第七試合

a07132_icon_9.jpgセナ 対 リューディムa00279_icon_3.jpg

 『太陽の月』

担当MS:チアキ

−プレイング−

    ―赤い風・セナ(a07132)のプレイング―

    「人物像」
    クズノハでのまんまのセナ・スズカ
    歪んだ愛情を持った以外は…

    「対戦相手」
    何故、リューディムさんか?
    何故、現エルフの暗殺者を指名したのか?

    何故、修羅の道を選ぶ鬼(エルフ)を相手に指名したのか?

    セナの想いは1つ
    『彼女のデコが見たい!!』
    ひと目見た時から思っていた。毎回顔を逢う度に思っていた…

    歪んだ愛情かも知れない
    彼女の髪が動く度
    彼女の額に汗が出る度
    彼女の髪を分けるその仕草に

    胸がときめく…
    しかし、彼女は大っぴらに見せてはくれない。
    拒否もするだろう
    場合によっては殺されもするかも

    しかし、格好のチャンスを得れた
    そう、御前試合
    ここで彼女を倒し
    彼女が息を引き取り
    穏やかな顔で永久の寝息についたその時に

    愛でさせて頂こう…

    その為だったら、私も殺人者になる事に躊躇いは無いだろう…
    今なら分かる。歪んだ愛情の持ち主の気持ちが…

    代償も払おう
    命を賭けてまで見、そして愛でたいモノがある!!
    その為だったら…

    「リューディムさ…覚悟して頂く候…」

    天幕を掻き分け、一人の狂人が円卓の間に足を踏み入れる…
    たった一つ、そして歪んでしまった目的の為に…



    「御前試合 vsリューディム」
    大きな袋を持って登場
    (中身、中一杯の水と武器の霊布)
    「弱者は弱者なりの戦いを持っている」

    「奇襲」
    開始前に、袋を投げつけ心の衝撃波で袋を破壊し、水で目くらましを仕掛ける

    水を十分に吸った霊布+心攻撃の衝撃波で、フリッカージャブ調に遠距離アウトボクサースタイルを仕掛ける。

    接近戦を仕掛けられたら、霊布を使い腕を絡め「獲る」
    相手の攻撃は「刺し」「斬り付け」が目的なら絡め獲る事を最優先
    首狙いなら腕一本代償にして防ぐ

    もし絡み取れたら
    離さない
    2度と離さない
    そのまま私の腕の中で

    永遠に…

    腕を絡め獲ったら、そのまま首を締め付けよう…キュッとね…

    もし倒せたら…お持ち帰りします

    誰にも譲らない
    誰にもあげない
    彼女のオデコは…



    ―檻の中の花・リューディム(a00279)―

    非公開



−リプレイ−

    ●十一月二十四日
     太陽は疾うに姿を隠し、街は底知れぬ闇の世界へと変貌していた。
     居住区とはいえ、街灯設備の整っていないこの地域では、落日は即ち一日の終わりと同意だった。
     住民達は不便さを知っているから出歩く事も無く。日が沈めば外に出る事も無い。
     ましてやそれが深夜ともなると、各家の灯りすらも消え街は闇に包まれる。
     灯りも無く、人も無く、呑みこまれそうな闇を好んで歩く住人もいるはずも無く。街は死したように静まり返っていた。

     その死都を駆ける一本の影。
     屋根から屋根を渡る身のこなしは、長い経験の賜物だろうか。一切の迷いが無い。
     街には灯りが無いが、今夜は幸いにも十三夜。天よりの灯りだけは欠かさなかった。
     影は一頻り走った後、とある建物の上で走りを止める。

     円卓の間。
     翌日に御前試合が行われる会場。その真上に影が伸びていた。

     その姿を、月だけが―――見ていた。


    ●二月
     彼女を初めて見たのはいつだったろう。
     確かうっすらと雪が積もっていた時期だと思う。
     天より生まれたばかりの雪がはらはらと舞い降り、地表の僅かの間だけ痕跡を残す。翌朝には夢の如く消えている。そんな時期だった覚えがある。

