■■権利者を一人一人回って・・
「ネットラジオ」について、最も先進的に取り組んでいると言われる東京のAM 局、ニッポン放送を訪ねてみた。フジテレビとの24階建て合同本社ビル最上階にある スタジオからは東京湾が一望できる。ここから毎日3時間ネット上で生放送されてい る同局の「ブロードバンドニッポン」は1日2万アクセスを誇る人気番組だ。2時間以 上アクセスしている人が視聴者の40.7%といい、ネットには珍しい長時間利用コンテ ンツになっている。BSデジタル放送でも同じ番組を流しているが、視聴者の約95%が ネットで聴いているという。
実は、この番組は業界でも例外中の例外の存在。浜崎あゆみさんや B'zなど人気アーティストのヒット曲の大半をネットで流すことができるのは、同 局だけだという。檜原麻希デジタルコンテンツ部長は「ソニーミュージックを始め、 レコード会社、音楽事務所、時には個別のアーティストなどの権利者を一人一人回っ て許諾を得た上で流している」と裏での苦労を語る。01年10月の放送開始以降も交渉 を続け、これまでに10数社と1曲当たりいくら支払うという包括契約を結び、ヒット 曲の9割を流すことができるまでになった。
それでもこうした取り組みが遅れている他局はもちろんのこと、ニッポン放送の他 のネット上の番組では同様に音楽を流すことは難しい。ラジオの人気番組「オールナ イトニッポン」のネット放送では、音楽部分をはずしている。これはリクエストによ り入れ替えられる曲を事前にチェックして許諾を得たものだけを選別することができ ないためだ。このように日本では、音楽の権利処理がネックとなり、事実上ラジオ番 組をそのままネットに流すことができなくなっている。
■■管理団体なき著作隣接権でさらに壁高く
一般的な放送とネット放送の違いは、著作隣接権者と呼ばれるレコード会社や実演 者の許諾が必要になる点だ。ラジオ放送では、著作権者である作詞・作曲家、つまり 管理団体の「日本音楽著作権協会」(JASRAC)の許可を受ければよく、隣接権者は報 酬を請求することはできるものの放送を差し止めることはできない。このため、民放 は一律に広告料の1.5%をJASRACに支払うという“ブランケットライセンス”を得 て、曲を好きなだけ使えるようにしている。
これに対し、ネット配信については、一般に利用できるようサー バーにCD音源を置く送信可能化権の保護規定などにより、隣接権者からの許諾も必要 になる。しかし、隣接権はレコード会社、事務所、アーティスト個人など多種多様な 形態で保有されているのが実情で、JASRACのように一括して交渉窓口になる管理団体 も存在していない。このため、ニッポン放送のように個別交渉するほかに方法はな い。
欧米ではこうした権利関係が若干違っている。JASRACによると、米国ではレコード 会社も作詞・作曲家とともに著作権を認められているが、一定の金額を払いさえすれ ば利用ができるという強制許諾のルールがあるため、経済力のある放送局は曲を流す ことができる。東京のFM局、J-WAVEが米国のスタジオから現地の曲を使ったネット放 送をしている例もある。
欧州は日本と似た権利形態だが、ラジオ放送をネットに配信する場合には、放送に 準ずる扱いが認められているという。1国でライセンス取得すれば、国際的にネット 配信することができる協定もあり、BBCなど限らず、各国の公共放送などが幅広く番 組を配信できる仕組みができあがっている。
さて、ネット放送にとって厳しく見える日本の現状だが、権利者側に変化の兆しも ある。それは、携帯電話の着信メロディーを中心としたインタラクティブ配信が昨年 度、JASRACの収入の6.9%に達するなど、新たな流通経路への期待が膨らみつつある からだ。そうした状況を踏まえ、日本経団連が音頭を取り、日本レコード協会などの 権利者団体、プロバイダーや放送局を代表する利用者団体が同席して、ブロードバン ドコンテンツの流通ルールをすり合わせる取り組みが昨年6月から始まっている。レ コード音源に関しては、レコード協会で権利の集中管理について検討を進めている。
■■「新しいメディア」か「放送の補完」か
著作権以外にも課題は残る。分かりやすいところでは、スポンサーの問題だ。ラジ オと同じコマーシャルを流しても収入にならないどころか、地域限定のセールなどの 情報では却って不都合だ。オールナイトニッポンの放送ではコマーシャルもカットし ているし、ネットではないが、CSのスカイパーフェクトTVで全国放送しているJ-WAVE も同様の措置を取っている。
ラジオとの同時中継を全面展開を目指すかという問いには、ネットで成功を収めて いるニッポン放送でも「回線も用意しなければならないし、ビジネスとして成り立つ かどうか見極めなければ進めない」(檜原部長)とあくまで慎重だ。
ライブ番組「ライブ・デポ」を生配信しているエフエム東京も「リスナーへの到達 経路を増やすというよりは、ラジオの双方向性を高めるという観点からネット事業を 進めている」と力点の違いを説明する。スタジオ風景などの画像を見せたり、同社が 取り組んでいる「見えるラジオ」同様に曲名を表示したり、メールやチャットをリア ルタイムの視聴者参加に活用したりと、放送の補完に絞って取り組む。
また、公共放送のNHKも、先月出したインターネットの利用計画の頭には「放送番 組補完」という文言が付いている。内容はラジオ第1放送のニュースを二次利用した 音声情報などにとどまり、ラジオ放送をそのまま配信するといった一足跳 びの展開はまだ遠そうだ。また。NHKのネット利用に関しては、 放送法からの逸脱、民業圧迫といった観点から、日本新聞協会が否定的な意見を出す など反発もある。
厳しい環境の日本のネットラジオだが、多くのラジオ局の担当者は、「ラジオを聴 いている間も、目と手は空いている。ネットとの親和性は高い」と口をそろえて話し ており、欧米とは違った独自のメディアミックスが生まれる可能性にも期待を抱かせ る。
ラジオ局から見ると、ネットにそのままの放送を乗せることは、現状では現実味が 薄い。結局はネットという土俵の上で、長い時間をかけて培われたラジオ番組という フォーマットがどこまでアピールできるかだ。地域の空気まで伝えてくれる気がする ラジオが、ネットに集う見知らぬ人同士の相互理解に役立つならば、生き残りの道も 見えてくるだろう。