十一月二十五日。
この日、円卓の間前にて尋常ならざる御前試合が開催されていた。
全十五試合中、第十四試合終了までに出場冒険者十五組三十名中、敗北による死者七名、相打ちによる死者六名、射殺一名、生還十一名、中重傷一名、行方不明三名、巻き添え数えきれず。
まさに狂宴という言葉が相応しい結果となっていた。
残すはあと一試合。
この試合が終了した後、果たして何が残るのであろうか。
鬼が出るか、邪が出るか。それとも・・・。
●この世全ての悪
円卓の間は盛り上がっていた。
「んじゃ、決を取ります。ドラゴが悪いと思う人」
「死刑!死刑!」
「死!死!死!」
「殺せ殺せ殺せ!!」
「50対0でドラゴの悪が確定しました」
「ゲェー!?な、何事でござるか!内容すら語られてないのに早くも死刑確定でござるか!まともで公平な陪審員を求むでござるYO!」
「では被告・ドラゴ。判決・死刑と言う事で」
「お願い聞いて拙者の願いー!!」
血涙を流しながら公平な裁判を訴えるマジカルキャビンアテンダント・ドラゴ(a02388)であったが、今回の陪審員たちは女性に弱いのでこの判決は当然である。そう、今回の相談者は女性なのだ。
透硝華・ハル(a20670)。通称ストハル。
彼女は沈痛な面持ちで目を伏しがちにしながら、何かに耐えるようにじっと座っている。そのもの語らず戦う姿勢が更に陪審員の心を動かし、50対0という快挙の勝利を持ち得たのだ。やったね!
果たして彼女が訴えたドラゴの悪辣とは。
彼女とドラゴに一体どの様な因縁があったのだろうか?
だがしかし、それは今語るべき事ではない・・・。
「いやいやチアキ殿!巨匠っぽくモノロぐってないで語ってくれYO!それ結構話の核心だから重要でござるよ!主に拙者の無罪確定とか」
いや、だってメンドイし・・・。
「メンドイで片づけないでー!ほ、ホラ!これあげるから!拙者秘蔵の煎餅!」
イラネ。
「じゃ、じゃあコレ!某金髪エルフの(企業秘密用語)!」
むむ!これは噂だけが残された幻の・・・!仕方ない。では確信を話す事としよう。
ドラゴの悪辣たる真実を知るには十年前まで遡る必要があった。
「ふー、これで安心でござるn・・・ってちょっと待って!ホント拙者無実だってー!ほ、ホラ。ストハル殿もそげな俯いてないで。笑って、ね?そして冗談だと言ってYO!」
「・・・今までのは冗談です・・・と言わないと私の身が危ういので・・・」(ガクガク)
「ホゲー!?更に関係を悪化するようなことをー!!」
「まぁまぁエエから軽犯罪者」
「より不名誉な形に!(吐血)」
「んじゃまぁ、取り敢えずどれくらいドラゴ殿が悪逆無道か、再現VTRを用意してみますた。VTRスタート!」
●ぬるま湯の君
その生活は
平穏で、緩慢で、穏当で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で退屈で―――退屈だった。
●リディアン家
10年前。
ランドアース東部にリディアンという貴族の一族がいた。
東部にて貿易を一手に引き受けていたリディアン家は、当時ほかにライバルもなく潤いの盛りだった。一等地に建築されたリディアン邸はまさしく『大富豪』の名が相応しく、また下請商家への仕事の分担も活発に行っていたため東部における商業は活性化の一途であり、住民達はリディアン家当主の仕事っぷりに常日頃感謝の意を表す次第であった。
そしてリディアン家には美しい娘がいる事でも有名だった。
ハル・リディアン。当時14歳。
鮮麗された物腰は上流階級の貴婦人を連想させ、且つ隔たり無く全ての人と渡り合うその交友関係はまるで幼き頃からの心友を思わせる雰囲気だった。
また14歳という、少女とも淑女とも言えぬ微妙なお年頃が、ハルの魅力をより一層引き立てた。
商家の間でなにかと話題に上がる事の多いリディアン家。
一人娘、ハルの婿は誰がなるのか。
それが商家一帯で最近特に持ちきりの話題であった。
ある日の商家の噂である。
リディアン家に新しく客人が招かれるとのことだった。
●その名はドラゴ
父から新しい住人が増える事を聞いたのは当日の朝だった。
その人物は父の恩人の息子だという。しかも命の。
その昔、新商売の打ち合わせに行く為、ノソリン車で山道を駆けていた時。舗装されていない山道が雨により更に悪路となり、しかも日が隠れた為に視界も効かなくなっていた。
こんな時、悪い事は重なるもので。
本当に運が悪い事に、ノソリンが道を外れ崖から滑り落ちてしまったのだ。20mからの落下は無事に、とは済まなかった。ノソリン車は大破し、ハルパパは車内にて重傷、そのままだったならば間違いなく死亡していただろう。
その場に偶然通りかかったのが、今回増える人物の父親だという。彼の恩人が死亡した事により、その一人息子をハルパパが引き取る事にしたのだ。
「彼がいたからこそ、今の私がある。私は何にしても彼の恩を返さねばならない。彼の息子の援助は惜しまないつもりだ。わかるね、ハル」
父はいつもと変わらぬ優しい目でシクルハットの位置を調整しながら、朝食を食べるハルを見つめた。
「はい、お父様」
「お父様じゃない。パパと呼びなさい」
ちょっとおかしな所もいつもと変わらない。「はい、パパ」と言い直し、ハルは食事を続けた。その言葉に父は満足そうにパイプを揺らし、
「もしも彼が望むならば、ゆくゆくは養子に迎え入れようと考えている。私はハルと同じように、彼にも愛情を注ごうと思う。わかるね、ハル」
「はい、パパ」
大きく返事をすると父はにっこりと微笑んだ。
「もうそろそろ来る時間ね」
正午過ぎにノソリン車で到着すると伝わっていた。父が仕事で離れているので、娘としてハルが出迎える用意をしていた。
「いったいどんな人なのかしらね、ちょっと楽しみだわ」
「わんわん!」
「そう、お前も楽しみなの?いい人だったら良いわね、ウィン」
ハルが狐ストライダーだけど愛犬役のウィンの頭を撫でてやると、ウィンは嬉しそうに尻尾を振った。本当は踏んであげるともっと良く啼くのだが、特に踏む理由も無いので頭を撫でてあげるだけに留めた。
門の前にて撫でたり焦らしたりしていると、リディアン家に向かって一台のノソリン車が走ってきた。黒ノソリンに引かれている車、恐らくアレに新しい家族乗っているのだろう。
ノソリン車は家から少し離れた場所に止まり、その車内から鞄が投げ出され、その直後少年がシャンと飛び降りてきた。
白い髪に紫の瞳。丸いサングラスをちょいとズラしてかけた少年は、敢えて言うなら胡散臭かった。
彼が、新しい家族?
ハルはつい、可哀想だけど明日にはお肉屋の店先に並んじゃうのね、という眼で見てしまっている自分に気付き、慌てて心を改める。
胡散臭いけれども家族は家族。ハルはちょっと引いた心に勇気という名のスパイスを振りかけ、話しかけた。人を見かけで判断してはいけない。話さなければその人の内側までは伝わらないよ。それは彼女の父がいつもハルに学ばせていた言葉だ。
「貴方が・・・ドラゴ・センベ・・・さん?」
「如何にも。拙者がドラゴ・センベでござるYO!」
チェケラ!
