第十三試合 クーラ 対 ナツキ 『無冠の王』 担当MS:チアキ |
−プレイング− |
―いぇすのーマ・クーラ(a22413)のプレイング― |
−リプレイ− |
朝の冷気をかき消すように太陽が試合会場を照らす。 観客百余名を集めた試合会場に、一人の男が参上した。 いぇすのーマ・クーラ(a22413)。第十三試合に登録された一人である。 クーラは試合会場に悠々と立つと、天に向けて咆吼した。 「ウォォ!!」 まさに雄叫びと言うに相応しき咆吼。気合いの烈呼に天が震え、見る者を震撼させた。 クーラは対戦相手である陽だまりの詩・ナツキ(a34680)が居るべき方向を見る。しかし、ナツキはまだ試合会場に姿を見せていない。 「チッ、なにしてやがるんだ」 クーラが悪態を付く。御前試合開始時刻まで、刻一刻と迫っている。 まさか逃げたのか? クーラの心に不安が過ぎる。チクショウ、決着をつけると決めたのに!あの野郎!!逃げるなんて! 思わず近くにあったパイプ椅子を投げる。軽い音を発しながら椅子は地面を転がっていった。その投擲は、姿を見せないナツキに対する怒りが溢れていた。 だがクーラは気付いていなかった。自身が今、遠方より狙われている事を。 試合会場より離れること約200m。その建物の屋上に、ナツキは居た。 肩にアサルトライフルを担ぎ、左手をソフトに添える。 片目をつぶる。サイトスコープは無いが、元々必要ない。何故なら彼は世界一の殺し屋だから。 「死ね…クーラ」 十字の照準がクーラの頭にセットされる。 「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」 ナツキは、先程から指のかかっていたトリガーを引いた――― ●烈火の如き因縁 今より遙か前のこと。 ナツキは喫茶ココナッツで大好物のカフェオレを飲んでいた。 馴染みであるこの店内で、大好物を飲みながら心ゆくまで歌っていた。店長も公認、というか止めても無駄なので気になる事など無い。自らの魂を振り絞るように、熱き思いを歌に乗せていた。 【偽善まみれに生きるくらいなら、俺は泥の道を行く】 ♪俺は孤独なマッドマ〜ン。 ♪泥の道路をひた走り〜、怒りも涙も泥の中〜。 ♪ドローゲームな人生と〜、笑う奴にはドロップキック〜。 ♪クレイ洗顔なめらか素肌〜、可愛いあの子は恋泥棒〜。 (セリフ)泥道をおろしたての白いルーズソックスでスキップするそんな九州男児に私はなりたい。 ♪好きなジュースはカフェオレさ〜、どろーりコクあるカフェオレさ〜 二番 ♪俺はニヒルなマッドマ〜ン。 ♪泥の家にて大往生〜、女房子供も泥の中〜。 ♪ドロップアウトの生涯を〜、憐れむ奴にはドロップショット〜。 ♪泥エステで気分すっきり〜、泥団子食って体内もすっきり〜。 (セリフ)俺は敢えて泥船を選ぶ傾奇者。ドロドロに沈んで行くぜ。 ♪好きなジュースはカフェオレさ〜、どろーりコクあるカフェオレさ〜 ジャーン、とバックミュージックのギターが響く。それと同時にナツキの頭の中で拍手が響く。今日も大盛況のようだ。 「センキュウ、センキュウ」 シンガーソングライターたるもの、ファンとの交流は大事だ。但しナツキはシンガーソングライターではないが。 脳内ファンにサインを求められ、圧倒されている時に一人の男が店に入ってきた。 その男はナツキの横の席に座り、クリームソーダを頼んだ。 クリームソーダ。 それはナツキがカフェオレに続く好きな飲み物だった。だからつい、話しかけてしまった。 男の名はクーラ。クリームソーダが好きらしい。 お互い嗜好が同じ者同士、すぐに打ち解けた。最初は遠慮がちな話し方も、次々と話題をふるうちにフランクな口調へと変わっていく。 話す内容も千差万別。 今日の晩ご飯から就職の問題。更には音楽性の動向など。 多種多様な話題だったが一つだけ言える事があった。 初対面5分で話す内容では無いと言う事。 どうやら二人はよほど気があったらしい。話は大いに盛り上がっていた。 話も佳境に差し掛かった頃、ナツキはふと、クーラが頼んだクリームソーダのコップにチェリーが残っている事に気がついた。 「クーラ、がっつくようで悪いんだが、そのチェリー大好物なんだ。