立ち読みをどうぞ・・・
☆対談 『チョウに見放されたら文明は終わりだ』から 奥本大三郎 (OkumotoDaizaburou 日本昆虫協会会長・埼玉大学教授・仏文学者) 茅 野 實 (ChinoMinoru 日本昆虫協会長野支部長・八十二銀行頭取) (その1) 茅野 ‥‥‥‥私が原始的なおもちゃで育ったせいか、いまのおもちゃの、複雑で面白くないこと(笑)。 奥本 開けてみても、わけがわかりませんしね。ブラックボックスですよ。 茅野 いまの子どもはこういうブラックボックスのなかにいても面白いんですかな? 奥本 いやあ、面白くないと思いますよ。ファミコンの攻略法みたいなことだけが彼らのクリエイティブな部分であって、あとは与えられたものだけです。創意工夫をする余地が少ないんです。それでは創造的な人間は育たない。遊びでなくて消費です。 茅野 選択の自由だけですね。与えられたもののなかから選ぶことしかできない。創造の自由みたいなものがないことに不満をあまり持たないんですね。われわれはどうしてそんなことを学んだかといえば、やはり自然との付き合いのなかで学んできたような気がします。 (中略) 奥本 やはり小さいときに虫をいじって、その美しさや動きの不思議さに驚いたりする。そのなかでいろんな自然の手触りを感じたり、美しいものを知ったり。すべてはそこから始まるんじゃないかと思います。 自分自身の美の基準みたいなもの、その感覚を身につけるのは13歳くらいまでじゃないかと思います。自然感覚、味覚、言葉の感覚ですね。その基準を持つために昆虫採集も含め、自然に触れなさいというのが我々(日本昆虫協会?)の、多少我田引水的主張なんですけれども(笑)。 茅野 無限の本ですね、自然は。どんな小さな部分をとっても知り尽くせない、非常に複雑な味わいがある。 ‥‥‥‥ (その2) ●茅野 ・・・・もう一つ、さきほど話しましたように、(チョウを)採集してはいけない、殺してはいけないという教育をしますね。あれはいつ頃からでしょうか。 ●奥本 高度経済成長による自然破壊の後ろめたさと表裏一体をなしていると思います。結果、ほんの少し残った自然。これを大事にすればよいのではないか。それには採集禁止が一番という論理です。禁止にさえすれば自分は責任を免れるような気がするんですね。 ●茅野 免罪符になっている。 ●奥本 それにチョウは可憐で、か弱い印象でしょう。そういうチョウチョウさんをいじめるのは悪い奴っていう図式なんです。 ●茅野 とくに陰湿な銀行員に多かったりして(笑)。 ●奥本 いや、医者にも多い。これはヘンタイ(笑)。 ●茅野 チョウを殺すのはいけないが、害虫、ゴキブリは殺虫剤で殺しなさいというのは人間側の都合ですからね。 ●奥本 そうそう。基本的にはチョウもゴキブリも繁殖力では同じだといつも言うんです。家の中のゴキブリをスリッパで絶滅できますか?森があって、そこにいるチョウを捕虫網で絶滅させてみろというんです。あんな高い所を飛んでいるやつをどうやって捕るんですかね。もっと効率のいい捕り方があったら、捕りたいですよ。しかし、ゴキブリを絶滅させる方法だってあるわけです。それは家ごと焼き払えばいい。チョウチョウに関してはそれをせっせと実行している。ゴルフ場と、リゾート開発でね。 |
地域文化36号 ・特集「蝶」 (1996春) (財)八十二文化財団 (長野市) |