それでは、まず大祓の祝詞をちょこと、読んでください。
大祓詞
・・・・略・・・
天の益人等が過ち犯しけむ種種の罪事は天津罪と畔放ち溝埋樋放ち頻蒔串刺生剥逆剥屎戸許許太久の罪を天津罪と法別て國津罪とは生膚斷死膚斷白人胡久美己が母犯せる罪己が子犯せる罪母と子と犯せる罪子と母と犯せる罪畜犯せる罪昆虫の災ひ高津神の災ひ畜仆し蠱物為る罪許許太久の罪出む此く出ば天津宮事以ちて天津金木を本打ち切り末打ち断ち千座の置座に置足はして天津菅麻を本刈り断ち末刈り切りて八針に取裂きて天津祝詞の太祝詞事を宣れ・・・略・・・
この意味・・・わかりますか?
アマツツミとクニツツミの2つ書いてありますよね
このことが書かれた背景には、次のことがあります。長くなるので覚悟してください。

ソサノヲとモチコ、ハヤコ
モチコ、ハヤコ・・・父はクラキネ。国の開拓神イサナギの弟
両人にとって屈辱な事がありました。
セオリツヒメの中宮への強引な昇格、正妃(セオリツヒメ)よりも早く、アマテルカミの長男(タナヒト)を生んだモチコだったが、皇位を継ぐ皇子として認めてもらえなかった。
モチコはセオリツヒメを恨んだ。
ソサノヲは、ハヤスウヒメと結婚しようとしたものの、保護観察の身分のため話はまとまりません(許しがでなかった)。
さらに、イザナギからネニクニを治めろと以前いわれたこともあり、ソサノヲとネノクニ出身のモチコ、ハヤコもそれなりの関係になってたので、(特にハヤコはソサノヲにぞっこんだった。ソサノヲの婚約者を8人も殺してしまうほど)朝廷に対する恨みで意気投合。
同情と怒りから、ある時ソサノヲは剣を持って駆け出した。しかしハヤコに止められ「手柄をとりたいなら天下をとれ」と叛意をあらわに言います。
そこを、ちょうどハナコ(セオリツヒメの妹)が来合わせ、その場は見てみぬふりをしますが、朝廷に報告するところとなります。
これらの反乱が原因で、モチコ、ハヤコは謹慎処分となりました。
しかし、謹慎先でも悪巧みをし、ついに局を解任されてしまいます。
怒ったモチコ、ハヤコはヒカワ(島根県)に出奔します。そこは自分の領地、命を助けたシラヒト、コクミがいます。
ソサノオの名を語って、「功をたてれば国神(くにかみ)にとりたてよう」との流言を流し、アマテル王朝への反乱を図ります。
恨み妬み憤りでオロチとなったこの2人は、谷に身を隠し、コクミ配下の郎等がヤエダニ(八重谷)を埋めつくし、ヤマタノオロチになっていました。
(オロチとは蛇とことではなく、恨み妬みで凝り固まった人の事です)
コクミ等は、オロチに手柄を見せようとハヤスウヒメ(ハヤコの恋敵とみなされていた)、さらにソサノヲが改心した後に、アシナヅチの娘8人のうち7人を殺しました。
そのころ、ソサノヲは自分が犯した罪(叛意がハナコにばれた)が原因で、モチコ、ハヤコが左遷された事で怒り狂い、
年中行事の新嘗祭(にいなめさい)の為の苗代に重播(しきまき)して神田をだめにしたり、田に駒を放って暴れさせ、溝を壊してみのりを台無しにしたりの悪事の数々を繰り返し、ある時は神聖な新嘗祭で君がお召しになる神御衣(かんみは)を織る斎衣殿(いんはどの)の戸に糞尿を撒き悪事は益々悪化してゆきました。織姫達に無用な恐怖心を抱かせないように、織殿(はたどの)の戸を閉ざしたところ、ソサノオは、屋根を破って班駒(ぶちこま)をハナコの上に投げ込むという暴挙をしでかしました。
ハナコは持っていた梭(はた織道具)が刺さり、亡くなります。
以前、ソサノオは三熊野(みくまの)の山に火を放ったこともありました。この時母イサナミは、クマノ宮に籠って火の神カグツチ(迦具土神)に祈り火を鎮めようとしましたが、火に巻かれ亡くなりました。
さすがに、ソサノヲ自身も最愛の母をなくしやるせない気持ちだったでしょう。そんなこんなで、今回はさらにとんでもない悪事をはたらいたので、
アマテルカミはしかりつけ、そしてウタで諭しました。
天(あめ)が下 やわして巡る日月(ひつき)こそ
晴れて明るき 民(たみ)の両親(たら)なり
ソサノヲは、ウタの真意もわからず暴れ続けていました。
恐れをなしたアマテルカミは、岩窟(イワムロ)に隠れ、岩戸を閉ざしました。
ソサノヲは後に、チクラ(「クラ」は罪の単位で360クラで死刑)の罪になり死刑を求刑されます。
360クラで死刑なので、1000クラは3回死刑の重い刑です。・・・髪を抜かれ、爪を剥ぎ取られ・・・