前言撤回。見かけが胡散臭い奴は話しても胡散臭い。
ハルの中の不審人物警戒メータがグングン上がっていく。『知り合い』と『警戒』のギリギリ狭間でストップ。
しかしドラゴはそんなハルの警戒もどこ吹く風。軽快に話しかけてくる。
「今日から世話になるでござる。まぁ拙者の事は気軽に「お兄ちゃん」とでも呼んでくれればいいYO?」
しかも馴れ馴れしい。『警戒』をブッちぎって一気に『危険人物』まで到達だ。
その気配を感じたのか、愛犬ウィンもうねり声を上げ始めた。と思ったら飛びかかった。もう間を置くのも惜しいくらい怪しいと感じたのだろう。
「がるるるるー!!」
飛びかかるウィンに対し、ドラゴは真っ正面からウィンを見つめ
「犬スト。お前はウルトラマンにでも守られているのか。それとも・・・」
すぅ・・・と流れる様に
「楽園にでも住んでんのか?」
ドラゴの蹴りがウィンに炸裂した。
・・・と思ったら
「ゼイ!ハァ!!(メコッ)」
「ぎゃにぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜!!!」
ドラゴのハンドポケットのカッコつけた蹴りを、ウィンは左腕で軽く受け止めいなす。そしてバランスを崩したドラゴの顔面に拳がめり込んだ。
全ては一瞬の事だった。
「ななななにをするだァー!許せん!」
台本ではハルの台詞だが、あまりの脚本無視にドラゴ叫んだ。
「ハルさん見ました?今この不審人物、僕を蹴ろうとしましたよ。全く危ないなぁ」
「先に飛びかかってきたのはそっちでござるYO!てか、ウィン殿、こっち・・・」
鼻血をブーブー吹き出しながらドラゴがノソリン車の影にウィンを引っ張る。
「ちょ、ちょっとウィン殿、ちゃんと台本通りやって欲しいでござる!今のシーンは拙者のゴイスーな蹴りでウィン殿が30m吹っ飛ぶハズでござるよ!少なくとも第一プロットでは間違いなく!」
血涙を流しながら抗議するドラゴに対してウィンは申し訳なさそうに
「いや、確かに最初はドラゴさんの言う通りの台本だったんですけど・・・直前で話が変わったって・・・ほらこれ」
「ゲェー!?なんでござるかその台本は!?拙者貰ってないでござるYO!」
「今朝がた急に渡されたんですよ。僕やハルさんも慌てて台詞覚え直してるところで・・・」
「ななななして拙者にはその話が来ないでござるかー!拙者今回主演でござるよ!?いや、主演はハル殿かもしれないでござるが、とにかくニヒルなライバルとか主役級の働きって話でござったのに!」
「いや、それは僕に言われても・・・あ、そろそろ戻らないと」
「ちょ、ちょっと待ってウィン殿!せめてこの後の展開を教えてプリーズ!」
「大丈夫、この後は元の台本と変わってないですから!『クールに決める』です」
「今の状態から繋がる描写じゃないYO!拙者蹴られて鼻血出てるのにどうやってカッコつければいいの!?」
「そこは臨機応変に」
「適当って事!?」
舞台は戻って。
ドラゴは鼻血をドバドバ垂れ流したまま、再び話の流れを戻す。
「おやおや、ちゃんと見ていて欲しいでござるな。今のは突然飛びかかってきた犬ストが悪いのでござろう?拙者は仕方なく反撃したまででござるYO」
攻撃を喰らったのはドラゴだが。
「確かに、ウィンが飛びかかってしまいました。その点については飼い主の責任として謝罪しましょう。あとでタップリとお仕置きもします」
気のせいかウィンは嬉しそうだ。
「・・・でもだからって!30mも吹っ飛ばす必要は無いでしょう!」
「・・・ふぅ、これだからお嬢さんって奴は・・・いやちょっと待ってハル殿。今の流れ見てた?めっちゃ拙者の鼻に拳めり込んで・・・」
「「拙者は犬が嫌いだ。怖いとかじゃない。あの媚びへつらう態度が嫌いなんだ!良いでござるか!今後拙者の近くに犬を近づけるなでござる!」ですって!?何て非道い・・・この下劣!卑劣漢!」
「ホゲェー!?拙者そんな事言ってないでござるよ!?」
ドラゴが鼻血に加え吐血しながら叫ぶ。困惑しつつもハァハァ息が荒くなっているのは何故だろう?
睨むハル。ハルを守るように立つウィン。息が荒くなるドラゴ。
良くわからんがなんとなく一触即発な空気は、使用人が来た事もありその場はおしまいとなった。
初対面から険悪な空気を歪ませたドラゴ。
リディアン家乗っ取り計画の第一歩であった。
「ちょっと!今文脈おかしいでござるよ!何をどう読んだら拙者の乗っ取りが開始されたと思われるんでござるか!普通に拙者がボコられてただけでござるYO!」
黙れフナムシ!地の文読むな。
「ぎゃああああ!!」
●新生活
ドラゴが来てからというもの、ハルの生活は恐ろしいまでに激変していた。
物を勝手に持っていかれる、部屋に勝手に入られる、食事を自分の分まで食べられる、着替えを覗かれる、お風呂に入ってこようとする、などなど・・・。なんて羨まし・・・いや、腹立たしいことか。
しかもそれに対して言及すると「兄妹だからいいじゃないか」と言い放つ始末。ズルイ!ドラゴ殿ばかり!
・・・失礼。話を戻そう。
この頃になるとハルの思春期もあいまって、ドラゴに対しては「もー、ウゼー」という感情しかなかった。が、ハルパパの手前その態度も表に出せず・・・ハルのストレスは堪る一方だった。爆発寸前になったハルの心が炸裂してしまったのは、語るも涙なあの事件。
皮肉にも進学のためようやくドラゴが屋敷を離れるという、ハル自身が自由への切符を手に入れる直前の事だった。
リディアン家の一日は家族揃っての朝食から始まる。
まだ母が存命していた頃、近所の画家に描かせた家族三人の肖像画。
その絵はパパの宝物であったし、そしてハルの宝物であった。
その肖像画が描かれている食堂から一日は始まる。
その日ハルの機嫌は良かった。最高潮と言っても良い。何故ならしばらく居候していたあのヘッポコ忍者が進学するとかでリディアン家から立ち去るというのだ。しかも本人からの申し出で。
これでもう自分の部屋のものを持ち出されたり着替えを覗かれたりしなくて済むのだ。嬉しくて嬉しくて。父親の前じゃなかったら小躍りしたくなるくらい。
大体あの男、気にしてみればダメな所が多すぎるのだ、とハルは思った。
犯罪ギリギリな事は言うまでも無いが、お金にルーズなのが特にハルの癪に障った。リディアン家の子供達は月の小遣いを完全定額制。にも拘らずドラゴは数日もすると使い切ったのか、ハルパパに追加融資を頼む。ハルパパも人が良いためにこやかに笑いながらドラゴに小遣いを渡す。実の娘には厳しいのに。
そんなことだからドラゴが出発する前日の朝。食事中だというのにハルの顔は笑みがこぼれていた。ハルパパが「何か良い事でもあったのかい」と問うたら「ええ、とっても」と答える。幸せ絶好調だった。
「そういえば、ドラゴ君の姿が見えないが」
この言葉を聴くまでは。
そういえば居ない。『食事の時は家族そろって』それがリディアン家の数多き決まりの中の一つだったのだが・・・あの居候、というか寄生獣がいない。いないならいないで、いつものハルならば安心していただろう。だがしかし、この時期で、このタイミングで食事に居ないのが気になった。
「ドラゴさんはどちらへ?」
執事のヤマオカに聞いてみると、「そういえば庭で何か準備をされていましたな。手伝いましょうか、と聞いたのですが断られまして」と答えが返ってきた。
ますます嫌な予感がする。どうにも第六感というか、脳の片隅がピリピリ痺れる。経験上断言できる。