     依頼の帰り。簡単な内容だったが後始末に少々手間取った。酒場を出る頃にはすっかり夜更けとなってしまっていた。
    「スッカリ遅くなっちまったぎゃ。早く帰って布団に入りてぇみゃ」
     夜の街を小走りに進む。寒い寒いと思っていたが、どうやら雪が降ってきているようだ。酒場などがこの通りも雪のせいでいつもより活気が無い様に思えた。
    「ま、それでも十分賑やかだぎゃ」
     一人呟きながら赤い風・セナ(a07132)は夜の街を走る。少しでもこの寒さから逃れる為に。早く自分の住処に着くために。この寒さは少々こたえる。
    「ショートカットみゃ!」
     寒さに耐えかねていつもは曲がらない角を進む。薄暗いがこちらの道なら5分は短縮できるだろう。例え変態さんが出てきても冒険者の自分なら、まぁ大丈夫。
     裏路地を軽快に走る。何となく汚いイメージがあったので敬遠していたが中々どうして、結構片付いている。
    「これなら普段から使っても問題なさそうだぎゃ」
     暗いと思っていた道も、残雪が僅かに積もっているので暗くは感じない。月光は雪を照らし道となる。寒い日だがこんなのも悪くは無い。
    「♪・♪〜〜〜〜♪」
     小走りはやがてステップへと変わり、軽快なリズムを奏でるスタンプへと変わった。ぴょん、ぴょんと飛び跳ねつつ路地裏を、雪の道標に従い進む。このまま進めば大きな通に出る。そうすれば家は目の前だ。それまではつかの間の雪道を楽しもう。
     リズムを取りセナが大きくジャンプする。タンッと両足で着地。次なる雪へと足を踏み出そうとした時、道が閉ざされている事に気がついた。
     月光を浴び雪は白く光る。それがこの路地裏を一本の道と確定していた要因だった。が、それは目の前で突如喪失していた。光を通さぬナニかに上塗りされて。
    「黒い・・・液体ぎゃ?それにこの匂いは・・・鉄、ん・・・血」
     目の前の道を埋め尽くすその正体に気づき、セナの身体から血の気が引く。湯気を放つ赤い地。
    「油断してたみゃ!・・・こんなに近づくまで気づかないなんて・・・」
     冒険者―――しかも医術士という職業柄、血は見慣れている。この場に撒かれている血液の量から察するに、一人分なら既に死亡、二〜三人でも十分致死量に達する。
     自分の来た道には誰もいなかった。つまり、この先に、人を死に、至らしめる、何かが、いる。
     ゆっくりと、足を進める。状況を確かめるために。場合によっては自ら戦わなければならないかもしれない。
     その先は建物の設置条件によるものか、ちょっとした広場になっていた。
     周囲を面長の建物が囲い、外灯も無い。ただ、天よりの月光が唯一の照明となっていた。
     その広場に、女と男が向かい合っている。
     通路から半分だけ身体を出し硬直する。二人がただ事で無い事は明らかだ。女は手にナイフの様な小ぶりの刃を。男はサーベルを手にしていた。女の足元にはまた、別の一人が倒れている。セナのいる通路から血道が続いていた。絶命、しているのだろう。
     男がサーベルで女へ斬りかかる。女は既に予測済みだったのか、男の攻撃をあっさり避け、すれ違い様に手にしたナイフで首を斬った。音も無く、躊躇も無く、微塵の後悔も、無く。
     男は何が起こったのか理解できていない様子だったが、首の違和感から状況を理解。慌てて首傷を押さえるも時既に遅く、血を噴出しながら仰向けにどぅと倒れた。
     血がまたもや、雪を赤く染めた。
     天開から射し込み路地の光へとなる雪は、赤き脈状にてその存在を塗りつぶされた。

