音楽座ミュージカル 「七つの人形の恋物語



原作 ポール・ギャリコ(「七つの人形の恋物語)より)
脚本・演出 ワームホールプロジェクト
 エグゼクティブプロデューサー&クリエイティブディレクター 相川レイ子
音楽 高田浩 井上ヨシマサ 石川亮太  振付 畠山龍子 杏奈
美術 朝倉摂  照明 笠原俊幸
出演 広田勇二 宮崎祥子 吉田朋弘 野田久美子 小林アトム 安中淳也
  井田安寿 浜崎真美 秋本みな子


七つの人形の恋物語を公演するあまりに力が入りすぎて
理想と現実が見合わないまま、幕が開いたという舞台というのではないであろうか?
多分音楽座の観客はポール・ギャリコの原作を読んで見に来たという人が
多いのかなと思ったりした。


演劇はわかりやすいというのが大事なことだが、えてして忘れがちになり
己の抽象的理論におぼれて、舞台つくりしてしまう場合が往々にしてある。

七つの人形を作り、それを操るコック、その人形に出会ったムッシューという女の子、
人形に人間のいろいろの心を表現させ、その人形にムッシューは人間を感じて

こころの中の愛を訴えていこうとする。
人形も生きる喜びをムッシューに与えて、人形一座は華やかな陽の目を浴びる。
が、ムッシューが曲芸師と恋に落ち人形とはなれていくので
人形たちは死んでしまおうと
話し合う。

人形の中にムッシューが入り込んでいく、又そこから出て行くという、
この変わり身を
明確に書き上げてないと、観客は理解に苦しむことになる。

一つには本当の人形をもっと前面に出して人形、そしてそれとすり替わり
人形が
人間の心を持つ人形、演じる役者というメリハリがあると、
物語は円滑に進行したのではないだろうか?

当事者がわかりすぎているだけに、それをわからせる部分が
消化不良になってしまったのではないだろうか?

これはメルヘンではなくファンタジーだといわれても
その表現はかなり難解なのではないだろうか?


音楽座の芝居は他の劇団とは違う感じの息吹を感じ、
それが一つの新鮮さを感じさせてくれた。

今回の芝居はあれもこれも入れ込んだ挙句の果て、まぜこぜになり、
芝居の流れが
混沌として、出演者の個性も引き出せないまま、
舞台は進行していったという感がある。


朝倉 摂の組み立て装置もその効果を存分に出せないのも、
芝居と装置が
一体化してない原因だろう。
人形劇団の公演風景、一転して舞台裏を見せるという手法だが、
そのあたりの
演出が荒い。

こうした人形がいつしか人間にという物語は、
今の平面的舞台つくりでは
新味が出てこない。

見ていて、ラスベガスで公演している「カー」の作法を取り入れると
意外性が出たのではないかと思った。

つまり平面を俯瞰で見せる感じだ。
ということは、プペット、操り人形だ。本当の人形は操られている。
そこで人間も同次元で操るのだ。
つまり平面の芝居から俯瞰芝居へ、そこはロープでつるすことになる。
舞台を客席からは常に上から舞台を見下ろしていることになるわけだ。

メイクも、何の変哲も無い女の子の表現では変化が無い。
これも「カー」のようなそれぞれが独特の化粧を人形的、
それ以上の歌舞伎的
あるいは歌舞伎の隈取的、
あるいは京劇風とかあるいは目の上だけお化粧とか

いろいろ出来るはずだ。

音楽にしてもメロデイーが決め手になる中心の音が無い。
七人の人形のそれぞれのメロデイーがあってもいいんではないだろうか?


何か物語に感激して、肝心の観客への訴える手段を
置き忘れてしまったのではないか?

あれもしたい、これもしたい、思いは山ほどある中で
取捨選択の方法が散漫になったのかも知れない。


広田勇二のコック、色濃く出ているが、芝居がつながらない。
宮崎祥子のムーシュ、熱演してるのだろうが、
影が薄いのは演出のせいかもしれない。

ここでアクセントが強く、全体を引き回していると状況は変わったかもしれない。
小林アトムがかろうじて芝居の流れを維持しているが、それも限度がある。

つまり、芝居をしていて、それが一つの流れに乗らない、
一人の芝居が終わると
それで途切れてしまう、空気が動かないのだ。

芝居に大切なのは、それ風を如何に見せるかということだ。
安中準也、秋本みな子、井田安寿という個性は生かされてないのも、惜しい。

照明の笠原俊幸は澤田祐二の流れをくむだけに、
明かりのつくり方が
似ているが、もう少し舞台の中に色をつけてもよかったのでは?
フラッシュ的に
明るくするところは澤田の手法を感じるが
スケールが一回り小さい感じだ。

宝塚歌劇のスカーレット ピンパーネルの舞台も暗い感じがしており、
今回も明かりにもう一工夫あればと思った。

再構成再構築した作品を見てみたい。
愛を表現するには面倒な多続きは要らない。

単刀直入に表現すれば、愛は伝わるはづだ。

音楽座に期待感を常に持つものとしては、やはり日本の作品を生み出してほしい。
思うに、細川ガラシャ、つまりミュージカル レディ・ガラシャを創り出すことを
ひそかに期待している次第だ。

 観劇 2008年9月20日13時公演 イオン化粧品シアターブラバ 席1階k列17 チュー太


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