ドラゴは何かを企んでいる。そして実行中なのだ。
そう思ったならもうジッとしてはいれなかった。そのまま食事を続ける事など不可能なのだ。
食事中は立つべからず。そんなリディアン家の家訓に反しハルは食堂を飛び出した。ハルパパの怒声が聞こえてきたような気がするが、心の中で謝っておく事にする。気にしている時間はない。一刻も早くドラゴを見付けて何らかの処置をせねば・・・リディアン家は大変な事になる。それは本来、未だ現出せぬ危険を孕む卵でしかないのだが、既にハルの中では存在している。止めなければならない。この幸せな生活を護る為に。
屋敷中を駆け回った末、最終的に辿り着いたのは第二中庭だった。日差し温かく常に花が咲き乱れる庭園に捜していた人物―――ドラゴはいた。小脇に何やら大きな箱を持って。
しかしその場に居たのは彼一人だけではない。周囲には見知った顔、こっそり街などに遊びに行った時に見かける領民達がいた。ドラゴを中心に円を作って。
ハルは荒れる息を抑えるように、落ち着きを取り戻そうと深呼吸する。そして近くにいたドラゴを見つめている中年の男に「何の集まりですか?」と、今来たばかりのように問いかけた。男は「見てりゃわかるさ」とだけ言い、再びドラゴを見つめだした。当のドラゴは仁王立ちのままニコニコ微笑んでいる。
一体何が、と不審がっていたが人壁に阻まれて前にも行く事が出来ずヤキモキしていたところ、中心人物たるドラゴが声高らかに宣誓した。
「さぁさぁ、領民のみんな!天下の傾奇者ドラゴ・センベの傾奇納めだ!銭 撒くさかい風流せい!」
とんでもない言葉が聞こえてきた。銭を・・・撒く?正気なのかこの男は。
そう言うやいなやドラゴは小脇に抱えた箱に手を突っ込み、中の物を掴んでそれを盛大に周囲にばらまいた。
キラキラと輝くそれは放物線を描き領民達へ降り注がれる。それは金―――小判である。
領民達はその行為にわぁと湧き、挙って小判に集まりだした。それを見るやドラゴは嬉しそうに「音を出せ!盛大に風流するんだZE!」とまた小判をばらまいた。領民と同じように集まっていた楽隊も、ドラゴのばらまく動きに併せて軽快な音楽を奏で始めた。
「なんて―――バカな」
理解できない。何故彼はこんな事をしているのか。何故お金をばらまくのか、今まで散々お金が無かったドラゴが何処からあの大金を仕入れたのか。もしや―――
「もしかしたらドラゴ君は、これをする為にお金を貯めていたのかも知れないね」
唐突に聞こえた声にハルは振り返った。後ろにはハルパパが佇んでいた。
「お父様・・・ドラゴさんを止めてください!お金をばらまくなんて間違ってます!」
ハルは訴えたがハルパパはハルの頭に手をポンと乗せ、
「ハルや、見なさいあの領民達の楽しそうな顔を。確かにお金をばらまく、という行為自体は間違えである。しかし私たちはあれほどまでに楽しそうな領民の顔を見た事があったかね?一般的な水準の豊かさは与えてきた。しかし私たちには娯楽という物が欠けていた。彼は自分の小遣いをしっかりと貯め、一時の領民達の笑顔の為にそれをばらまいたのだ。なんとも素晴らしい男じゃないか。ほら、あの領民達の祭の最中の様な純粋な笑顔を見れば彼の人柄がわかるよ」
ハルパパの言っている事は間違っている気がするが、大塚昭夫声で諭すように語られるとどうにも正しいように聞こえてしまう。
近くにいた中年も「ドラゴさんは素晴らしい人だ。我々貧乏人にも隔てなく接してくれる。今の世の中、戦争に比べれば住みやすくなったが・・・我々を友として扱ってくれる貴族はあの人くらいだろうよ。さて、私もあの列に混ざってくるかな」
中年は気付いていないだろう。すぐ隣にいる親子がこの土地の領主だと言う事を。
だがしかし、だからこそ。中年は素直な感想を言ったのだ。そうして今や、他の領民同様ドラゴの周囲に集まり狂った様に踊っている。目をキラキラ輝かせながら。
今まで考えもしなかった方法での領民達の笑顔に、ハルパパは目頭が熱くなり、では先に戻る、とハルに告げて屋敷へと戻っていった。
「みんな、心底楽しそう。ドラゴさんは・・・」
この笑顔の為に動いていたのね、と言おうとして。ハルの口が淀んだ。
ドラゴが小脇に抱えていた小箱に見覚えがあったから。
「あの箱・・・もしや!」
ハルはドラゴがカラにした箱に駆け寄る。その小箱にはある紋章が刻まれていた。
持ち出し厳禁である、リディアン家の家宝を示す紋章が。
一方その頃ハルパパは。
リディアン家宝物庫の前で、膝をついて絶望の表情を浮かべていた。
目の前には年に一度しか開かない重厚な扉が、夏休みが訪れた学生のように開放的になっており。
300年の歴史を誇るリディアン家の当主達が集めた財宝の数々が、ウェルカムとハルパパを迎えていた。
小判がない、大判がない、宝石がない、歴史的紙幣がない。
調度品や発掘物などは、元の場所がわからないくらい乱雑に乱れている。まるで竜巻にでも襲われたように。
そんな中、あからさまに空きスペースが。其処にあったのは現金。
白くなりつつあるハルパパの視線の先は、ドアに張られた一枚の紙。
「パパうえ、今月おこづかい足りないからちょ〜っといただくでござるYO!」
妙にポップなその文字を見たハルパパは、その場に崩れ落ちた
リディアン家が貴族の称号を失うのは、まさにこの夜であった。
●パラダイス・ロスト
「どーゆーことですかドラゴさん!」
食堂は普段の穏やかな機能を停止し、辺りは怒気を孕んでいた。
「自分で貯めたお金をばらまいてるんだと思ったらウチの宝物庫で収めてきたお金を勝手にパクッたモノだし、領民も領民で貴方の男気に惹かれてるのだと思ったら目が$$マークだし、よく見たらドラゴさん自体自分の懐に入れてるし! 何処まで私たちを困らせるんですか!!説明してください!」
昼間の行動により遂にハルが切れた。それによりリディアン家恒例「親族裁判」が行われているのである。
親族、といっても現在のリディアン家にはハルとハルパパしかいない。しかもハルパパは昼間ドラゴが起こした「傾いて候騒動」のショックで消沈状態であり、「しばらく一人にして欲しい」と、宝物庫に籠もってしまった。司会進行が無理なのは見て明らか。故に幼少なれど時期家主たるハルが断罪長となり親族裁判を進めている。
断罪先は勿論ドラゴ。
「どーいう事と言われても・・・拙者傾奇者でござるから」
「ウソつけ」
「いやいやMAJIDE。DNAレベルで傾奇者でござるよ。それよりもハル殿・・・拙者の事は、「お兄ちゃん」って呼んでも良いんだZE?」
「全力で断る」
家族裁判開始からずっとこの調子。如何にハルが叫ぼうとも、ドラゴはぬらりくらり飄々と、話をすり抜けていた。
怒鳴る、という行為は想像以上に体力を消耗する。
開始から30分間怒鳴り続けていたハルは息も荒れ喉も痛み、体力を確実に低下していき、徐々に怒りのタイミングも隆盛が緩やかになってしまっていた。
そしてドラゴの狙いはまさに其処にあった。
「話は終わりでござるかね?では拙者、明日からの留学の準備があるので部屋に戻らせてもらうでござるよ」
カッコ良く椅子を倒しながら立ち上がったドラゴは、必要以上の流し目でハルを舐め回す様に見た後に勝利を確信した笑みを浮かべ部屋から退出しようとした。
このまま逃がせばドラゴは永遠にリディアン家へ戻ってこないだろう。そして旅先で散財し、その請求書のみが送られてくる地獄がリディアン家に訪れる。それだけは避けねばならない。しかし―――