僕にくれないか?」 「だが断る」 「こいつはメチャゆるさんよなあああ」 5分で築いた友情は、あっという間に壊れた。 ●怒りの逆襲 親善試合。 いつの世も親交を深める手段として、武人たちの間で行われてきた催しである。 この度、クーラとナツキは意気投合を記念にプロレス方式の親善試合を開く事となった。 プロレスとは『「プロフェッショナル・レスリング」の略で、打撃、投げ、関節技、時には凶器などを用いた攻防で観客を魅せる格闘技(ショー的要素が強い)』である。筆者は良くわからんのでウィキペディア調べ。 「用は『強さを求めるだけではなく、お客さんを盛り上げるエンターテイメント』っつー事じゃろ」 きっとそう。それで良いじゃないか。な? 閑話休題。 そんなこんなで親善プロレスが行われた。 試合展開は一進一退。ピンチにさせたりピンチになったり。 試合開始より25分経過。そろそろ終了の時間だ。 クーラはナツキを大きくロープに振った。振られたナツキは反動を利用し、走って戻る。 その顎にクーラの掌底アッパーが炸裂。勢いもあってナツキは身体を半回転させてマットに落ちた。 倒れたナツキを逆さまに抱え上げる。フィニッシュだ。最後に大技を出す。 向かい合わせの状態から膝を床に落とす。同時にナツキの頭がマットに叩き付けられた。 決まった。完全に決まった。美しい軌道を描きながら、クーラの必殺技・ツームストンパイルドライバーが炸裂した。 全て、打ち合わせ通り。 プロレスに置いて試合展開の打ち合わせがあるのは珍しい事ではない。勝つ事ではなく、魅せる事が重要なのだ。 今回はクーラが勝つ、と打ち合わせられていただけの事。 ゴングが鳴り響く中、クーラは勝利の雄叫びを上げていた。 クーラは審判から王座ベルトを受け取り、会場に来ていた客にベルトをアピールしながらもう一度叫んだ。 鳴り止まない拍手喝采。試合場はクーラの立てたシナリオ通り進んでいた。 ただ一つ。ナツキの心中以外は。 観客の拍手に見送られながら、クーラは花道を通りゆっくりと退場していた。 自らの完全勝利に酔いながら。 その酔いが、僅かに判断力を落とすとも知らずに。 突如、後頭部に走る衝撃。 硬い金属をぶつけられたような衝撃。鳴り響く「ゴォ〜ン!」という音。 クーラは前のめりに倒れ膝をついた。そうしてようやく、自分が背後からゴングで殴られた事を知った。 (何だって? 聞いてねぇぞこんなの!) クーラのシナリオには無い出来事。パニックを起こしつつもクーラは今し方自分を襲撃した人物を見る。 ナツキだった。 ナツキは冷酷な目で片膝を付くクーラを見落としながら、ボソリと呟いた。 「テメェ・・・俺にチェリーくれなかったよな。この俺にチェリーをくれなかったよなぁぁぁ!!」 ドグシャァ!と鈍い音。ナツキの膝蹴りがクーラの顔面を捉えた。 「ヘドぶち吐きな!」 ぐあ、とクーラが怯んだ隙にナツキはクーラを両肩に抱え上げる。頭を右手で固定し、左手で足を押さえる。そして首元を支点に弓なりにクーラの身体を締め上げた。 「す・・・凄い。バックブリーカーなんて荒業を・・・」 誰かの呟きが聞こえた。 「ほらほーらほーら」 口汚くナツキが罵りだした。それと同時にゴキゴキバキ!と響く異音。そしてクーラの絶叫。 突然の出来事に呆然としていたスタッフたちも、この叫びを聞き我に返る。慌ててナツキを止めに入った。 救出されたクーラは混乱の極みの中、ナツキに殴りかかろうとした。 が、スタッフが壁となり互いに手出しできなくなった。 クーラは血が上った頭で叫んだ。 「この決着(ケリ)に客は要らねぇ! 11月25日、ルールもリングもない王座決定戦でお前を納得させてやる!! 俺とお前の、二人きりの試合でな!!」 しかしこの光景の一部始終を見ていた者がいた。 チアキ・クズノハ。自称凄腕のプロモーターである。 彼はクーラが立ち去った後ナツキに接近し、こう囁きかけた。 「その試合、もっと凄いステージでやりたくないかね?」 クーラの熱くなりやすい性格から、持ちかければすぐに了承するだろう。あとはこの対戦相手がOKを出せば確定は決まったようなモノだ。 悪魔の囁きにナツキはあっさり了承。