ハワイの近況<2018年>



たったの1年でハワイ・ホノルルの姿は,こんなに変わってしまうのかと仰天した。
毎年、地元の人と午後のひととき海を見ながら癒しの一時を何十年と楽しんできた
アウトリガーリーフホテルのショワーバードに行ってみて驚いた。

あの華やかな雰囲気は何処に?
バーカウンターに座る客もまばらで、ウエイトレスの姿もいない。
いかつい男が作る、マイタイはとんでもない味だ。
ふとバーテンダーの手元を見ると
赤ワインを注いだワイングラスの飲み口辺りの汚れを指で削り落としているのだ。
なんだこの風景は?
ホノルル一番の癒しの場でもあるショワーバードは海の藻屑に消え去っていた。
此処で長い間働いていたバーテンのジュリアの姿が懐かしく思えた。

ビーチの浸食も激しい。リーフホテルの真下まで海水が迫っていた。
此処からヒルトンホテルまでの間のコンクリートの道も砂で埋もれて
コンクリートの道は見当たらないほど浸食がはげしいのだ。

カラカウア通りの裏の運河寄りのクヒオ通りはリニューアルされたホテルばかりが
インターナショナルマーケットが改装され、長年のあの雰囲気が消え去ってからか
ハワイのホノルルの雰囲気は貿易風に乗ってどこかに去ってしまった。
行けば必ず食べに行くルストランローにある「ルーススクリスステーキハウス」で
食べつけてる「リブアイ」をレアーで注文した。

運ばれてきた「リブアイ」のこぎりのようなナイフで、いつもはソフトに切れれるのが
切れない、きれないのだ。よく見ると筋だらけで、それも幅の広い筋だらけだ。
何十年も食べているがこんなことは初めてだ。

筋だけ別の皿に積み上げてウエイターに言うと、シェフの焼き方でという、言い訳?
此処の肉はブラックアンガス牛の肉だから、価値があるのだが、それだけ品質が
落ちた?という事か?
店内も以前より証明が暗くメニューを読むのにスマホの明かりで読むほどだった。
それほどの肉の問題でもマネージャーは顔をださなかった。

品質と共にサービス面の質も低下した。

こうした話はローカルの人たちからも、やはりお客さんを連れてルーススクリスに来たら
肉の質が落ちていたという話を聞いた。

あのハレクラニホテルのレストランでも日本から来た友人を連れて行ったら、
それなりのサービスで知られているハレクラニのレストランでも
以前と何かが違うと言う話を聞いた。味も然りだ。

カラカウア通りのショピングプラザの地下にあるホノルル横丁の半之助という天丼の店は
もともと東京の日本橋にある行列しても食べたい天丼の店だけに、繁盛している。
エビが4尾小柱海苔が載って16ドル余りだ。

1個2ドル半はするお結びの店がが日本人観光客はじめ白人の人たちも
購入していくが日本人だけは店の横で夕食代わりに済ます姿が多い。

近年ますます、通りの石垣に腰かけておにぎりを食べる日本人の若い観光客の姿が
目につく。

今回は久々にパールハーバー真珠湾に出向いた。
今は修理中でアリゾナ記念館には行けないが、海軍のボートでその周辺はみる事が出来る。
潜水艦ボウフィンは艦内も見学ができる。かってボウフィンは沖縄沖で日本人児童を乗せた
輸送船を撃沈した潜水艦だ。

この後、軍港ゆえ海軍の専用シャトルバスでフォード島のミズーリ号に乗艦。
1945年9月2日東京湾で、この甲板でマッカーサ―元帥が講和条約にサインをした。
奇しくも、停泊した場所がその昔、黒船ペリーの船が停泊した場所とおなじところだったそうだ。
甲板には各国代表がサインした書類が展示されているが、カナダの代表がサインをする場所を
間違えいて自分名前の印刷されてる下にサインをしてしまった。

後、日本側も気付いたが間に合わないので、マッカーサーが名前に線を引き消して
書き直してもらったそうだ。

又,海戦当時、特攻機がミズーリの右側面に体当たりして、日本人乗員の上半身だけ
甲板に残ったとの事、艦長が反対を押し切り日本の旗を創り丁重に水葬にしたと。

甲板には当時の水兵が並んで水葬にした時の足跡まで残されている。
湾岸戦争で活躍、その後ミズーリは引退。16インチの大砲が3問あり、23マイルの
距離を砲撃できたそうだ。