言い伏せる程の決定力が、ハルにはない。
飄々と柳の様にハルの攻撃を受け流すドラゴに、人生経験の乏しい幼きハルが勝つ手段は見つからなかった。
勝利を確信し高笑いするドラゴの背を見つめるハルの視界が滲み始める。打つ手無しの状況。
悔しい、悔しい、本当に悔しい。そう思った時、ハルは思わず手を出してしまった。
パァン、と響くハルのスナップを利かせたビンタ。突然のビンタにドラゴは反応出来ず、呆然と佇む様に喰らった。
ほんの少し動きを止めていたがやがて目の輝きを取り戻し、白黒させた後にまた独特の「ハンッ」と笑うような笑みを浮かべた。
手を出してしまった。この事でもう弁論による押さえ込みをハル自身が放棄してしまった。もうハルにはどうする事も出来なかった。
だが、
「席に戻りたまえドラゴ君」
「ハルからの質疑は終わったけれども、まだ私の番が残っているよ」
「お父様!」
思わぬ父の登場に歓喜の声を上げるハル。
そのハルを見つめ、ハルパパはにっこりと微笑み優しくハルの頭を撫でた。
「心配かけたね、ハル。もう大丈夫。さぁ、お前は椅子に座っていなさい」
優しく、力強い声に答えハルは先程まで座っていた断罪長席を譲り渡す。
ドラゴは家主に逆らうわけもいかず、それでいて動揺した素振りすら見せずヤレヤレ、と言った調子で元の椅子に座った。
「しかしパパうえ殿。一般市民に対してのバラ撒き、拙者が使おうとも問題は無いでござろう? パパうえ殿は拙者を「息子に迎えてくれる」と言った。つまり拙者はリディアン家の一員。リディアン家の金を拙者が使おうが、これは事件ではない。違うでござるか?」
強気で必要以上にムカつく笑みを浮かべ、問われる立場のドラゴが逆に問う。
ハルパパはその言葉にゆっくりと頷き
「ああ、確かにその通り。資金・金銭面に関してはドラゴ君の言うとおりだろう」
納得してしまった。愕然とするハル。勝利を確信したドラゴの、口が裂けんばかりに引きつった笑い。勝利を確信したドラゴは更に饒舌になる。
「それに今回のことは先行投資と思って貰いたいでござるね。家族愛に溢れる拙者は、領民に大人気の拙者が居なくなった後でも、リディアン家が領民に好かれるよう工夫をしたのでござるよ。ここに来る前の拙者はそりゃ、非道いワルでござった。触れる者みなセクハラ三昧。ここに来てすぐの頃も、警戒心が抜けぬ拙者は周りに当たり散らしてしまっていたでござる。けれどもそんな拙者にもここの人達は優しく接してくれたでござる。自然タップリの大地は拙者に潤いの心をくれて、料理屋のジョニーはいつも新鮮な野菜と魚を使った料理をだしてくれ、拙者の大好物のホットドッグをいつもおまけしてくれ、衣服屋のジョニーはイカした服をいつも用意してくれたでござる。拙者、そんな人達に恩返しがしたかった!それもこれも・・・拙者がリディアン家の方々も、領民も、共に大好きでござるから! 拙者自身がリディアン家の一員として、パパうえの“息子”としてリディアン領に居た証を残そうと思ったのでござるよ!家族愛を。息子として!」
やたらと“息子”を強調するドラゴ。言ったモン勝ちである。
「そうだね、確かに・・・私は君を「息子にしたい」と言った。小判や大判をばらまいた事も、息子がしたことならば些細な傾奇ということで、水に流そうかとも思った」
流さないでよ、とハルは思ったが口にはしなかった。ハルパパの言葉がいつになく重かったから。その言葉に有頂天なドラゴは更に口を歪ませる。
「資金面だけならば、ね」
「・・・え?」
歪んだ笑みが 消える。
「パパうえ、一体何の事を言っt」
「君にパパうえと呼ばれる筋合いはない!!」
先程までの優しい声色とはうって変わって力強い言葉。その言葉にドラゴのみならずハルまでもビクリと身体を震わせてしまった。
「ドラゴ君、私はね。あのあと、宝物庫を、調べに行ったのだよ。」
ハルパパが一言一言ゆっくりと、語りかける。
一方ドラゴは何の変化も見せていない・・・いや、ハルパパの語りに明らかに動揺している。滝のように汗をドバドバ流し、目は泳いでいる。見るからに妖しい。もう動く犯罪者って感じだ。
「我が家の宝物庫はね、宝石や小判は警報機を外せば案外取りやすい位置にある。だがそれでいいんだ。真に護るものに比べたら、それらは些細なモノだからね。我が一族、ご先祖の代から集めた封印されし至宝に比べたら。」
ハルパパはゆっくりと歩き始めた。テーブルの周りを。
「気を落ち着かせて改めて宝物庫を見渡してみたんだ。そうしたらね・・・宝物庫は荒れていた。いや、荒れすぎていた」
コツ、コツ、と靴の音を鳴らしながら、
「現金や一般的にいう金目のモノならすぐ取れる。なのに何故、この宝物庫はこれほどまでに荒れているのか?」
ゆっくりと、
「よく使われる手だからもうわかるね。そう、獲った者には他に欲しいモノがあった。それを獲った事に気付かれたくなかったから、宝物庫全体を荒らした。さぁ、」
そしてドラゴの前に立ち、
「返して貰おうか。我が家の至宝『肉体を凌駕する石仮面』を」
ガッシリと、ドラゴの肩を掴んだ。
「せ、拙者には何の事かサッパリ・・・」
言葉を切り出すドラゴだが、その声は震えその身体は揺れその体表は汗でずぶ濡れであった。ウソ付いてること間違いなし。
「だ、大体拙者が盗ったという証拠はあるのでござるか!拙者のあとに黒ずくめの何者かが忍び込んだ可能性も無きにしも非ずでござろう!?拙者が盗ったというならば証拠を見せて欲しいでござるな!」
よっぽど自身があるのだろうか。ドラゴは力強くハッキリと詰め寄った。
しかしその余裕を見せた詰め寄りにもハルパパは動揺せず、ドラゴの腹部を指さし言った。
「ドラゴ君・・・盗んだ仮面でお腹がふくれているよ」
「フッ・・・ハルパパ、拙者がそのような誘導尋問に引っかかると思っているでござるかな?腹部の膨れは煎餅であって仮面ではない!仮面は背中に入れているから腹部がふくれる事はありえないでござる!」
「あ」
「あ」
「あ?・・・し、しまったぁー!!」
なんとも単純に暴露してしまったドラゴ。まぁそれも運命といえよう。
「ドラゴさん・・・やっぱり・・・」
「息子と言うポジションを最大限に使ってこんな事をしようとは・・・。さぁドラゴ君。今なら市中引き回しの上ソルベ如くしてあげよう」
「わぁパパ、なんて寛大な措置なの。バラバラにしてホルマリン漬けにしたあげく額縁に入れて飾るなんて」
俯いたまま動かなくなるドラゴを余所に楽しそうに話すハル親子。ドラゴの反応が無いのはショックで死亡したからかはたまた・・・。
死亡してても額縁付きでドイツの変態肉屋に送りつけるんだから、とハルが思っていると、その場には似つかわしくない鼻歌が聞こえてきた。
「・・・フーンフフーンフーンフーンフーン♪ フーンフフーンフーンフーンフーン♪ フーンフフーンフフーン♪ フーンフフーンフーンフーンフーン・・・♪」
国家?と疑問符がハルの脳裏に浮かぶと鼻歌の主、ドラゴは顔を上げた。