     勢い良く噴出された血は路地全体に飛び散り、セナの方にも飛んできた。
     額に、血がつく。だがそれを拭う事は出来ない。今動けば、あの女に自分の存在を悟られる。
     何者かわからない。だが凄腕だという事はわかる。殺すことになれた、生粋の暗殺者。分が悪い。出来れば気づかれずに過ぎてくれれば。
     そう思いながらセナは石の様に気配を消す。目だけはしかと、女の方を見て。
     女は噴出す血を気にしていないのか、天を仰ぎその場に立ち尽くしていた。血はあちこちへ飛び散り、女の服を、顔を汚す。雪は疾うに溶け地面を露出していた。
     どれくらいそのままだったろう。女は満足したのか動き出す。ゆっくりと、セナとは反対側の通路へ。
     女が黙っている間、セナも動けなかった。存在が知られれば次は自分の番だろうか。冒険者として活動していた自分の感が訴える。だがそれ以上に、動けない雰囲気があった。
     女は去る。長い硬直から開放され、セナが安堵の息をつこうとした時、女がこちらを見た。
     返り血で汚れた顔を拭おうともせず、真っ直ぐにセナの方を見、そして人差し指を口元へ当てた。
     ナイショ、とでも言いたげなしぐさ。楽しんでいる?それとも・・・。
     微笑を浮かべるその瞳はどちらの意味だったのか。セナにはその時、理解できなかった。

     女は姿を消した。
     広場には惨殺死体が二つと、呆然と立ち尽くすセナが残されており。

     月光はもう、差し込んでいなかった。


     翌日、あっさり女と再会する事になる。
     リューディム・ガーフィッツ(a00279)。団長であるチアキの古い知人とかで、クズノハ忍法帖へ新入団員としてやってきた。
     クールで人を寄せ付けないその性格は、今までにクズノハに無かったため皆から好意的に歓迎されていた。
     だが、セナは一歩引いてしまった。
     本当に昨日の人物なのだろうか。あのとき確かに顔は見た。だが、薄暗く尚且つ返り血で汚れていた。目の前の人物にそっくりだが、本人たる確証は無い。服装が似たデザインだとしても、確固たる証拠もなし。
    「よろしくだぎゃ」
     あのとき何があったのかわからない。目の前の人物が殺人鬼なのか、それとも何らかの理由があったのか。または別人なのか。
     だからあの話は抜きにし、セナは歓迎することにした。握手の手を差し伸べ、友好的に。
    「・・・・・・よろしく」
     キュッと握り返し、微笑を浮かべる。その笑顔は、あの時と同じ、全てを理解している笑み。
     こちらの混乱をわかって尚、楽しんでいる笑みだった。


     それからセナは、事あるごとにリューディムの動向を気にするようになっていた。
     常に彼女を視線で追い、その影を追い求めた。
     当初セナは自分の行動に気づいていなかった。指摘されて漸く、「ああ、そうか」と納得していたほど。
     何故彼女を追うのだろう?
     わからない。
     何故彼女が気になるのだろう?
     わからない。
     何故あの夜以来、こんなにも彼女を・・・

     ああ、わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。

     わからない。だけど。
     そう思うたびに何故か、あの夜の事を―――思い出した。


    ●十月
     クズノハ忍法帖にて月に一度の会議が行われていた。
     団員の殆どが出るその会議にて、翌月の予定、イベントなどを発表し打ち合わせする。
     毎月ほぼ変わらぬ内容『その月になったら考える』で終わる会議だったが、その時は異常だった。
     団長チアキの口から出る一つのイベント「円卓の間 御前試合」開催の報。
     御大自ら命令の元、発令されたイベント。クズノハの団員達が円卓の間 前に用意された試合会場にて、真剣をもって勝負する儀を行うとの事。
     その試合に何の意味があるのか。何故開催されるのか。
     一切伝えられない。ただ、御大を喜ばせる為に、クズノハは死闘を繰り広げる。
     突然の報に、クズノハの団員達は騒然としていた。団長チアキも釈然としない顔をしていた。
    「では、参加希望者は追って受け付けるのじゃ」
     そう言い残すとチアキは席を立ち、会議は解散となった。それにつられ次々と席を離れる団員達。最後まで席に残っていたのはセナとリューディムだった。
    「リューディムさ、さっきの御前試合、対戦相手に指名したく」
     椅子に座ったまま、落ち着いた声で言う。
    「・・・今日の私は気分がいい。聞き間違いだったかもしれないから確認しておく。・・・もう一度、指名相手の名前を言える勇気があるなら名乗りなさいな?」
     リューディムの冷たい声が響く。脊髄を掴まれた様な冷たさが走る。
    「・・・デコッパチ相手では不十分かみゃ?」
    「なるほど、面白い。遊んであげるわ。たっぷりと、ゆっくりと・・・なぶってあげるわ。・・・じっくりと」
     セナの挑発を受け止め、リューディムは席を立つ。カツカツと珍しく足音を鳴らし部屋を出ようとし、直前、口を開き
    「何をキッカケに私に挑んできたか知らないが・・・無謀とは言わない。むしろ・・・私にとっては公式の場所で人を殺せる機会に恵まれて、幸運とも言える」
     そして振り返り。