「E、マヂでイイの?」とチアキが困惑するくらいあっさり。 「そもそも今回の発端も彼がチェリーをくれなかった事ですし。良いんじゃないですか?」 予想以上にあっけらかんとした態度。ナツキはそのままチアキに背を向け、皿に山盛りで用意していたチェリーをガツガツ食べ始めた。 底知れぬナツキの態度に戦慄しながら、ともあれ契約が成立した事に喜んだ。 「ふむ、ナツキ殿はあれほどにも感情が隆盛するほど、チェリーが大好きなんじゃねぇ」 沈黙する事を拒否するかのようにチアキが会話を続けた。ナツキはガツガツ動かしていた手を止め、ゆっくりとチアキへと振り返った。 「うん・・・凄く好きなんだ・・・チェリー・・・・・・」 プチプチ、と。噛む音が聞こえてきた。 帰り際、チアキは自問する。 果たしてあのとき・・・ナツキの口の端から覗いていたのはチェリーだったのだろうか、と・・・。 ●ノールール 円卓の間・御前試合第十三試合。 開始の合図が放たれぬその場にて、早くも一つの命が散ろうとしていた。 「死ね…クーラ」 十字の照準がクーラの頭にセットされる。 「そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!」 ナツキは、先程から指のかかっていたトリガーを――― 「チッ…、観客が邪魔で撃てやしねぇ!!」 ナツキはアサルトライフルを肩から下ろす。射線上に誰かが入り込んできた。これではクーラを射抜けない。世界一の殺し屋としての腕も持ってしても不可能だ。 その割り込んできた人物―――金髪の女が早くどけないか待ちこがれる。 「まぁいい。チャンスはいくらでもある」 再び、ナツキがアサルトライフルを構える。十字の照準が金髪の女をすり抜けクーラの頭に狙いをつけようと動いた時―――女と目が合った。 「!!??」 思わず仰け反る。 そしてナツキはその場の片づけを始める。試合会場へ向かうために。 目が合った。いや、合うはずがない。偶然こちらを見ていただけだ。俺の場所に気付く訳がない。気配断ちも完璧、だった。偶然に違いない。 大急ぎで後かたづけをして、ナツキは試合会場へ向かった。 しかし、気になる。 あの女の口の動き。俺が見えていたのだとしたら、間違いなく・・・動いていた。 「オ・リ・テ・コ・イ」 と。 ナツキが御前試合会場に現れたのは、開始予定時刻の九時を半時ほど過ぎた頃だった。 ようやく両者が揃った試合会場に、今日何度も流れた緊張した雰囲気が訪れる。 血が凍るような、神経を削られるような。そんな乾いた空間。 その空間に、クーラは派手な入場テーマと共に現れた。 陣幕の裏から、その手には王座ベルトを掲げ、スポットライトを浴びながらゆっくりと、ゆっくりと入場してくる。 その姿、まさしくプロレスラー。 続いてナツキの登場。 こちらもまた、派手なテーマソングをひっさげての入場。 身体にガウンをかけ、赤いボクシンググローブを拳に纏い激しく身体を動かしながらやってくる。 その姿、まさしくボクサー。 二人の入場に会場は大いに盛り上がっていた。 両者、試合会場で激しく睨み合う。この睨み合いは率直にメンチ切ってると言った方が似合っているだろう。 その少し離れた観客席にて。 今回審判から外れたチアキが、のほほんと試合状況を見守っていた。 そのチアキに声がかかる。 「チアキ様。少々お尋ねしたいのですが・・・何故あの方たちは、あの様な派手な登場の仕方をしたのですか?」 御大から急に問いかけられる。 プロレスやボクシングのスポーツ的様式美を1ミリたりとも理解していないチアキにとっても謎な事だった。ついチアキも「ふむ、わしもわからんのじゃが・・・」と堂々と答えてしまう。途端。 「・・・チッ、使えない」 グサッ!! 心に突き刺さる冷酷な一言。そして氷の様な冷たい瞳。 全てが、そう全てが突き刺さる。 脳髄から侵略を開始した凍感覚はそのまま神経の海へと広がっていき、そして全身へ伝達される。まさに氷結地獄。 だがしかし、なんだろうこの不思議な感覚は。 「・・・イイ」 身体を振るわせながら光悦の表情を浮かべてしまった。自らに浮かぶ感覚の原因もわからぬままに。 