名取裕子新春朗読公演


川口松太郎作『人情馬鹿物語』
第一部「遊女夕霧」
第二部「三味線しぐれ」

演出 岡本さとる  作曲・演奏 新内剛士


最近、朗読公演をする人が増えた。
山崎陽子の世界 朗読ミュージカルなら歌も入り舞台上の変化もありで今や定着している。
名取裕子のさんの朗読公演は,まったくの彼女の朗読する以外何もないので如何にするかという
興味津々で観劇した。

朗読の傍らには、新内節の新内剛士さんが作曲した曲を三味線で演奏という形で雰囲気を
作り出していた。

朗読の作品は川口松太郎が小説家になる前に講釈師の円玉師の家に居候をしていたころに
円玉師の家に出入りする人たちを書いた短編集だ。
頃は大正時代の東京下町。

初めは、吉原の花魁が自分の為に身を持ち崩した男をすくう話だ。
青の着物姿で舞台に現れた名取裕子さんは、縁台風のものに横座りの形で朗読をはじめた。
もともと気風のいいというか、威勢のいい名取裕子、語り口も江戸の下町を感じさせる語り口調で
朗読をはじめた。

主人公の花魁の夕霧を語る風情は何時しか、映画の吉原炎上の名取裕子がオーバーラップ
するような感じで、次第に名取世界へと引き込まれていった。

語りようでは落語調にもなりそうな物語を歯切れのいい時には啖呵を切るような感じで物語を
朗読、花魁夕霧の時には哀れに、時には威勢のいい吉原の花魁を巧みに語り口調で変化をつけて
聞かせて客席を笑わせ,片や、しんみりさせたり、その間に入る三味線の音がなんとなく時代を更に
感じさせて、観客を大正時代へと巧みに引き込んでいくのだ。

名取裕子独特の声色が時には艶めかしさを感じさせ、七色の声で朗読の魅力を観客に感じさせた。

不思議と夕霧と夕霧に惚れた男とのやり取りの語り方は、男女の情実を瞬間感じさせながら、その情感を
ぷっと切り次に進行さすあたりは、彼女の個性と芸の細かさだろう。

大正昭和の初期の男に尽くす女の意地というか、情というか森鴎外の小説「雁」に出てくるような、過ぎ去った
あの時代の女を感じさせる力量は、改めて名取裕子の魅力を見せてくれた。

二つ目は「三味線しぐれ」実の父親でなく、育ての父親を慕っていく子供の話だ。
着物も着替えての舞台だ。
お話は勿論人情話。

朗読はあまり客席に顔を見せず手にした本を見ながらだ。

ともすれば、一寸した芝居風の動きもできるだろうが強いて、そうした仕草は遠慮したのだろうと
勝手に思った。
そうした事で静の世界の中で動を感じさせるところに、朗読という醍醐味があるのではないかと。

心配していた朗読だけでは舞台に隙間風が出来るのではというのは、勝手な心配で
大正昭和の古き時代の風情を、男女の人情を、名取朗読は見事に自分だけの世界を舞台に
繰り広げたのだ。

余計な仕草をせずに、舞台の上を素のままで演じたことが、単純な朗読という地味に感じる
ものを、見事に華やかなものに作り変えたのではないだろうか?

新内剛士さんの三味線は、どちらかの話の時に新内流し風に朗読の後ろを歩きながら弾いていくという
演出もあってもよかっのではないだろうか?

そうしたら、物語に合わせて作った曲が更に朗読の雰囲気を高め情感が盛り上がったのではないだろうか?

観劇 2013年1月5日 兵庫芸術文化センター阪急中ホール E席28番 3000円 ちゅー太




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