    「貴様は私に喰われろ」

     宣戦布告は受理された。


    ●十一月
     その後リューディムはセナに会う度に楽しそうに、嬉しそうに御前試合の事を話した。
     じわじわと獲物を甚振る肉食動物の様に。
     自分に対する挑戦を楽しんでいるのだ。久しくなかったこの感覚。
    「デコッパチ、いよいよ今月の二十五日ね。貴女がどれだけ足掻いてくれるのか・・・楽しみにしてるわ」
     そう笑顔で言われる度にセナは苦笑し、曖昧な笑いを返す。
     相手は戦闘狂。自分との戦いを心底、楽しみにしている。だからこそその笑顔が、眩しく、魅力的だった。


     試合が決定してからというもの、セナは一心不乱に特訓していた。
     自分でもわかる。リューディムの実力は桁外れだ。正攻法で挑んでも恐らく勝てまい。
     ならば奇策を用いるだけだ。
    「弱者には弱者の戦い方があるみゃ」
     袋を用意し、更にそれにたっぷりと水を入れる。それを投げつけリューディムの眼前で破壊したならば、それは立派な目潰しとなろう。
     袋の中にはたっぷりと水を吸った霊布が仕込まれている。水を吸った布はそれだけで十分凶器となる。重みを増したその布は、手首のスナップを利かせればまるで生きている様に跳ね動く。
     鞭ほど距離は取れないが、接近戦ならば逆に使いやすい。濡れた霊布に心攻撃を織り交ぜたならば、連続攻撃にもなる。近・中距離ならば射程外から一方的にイタブル事も可能だろう。
     問題はタイミング。水を叩きつけるタイミングだ。早すぎても遅すぎてもいけない。相手に気づかれてもいけない。こればかりは何度も何度も、練習するしかなかった。
     暇そうにしていた団員達を接近戦の為に雇った事もあった。
     最も力の強そうなユンシャオ(a17337)を相手に超接近戦の特訓。相手は神速の踏み込みで突っ込んでくる。ほぼ零距離となるその位置での戦いは慣れていない。今から特訓しても身につくのは僅かだろう。だが、だからこそ覚えておき、反応できるようにしておかねばならない。
     繰り出される攻撃を霊布で絡め獲り、そのまま流し、絞める。
     超々近距離で動きを封じてしまえば攻撃も出来ない。これは技術云々ではなく、人体的構造故の仕方ない事だ。
     稼動区域外には攻撃は出来ない。それを知るための特訓。如何に有利に持ち込むか見極める。それが出来なければ・・・自分が死ぬだけだ。
     特訓は日に何度も行われ、何度も死に掛けた。命の抱擁に救われた回数も十数回では済まされないだろう。
     特訓に協力してくれた団員から何度と無く、聞かれる事があった。
    「何故、そこまでしてリューディムと戦うのか」
     と。
     その質問の度に「ん〜」と唸りながら、セナは苦笑する。そして、身体を震わせた。
     戦いを意識するとどうしても、あの夜の事を思い出す。


     白い肌。赤い血。天上の光。侵食する赤。反光雪。臓物臭。返り血。滴る命。闇の灯。転がるオモチャ。射抜く双眸。微笑。舌舐めずり。―――肌を濡らす、血。

     綺麗だった。白い肌と赤い血のコントラストが。
     美しかった。赤く濡れた髪を拭おうともせず、悠然と立ち去るその姿が。
     だから、見たいと思った。
     その姿を。その奥にある隠されたモノを。