使えない莫迦は放って、ユリシアはチアキの横にいるリオンへ話しかける。 「リオン様はわかりますか?」 正直、リオンは理解できる。だが、しかし。先程のチアキの表情。アレは・・・ 「いや、僕にもさっぱr」 「愚図が・・・」 まるで生塵を見るかのような冷淡な瞳。 そのブルーアイズに凍え殺されたリオンは、フニャフニャとその場に崩れ落ちてしまった。何故か悦楽の笑みを浮かべながら。 そこでユリシアの瞳がリオンの隣にいたラスキューへと向く。ラスキューはハイハイ!と張り切って手を挙げ、試合会場の状況に答えた。 「つまり!二人はエンターテイメント的な戦い方を主としているでござるから、入場もそれにこだわって盛り上げる形にしたでござるよ!」 「まぁ、ラスキュー様は物知りですね」 にっこりと微笑むユリシア。極上の笑み、だが、だが。 「しまったぁぁぁ!!」 ラスキュー、失策。彼女の笑みは美しい。褒美と言っても差し支えないだろう。 だが、しかし。 気の強い女史には笑顔より、罵られる方がポイント高いのだ! そう、例えるならハマーン様に仕えるマシュマーの様に。 「それは微妙に違うと思うのデスが」 いいからいいから。 ともあれ、落ち込むラスキュー。役立たずの視線で見られている莫迦二人。 勝者は一目瞭然だろう。 閑話休題U。 「なるほど、エンターテイメント、ですか・・・」 何かを思案するユリシア。そして何か妙案が閃いたかの様に晴れ晴れとして顔を上げる。 「良い事を考えました。お二人のためにリングを用意しましょう」 御前試合は白砂を敷き詰めた屋外にて行われる。そのままでは雰囲気も気分も出ないであろうと考えた、ユリシアの優しさであった。 「そいつぁありがてぇ!」 ハードコア路線のクーラは大層喜んだ。 クーラの喜びにユリシアはにっこりと微笑んだ。 「では準備致しますので少々お待ち下さい」 「待てって何秒!!」 ナツキ、たまらぬ新條まゆであった。 そんなこんなで御前試合運営班により、急遽リングが設置された。 「これは・・・凄い」 それは、素人目に見ても立派と解るリングであった。とても急ごしらえとは思えない。 「ではお二人とも、存分に闘ってください」 ユリシアが微笑を浮かべ、優雅に礼をした。 「よし、やってやるぜ!」 気合い高らかなクーラ。 「ありがとうよ、スキャンダラスなシンデレラ・・・というか、僕はいつまで新條まゆキャラでいなければいけないのでしょうか?」 それはまるで、呪いの様に。 「そうですか・・・」 がっくりと肩を落としナツキは諦めた。人生諦めが肝心な時もあるさ。 二人がリングにあがる。クーラがマットの張りを確かめる。充分だ。これならどんな技も使えるだろう。 そのクーラを見、ナツキが不敵に笑う。 「何がおかしい」 クーラが睨みを効かせる。ゴングが鳴ろうとなるまいと関係ない。俺はただうち倒すだけだ。そんな空気を生み出していた。 その気迫をスルリと受け流し、ナツキが口を開く。 「クーラさん・・・いくら地面を見ていても、飛ぶ燕は落とせませんよ」 「燕?」 「ええ・・・リングには燕は二羽いるんですから」 謎の言葉。その言葉が言い終わるか否かの瀬戸際に、改めて試合のゴングは鳴らされた。 戦闘方法は両者極端に分かれている。 クーラはハードコア路線のプロレス。ナツキはボクシング。異種格闘技戦と言える異色の組み合わせであった。 ゴングと同時にナツキは爆発的速度でクーラへと接近する。強靱な足腰が無ければ不可能な距離を無視するダッシュだ。 驚愕しつつもクーラはカウンター気味に掌底アッパーを放つ。下から抉るような軌道の掌底ならば、虚をつける。突進も止められるはずだ。 しかしナツキは驚異的反応速度で掌底をかいくぐる。そしてガラ空きのボディに強烈な一撃。クーラは避けられずまともに喰らう。 好機と判断したナツキは一気にラッシュをかける。息の続く限りラッシュを。暴走列車の如くラッシュを浴びせる。 ナツキのパンチは『飛燕』と呼ばれる特殊なパンチの打ち方である。 その拳はパンチを出し切らず、軌道を途中で変える事により変幻自在の攻撃角を生み出す技だ。 その変化にクーラは反応出来ず避けられない。直立不動のまま、飛び交うパンチを全弾まともに浴びていた。 