しかし、刑を執行中にセオリツヒメが減刑を申し出て流刑になります。
シタダタミ(下民)となったソサノヲは、アマテルカミの許しを得て、かつてイザナギから申し付けられていたネノクニを目指します。
シラヒトとコクミ
イザナギは朝廷に行ってしまったので、弟のクラキネが、ネノクニ(北陸道諸国)とサホコ・チタルノクニ(山陰道)のマスヒト(準国司)に父アワナギの後を継ぎ任ぜられていました。
しかし、クラキネは政り事に取り組む姿勢は私生活と混同し、ヲヲヤケ(公)の認識に欠けていました。
クラキネは妻としたサシミメの兄のコクミを取り立てて、隣国のサホコとチタルのマスヒト(準国司)に任官させます。
ところが、コクミは一向に政り事を取り組まない。かといってクラキネが面倒見るわけでもない。
そこで、アマテルカミは師であるトヨケを指導者として派遣する。トヨケはすでに老齢であり長期の統治とはいかなかった。
しばらくアマテルカミが親政を行なった後、トヨケの子カンサヒがサホコとチタルのマスヒト(準国司)に任ぜられる。
コクミはその次の位にする。
そうこうするうちに、クラキネが亡くなる。クラキネの後は父の後を継ぎシラヒト(クラキネの子)がネノクニのマスヒトになる。
シラヒトも見識のある人物ではなかった。
隣国のマスヒト次官のコクミとつるみ、サシミメと娘のクラヒメを犯し弄んだ。
(シラヒトは母(サシミメ)と子をコクミに送る。コクミは自分の妹(サシミメ)、その子どもも・・・)
「母犯せる罪、己が子犯せる罪、母と子と犯せる罪、子と母と犯せる罪」の理由がわかりますよね。
もちろん、シラヒトもコクミも処罰(死刑を求刑される)されるが、
モチコが地位を利用して、兄シラヒトに有利に事を運ばせた。
カンサヒの子のアメオシヒとクラヒメを結婚させ、モチコの義兄にアメオシヒを位置づけて、サホコ・チタルのマスヒト(準国司)を継がしめた。
これにより死刑をまぬがれる。
さらに、準国司(ソエマスヒト)に再任される・・・。
(富山県立山の雄山(おやま)神社には、ウバドウというのが祭られている。恐ろしい表情で乳房も顕にした木像が伝えられているのは、サシミメとクラコヒメのことを祭っていたからと推察される)
シラヒトとコクミは準国司(ソエマスヒト)に再任され、賄賂や税をくすねる行為に政治は混乱しました。
さらに、オロチに力貸ししたために各地の反乱分子(ハタレ)が蜂起しだしていました。
そのハタレ頭(カミ・魔王)の名は、
錦大蛇(ニシキオロチ)のシムミチとハルナハハミチ
次にイソラミチに乱れ咲くキクミチとイツナミチ
そして雷神(ナルカミ)を呼ぶアエノミチの六族です。
この6族は8年間の戦乱を経て制圧されます。
ハタレの最後
ソサノヲはネノクニを目指してさすらい、何とかネノクニ(松江付近)に着きました。
そこで、アシナヅチの娘と婚約しますがオロチ一味に殺さる。しかも婚約するたび7人までも殺されました。
意を決し、ついにオロチ(モチコ、ハヤコ一味)を成敗してアシナヅチの8人目の娘、イナダヒメと結婚しました。
そして、この時4人の子を儲け、ひっそりと隠れ住んでいました。
そのころ朝廷では・・・
ハタレの根源、ネノクニのマスヒト討伐軍が結成され、イブキドヌシを大将に出発しました。
出雲路に入ったところで、ソサノヲは、甥であるイブキドヌシの前に現れ土下座して、謝りました。
アマテルカミに心からお詫びを申し上げました。
天下(アモ)に降る 我が蓑笠ゆ 血縁(シム)の身木(ミキ・男子)
三千日間(ミチビワサマ)で 荒ぶる 恐れ
イブキドヌシはソサノヲと共に、
シラヒトコクミのマスヒト等、オロチの残党を一網打尽にしました。
ソサノオがシラヒトコクミやオロチに勝利し、諸悪のけがれを取り除いたスガの地に宮を新築することになりました。その宮の名(号)も、長い逆境の時代にいつも身の近くに居て支え、夢と希望を与え続けた妻イナダヒメに感謝の意を込めてクシイナダ宮(奇稲田宮、くしいなだ、現・島根県出雲大社、旧・杵築大社、きつきのたいしゃ)と名付けました。
ここに言う奇(くし)とは、霊妙なる日の御霊(天照神)に感謝する意味が込められています。
この時初めてサホコ(細矛)国を改めて、出雲国(いずものくに)の建国を世に広く触れ知らしめました。
ということが、祓の祝詞の背景にあります。
・・・そういう事実から、「祓」とどう結びつけているんだろうか?