     あの赤く湿った前髪の奥にある、その額を。

     その為には手段も選ばない。
     例えどんな手を使おうとも、彼女のデコが見たかった。

     歪んだ愛情かも知れない
     彼女の髪が動く度
     彼女の額に汗が出る度
     彼女の髪を分けるその仕草に

     胸がときめく・・・

    「セナさん?セナさん!?」
     ユンシャオの声にセナは我に返る。その両肩をがっしりと押さえつけられていた。
    「あ、アレ?ワチキ・・・」
     何故押さえつけられているのか理解できなかったセナは、そんなマヌケな問いをする。
    「急に震えだしたんです。・・・すみません、こんな時期に気の効かない質問をしてしまって」
     ユンシャオが謝罪する。セナは構わないと言い特訓を続けさせてくれと言ったが、先程の震えを見てしまっては続ける訳にもいかない。今日はここまでにしてもらえるよう、ユンシャオから話をきり出した。


     セナとの特訓から解放されたユンシャオが、先ほどのセナを思い出す。
     「何故戦うのか」
     その理由を聞いたとき、少女は少し考え込み・・・そして身体が震えだした。
     その姿を見たとき、ユンシャオは恐怖した。その場にいないにも関わらず恐怖させたリューディムに、ではなく。
     ・・・セナに。

     彼女は、笑っていた。

     突如震えだした彼女に、恐怖に怯えているのかと思った。
     が、違う。彼女は笑っていた。
     頬を歪ませ、口が耳まで裂けんばかり引きあげ。
     彼女は、笑っていた。
     喜んでいた。歓喜していた。武者震いしていたのだ。

    「彼女も十分、戦闘狂ですよ・・・」
     『ケモノはケモノによって目を覚ます』とは誰の言葉だったろう。
     何が彼女達をそこまで掻き立てるのか、ユンシャオには理解できなかった。
     しかし、理解できないのは当然だ。ユンシャオはまだ、そちらには進んでいない。
     知る由も無い。

     あの夜あの刻あの光景で。
    ―――セナ・スズカは壊れていたのだから。


    ●十一月二十五日
     御前試合当日。
     セナは緊張した面持ちのまま、控え室に待機していた。
     今までやれるだけの事はやった。旅団の仲間に無理を言い特訓も手伝って貰った。
     現在第六試合だという。
     もうすぐだ。もうすぐ自分の試合が始まる。
     彼女を倒せば、望みがかなう。
     息を引き取り、穏やかな顔で永久の眠りについたら・・・愛でる事ができる・・・。
     愛しい、愛しい。もうすぐ、もうすぐ愛でる事ができる。彼女のおでこ。
     そのためだったら、私は喜んで殺人者となろう。
     今ならわかる。歪んだ愛情の持ち主の気持ちが・・・。
     そのためなら代償も払おう。
     命を賭けてまで愛でたいモノがある。そのためなら・・・。

    「セナさん、出番です」
     その時、御前試合進行係が呼びに来た。用意していた袋を手にし、セナが立ち上がる。
    「リューディムさ・・・覚悟して頂く候」
     天幕を掻き分け、一人の狂人が試合会場に足を踏み入れる。
    たった一つ、歪んでしまった目的の為に・・・。



     幾人もの血を吸ったはずなのに、白砂は元来の色を保っていた。
     若干、終わりかけの夕焼け空が映り色をつけているが、白砂自体は白いままだ。
     あの夜のように、赤い地で戦うと思っていたセナには少々意外だった。
     血の滑りがある場では均等に戦えないため毎回砂を入れ替えているのだが、セナは知る由もなし。
     白砂を踏みしめ、足触りを確かめながら前に出る。
     広き試合場にて向かい合うは、リューディム・ガーフィッツ。眼を閉じ、やや下方を向いている。まるで瞑想するかのように。
    「リューディムさ・・・勝たせてもらうぎゃ・・・」
     そのリューディムを見つめ、最期の会話をする。
     対するリューディムは・・・無言。微動だにせず眼も閉じたまま。余裕の表れだろうか?返事をしないことによる挑発かもしれない。セナはそれ以上口を開かずにいた。
     勝負の決め手は始まる前にある。この水を喰らわせれば・・・。水入りの袋を手に、セナが意識を集中する。
     審判役のチアキが双方を確認。円卓に鎮座する御大へ一礼する。