「・・・すいまセーン・・・拙者ウソついてまーした・・・ホットドッグとかヘドが出るほど嫌いデース。拙者の故郷ではみんな・・・煎餅しか食べませーん・・・。洋服・・・こんなダボダボした布キレいりまセーン。拙者の故郷では寝る時は・・・裸にGパンって決まってマース。この魚と野菜だらけの料理も気が滅入りマース・・・。自然と共存? クソくらえデース・・・。拙者の故郷ではホームランが打ちたかったら煎餅とワイロを使いマース。 あ! あとハルパパ! ひとつだけ認識間違ってマース。『息子というポジションを使って』とか言ってましたね・・・。そんな不格好な方法は使いまセーン。その代わり拙者の故郷ではみんな・・・枕元にコイツ(ガンコ煎餅)で強引に奪ったりしないと・・・安眠できまセーン。
でもこの領土のコトワザでひとつだけ好きなのありマース・・・「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
お前らのお宝は・・・拙者の前ではホトトギスでーす」
その急激な口調と顔つきの変化に愕然とするハル。確かに今までも犯罪者予備軍っぽい顔つきをしていたが、今のドラゴはまさしく放送禁止級であった。
「遂に・・・正体を現したのですね!」
言及するハルであったが、急激な変化を遂げたドラゴに対しどうしても尻込みしてしまう。
「ん、ん〜〜。バレてしまっては仕方ないでござるな。ならばもう偽る必要もないでござろう」
推理小説で正体がばれたあと何故かペラペラ喋り出す犯人の如く、ドラゴの独白が始まる。
「そう、確かに拙者は『肉体を凌駕する石仮面』を盗んだでござる。出すところに出せば高い値がつきそうだしなにより・・・封印指定のアイテムでござるからね」
封印指定。
狂気に取り憑かれた鍛冶屋、宝石工などが生贄などを捧げたり気まぐれに作った結果、本来ならあり得ない特異の能力を付与したアイテムがこの世には数多くある。陶芸家エ・ヴィデン作『ライエイオの壺』、暗黒作曲家ル・エティ作『狂響曲第5番・餓葬鳴童歌』、フリッツ・フォン・マンテル博士執筆の『死霊式祭書』などが有名なところであろうか。
大抵の封印指定は国の封印博物館に厳重保管されているが、稀に例外が存在する。通常の封印では威力が抑えられない場合である。封印博物館の封印とて万能ではない。偏屈で偏狂の制作者たちの、妄想の全てを受け入れる事は出来ない絶対的相性の差異は存在する。そんなとき、封印博物館に代わって登場するのが「制作者の一族」である。
血は水より濃い。偏屈な妄想を一番受け入れられるのも、皮肉にも制作者の一族である。一族も「身内が起こした過ち」を受け入れる為、一族の誇りを以て封印指定を厳重保管する。ある一族は自らの体内に。またある一族は土地神の存在する土地へ。またある一族は・・・自作結界の張られた宝物庫へ。
「一族の力を使った結界は他者にはめっぽう強いが身内には弱い。まぁ当然でござるね。身内から裏切りが出る事を想定していないのだから。拙者も苦労したでござるよ。最初は他人であったところから、家族同然の信頼を得るまで。涙無くして語れない物語でござったNE。」
「私は一切信頼してなかったけど」
「ハルパパが信頼してくれたからー!!」
ドラゴの声が一層大きくなる。
「信頼してくれたから、その努力も報われるという物でござる。こうして拙者の手には『肉体を凌駕する石仮面』が握られているのだから、ムフフフフ」
勝利を確信するドラゴ。それに対しハルパパはとてもとても悲しそうな顔をドラゴに向けた。
「この事態は私の未熟な心が引き起こした事件だ。私の心が出来ていなかった・・・。ドラゴ君、私は本当に、君を息子に迎えても良いと思っていたのだよ」
しかしその優しき心は―――ドラゴの邪心までは読みとれなかった。
「悲しいが、私はこの事件を終決させねばならない。自らが引き起こした過ちならば私自らが、この事件を終結させる。ドラゴ君、悪いがこの家から一歩も出さないよ」
覚悟を決めた目。しかしそれでもハルパパは優しい瞳でドラゴを見ていた。
「ふっ・・・果たしてハルパパ、貴方に拙者が止められるでござるかね?拙者は常に最前線で自分を鍛えていた。しかし貴方は商売の世界に身を置き、自らを鍛えていなかった!つまり力の差は分かり切っている!鍛え抜かれた今の拙者ならハルパパにも勝てる!」
気合い充分猛っているドラゴ。しかしハルパパはその言葉も聞こえないようにゆっくりと上着を脱ぎ始める。蝶ネクタイを外し、シャツを脱いだその身体は・・・筋肉で隆起していた。
服を脱いだはずなのに、まるで鎧を纏っている様だ。ハルは父にそんな印象を抱いた。果たして父はこんなにも鍛えた身体をしていたのだろうか?
「家族を護る為だ・・・私も本気にならせてもらうよ」
そう言うとハルパパは食堂上座、普段ハルパパが座っている真後ろの壁にかけられた家族の肖像画に手を叩き付けた。突然の事に動けないハルとドラゴ。当然だ。リディアン家に家族の肖像画は数あれど、その絵はハルパパが一番大事に、そして亡き妻が一番大事にしていた絵でもあるのだから。剛腕に対し絵など文字通り紙屑も同然。ガラスを突き破り絵に大穴を開けた。
「私にも荒れていた時期があった。目的のために身を暗黒面に落とし、力を手に入れていた。戦わなければならないから。しかしそんな私にも最愛の妻と娘を得ることになった。だから、私は“コレ”を封印した。」
ただ叩き割ったのではない。絵の中に封印していた物を取り出したのだ。その布状の物を。
「それと同時に私の力は急激に衰えていった。しかしそれも苦ではなかった。私には家族がいる。もうムリヤリ引き出した暗黒の力は必要ないのだから・・・」
その布、いや。マスクを顔に当て、
「だが私は再びコレを身につけよう。引き裂く為ではなく、家族を護る為に!」
被る。ハルパパの闘気が膨れあり、同時に鍛えられた筋肉は鋼の様な輝きを見せ始めた。
マスクに猛るは炎のマーク。
映る闘気は―――嫉妬の二文字。
ハルパパ。いや、彼はもう違う。穏やかな父ではない。彼は力強き勇者にして力の権化。
「さぁ、ドラゴ君。家族の絆の為に、君を倒させてもらおう!」
最後の英雄、嫉妬マスクの復活であった。
「ま、マスクを被った所で拙者に勝t」
「フンヌラバッ!」
ハルパパ、もとい嫉妬マスクの体重を乗せた圧屈した一撃はドラゴの身体をジャガッタの如く叩き潰した。
「やったわパパ!ドラゴさんが紙屑みたい!声まで変わってパワーも段違いね!」
ハルパパは変身と共に優しかった大塚昭夫声から力強い梁田清之声に変わっている。無茶な話だがまぁ、なんだ。思いついちゃったんだからしょうがないじゃないか。
「いや・・・まだだ」
ハルの歓声とは裏腹にマスクは渋い顔。たった今ジャガッタを決めた肉塊に鋭い視線を送りながら目を離さない。
勝負はもう付いたのに・・・そう思った瞬間、その後に怒った非現実的光景にハルは声を失った。肉塊が隆起し、まるでビデオの逆回しのように再び人の形を取り戻したのだ。それは優雅かつ皮肉げに手振りを付け加え話しかけてきた。
「ふぅ、いきなり攻撃とは紳士の風上にも置けないでござるね。変身の時、演説の時は攻撃してはいけないと学校で習わなかったでござるか?」
その動作、まるで潰された事実など無かったかの様に。
「やはり・・・既に使用していたか。『肉体を凌駕する石仮面』を!」
「世の中何があるかわからないでござるからね。手に入れてすぐ、使わせて貰ったでござるYO!」
肉体を凌駕する石仮面。
その呪われた力は単純明快。肉体を凌駕する魂を10万個付与する事。通常のアビリティ上限である5個の2万倍もの数を持つ事が出来き、しかも幸運度判定に関係なく発動するのだ!
つまり生存率は80倍!!
「その計算方式はどうやってでたの?」
しー!
