「梅雨の晴間に大山登山」

6月15日に梅雨の晴間を見計らって大山(弥山・標高1711m)に登りました。14日夜行の急行「だいせん」で大阪を発ち、15日早朝に米子に到着して大山寺行きのバスに乗り、8時35分に登山を開始しました。

午前中は高曇りの天気でしたが、午後になって晴間が見えるようになり梅雨の時期にしては結構な山行を楽しむことが出来ました。登山口と山頂の標高差を考えると、六甲山に登る程度の歩行時間を見たらよかろうと思っていましたが、崩壊が進んだ登山道には木の階段、蛇篭に石を詰めた階段が多く、かなり太腿が張った結果となりました。

弥山の頂上は木製のプラットフォームで覆われ、普通の山の頂上の様子とは大違いでした。山の岩の質のせいもあり、大勢の登山者によって踏まれて植生が失われ、更に侵食が進んで崩壊状態になってしまったので、元の状態に戻すべく対策がとられているのです。プラットフォームの周囲にもロープが張られて、土石の上には出られないようにしてありました。有名な一木一石運動で山麓から担ぎ上げた石塊が、頂上小屋の入口付近にデポされていました。

通常とは異なった状況下の登山でしたが、百名山の一つに挙げられている山だけに満足した思いで帰宅することが出来ました。山陰名物の米吾の鯖寿しを賞味する機会が得られたのも嬉しいことでした。

この山行記録の写真画像のページに飛びたい場合は、ここをクリックして下さい。

6月15日(木)曇後晴 

この日の行動は次の通りである。

バス停大山寺8:35〜8:54夏山登山道合流(蓮浄院横)8:54〜8:59一合目道標8:59〜9:49五合目道標(山ノ神)10:00〜10:16六合目避難小屋10:16〜11:11弥山山頂11:44〜12:45六合目避難小屋12:50〜12:58行者コ−ス分岐点12:58〜13:33元谷大堰堤13:38〜14:06大山寺(拝観)14:16〜14:22バス停大山寺

米子駅7:40発の観光道路経由大山寺行きのバスに乗車する。同乗の登山者は我々夫婦以外に一名であったが、途中から更に二名の登山者が搭乗して来て大山寺に降りた登山者は合計五名であった。どうもマイカー登山者が圧倒的に多いようだ。

大山寺参道を直進し右手の郵便局の先から車道に下り、佐陀川にかかっている大山寺橋を渡るとほんの数十メートルで大山夏山登山道へのショートカットである僧兵コースの取り付きがある。本来の登山口は更に200m先に位置しているが、ここから登山を開始することとする。

先ず左折し少し歩くと登山口からの道に合流する。この合流点の左手に蓮浄院が朽ち果てそうな状態で残っているが、この場所で志賀直哉が「暗夜行路」を執筆したそうである。道標には登山口50m大山頂上2.8kmの表示がしてあった。

緩やかな登りが続くが右手に大山寺阿弥陀堂に至る道が分岐している。以前に訪れたことがあったので、重要文化財の阿弥陀像のある阿弥陀堂に行くことは割愛させてもらった。

やがて木の階段道となるが、勾配が緩いのでステップ間が長く階段を歩かされている感じはない。一合目の道標が立っているが標高は870mであり登山口の標高は760m程度であるので、約90mを登ったことになる。この大山夏山登山道には一合目から九合目まで完全に道標が立てられている。更に標高1000mから100mピッチで高度表示があるので、現在の位置が知れて登る際の励みともなる。

尚弥山の標高は現在1711mとされているので、平均して一合目当りの標高差は93mと推定出来る。各合目の標高は測定していなかったが、平均した一合目当りの歩行時間は13.4分の実績であったので妥当な標高差と言えよう。

一合目の道標の付近でギンリョウソウを見つけたが、何時もながら薄暗い場所に生えていて不気味な感じはぬぐえない。しかしツツドリ、ヒグラシの鳴き声などを聞きながら緑濃い山道を歩くのは気分の良いものである。二合目、三合目と登り続けるが、この辺りの階段は足への負担も少なくまだまだ歩きやすい。程なく四合目に到着するがぼつぼつ傾斜もきつくなり、五合目で一休みしようと声をかけてもう一頑張りする。この辺でホトトギスの鳴き声が聞こえた。

