第六試合

リノアン 対 カヤa13733_icon_9.jpg

 『スパナ流破れたり』

担当MS:リオン

−プレイング−

    ―女中・リノアン(a36229)のプレイング―

    因縁
     リノアン・リートはとある中流家庭に生まれた。
     夫婦仲の良い両親。厳しいが優しい二人の姉。可愛い弟。彼女は確かな幸福の中、穏やかに生活していた。
     しかし、リノアンが12歳になったある日!
     学校から帰ったリノアンは家の人間が皆殺しになっていることを知るッ!
     目撃者もおらず、犯人は一切の証拠を残さずに消えた……かに思えた。
     しかし! リノアンは発見する!
     血塗れの部屋の中心に落ちている! それは! 一振りのスパナ!
     わずか12歳の少女は其の時! 復讐の旅に出ることを決意したのだ! 

     と言うような事実はどうでも良いので御座います。そもそも、私が学校に遅刻しそうになり、食パンを咥えて走っていたところ、曲がり角で衝突した相手が、カヤ・オニカゲ様で御座いました。
     その後カヤ様は、私のクラスにて、転校生として紹介されたので御座います。朝の縁もありまして、二人はすぐに仲良くなったので御座います。
     その後色々中略いたしまして、恐らく学食のカレーパンを巡り喧嘩を始めたとか、その程度だったと記憶して御座います。戦う因縁、と言う物は。

    必殺技
     居合い切り未完成
     未完成です。剣のかわりにハトが出ます。

     ムービ・ルフィラ
     意味は不明ですが光線が出ます。逆から読んでは駄目です。

     デフレ・スパイラル
     デフレ・スパイラルとは、物価の下落が企業収益・生産の縮小を引き起こし、景気後退の悪循環に陥ることである。



    ―直撃撲殺スパナ姫・カヤ(a13733)のプレイング―

    鬼影流スパナ術『極悪衝』
    その圧倒的な鉄の塊の質量を、容赦なく叩きつける一撃。
    手加減はナシ、だって極悪だから。
    コレをまともに食らった相手は…どうなるのかは、想像に易い。

    鬼影流スパナ術『乱舞・首狩り』
    コの字の形状を活かし、首を捕らえる。…そして、思い切り捻る。
    視点力点作用点。物理法則に則り、
    ぐきり、と嫌な音と共に首の骨があらぬ方向を向くのは確定だろう。
    コの字にした手を首にかませ、軽く捻ってみればこの技の恐ろしさが分かるのではないか。

    鬼影流スパナ術『狂気』
    スパナの頭は二つある、ということである。
    リーチは半分になるが、連打は恐ろしいものとなる。
    敵に当てた反作用はスパナの中心を軸としてもう片方の攻撃に転化される。
    そこに上下のねじれも加わった技、それが『狂気』だ。
    前方上下左右の守りを鉄壁とした、防御を兼ね備えた技である。

    セリフ「あはははは!どうです、まだやれますか?…じゃぁトドメと行きますよ!」


    以上です♪

−リプレイ−

     

    ●最強、スパナ流
     特殊武器を用いる武術と言えば、恐らく誰もがアルヴィース・ストライフを始祖とする「釘バット流」を思い浮かべる。
     だが、各旅団ごとに特色ある技を競う「旅団武術」が全盛の時代には、釘バット流の他に「スパナ流」という流派が、クズノハや診療所を中心として盛んに行われていた事が記録には残っている。
     撲殺という一点において釘バット流と混同される事も多かったようだ。
     だが、その精妙なるスパナ捌きと意表を突く戦闘法は、釘バット流に決して勝るとも劣らぬものであった。
     旅団武術に詳しい「バール持って来い抄本」によれば、初対面の者がイベント旅団等でスパナ流に遭遇した場合、例外なくその餌食となったと記されている。
     だがこの流派も、数多の流派と同じく始祖であるカヤ・オニカゲ(a13733)を最後として急激に凋落してしまった。
     これは、釘バット流がアルル・シャドウテールや殴りアコ・マルといった達人を多く輩出したのに比較し、著しい対照を見せている。
     後に「Yat安心!宇宙旅行」に巨大スパナを持つヒロインが登場してスパナ流を名乗ったが、これはカヤのスパナ流とは大きくかけ離れた技であった。
     スパナ流衰退の原因は、現代をもって未だに不明な点が多い。
     始祖であるカヤについて残っている最後の記録は、円卓の間・御前試合においてメイド流のリノアン・リート(a36229)と闘ったという所までである。
     それ以降、彼女はまるで消えてなくなったかのように、武術史からその勇名を消してしまったのだ。
     他の数多くの武術家の例のごとく、カヤも悪名高き円卓の間・御前試合にて命を落としたのだ、という説もある。
     だが読者諸君も先刻知っての通り、その試合についてはもはや真実を追う事など不可能である。
     歴史の波に消えたスパナ流。それはいかなる武術であったのだろう。