「そんな・・・じゃあ倒す事なんて絶望的じゃない!」
「ふはははは!(めこっ!) その通りでござるよ(ごきゃ!) タダでさえしぶとい拙者でござるからNE!(ぐりゅり) 尚更パゥワーは高まるというもn(ぷち) ・・・あの、ちょっとマスク殿。話してる時はお手柔らかに・・・」
ドラゴの言葉は力弱げだがマスクとハルにはそれが恐ろしかった。敵はどんなに攻撃しても起きあがってくる。今だってマスクはクリティカルを4連発したが、ドラゴは疲れた様子もなく起きあがってきた。むしろ技をかけているマスクの方が疲労している。このままではマスクの方が先に倒れてしまうであろう。
マスクは覚悟を決めた。こうなってはもう、肉体が凌駕できないくらい強烈な一撃を食らわせるしかない。つまり、一撃死。
全身の筋肉をバネのように引き絞り、強靱な反発力を生み出す。狙うは必殺のナックルアロー。
ドラゴはと言うと、そんなマスクの狙いも気付かずまだ戦闘の云々やらストハルハァハァとか言っている。ああ、直撃するなこりゃ。ハルがそう思ったらやっぱりそうなった。直撃。胸のど真ん中に強烈な一撃を喰らい、ドラゴは水平に吹っ飛んでいった。
轟音を立て壁に激突しめり込み、そして床に落ちるドラゴの姿を見たら、ああ、これはやったかな?と思われるもそこは呪われた肉体を凌駕する石仮面。あっという間にドラゴの身体を修復した。
しかし威力は強烈だったのだろう。ドラゴの精神は遙か遠くに飛んだままだった。
「あばばば・・・あばばばばば・・・・・」
今、追撃すれば倒せる!マスクは己の右手に力を溜め、再びナックルアローを放とうとしたとき、精神をアッチに飛ばしていたドラゴはふらついて、テーブルに倒れ込んだ。藁をも掴むの如く、無意識的にドラゴはテーブルクロスを掴んで床に転がった。急な力を受けたテーブルクロスに耐える力があるわけもなく、その上に乗せた食器たちと共にひっくり返った。ナイフは舞い、フォークは雪崩れ、皿は割れ、食料は潰れ、酒は零れ、そして―――燭台が倒れた。
煌々と燃える蝋燭をつけたままの燭台はその急転する勢いに勝てるわけもなく、本来の位置より90度以上転換し絨毯へと落ちた。
零れた酒のたっぷり染み込んだ絨毯へと。
燃え広がるのは一瞬だった。
瞬く間、とも言うだろう。美しさの限りを尽くしたリディアン家の食卓は、呼吸する間もなく業火に彩られた。
まず近くに居たドラゴが炎に呑まれた。続いて絨毯を伝いマスクに。最後に一番遠くにいたハルに、炎よりも先に熱気が襲いかかった。
呼吸する事も出来ずハルは咳き込み、そして熱気を吸い込んだ事により意識が遠のく。が、首筋に強い力を感じた。マスクが炎にまみれながらハルを救いに来たのだ。
燃える炎は命たる彼のマスクを焦がし、既に顔を露呈している。父に抱かれた安心感からかハルは一時のパニックからほんの少しだけ解放された。そうしてようやく状況を確認する余裕を持てた事に気付いた。
あれからほんの僅かしか時間が経っていない。にも関わらず、リディアン家の世界全てが炎に包まれていた。自分たち以外は全て炎。赤い、赤い炎。
娘の怯えを感じたのか、マスク・・・ハルパパは抱える腕をより強くした。そうしていつもの優しい声でハルに囁いた。
「大丈夫だよハル。パパが付いているからね」
ある種の決意を帯びた声。ハルは父の腕に抱かれながら、全身を護るように抱く父の腕に抱かれながら、小さく頷いた。それと同時にハルパパは走り出した。炎の中を走り出した。
リディアン家が燃えているのはすぐさま近隣の住民に発見された。しかしその段階で既に館の全域に炎が回り、消火活動は不可能な状態であった。駆けつけた住民達は、周囲で慌てふためく使用人の様子から主一家いない事を察した。出かけている訳ではない。その事は執事の言葉から伺えた。となると、一家はこの燃えさかる館の中にまだいる、という事だろう。生存は絶望的だった。
だからこそ、燃える窓を突き破って何かが飛び出してきた時は驚きを隠せなかった。その塊は他の何者でもなく館の主その人であり、腕の中に大事そうに一人娘を抱えていた。
幸いな事に、娘には外傷一つ無く煙を吸った程度。父は全身に火傷を負っており―――それでも火事の規模から比べると奇跡と言って良い程だった。外空に触れると同時に父親の腕は緩み、それまで頑強に護られていた娘は解放された。娘は解放された直後はピクリとも動かなかったが、ほどなく一人で立ち上がった。その姿を見て安心したのか、父親はそれきり動くのを止めた。
娘は救助に駆けつけた人達の声も聞こえていないかの様にただただ、燃える屋敷を見つめていた。
炎が消えるその刻まで。
その後、館は形式通りの現場検証が行われ、食堂での火の元の不始末と結論が下された。
尚、焼け跡からはただ一人の死体も見つからなかった。
少女は全てを失った。
彼女は泣き出す事すら出来なかった。何が悪かったのだろう。どうしてこうなったのだろう。ほんの数日前まで、普通の生活をしていたのに。家が燃え尽きたのは何故?パパがこうなったのは何故?どうして?どうして?
ああ、アイツか。
アイツが原因か。
何も見つからなかった焼け跡が全てを物語っている。
こうして少女ハルは―――復讐鬼となった。
●再び現代へ
さめざめとハンカチで目頭を押さえながら過去を語った。ドラゴの悪鬼の如き所業を。聞いていた者たちは口々に「なんて非道い・・・」「ドラゴめ、奴はおぞましい何かだ」と呟き、同時にストハルに対し好意的視線を向ける。
彼女は元々クズノハでのお姉さん的ポジションを獲得しており、団員達をハァハァさせてきた。過去の苦行を聞いた今、彼女には『不幸な令嬢』属性が加わり、過去を思い出し悲しみに潤んだ瞳がことさらに、聞く者への保守願望的欲求をもたらすことになるハァハァ。
「そんな訳で私は亡きお父様の仇を取る為に復讐の旅に出て、道中出会った座ったままの姿勢でジャンプする人とか師事して何だかんだでここに辿り着いた訳なのです」
力無くため息をつくようにハルが話を纏めた。最後の方が事件部分に比べておざなりな気がするが、対した問題ではない。こうね、なんというか弱っている女性ってーのはもう、無条件で護りたくなるしね! つまりドラゴは死刑なのであります。
「ホゲー!?結局そんな話に陥るのでござるか!?てかハル殿、事実とちょっと違うYO!本当はもっと朗らかに争ったり仲良く喧嘩してたでござるよ!脚色しすぎだZE!あと過去話に入る前VTRとか言ってなかった?ストハル殿の独白ではなかったはずでござる!」
余計な事に気付くなフナムシ!まぁさておき、お主自身はストハル殿になんか無いの?あっても黙殺するけど。
「後半部分に何か不審な言葉があったような気がするが・・・まぁ良いでござる。そうねぇ、ストハル殿に、ねー」
ドラゴはまるで値踏みするかのような目つきでストハルをジロジロ見つめた。コレだけでセクハラもんだがココは黙っておく。その方が罪重くなりそうだからだ。
「・・・ストハル殿、拙者とキャラ被ってるよNE」
空気が凍り付いた。
ストハルは当初、第二宇宙エスペランド語で話しかけられた宇宙飛行士の如く「何を言ってるんだこいつは」という顔をしていたが、落ち着いてドラゴの放った言葉を反芻しているウチに事態を的確に理解した。
「被ってません」
「いやぁ、被ってるでござるよ、それもかなり。白っぽい髪、お世話キャラ、忍者。もうここまで来ると何て言うか、丸パクリ?みたいな」
その一言にストハルが怒りを露わにした。
「被ってないって言ってるでしょ!なんで私が好き好んでそんな不名誉な事をしなければならないのですか!冗談は顔だけにしてください!屈辱の極みです!」
「ムキィ!被ってる事を否定するどころか屈辱とな!・・・さては隙あらば拙者に成り代わろうって魂胆でござるな!」
「あり得ないしそんな無意味な事しません!メリット無いし!」
「ふっ、そうは言いつつも未だに拙者と同じような特徴を維持し続けているのが何よりの証拠でござるよ!・・・まぁ、拙者に憧れてるってのは分かるケドNE!」
その言葉を聞いたストハルは動かなくなった。俯いたまま肩を震わせている。周りで喧騒を聞いていた者はみな気付いている。ああ、ストハルさんとうとうブチ切れちゃったなぁ、と。気付かぬはドラゴ本人のみ。反論の言葉が無くなったと思いドラゴの舌は絶好調に良く回り、まだ何か喋っている。
やがてストハルの震える肩が止まったかと思うと、ゆっくりと顔があがる。其処には今まで見た事もないようなもの凄い笑顔。その笑顔だけで明日の天気がわかるくらい。わぁ、明日は嵐だねパパ。ははは、坊や。今この瞬間から嵐だよ。みたいな感じ。
しかしてそれでもすぐに殴りかかったりしないところを見るとまだ冷静さを残している様子。
「ほほほ、ドラゴさんは相変わらず面白い事を言うんですね表に出ろ」
前言撤回。
二人の今にも殺し合いが始まりそうな雰囲気も考慮しつつ、すっかり置いてきぼりになった因縁もあるならば致し方なしと思ったチアキ。二人には円卓の間 御前試合にでて貰う事にした。舞台は大きく派手な方がよい、と。優秀なる芽が摘えるかも知れぬ事態は心苦しいが・・・のちに寝言で語った言葉である。
●まごころを きみに
十一月二十五日。
円卓の間前にて開かれた血の狂宴もいよいよ最終試合である十五試合を残すのみとなった。優秀なる団員達による交響曲も最終楽章へと突入する。
数々の犠牲者を出した御前試合を朝から司会しているチアキだが、未だに分からない事が一つあった。つまり、ユリシアの真意である。
御大は望んだ。闘争を。
我々は行った。彼女が喜ぶ闘いを。
全ては計画されていた闘い。生産的な物など一切無く、死屍累々の地獄絵図。
今まで築かれてきた死体の山を思うに、チアキは口ずさまずには入れなかった。
「この屍の山の先にユリシア殿は・・・一体何を見出そうと言うのじゃろう・・・」
その問いに答えてくれる者は今、彼の前にいない。
十四試合のごたごたが解決した頃には太陽は真上へと位置していた。
既に遠い昔の事なので忘れている諸兄らもいるやもしれないので、過去の試合を見ておく事をお勧めしておく。今後役に立つので。絶対。
尚一応言っておくが宣伝ではない。繰り返す。この行為は宣伝ではない。
さておき。
西方より出はストハル。ドラゴに実家を燃やされ父親も亡き者にされた悲しき令嬢。出場選手紹介にそんな紹介も書かれているものだから、そりゃファンも付くってもんだ。
「ストハルさーん!がんばれー!」
第三試合にてマーテルの応援をしていた嫉妬王マスクもファンの一人。ストハルに黄色い声援を送っている。
「今、時系列的に歪みがあったような・・・」
細かい事を気にしてはいけない。これから貴女は戦うのだから。
東方より出はドラゴ。ストハル殿の実家に潜入し家宝『肉体を凌駕する石仮面』を奪った挙げ句、何だかんだで家を燃やしたスゴイ男。書いている筆者もなんでこんな非道い設定になったのか、首を捻るのみだ。
「ホントでござるよ!プロット段階ではもっとハートフルな話になるハズだったのに!」
全ては長すぎた期間が悪いと思ってくれ。時間はいつだって我々の敵だ。
「ご、誤魔化す気でござるか!」
「ドラゴさん、試合前に虚空に独り言とは余裕ですね」
地の文は一般的な人には聞こえない為、ストハルから見ればドラゴの独りパントマイムに見えるだろう。試合直前にそんな事やられたらそりゃ怒るよ?