五合目には立派な山ノ神が祭られていて、この登山道の歴史の古さを感じさせられる。ここで飲み物をとり、パ−トナーは靴ずれ防止のための足の手入れに忙しい。地元の登山者が六合目の避難小屋で休む方が眺めの点からもベターであると助言してくれたが、バス停大山寺から1時間強歩いているのでここで休んだ方が良かったと思っている。

五合目からは木の階段はなくなり、石を詰めた蛇篭の階段が多くなりまたその段差が大きくなるので本格的な山登りの様相を呈してくる。

六合目には白く塗られたコンクリート製の立派な避難小屋があり、その南側にはベンチも用意されていた。南側(日本海・豪円山・大山寺集落など)と東側(剣ケ峰・三鈷峰など)の眺望が素晴らしいはずであるが、ガスが発生してきて期待通りにはいかない。

七合目・八合目と更に傾斜は増し露岩も多くなり、特に七合目上部からは落石注意の表示が目立つようになる。石車に乗らぬよう、落石を起さないように慎重に足を運ぶ。さすがにペースダウンする(七合目から八合目まで22分を要した)が、苦しいのは山を登っているので当然であり、これが楽しみなのだと思い一歩一歩高みを目指す。

八合目からは樹木帯を抜けダイセンキャラボクの間の木道を歩くことになる。木道には横にさんが打たれて滑り止めとなっているが、場所によっては片流れの表面が濡れているのでスリップ注意である。それに気がついていないが結構登り勾配となっていて、全く平坦な木道を歩くペースでは息が上がる。

九合目を過ぎる頃からガスがますます濃くなってきて、木道の先に見えるはずの弥山のピークが見通せない。ふと足元に赤紫の花を見つけたがヤマオダマキであった。これには足を止めてデジカメを向けた。ここまでにマイズルソウ・ユキザサも目についたが素通りしてしまった。デジカメの被写体と認識するにはもう少しの余裕が必要である。

頂上手前で右から石室経由の木道を合わせ、間もなく特徴のある頂上小屋が見えた。小屋の入口付近に一木一石運動の石の置き場があった。その先僅かで弥山の頂上であったが、頂上碑は木製のプラットフォームに囲まれて窮屈そうに立っていた。全く土石の見られない特異な山頂風景で、プラットフォームの周囲にはロープが張られ域外には出てはならないの雰囲気である。良く見るとプラットフォーム周りには緑もあり、一木一石運動を含めて頂上の復元工事はそれなりに進んでいるようだ。

丁度よい時間なので縦走禁止の立て札のある尾根筋に降りて昼食とする。ひょっとすると立入り禁止の場所であったかも知れないが、ガスが晴れることを期待して南と東に開けた場所を選んだだけで他意はなかったのです。残念ながら食事中にガスがあがることはなかった。

帰りのバスの時間(大山寺14:40発)が気になるので、何時もより短く昼食を済ませ頂上小屋にも立ち寄らずに下山を開始する。帰路には分岐を左に取り石室経由の木道を歩くことにした。この木道はまさにダイセンキャラボクの純林帯を貫き、左手に桝水高原が望めて登りに利用した木道より雰囲気が良い。ぼつぼつとガスが薄くなってきて、右手の木道を登っていく登山者がはっきりと認識出来るほどになってきた。木道は結構な勾配で長々と延びていて、ペースダウンした理由も分かると言うものだ。

木道を降り立つと右手に立派な石室が見られた。宗教目的の建物と見られ内部にはご神体も祭られていた。しかし入口をふさげば冬季には快適な避難小屋になるのは明らかである。この石室の向かいに地蔵ケ池と梵字ケ池の二つの小さな池があった。上手の地蔵ケ池には水が残っていたが、下手の梵字ケ池は涸れはてていた。この水は宗教行事に使用される霊水とのことである。