      〜葛葉ちあき・著「麻酔なしでもできる! カンタン抜歯術入門」より抜粋〜



    ●過去の傷・過去の咎
     リノアン・リートはとある中流家庭に生まれた。
     夫婦仲の良い両親。厳しいが優しい二人の姉。可愛い弟。彼女は確かな幸福に包まれ、穏やかに生活していた。
     そんなある日。
     夕暮れの中、学校帰りの家路を急ぐリノアンの姿があった。
     今日は彼女の12歳の誕生日。
     父は仕事を早く切り上げて早く帰ると言っていたし、母は御馳走に腕を振るってくれるはず。
     姉二人はラクロスの試合だという話だったが、もう試合も終わって帰宅している頃だ。試合結果によっては、下の姉の公式試合デビュー戦・初勝利のお祝いも兼ねる事になるだろうか。
     この春から同じ学校に通っている弟も、おそらくはもう帰宅している。
     あとは自分が帰るだけ。
     そうすればすぐに誕生パーティが始まるのだ。
     息を弾ませつつ、リノアンは家のドアを勢いよく開けた。
    「ただいまー!」
     元気な声が家中に響いただろう。
    「おかえりー」
     という、いつも通りの母の声。
     ・・・が聞こえない。
     不思議に思いながら、リノアンは靴を脱いだ。
     だが、不思議な点はそれだけではなかった。
     もう日も暮れかけているというのに、家の中が真っ暗なのである。
     明かりがまったく灯っていない。
    ――みんな、なにやってるんだろ
     サプライズパーティのつもりなのだろうか。いや、既に朝から「今日はリノアンの誕生日だな」と父がどこか嬉しそうに言っていたのだ。
     それは無い。
     暗い足元に注意しながら居間へと歩みを進める。
     その時、足が何やら冷たいものを踏んだ。
     液体である。誰かが水を溢したのだろうか。
     手で触れて見てみると、液体には色がついていた。
     リノアンの背筋に冷たいものが走る。
    ――血!!
     それと時を同じくして、暗さに慣れた眼がついに居間の全容を視認した。
     巨大な鉄塊のような物で、原形を留めぬほどに叩き潰された父と母。
     首の骨が真横にヘシ折れている姉2人。
     身体の厚みが生前の半分となり果て、壁に張り付いている弟。
    「あ・・・あああ・・・」
     ガクガクと足が震え、その場にへたり込んだ。
     昨日までの幸せの全て。その残骸が眼前に転がっている。
    ――そうだ、元に戻さなきゃ・・・
     元に戻せばいい。戻せば、昨日までと同じ生活がはじまる。
     錯乱したリノアンは、壁から弟を引き剥がし始めた。
     壁に貼り付けたままでは、あまりにも哀れに見えたのであろう。
     だがそれは所詮、錯乱の結果であり、良い結果など生みはしない。
     剥がした端から肉片となり崩れ落ちてしまう弟の亡骸。
     半狂乱になりながらなおも「弟だった物」を掻き毟る手に、何かが触れ、そして落ちた。
     それは乾いた金属音を立てて床に転がった。
     スパナだった。

     一家の葬式は、その家族を好ましく思っていた多くの隣人達や親しい者達の手で
    手厚く、そしてあっけなく終わった。
     リノアンを引き取る事にした叔父夫婦が、哀れな姪の部屋を訪れたのは夕刻の事であったが。
     そこに彼女の姿はなく、ただ一本のスパナだけが転がっていた。


