第十二試合−第十三試合

『幕間 其の二』

担当MS:チアキ

     

●幕間 其の二
カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

 十二試合が終了した。
 大会初の無血試合となった試合が終了した後、次なる第十三試合が開催されようといていた。

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

 しかし天の悪戯か。突然の豪雨により一時中断となった。
 会場を屋外に作ったが故のトラブル。
 だが、仮に屋内会場を用意したとなった場合・・・風に融けぬ血霞により、更に大人数の病人を出していただろう。
 結局、天候は夜まで回復する事はなく、残りの試合は後日となった。

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

「トート殿!」
 運営側専用の宿舎にて、チアキがトートの部屋をヌッと覗き込む。
「わ、チアキ君なにごとデスか」
 突然の登場にトートがビックリしながら答える。
「今日は焼き鉄串を沢山使ったデスから、早く眠りたいのデス」
「微妙にビックリとは違う受け答えじゃがまぁ良かろう。実はトート殿に伝えたい事が」
 扉から半分だけ顔を出し、なにやら怯えた様子でチアキが話しかける。
「なんかわしの割り当てられた部屋から、カチコチと珍妙な音がするんじゃ。わし思うに・・・」

―――あれ?

「・・・思うに、『時間を正確に刻むモノ』か何かがあるのかと・・・?」
 その言葉を聞くと、トートは嬉しそうにポンと手を叩き、
「わぁ、博識デスね。その通りデス。とても希少らしくて、チアキ君の部屋にしか設置されてないそうデスよ」
 博識。
 そうだろうか。
 博識?

 何故、こんな事を知っているんだ?

「・・・と言うわけで、イジッて壊しちゃダメデスよー?」
 チアキが思考の迷宮に落ちている間に、トートは話を終わらせてしまう。
 話すことが終わってしまってはいつまでもその場にはいられない。チアキは部屋に戻ることにした。

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

 時を刻む音が聞こえる。
 音の発生源を見ながら、チアキはしばらくその場に立ち尽くしていた。針はもうすぐ、0番を射す。
「ま、どっかで知ったんじゃろ、きっと」
 楽観的に捉える事にした。

 考えてみればなんの不思議も無い。
 例え最近、妙に既視感を感じたとしても、
「どっかで偶然同じような事があったんじゃろ、うん」
 納得できない一部の思考を押し流し、チアキは今日の御前試合の纏めに入る。

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

「第八試合、ルナ対クロカ・・・年齢制限でクロカの勝利・・・と。第九試合、スピン対ジェシカ・・・ジェシカ逃亡によりスピンの勝利・・・と。第十試合、アイリス対フィリア・・・両者逃亡により引き分け・・・と。第十一試合、ルバルク対ウィチタ・・・エロの過度投与に耐え切れず双方死亡の相打ち・・・と。第十二試合、センキ対ネコニャンコ・・・相手が試合会場に来ず、センキ殿の勝利・・・と」

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

「よし、大体終・・・ってないな。日付を入れ忘れておったわい」
 イカンイカンと、チアキはページの先頭に日付を記入した。


十一月二十五日


「天気は・・・晴れのち雨、じゃな。月の傾きは・・・」
 次に控える試合を中止するほどの豪雨も、夜が深ける頃にはすっかり止んでいた。
 今では天上に、月が爛々と輝いていた。
「ふむ、待宵月か。この調子ならば、明日には立派な満月を見せて―――」
 二十五日に、待宵月?
 おかしい。いや、昨日の月が十三夜だった事を考えれば、おかしい所など一つもない。
 無いに決まっている。



 何をバカな。待宵月は十四日の月齢だ。二十五日に来るなんて

「ありえない!あるはずがない!」
 咆吼と共に力任せに机を叩いた。衝撃で机から記録書が落ちる。
 が、気にしている場合ではない。
 何かが。何かが起きている。
 自分の知らないところで―――

 否、知っていた。数々の異変を。壊れ始めていた世界を。
 知っていたが、理解らない様にしていたのだ。意図せずに、自ら。
 尋常ならざるこの御前試合が、更に怪異を呼び寄せているのか。
 何が起きているのか。何故起きているのか。何故、何故、何故。
 思わず椅子から立ち上がる。座ってなどいられない。落ち着かない。脊髄が名状しがたきのモノに浸食され、自分自身が全く別のモノに塗りつぶされてしまう感覚。

 意識が希薄になる感覚に押しつぶされ蹌踉ける。そのとき落ちた記録書が目についた。
 適当なページを開いているその書物が。

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

「トート殿!トート殿!!」

 ドアを叩く音が聞こえる。
 今何時だろう。寝ぼけた頭にそんな思いが過ぎる。過ぎるが暖かい布団の感覚に、全ての事柄がどうでも良く思える。
 でも、そうもいかない。
 乱暴にドアをノックする主の声がだんだん必死なのがわかるからだ。
「どうしたんデスかチアキ君。もう眠いのデスが・・・」
 精一杯寝ぼけてないよう声を出す。だがどことなく張りがない。ドアをノックするチアキと対照的に。

「トート殿!・・・今日は何日じゃ!?」

 こんな夜中に急にノックして。この人は何を言っているのだろう。
 急に聞かれた質問の意味を、トートは理解できなかった。
「・・・それはチアキ君が一番良く知ってるんじゃないデスかね?」
 今日の催し。御大の誕生日を祝えると、張り切っていたのはチアキだ。今日の日付を間違える事はありえない。
 だがトートの問に答える事もなく、ドアの向こうからチアキは矢継早に質問を続ける。
「じゃ、じゃあ昨日は!?一昨日!?その前は!?」
 トートには理解できない。扉の外からだから、中の様子は伺えない。ただ、何かをベラベラ捲るような音は聞こえてくる。
「その前は、更にその前は!?もっと前も、その前も!!」
「チアキ君?どうしたんデスかチアキ君?落ち着いて話してくださいデス」
 優しく問いかけるトート。だが、聞こえているのかいないのか。チアキから返事は無かった。
 扉を開けようとするも寄りかかっているのか、重くて開かない。
 扉の向こうからは只、呟く声と、ベラベラと何かを捲る音が。
「チアキ君、しっかりしてくださいデス」
 体当たり気味に扉を開ける。思ったよりもすんなり開いた。
 勢いをつけていたため、少々前のめりになりながらもバランスを取る。
 目の前にはチアキ。手に持つ書物を只、ひたすらに。

 捲る。 捲る 捲る 捲る 捲る捲る捲る捲る捲る

 『十一月二十五日(晦)』
 『十一月二十五日(新月)』
 『十一月二十五日(既朔)』
 『十一月二十五日(三日月)』『十一月二十五日(四日月)』『十一月二十五日(五日月)』『十一月二十五日(六日月)』『十一月二十五日(破鏡)』『十一月二十五日(上弦)』『十一月二十五日(八日月)』『十一月二十五日(九日月)』『十一月二十五日(十日夜)』『十一月二十五日(十日余月)』『十一月二十五日』『十一月二十五日(十三夜)』『十一月二十五日(待宵月)』

カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ カチコチ

「一昨日も、昨日も、今日も、ずっとずっと十一月二十五日・・・・・・じゃあ、じゃあ」

 チアキは蒼白となった顔をトートに向け、呟いた。
「じゃあ明日は・・・いつなん―――」


           カチ


ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン
ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン
ボーン ボーン ボーン ボーン ボーン



―続―

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