桝水高原への道(たまたま同行の登山者の説明によるとほとんど廃道化しているとか)を分け、少し登って登りに利用した木道に復帰する。この合流点は分かりにくく、登っている際は頂上への木道に自然に入り込むようになっているが(実際登る時には石室経由の木道に入る道には気がつかなかった)、登りに使用した木道を戻ると石室経由の木道に入る道に紛れ込む可能性があるようで、実際山頂でお会いしたご夫婦がうっかりと石室経由で再び頂上に向かうか、廃道化している桝水高原への道に迷い込むところであった。ご夫婦は登山口に戻る所存だったので、私の助言は有効であったようだ。

八合目から六合目までの下りは登り以上に注意が必要で、慎重に足を運んで避難小屋に到着する。七合目手前から南側の展望が開け孝霊山の左手には弓ケ浜に至る海岸線を認めることが出来た。又東側の剣ケ峰の荒々しい岩稜もはっきりと認識出来るようになった。

六合目の避難小屋で小休止を取り、豪円山手前の箱庭のような大山寺集落の如き景観を愛でながら飲み物を飲む。

少し元気を取り戻し、五合目手前の行者コースの分岐から元谷を目指して急降下する。急斜面につけられた桟のような木道が上手につけられているので、話に聞いたほどのハードな道ではない。この木道は八合目からの木道の必要性に疑問を呈しているさる識者も賞賛しているほどで、快適なルート作りに成功していると言えるようだ。回りは年代を感じさせる太いブナが茂っていて一層快適な環境を作っている。ブナの木立の間から剣ケ峰のアルペン的な山容を見る。

程なくジグザグ道に入り元谷の川原に到達するが、ここからの大山北壁の眺めは素晴らしい。剣ケ峰、弥山、別山のアルプスを思わす稜線と、荒々しい崩壊が続く北壁の景観は全く見事である。大山のピークは現在剣ケ峰(標高1729m)とされているが、弥山同様に何時までこの標高を保ち得るかは分からない。ちなみに弥山の標高は山頂の碑によれば1710.6mとされていて丸めて1711mが公称であるが、昭文社の地図(2003年版)によれば1709.4mとされている。振り返って南側を見ると大堰堤の上にこんもりとした緑の豪円山が目に入る。思わずカメラタイムを取ることになる。

この広河原ともでも呼びたい元谷を横切ると行者コースの登山口であり、右岸沿いに大神山神社・大山寺に向かう道がつけられている。この登山口から山頂までは2.9km程であるようだ。佐陀川のきらめき、瀬音を聞きながら本日の最後の歩きを続ける。途中で下宝珠越に至る分岐を過ごすと間もなく大神山神社の屋根が見えてくる。ここで冷たい美味しい水を飲む。この神社の建物は時代がかっていて由緒あるものを感じさせる。

神社から日本一長い石畳の道を歩かされ、少々飽きがきた頃に大山寺の山門前に到着した。米子駅行きのバスの発車にはまだ時間があるので、参拝するだけと300円の拝観料を支払って長い階段を登ることにする。大山寺本堂は宝形造りの形のよい建物ではあったが、阿弥陀堂ほどの厳かさは認められない。また期待していた南側の展望も全くなくがっかりした。

後は参道を観光客に混じりゆっくりと下りバス停に向かう。バス発の時間に20分の余裕を残してバス停に帰着した。バスが出発するまでの時間、パートナーは土産物屋を冷やかしてのクールダウンである。

米子駅にバスは若干遅れて着いたものの、予定より一列車早い鳥取行きのワンマンカーに乗れたので鳥取駅前の繁華街をぶらつく余裕も持て、スーパーはくと12号に乗り21時30分頃に大阪駅に帰還出来た。

梅雨入りした時期ではあったが、たまたま梅雨前線が南下して南九州・山陰西部で天気が回復する機会をとらえて、いささか強引な形(夜行日帰り)で大山を登ることが出来たが、予想以上に登り甲斐のある山でさすが百名山に選定された山であることを実感した。昔大山を登った友人達から剣ケ峰を縦走した話を聞かされるが、現在崩壊が進行しているため縦走禁止となっている状況から、弥山留まりで満足することは止むを得ないところだろう。