「父の敵やその他諸々、全てはらさせて貰います!」
ストハルの顔は“本気”と書いて“ぶっ殺した”と読む勢い。戦う気満々だったドラゴも尻込みしてしまう。
「す、ストハル殿。そげな気負わずに。ほら、楽しかった幼少時代を思い出すでござるYO。「お兄ちゃんのお嫁さんになる!」と懐いていたあの頃を」
「そんなこと言ってません!」
「ええ!?今更忘れたとか言うでござるか!チクショウ!夢にまで出てきて言っていたのに、今更忘れたなんて言わせねぇZE!」
つまりは妄想って事さ。しかし冷静さを失ったドラゴはそんな事に気付かない。まぁ些細な事だからイイか。
記載し忘れていたのだが、二人の格好は傾奇者が集う御前試合参加者にしては落ち着いた服装だった。むしろ正装といっても良い。ストハルは黒いフリフリドレスに優雅な傘まで持っている。具体的に言うと南瓜行列のSDを参考して貰いたい。ちなみに今年のではなく去年のだ。
「今年は今年で素晴らしい出来じゃよね。夜道でうっかりあってあの鉈で頭かち割られたいというか」
「フッ、甘いですね頭領さん。ラスやんさんの脳みそ並にストロベリィです。かち割られたいと思った時には既にかち割られているんですよ!」
試し切りでもやられたのだろうか。金髪のシャバ憎が満面の笑みを浮かべ、頭をかち割られ倒れている。切り口から見て一撃でやったのだろう。恐ろしい威力だ。ただし、この一撃は鉈ではなく今ストハルが持っている傘で、だが。
ストハルは傘を振るい返り血を飛ばし、そのまま回転させドラゴへと突きつける。まるで予告ホームランだ。
突きつけられたドラゴは不敵にもニヤリと笑う。あの一撃を防ぐ奇策があるのだろうか?まぁ背中の異様な膨らみを見る限り、中に厚めの冊子を仕込んでいる、とかだろうが。
「ヒィ!?背中の冊子をネタバレされた!」
ちなみに何度も言うが地の文は一般参加者には聞こえない為、ここで語られても特に問題はなかったりするのだが、今ドラゴは自分自身で暴露してしまっている。THE・墓穴!みたいな。
「い、今のは無かった事に!ノーカン!ノーカンで!」
丸っ鼻になって言うのが少し遅かった。ストハルは「なるほど」といった面持ちで、冊子を易々と貫く力で攻撃してくるだろう。早くもドラゴの奇策は一つ消えた。
が、しかしである。
大慌て風味のドラゴであったが、この作戦がばれたとしても対した痛手にはならない事は自分が一番分かっている。勿論ストハルも。何故ならドラゴにはそう、10年前に手に入れた呪われし力『10万の肉体を凌駕する魂』があるから。冊子は所詮生存率を上げる手段に過ぎない。本当にドラゴを倒すならば肉体を凌駕する魂が発動する前に倒さなければならない。10年前にハルパパが出来なかった、その偉業を。
自分に出来るだろうか。いや、やらなければならない。そのためにストハルは10年もの長き間、修行してきたのだから。
「キョウト」という土地に立ち寄りなかなか年取らない師匠に使え、奥義を伝授された事もあった。というか奥義しか伝授されなかった。だって他のを覚えるのが手間だったから。その代わりたった一つ覚えたその奥義「九頭龍閃」は素晴らしい威力を誇る事になった。一回の攻撃で急所九ヶ所同時攻撃のその荒業はストハルの手により八十一ヶ所同時攻撃が出来るまで進化された。もう「九頭龍」どころでは無いのだが、名前がカッコイイのでそのままとする。
「何回殺せば、死ぬのかしら?」
思わず呟いてしまう。1回や2回、九頭龍閃を放ったくらいでは死なないだろう。相手には10年前とはいえ、10万の肉体を凌駕する魂が付いているのだ。何十、いや何百何千と放たなければ勝てない。例えこの腕が悲鳴を上げようとも、九頭龍閃を放ち続ける。その覚悟がストハルにはあった。
一方ドラゴはというと、その気迫を感じ取ったのか表情がマジになる。両の手を、円を描くように大きく回転させまるで拳法のような構えを取る。
「むぅ、ドラゴの奴。今まで飄々としていたのに遂に本気となるか・・・」
団員達もドラゴの顔つきに戦慄を覚える。
「い、いや待て!よく見るんだ奴の手を!」
誰かが叫んだその声に誘導されて皆がドラゴの手を見る。その形はよく言えば虎の爪のように、そのまま言うなら何かを鷲掴みにする形をしていた。ただし位置はストハルの胸元に伸びるように、だ。
「や、野郎・・・どさくさ紛れに揉む気だ!!」
その場にいた百旅団長+αは、先程とは別の意味で戦慄した。白昼堂々と女性の胸を揉もうと企むとは。なんて羨まs・・・いや、天晴れな奴!