     開始直前。今まさにこのタイミングが極め時である。開始の合図も待たずにセナが水袋を投げようと―――

    「ゴメンね、デコッパチ。遊んであげること、出来なくなっちゃった」

     悲しそうな、微苦笑。
     声に反応しつつもセナは水袋を投げようとしていた。
     意識が活性化されているせいか、全てがスローモーションに見える。まるでゆっくりと時が進んでいるように。
     リューディムの動きもしっかり見て取れる。ゆっくりと進む時の中、彼女の手からナニかが落ちる。

     将嬢と姫盃。共にリューディムの―――武器と盾。

     何故このタイミングで?
     決まっている。身軽になるためだ!
     水袋が宙を舞う。続いてセナの心攻撃。

     だが、攻撃が当たる前に、水袋が横薙ぎの一撃で斬り裂かれた。

     残鉄蹴。
     イニシアチブを最高にしたリューディムの、閃光の如き斬撃。

     奇襲は破られた。だが他に手が無いわけではない。
     残鉄蹴によりリューディムは反転しこちらに背を向けている。
     セナは次手に移ろうとし―――そのまま白砂の上に倒れこんだ。

     横一文字に斬り裂かれた喉から溢れる血で、白砂は赤く染まっていた。


     あの夜のように。



    ●十一月二十四日
     円卓の間に立つ影、一つ。
     檻の中の花・リューディム。明日の御前試合に参加する者の一人である。
     全ての者は御前試合開始一週間前より、この場に訪れる事を禁止されている。
     現在もこの場、及び試合会場を何人もの熟練者が、その身を隠し警備している。と言っても室内ではなく、その周辺を、なのだが。
     侵入が見つかれば只では済まないだろう。だが、それほどの危険を冒しても、この場に来なければならない理由がリューディムにはあった。

     足音をたてない独特の歩法で円卓の間を歩く。灯は窓から差し込む月の光だけ。今宵は十三夜。明るさを期待するには十分だ。少し、不審な点はある、が。

    「今宵、この場は入出禁止ですよ。それを理解しての侵入ですか?」
     不意に、声が掛かる。場所は議長席から。月の影すら届かぬその闇に、誰かいる。だが姿は見えない。
    「招待状を受け取ったわ。だから来た・・・これでは理由にならないかしら?」
     ヒュッと、リューディムが封筒を投げる。それは議長席前の机―――声の主の前に落ちる。封筒からは、エルフの絵が覗いていた。
    「ああ、そうでした・・・お気に召しましたでしょうか?貴女を呼び出すならばこれが一番効果的、と思いまして」
     封筒から覗くエルフの女性の絵を、トントン、と指でつつく。リューディムの、最愛の人の絵を。
    「悪趣味だわ」
    「でも効果は抜群でした・・・違いますか?」
     声の主が薄らと笑う気配。
    「それに、用件も伝わりますし」
     その人物の大切な人の絵を送る。それにどの様な意味があろうか。そんなもの、決まっている。
    「―――警告、か。確かにわかりやすいわね」
     そう、それ以外にありはしない。
    「で、どうして欲しいのかしら?同盟の最高執行者ともあろう貴女が、わざわざ呼び出して」
     声の主に対し、リューディムははっきりと最高執行者、と言った。
     その様な人物、同盟には一人しかいない。そう、たった一人しか。
    「そう、ならば用件を告げましょう。ユリシア・メルローズの名において命じます。リューディム・ガーフィッツ、明日の御前試合にて、貴女の“本気”を見せなさい」
     明日の御前試合。セナとの戦い。可愛らしい挑戦を受け、“遊んであげる”と約束したその戦いで、本気を出せと彼女は言う。
    「それが契約、と?彼女を守る」
     彼女の手元にある絵―――自身の最愛の人物の絵を見て、リューディムが問う。
    「信じられませんか?ですがご存知でしょう。同盟領内において、私の名こそが絶対的だということを。絶対生存者たる貴女も」
     リューディムの字をわざわざ出し彼女が言う。確かに、これ以上の契約は無いだろう。

    「確認する。契約を交わせば・・・彼女に手を出さないのね?」
     一切の明かりが点灯せぬ薄暗い円卓の間にて確認する。暗黒たる闇を身に纏い、外部からの光が届かぬ影にいるその女に、月光を浴びるリューディムは問いかける。
    「ええ、勿論です。円卓の主たる我が名において約束しましょう。リューディム・ガーフィッツ」
     自らを円卓の主と名乗る女が答えた。