本日のグロス歩行時間は5時間47分、ネット歩行時間は4時41分であった。昭文社の地図に記入された歩行時間よりは早かったが、山渓の山の便利帳に記載された歩行時間に比すると10%程遅い結果となった。年齢相応のペースと言えようか。尚累積獲得高度は939mとなっていたが、バス停と山頂の高度差は961mであるので、この差は天気が持ち直してきて気圧が3hpほど上がった結果とも取れる。(2003.05.30記)

尚このページに他のホームページからのリンクでアクセスしたが目的とする内容が見つからない場合は、既にバックナンバーに納められているので下記のバックナンバーから目的とする内容にアクセスして下さい。

以下をクリックすると希望のページに移れます。

ご挨拶 登った山々 アルバム パノラマ 日ごろ思うこと リンク集 私の趣味

第01回山行記録バックナンバー(何故山好きに)(2000.09.14)
第02回山行記録バックナンバー(念願の劔岳に登る)(2000.10.15)
第03回山行記録バックナンバー(秋の白峰三山)(2000.12.30)
第04回山行記録バックナンバー(交野山 - 石仏の道)(2001.03.15)
第05回山行記録バックナンバー(懐かしの摩耶山)(2001.04.15)
第06回山行記録バックナンバー(早春の奥比叡縦走)(2001.04.30)
第07回山行記録バックナンバー(めずらしく九州の山 - 由布岳)(2001.05.15)
第08回山行記録バックナンバー(八淵ノ滝から武奈ケ岳)(2001.05.30)
第09回山行記録バックナンバー(大普賢岳より七曜岳まで) (2001.06.15)
第10回山行記録バックナンバー(権現山より蓬莱山まで)(2001.07.15)
第11回山行記録バックナンバー(梨ノ木林道から竜ケ岳)(2001.10.15)
第12回山行記録バックナンバー(秋の鳳凰三山)(2001.10.30)
第13回山行記録バックナンバー(秋の天城縦走)(2001.12.30)
第14回山行記録バックナンバー(大台ケ原散策)(2002.01.15)
第15回山行記録バックナンバー(晩秋の百里ケ岳)(2002.02.15)
第16回山行記録バックナンバー(比叡山の初歩き)(2002.02.28)
第17回山行記録バックナンバー(雪のダイヤモンドトレール)(2002.03.15)
第18回山行記録バックナンバー(雪の上高地・乗鞍高原)(2002.03.30)
第19回山行記録バックナンバー(大原の山々縦走)(2002.04.15)
第20回山行記録バックナンバー(リトル比良)(2002.05.15)
第21回山行記録バックナンバー(山田牧場・志賀高原・鬼無里村)(2002.06.15)
第22回山行記録バックナンバー(浅間山系の前掛山・黒斑山)(2002.07.15)
第23回山行記録バックナンバー(根子岳・四阿山)(2002.8.15)
第24回山行記録バックナンバー(薬師岳・黒部五郎岳)(2002.09.15)
第25回山行記録バックナンバー(鹿島槍ケ岳・爺ケ岳)(2002.10.15)
第26回山行記録バックナンバー(荒川三山・赤石岳)(2002.11.15)
第27回山行記録バックナンバー(住塚山・国見山)(2002.12.15)
第28回山行記録バックナンバー(比叡山・飯室谷・横川根本中堂)(2003.01.30)
第29回山行記録バックナンバー(大見尾根和佐谷峠より天ケ岳行)(2003.02.15)
第30回山行記録バックナンバー(葛城山より竹内峠までの縦走)(2003.3.15)
第31回山行記録バックナンバー(獅子窟寺より月輪の滝までの古道を探索)(2003.3.30)
第32回山行記録バックナンバー(愛宕山系の芦見谷の遡行と滝谷の下降)(2003.4.30)
第33回山行記録バックナンバー(湖北の花で知られた赤坂山と三国山山行)(2003.05.15)
第34回山行記録バックナンバー(郷里長野市の市民の山である飯縄山)(2003.5.30)
第35回山行記録バックナンバー(愛宕山三角点と芦見谷)(2003.6.15)