ストハルはその手の角度を見、距離が開いているとは言え思わず自身の胸元を庇うようにガードした。そうしないと、ドラゴの獲物を狙う眼が恐ろしい効力を発揮するような気がしたから。
ドラゴもドラゴとて、それはあくまで最終手段のつもりだったが、この作戦を考えている内につい手が動いてしまった。
てがうごくことだってあるさ にんげんだもの
どらご
と、詩人風に言ったとしても人間性が回復するわけもなく。ドラゴは周囲に色々な意味で恐ろしさをアピールする事となった。
そうこうしている内に試合会場に「始めぃ!」とチアキの声が響いた。
ドラゴのストハル対策はカンペキである。
対するストハルは連続攻撃を身につけたものの、そのお胸さまが超ピンチである。白昼堂々と男に鷲掴みにされてしまったらトラウマものだろう。それがわかっているからこそのドラゴの構えである。そして、それが威嚇として通用したからこそ、ドラゴの真の戦法が効力を発揮するのだ。
ドラゴがその行動を取った時、会場は一同うねり声を上げた。
背を見せたのである。
●最強の盾
ふふふ、うつ伏せとなり手で頭を保護する構え、一件無防備のようでござるが意外と良き構えなのは知られていないでござる。何故なら弱点である正中線は見えないでござろう?つまりは人体の急所をまるまる隠してるのSA!頭さえ手で護ってしまえば相手に晒されるのは冊子を入れて防御を固めた背中のみ。そして良い子の皆は気付いていたでござるかな?実はこの冊子、ダミーなんでござるよ。だって見るからに「ここに冊子があります」て感じでござろう?そしてそんな見るからに怪しいってのがフェイクなんでござるよ。並の手練れじゃない素人さんはこれを見て「む、怪しいな。別の場所を攻撃しよう」て思うでござろう?ふっ、それが甘いのさ。プロはそこからもう一段階越えて考えるのでござるよ。つまり「あの膨らみは明らかに誇張しすぎていて怪しい。もしや二重フェイクなのでは? 他の場所にはもっと強力なトラップが仕掛けられているのでは?」とね!
その考えに至ったらもう攻撃する箇所は『実は分厚そうな冊子』の位置しかないでござるよ。実はその冊子の所が一番防御力高いとも知らずにね!
賢明な読者には拙者の秘密を教えるでござるが、実はここに高性能の鉄板を仕込んでいるでござるよ。この性能ならストハル殿の重い一撃にも耐えてくれるだろうって寸法SA!脊椎がモロ露わになっているでござるが今は考えないようにする。だって板垣先生が「良き構えだ!」て言っていたからね!
あとの懸念は斬られた時の痛みでござるが、実は拙者、少々Mっ気があるのでござる。なれば些細な事。むしろお姉さんにいたぶられるなんて喜ばしい事態でござるよハァハァ。状況が状況だから当然ダメージを負って手負い状態になるでござろう。それも拙者の狙い通り。何故なら世の中、「手負いの方が強い」から。山口先生が言っていたのだから間違いないでござる。
このままの状態でストハル殿が疲れるまで待つ。肉体を凌駕する魂が大量に付いている拙者ならではの戦法DAYONE。あとは疲れたストハル殿の動きが鈍くなってきた時に足を払い、砂でもかけて目を潰し、距離を取ってしまえばこっちのもの。遠距離からの必殺【煎餅手裏剣】。これが拙者の必勝パターン。今までこの方法で100人中2人を倒してきた。例えこれを逃れたとしても、その後の最終奥義【セクハラ御免】にて98人中45人を葬ってきた。男女問わずNE!ふふふ、ストハル殿、もうキミの命は無いも同然だZE?だからほら、我慢せずに拙者の事を「お兄ちゃん」て言っちゃえYO。もうすぐ拙者とストハル殿の因縁も終わるんだから。
そもそもその因縁も、全ては拙者の計略通りでござったね。それもこれも全て愛する妹の為・・・拙者は悪役になったんだぜ?
おっと、拙者の考え事も少々過ぎたでござるな。でもまぁ天才的な頭脳だから上記の内容も0.2秒の僅かな時の話でござるから。ストハル殿の攻撃もまだ出始め、奥義の九頭龍閃じゃなく丸く背を向けた拙者を警戒するようにジャブとも言える牽制の一刺しでござるな。そんなの無駄なのに。
大体拙者の肉体を凌駕する魂は10万ついているんでござるよ?それなのに通常の攻撃が効くわけが・・・いや、少々語弊があるでござるな。10年前に10万でござったから今はそこまで無いでござる。えーと、何個使ったかな。大体・・・
リディアン家の館でハルパパに6個、燃えさかる館から逃げるのに10個、その後の一年目で364個、二年目で2,875個使って、三年目で5,298個使って四年目で12,662個使って五六七年目で37,610個使って八年めで11,776個使って九年目10,001個で十年目の昨日までで19,397個・・・うわーお、危ねぇ!もう99,999個使っちゃってるYO!あと1個しか残ってないじゃないか!こりゃ予定を早めた方がいいでござるね。ストハル殿のこの一撃を颯爽と受けて即座に回復したら押し倒して、ウッカリ狙って揉んで怯んだ隙に煎餅手裏剣接近モードで御大の目前で血の花を咲かせるとするでござるよ!予定と少々違うでござるが、まぁ拙者天才でござるからこんな事も0.1秒で臨機応変に対応出来るんだけどNE!
愛する妹を倒すのは心苦しいでござるが、これも全てストハル殿の為。そもそも拙者のこの行動も全部貴女の為なんだからねっ!
さぁストハル殿!その愛の一撃、拙者の背中にお出でませ―――
●
その奇怪な構えにハルは怯んでいた。今まで修行の成果を知る為に果たし合いをした事はあったが、まるまる背中を向ける構えを取られたのは今回が初めてであった。
一体どんな攻撃をしてくるのか、ハルの疑問はそれに収束されていたが、いつまでも背中を睨み付けている訳にもいかず、傘を動かし攻撃に移る事にした。突き刺す事に特化した素早さのみの一撃。牽制中の牽制であった。
当然ハル自身もドラゴの肉体を凌駕する石仮面の効果は覚えている。あれから10年経ったが一体どれほど使用したかは知る由も無し。もしかしたら途中で再度石仮面を使い回数を補充しているかも知れない。気の遠くなるほど長くなりそうな闘いだがやるしかない。その覚悟の第一刺が、トスッというあっけない音を立ててドラゴの背へと突き刺さった。
心の臓への一撃を喰らいながらも、顔だけゆっくり振り返ったドラゴは、勝利を確信した笑みを浮かべ―――そのまま倒れ伏した。
あ、あっれー!?なんでござるかこの脱力感!拙者まだやられてないYO!あと1個肉魂があったじゃないかYO!数え間違いも発動しなかったなんて事も無いはずなのにどうして!?
それは走馬燈とでも言うべきか。死の淵へと落ちたドラゴの脳裏に、リディアン家での思い出が唐突に甦った。
――パァン、と響くハルのスナップを利かせたビンタ。突然のビンタにドラゴは反応出来ず、呆然と佇む様に喰らった。ほんの少し動きを止めていたがやがて目の輝きを取り戻し――
もしかして、あのとき、もう既に、一回目の肉体を凌駕する魂が 発動していた の で GOZARUか ・・・。
そうか・・・拙者の負け、でござるか・・・。ふっ、だがこれで良かったんでござろうな。そもそも今回のリディアン騒動は全て・・・ストハル殿の為に起こしたのだから。
ストハル殿は日々淑女として育って行きつつも、心の何処かで退屈そうにしてたでござる。拙者、色々騒動おこしちゃうぜ?と一念発起。結果、見事拙者の策略通り、ストハル殿の人生は『退屈』など無縁なモノとなったでござるな!拙者って凄くない?
ストハル殿・・・退屈で先の見えた人生は、波瀾万丈のモノとなったでござろう?
ストハル殿・・・復讐のために修行した間、先が見えず生きてる実感があったでござろう?
ああ、ストハル殿・・・。聡明な貴女ならこの事に気付いてしまうかもしれないでござるな・・・お馬鹿な兄を許して欲しいでござるYO。
ストハル殿・・・幸せに おなり・・・。
ハルの心臓を貫く一撃によってドラゴは倒れ伏し、試合終了の運びとなった。
あまりの出来事に会場となった円卓の間には声一つ上がらず。倒れたドラゴが復活するであろうと皆が事の行方をただただ、見つめるだけであった。
そのうち審判たるチアキがドラゴの脈を確認し、こと切れている事を確認した後にハルの勝利を宣言した。
あまりにも、あっさりとした勝利にハルは勝ち台詞を上げる事も、チラリをする事も忘れていた。10年という歳月をかけた復讐劇にしてはあまりにもあっさりとした終わり方。まるで―――何か知られざる部分があったような、そんな気配。
そんな中、ハルは悲しそうな、見送るような視線でドラゴを見つめていた。家族であった彼女ならもしかしたら。もしかしたら彼女だけは何かに気付いたのかも知れない。そう思う観客達であった。
しかしそんなハルも心境は会場の観客達と同じだった。すなわち、
ドラゴは何がしたかったのだろう?
―終―
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