おかしい。 いくら何でも全弾喰らうなんて正気の沙汰じゃない。ナツキは気づき始めていた。その違和感に。 クーラは、防御すらしていなかった。 もしもナツキにプロレスの知識があれば気付いていただろう。この状況に。 そう、プロレスラーは攻撃を避けない。 "敵の攻撃は全て受けきる" 己の肉体のみで防ぎきる。それがプロレスラーの戦い方。 つまり、今のクーラは何も出来ず棒立ちなのではなく・・・ナツキに攻撃のターンを譲っているに過ぎない。虎視眈々と、己の技が最高となるタイミングを見計らっていたのだ!! 「イカン!小僧さがるダニー!!」 鼻を赤くペイントしたラスキューがリングに詰め寄る。用意周到に眼帯に腹巻きをして、白い犬に偽装したチアキまで連れている。 その光景に「色々混ざってるっつーの」とリオンがツッコミを入れようとしたその時。 リングサイドが大爆発を起こした。 ゴオオオォォォォォォンンン!!!! 響く、重低音。 蠢く、黒煙。 飛ぶ、莫迦二人。 巻き込まれた観客たち。 戦場と言うのを説明するならば、こんな光景なんだろうなぁ、とリオンは思った。 何故こんなどうでも良い事を考えてしまったのか。それはきっと何が起きたのか理解できていないからだろう。 リオンだけではない。リングの上にいるクーラも、ナツキも、そして巻き込まれずに無事だった観客たちも、みんなみんな理解できていなかった。 唯、一人以外は。 「ああ、そうそう」 この場で唯一理解してそうな人物、つまりはリングを用意した―――ユリシアが口を開く。 「普通のリングを用意しても面白くありませんので、リング及びその周辺に爆発物を搭載してみました」 「「なにぃぃぃぃぃ!?」」 全員が絶叫する。 リング・・・及び周辺?と言う事は間違いなく、先程ラスキューたちが吹っ飛んでいったのは・・・。 「はい、その通りです。踏んでしまったようですね。ラスキュー様はうっかり屋さんですね」 ふふふ、と笑うユリシア。 その笑みは邪気などの悪性の意志は一切無く―――無邪気だった。 何て事してんだー!!! と、誰もが心の中で叫んだ。御大に意見する事など死を意味する。・・・例え機嫌が良さそうでも。 「この他にもリングには仕掛けもありますので。例えば・・・この様な」 ユリシアが手元のスイッチをポチッと押すと、ロープが早変わり。あっという間に有刺鉄線に。 「勿論電流が流れます」 にこやかに微笑むユリシア。 その笑みは邪気などの悪性の意志(略) 試合会場は一気に緊張の空気に包まれた。 何より、一番緊張しているのはリングの上の二人。 スポーツマンシップに乗っ取った闘いをしようとした矢先である。 リングアウト=死 それ以前にロープ=半死 あっという間に残虐ファイトを余儀なくされていた。 そのまま惚けていても話は進まない。結局目的は最初と変わっていないのだ。 つまり、相手を倒す。 クーラは棒立ちのナツキの腕をキャッチする。どんな状況になろうと、自分は得意のスタイルを貫くだけだ。 「でええぇぇえい!」 掴んだ腕を振る。走らせて、戻ってきたところをカウンターの掌底だ。 突然の事でナツキも反応できず走ってしまう。そこで、思い出した。 「あ」 「あ」 ついロープに振ってしまったが、其処は電流流れる場所。走ったナツキの運命は。 バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!! 「ぎえええぇぇぇぇぇぇええぇえ!!!」 高圧電流がナツキの身体を流れた。骨が透けている状況から、かなり強力なのを流されているとわかる。 「恐ろしい・・・」 電流の事が頭から抜けていたクーラが呟く。うっかり忘れるクーラの方が恐ろしい。 口からもふぁーと煙を吐きながらナツキがリング中央へと歩み寄る。まだまだ戦意は喪失してないようだ。 そこにクーラの凶器攻撃。白いギター。細身のナツキはあっさり吹っ飛んだ。 「ぎゃにーーー!!」 バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!! 再び、ナツキを高圧電流が襲う。二度目の電流攻撃にナツキの身体はもうボロボロだ。