    ●いちるイズム
    「・・・と、ここまでは私の妄想なのでございますが。」
     たまらぬメイドであった。
     俺の30分間を返せ。
    「このように妄想してはみましたが、やっぱり親姉弟の仇なんかよりも私の憎しみは深いのでございます。」
     カヤとの因縁とは、そこまで深い物だったのか。
     肉親の恨みなど、時が経てばいくらでも忘れる事が出来る・・・と言わんばかりである。
    「カヤ様は私に対して、決して許せぬ事をしたのでございます。」

     御前試合で熾烈な戦いが繰り広げられる、その1年前。
     リノアンはいつものように通学路を全力疾走していた。
    「遅刻でございますー!!」
     パンをくわえ、片手にはコップに水と歯ブラシ。
     食後の歯ブラシまで用意するあたり、そこいらの半端なあわてんぼうとは明らかに一線を画していた。
    「あれが秋名の下り最強のあわてんぼう・・・!」
     走り抜けるその姿に、峠の「あわて屋」達は尊敬のまなざしを向ける。
     しかし。
    どん☆
     『駄菓子屋てんぎゃん』の角。
     急カーブの上に極端に視界の悪いそこは、通称「悪魔の15R」と呼ばれている。
     多くの「あわて屋」達の命を奪ったといわれるその場所で、リノアンは何者かと正面衝突した。
    「“不運(ハードラック)”と“踊(ダンス)”っちまったでございます。」
     派手に転びつつも「伝説のアホカッコイイ台詞」を口にする彼女に、ゆっくりと手が差し伸べられる。
    「大丈夫ですか?」
     スパナを担いだ若い女性であった。
    「ぜんぜん大丈夫じゃないでございます!」
     腹立ち紛れにリノアンはその手を振り払う。
    「うわ、なんだか可愛くねえ奴ですよ!?」
    「何人たりとも私の前は走らせないでございます!」
     そうして両者はギリギリとにらみ合うのであった。

     その後、スパナを持った女・・・カヤ・オニカゲは実は転校生としてリノアンのクラスメイトになる運命だったりした。
     そして
    1.体育の時間にカヤがダンクシュートを決める(スパナで)
    2.帰り道、捨て猫にエサをやっているのを見る(スパナで)
    3.実は海外出張に行った親戚の叔父さんの娘なので今日から同じ屋根の下に住む事になった(スパナで)
     と、そんなこんなあってリノアンは急激に彼女と仲良くなっていったのである。
     その辺の詳細は、いちる漫画とかを読むといいよ?(スパナで)