    「そう、なら信じるわ。ただし―――貴女が本物のユリシアならね」

    「・・・・・・」
     円卓の間を、死を呼ぶ空気が埋め尽くした。

    「どうして、私が偽者だと?」
     影の女が問いかける。
    「単純なこと。貴女からは本物独自の“あの気配”が感じない。貴女が何者か知らないけど・・・まぁ恐らく影武者か何かでしょう。雰囲気は似てても全然違うわ。だからお前は偽者よ」
    「“あの気配”ですって?何をバカな事を。貴女如きたかが一介のエルフがあのお方に会った事があるとでも―――」
     そこまで言い、影はハッとする。
    「まさか・・・貴様“鎖姫”を体験したのか!?」
     先ほどまでの冷静さは何処へ行ったのか。動揺が空気を伝い広がっていく。影は、慌てている。
    「この街に来て最初の頃に。ジットリして嫌な空気だったけど、生き残れないほどでは無いわ」
     リューディムが真っ直ぐ影を見据えて、言い切った。
    「アレが、ユリシアなんでしょう?」
    「言うな!言うな!言うな!!アレは気づいてはいけない!理解してはいけない!だからアレは“現象”なんだ!アレは理解っては―――」
     半狂乱に陥ったように影が叫びだす。もはや影は、影である事を止めていた。
    「いけないものなんだ!!」
     獣の如き反応速度で議長席より跳躍し、そのままリューディムへ襲い掛かった。
     リューディムはそのまま術扇・将嬢を広げ、すれ違い様に影を斬り裂いた。
     獣の如き速度で迫る敵を、ただ上回る速度で斬り返す。わかって出来るものではない。だがそれを平然とやってのけたケモノ。それがリューディムだ。

     リューディムは足元に倒れる影―――先ほどまで議長席に座っていたエルフを見る。
     あと数分の命だろう。斬り裂かれた傷はおそらく肺まで達している。だが不思議と、女は血を流してはいなかった。
    「円卓を・・・血に染める訳にはいかないから・・・ね・・・」
    「つまらない冗談は聞く気はないわ。・・・さて、教えてもらいましょうか。貴女は何なのか」
     死にゆく影を見下ろし、リューディムが問いかける。
    「私は・・・影・・・あのお方の影・・・。影はただ・・・あの方を模倣する・・・。それしか・・・許されない・・・だからリューディム・・・先ほどの契・・・約は・・・どの道・・・同じですよ・・・?我々・・・影は・・・あの方の望みを叶える為にいる・・・。私の言は・・・あの方の・・・望むこと・・・」
     ぶつぶつと、呼吸と共に洩れる声。最早こちらの声は聞こえていまい。影はただブツブツと、同じ事を繰り返していた。
     リューディムが影に将嬢を一閃すると、影はもう口を開く事は無かった。


     円卓の間を後にする。
     来たときと同じように、若干位置をずらし、屋根へと上がる。
     影が最期に残した言葉を反芻する。

    「あの方を模倣する。それしか許されない」

     つまりは、あの影の言葉はユリシアの言葉と同意という事だ。
     自分が従わなければ依然、彼女は危機のまま。
     今すぐユリシアを締め上げようにも、居場所がわからない。明日来る“ユリシア”も、本物かどうか疑わしい。
     今すぐには到底ユリシアを探しきれない。せめてもう少し時間があれば。居場所くらいは突き止められる。そうすれば―――
     だがその為には、時間が無い。居場所を調べ上げる時間が。
     セナと遊ぶのを止めたなら、時間は得られる。僅かなりともその分調べ上げる事が出来る。だがそれは、裏切り。

     セナ。自分とは正反対の娘。暖かい笑顔の、そう、まるで太陽の様な娘。
     凍てつかせる自分とは正反対だ。彼女が太陽ならば自分は月。決して交じり合う事が無い。入れ替わる対極の存在。
     その彼女が勇気を出し、自分の全てを賭けて挑んできたと言うのに。

     こんな事になろうとは。
     リューディムは苦笑しながら屋根を駆けて行く。



     ―――月はもう、出ていなかった―――



    ―終―

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