髪の毛もアフロとなってしまっている。 しかしナツキは耐えていた。電流をモロに浴びながら。 「耐えるんだ、クーラさんは僕の攻撃に耐え切ったじゃないか!」 実際にはクーラの攻撃では無いのだが。例え危機的状況でもナツキは勝利を諦めなかった。 まさに、鋼の精神。 「ま、まだまだぁ」 しかし、いくら意気込み高らかであろうとも、ナツキのダメージが甚大なのは見て取れた。 だが、その姿に魂は奮い立たされた者たちがいた。 「ナツキー!がんばれー!!」 「勝利はもうすぐだ!いけー!」 やられてもやられても立ち上がるその姿に、真の武人を見た漢たちが応援団と化した。 そして観客だけではなく・・・ 「へっ、やるじゃねぇかナツキ!よし来い!俺はプロレスラーだ!お前の攻撃、全て受けきってやる!」 対戦相手であるクーラも、また魂を奮い立たされていた。 ニヤリと笑うクーラ。その笑いは「憎たらしい挑戦者め、来いよ。」と語りかけていた。 闘いとは時に不思議な作用がある。 リング上にてお互いを認め合った好敵手。共に覚悟を決め、最後まで闘いあうと魂で理解した時。 ナツキの肉体は痛みを感じなくなっていた。 地鳴りが響く。会場全体を包み込むように。会場全体から発せられる様に。 発生源は観客たち。椅子から立ち上がり、応援の雄叫びと共に発せられる足踏みによる地響き。 観客の視線が一点に集中しているリング上では、お互いの魂をぶつけ合う試合が展開されている。 燕の様な鋭敏な動きでクーラを打つナツキ。 ナツキの攻撃を一切避けず、打ち終わりを見計らって一撃必殺の投げ技に持ち込もうとするクーラ。 多撃必殺対一撃必殺。 手数は違えど勝負は互角。観客を虜にするには充分すぎる闘いだった。 声援と歓喜を浴び、男たちは闘い合う。 ナツキの飛燕がクーラのボディに突き刺さる。何度も、何度も。 しかしクーラの戦法は攻撃を全て受けきる闘法。拳がめり込むと同時に身体を押さえられ、逆さまに抱え上げられた。 遙か昔、あの親善プロレスの時に喰らったツームストンパイルドライバーだ。 ナツキは頭からマットに叩き付けられた。 逆転ともいうべき一撃を喰らっても尚、ナツキは立ち上がった。 クーラもまた、立ち上がるのが当然の様にナツキを待ちかまえていた。 「楽しいなぁナツキ!」 「ええ、全くです!」 殴り殴られ、激しい攻撃の繰り返し。 一進一退の攻防の中で。 彼らは、笑っていた。 試合開始より三十分経過した。 リングの上には死闘を繰り広げ既に肉体が限界の闘士二人。 幾多のパンチによりクーラの目は腫れ上がっていた。もうナツキを把握するのは不可能に近い。 多重なる連続投げを受け、ナツキの体力も底を尽いていた。もう燕の様な華麗なフットワークは無理だろう。 両者、残されたの体力は最後の一撃分のみ。 空気が張りつめていく。 最後の大技にかけるために。 会場はしんと静まりかえっていた。 互いを見合い、機を窺う。 あと一撃。両者あと一撃分しかチャンスはない。 次の一撃を放って立っていた者が・・・勝者。 クーラは喉が張り付く感覚に襲われていた。 心地よい緊張感ゆえに。 ナツキはプレッシャーに押し潰されそうだった。 心地よい緊張感ゆえに。 そして 二人はタイミングを合わせたかの様に 目の前の好敵手に向かって 同時に走り出し リングごと吹き飛んだ。 ● 観客たちは本日何度目か、もうわからないぐらい自身がした様子をまた体現していた。 つまり、唖然 を。 熱きバトルを繰り広げ、闘士たちが最期の一撃を放たんとしていたリングは影形も無い。 ただもくもくと黒煙を昇げるのみ。 眩い閃光と巨大な爆発音を感じたと思った時、闘士二人と共にリングはこの世から消え去った。 何故。 誰もが思う。 そして行き着く思惑は。 この様な事態を起こせるのは、リングを用意した唯一人のみ。 観客全員がぎこちなく首を動かし、御大・ユリシアを見る。彼女の手には如何にもな赤いボタン付き謎の小箱。 彼女は如何にも不機嫌といった顔のまま、その青き瞳をまっすぐと消え去ったリングへ向け、言い放った。 「長い」 きっぱりと、単直に言い切る彼女の言葉に観客たちはただ、ただ、黒煙と共にゆらゆらと揺られる事しかできなかった。 ―終― |