日本人は何時の時代になっても一度は此処を訪ねるべきだろう。

話は変わり、日本でも有名なアロハテーブルを覗いてみた。
ハワイ観光局がロコモコ部門で一位になった店というのでロコモコを食べた。
グレービソースの味が違うね。日本風の味かこれは?と?
入店して来る日本人観光客は入る前から入口で店内の写真、注文して料理が来たら
先ず料理の写真、次は自分の顔の前に料理の乗った皿を構えて写真だあ。
皆インスタ映えか?SNSか?姿見ただけ美味しいの声だ。

味よりも、此処に来たと言う事実、ここの料理を食べたというSNSの証明写真の方が
大切の様だ。そして本来の味を、知らないまま、美味と感じて食べる。空虚!

カラカウア通りの少し裏に和食のお店があるが以前は外のテーブルまで満席だったのが
今回覗くと客はチラ?以前の味は?味わえなかった。

結局、定宿ならずの常ホテルのザ ブレーカーズ ホテルのプールサイドに、
ホノルル在住の知人たちが持ち寄りでやってきて、そよ風に吹かれながら語り合い
ワインでサンテが最高のハワイとなった。

ハワイでは最近、ヒルトンホテルのエレベーター内部で日本人夫婦がホールドアップにあったり
ホノルルのカカアコ地区にインスタ映えするウオールアートがあり、周囲の状況を知らない
日本人観光客が寫眞撮影で入り込み公衆便所に行き暴漢<ホームレス>に襲われる
事件が発生している。ホノルルのどこに行ってもその話題ばかりだ。
表現は悪いが被害者はお岩さんみたいな顔に。

ハワイでは公園の公衆便所には決して行ってはいけない場所なのだ
という事を知るべきだ。
ホテルのトイレもレストラの客以外は鍵が無ければ入れないのだ。
トイレが犯罪の一番起こりやすい場所で、それなりのトイレは扉が開放されている。
理由は中に誰もいないと言う表現方法だ。

そん昔は、「ハワイは日本じゃないよ、外国だよ」という有名なテレビコマーシャルがあったのだ。

何時もコスコでLINDORの大袋を沢山買い込んで持ち帰る。
検査場ではチョコで終わったが今回は終わらなかった。
検査員に何だと聞かれ、チョコというと、恐ろしい顔に。
それからが大変で、総て鞄から出されて一個ずつ手で触っての検査だ。
異常過ぎる?ローカルの人に聞くと、マリファナをチョコや
珈琲に混ぜて隠して運んだ人間がいたとの事。
それでチョコ一袋ごとに手で触り、中身を調べた訳かと。
手触りで行くところを見るとスキャンでは識別不可なのだろう。

関空―ホノルル便の航空機のサービス姿も大きく変化してきた。
ユナイトが飛んでいた頃は行がビジネス帰りがファーストというチケットがあった。
ノースウエストの頃はサービスは鷹揚で家庭的で乗員とお喋りがふんだんに出来た。
和食は前菜がテーブルクロスの上に、それが終わり、メインの品が器は全て陶器だ。
ドリンクサービスは余裕があった。
メインが終わり食後のワイン、チーズがそして果物、ケーキがワゴンで運ばれてきた。

次第にそれが短縮されて今は和食は一度に総て運ばれてくる時代だ。
そして乗員とお喋りする時間もない。
フライト時間は変わりないのにデルタ航空だけは機内の免税品の販売が無くなって久しい。
理由は使い込みががあったそうだ。
それから無くなった。

役に立たないのはGALLERIAのポイントカードだ。
有効期間2年とかでかなりの買い物して2年目にポイントを聞くと
コンピュータの中で出てこないで、常にゼロだ。
免税店は何時も閑古鳥が鳴いている。

ワイキキのビーチは激しい浸食でこの先どうするのか?サービスは低下の一途。
最後に残るのは、青い空だけ。

野菜はキャベツ半分が2ドル40セント、ヨーグルト1個が1ドル20セント、
ホウレン草が4ドル。
今ホノルルに住もうとしたら「1ヶ月いくら必要か」と聞くと「50万円」と答えが。

マハロ



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