沢小屋に到着する。大門沢下降点から大門沢小屋までの間に、北岳山荘まで登る登山者と笹山(黒河内岳)になた目を入れに行く登山者の二人に会っただけであった。大門沢小屋ではコップに4杯の水を飲み、一息も二息もつく。ここからは奈良田まで標準時間で3:40であり、14:05のバスは無理であるが最終の16:35のバスには悠々と間にあることがはっきりしたので、余裕が出てきた。小屋のご主人(このご主人の名字も深沢さん)と奥さんに今回の縦走の印象などを話した。奥さんは高山植物の勉強に余念がないようであった。

11:03に大門沢小屋を出発し、河原を下りだしたが、ペンキマークを見落として今回の山行で初めてルートを外してしまった。やはり安心の後にミスが出るものである。幸いに直ぐに間違いに気がつき山寄りの正規のルートに戻ることが出来た。途中20分ほどで朝飯の残りと残ったパン・ドーナツ・チーズの昼食をとり(昼食の時間が遅れ私はシャリバテの状況になってしまった。登紀子は平気で女性の耐久力を認識した次第)、フジアザミ・オヤマリンドウ・ノコンギク・ヤマハハコ・ユウガギクなど秋の花々の美しさを愛でながら林道合流点に到着したのは、13:52であった。そのまま下山を続けて14:43に奈良田のバス停留所に到着する。本日の歩行時間はネットで7:39、グロスで9:21の長丁場であった。西農鳥岳の頂上から計算する高度差は2200mほどで、膝がガクガクするのも無理はない。

バスの発車までの時間つぶしに奈良田の温泉につかり、白籏史朗氏の記念館に入場する。記念館にて農鳥小屋で一緒だった女性カメラマンに再会した。荷物を沢山背負い(17kgほど)、写真を撮りながらの下山なので時間がかかることを予想していたが、我々より30分程度の遅れで奈良田着したようで、さすがに強いベテランであることを知らされた。

奈良田から身延駅までのバスはいやになるほどの長時間であったが、途中の時間調整をコンビニの前で行った際に時間調整を長くしてもらい、夜食のサンドイッチを購入できたのは傑作であった。これだから地方の人々の好感度は大ですよ。

身延駅から静岡駅まで特急「ふじかわ」を利用し、静岡駅から京都駅まで鳥取地震で25分ほど延着した「ひかり」に乗り、樟葉駅で最終便の前のバスに乗れて、無事家に着いたのは22:15頃であった。

今回の白峰三山縦走は、天気を予測して予定を二日はやめたことで快適な山行をすることが出来たのはなによりであった。紅葉・黄葉のタイミングもぴたりであった。又夏山と異なり体力の消耗も少なく、それほどの疲労も感ぜずに帰宅できたのも良かった点であった。ただし完全に疲労が抜けるのに10日はかかった。

第01回山行記録バックナンバー(何故山好きに)(2000.09.14)
第02回山行記録バックナンバー(念願の劔岳に登る)(2000.10.15)