    〜〜( ´∀`)ノ それから1年の月日が流れたデスよー 〜〜


     親友となったリノアンとカヤは、いつものように購買部へと昼食のパンを買いに出かけていた。
    「カレーパン〜♪」
    「カレーパ〜ン♪」
    「むいてむいてー♪」
    「しーまうーだけー♪」
     共通の大好物であるカレーパン。それを楽しみに、二人はスキップしながら売店へと急ぐ。
     おおよそ、学校の購買部とは激戦区の代名詞である。
     高級なパン、とりわけハンバーガーやカツサンドなどの人気商品は瞬殺・・・すなわち即時に売り切れてしまう。
     カレーパンは、その中では中の上ぐらいの価値であろうか。
     遅く行っても残ってはいるが、油断すればパン粉1つ残っていない。
     ゆえに、売店で
    「カレーパンひとつ!」
    「カレーパンひとつ!」
     と同時に叫ぶ2人は、ほぼ間違いなくカレーパン2つを得る事が出来た。
     駄目な時は、両者ともカレーパンが買えない。
     そんな時は苦笑して貧民パン(マーガリンを挟んだコッペパン)に変更するのが常であった。
     だが、そんな微妙な均衡が崩れる時。それはあまりにも突然やってきた。
    「ごめんよー、もうカレーパン1個しかないわー!」
     売店のおばちゃんの声。
     その声は、いわば大樹に落ちた一鳴の雷であった。
     リノアンとカヤという名の大樹が、雷を受けて真っ二つに裂ける。
     その音がした。
    「私の方が先に言いましたよ?」
    「私の方が先でございました!」
     同時である事は双方も分かっている。
     だが引く事は出来ない。それが両者にとってのカレーパンなのだ。
    「リノアンさん、引いてください。カレーパンは私の青春ですよ?」
    「残念ですが、私もカレーパンに命懸けてるんでございます。」
    「私、カレーパンなら目に入れても痛くないですよ?」
    「私、カレーパンの子供なら産んでもいいと思ってます!」
    「カレーパンなら老後を共に過ごしたいですよ!」
    「カレーパン家の墓に入りたいでございます!」
    「やりますか!」
    「やるでございますとも!!」
     スパナを構えるカヤ。
     それに対し、リノアンも「メイド流闘殺法」の構えを見せる。
     カヤは鬼影流スパナ術『乱舞・首狩り』の構え。
     それはスパナで相手の首を掛け、捻じ切るようにして折る、殺しの技だ。
     本気である。
     本気で親友の息の根を止めるつもりなのだ。
     親友の放つ明確な殺意を認め、リノアンの額を汗が伝う。
     だが。
     そこに売店のおばちゃんのカン高い声が響いた。
    「あいよー、カレーパンねー。最後の一個だよ!よかったねー!」
    「うわー、ラッキーなのデスよー。」
     もぐもぐとカレーパンを頬張りながら去る人影。
     両者はそれを、ただ呆然の面持ちで見送り・・・ほぼ同時にがっくりと膝をつくのであった。


     リノアンとカヤが円卓へと願い出たのは、その日の午後の事である。
     揃って請願した内容とは、無論「御前試合に自分達の対戦を組み入れて欲しい」というものであった。



    ●スパナ流破れたり
     御前試合、第六試合。
     御前試合全15戦の中でもそろそろ中盤戦に差し掛かるこの試合の組み合わせは、関係者にも極めて異色のものとして映った。
     対戦する二人は学友という事で認識されていた。
     だが、学校から一歩でも外に出た両者の姿は、全くの別ものであった。
     メイドと武芸者として。
     メイドのリノアン・リート。
     対するはスパナ流の武芸者、カヤ・オニカゲ。
     リノアンが武闘派メイドとはいえ、相手はあの有名なスパナ流のカヤ。
     もしも「出場剣士の中で最強の者」を語るのならば、間違いなく名前が上がる
    ほどの使い手である。
     まともに対戦した場合、結果は問題なくカヤの勝利に終わるであろう。
     そんな観衆の考えが錯綜する中、両者は静かに試合場へと入った。
     開始線に立った両者は対称的である。
     大スパナを担いだカヤは必勝の面持ちであり、リノアンは静かに目を閉じ精神を集中させている。

     開始、の合図と共に前に出たのは、当然ながら攻め手を数多く持つカヤの方であった。
     その構えは鬼影流スパナ術『極悪衝』。圧倒的な鉄の塊の質量を、一切逃す事なく敵手へと叩きつける荒技。
     鬼影流スパナ術には他にも『乱舞・首狩り』『狂気』といった奥義がある。だが、カヤは初太刀ならぬ初スパナにこの技を選んだ。
     単純ゆえに小細工が通じない。
     相手は回避しつつ反撃するか、回避に専念するか、または受けに専念する以外に方法はない。つまり、一瞬ながら真正面からの実力勝負となるのだ。そこに運やツキが入り込む余地は存在しない。
     力量の劣る相手にとっては死と同義の技、それがこの『極悪衝』である。
     その「技」が唸りをあげた。
     空を斬る音を後に引き、スパナが閃く。
    ――かわしてみせる!
     リノアンは動きを先読みし・・・運も手伝ったか、危うく回避してみせた。
     初スパナを回避されてしかし、なおもカヤは嗤っている。リノアンも回避の成功を信じて不適に笑う。
     だがリノアンの浮かべた笑いは、一瞬で別のものに変じた。
     先ほど、説明したはずである。
     一瞬の実力勝負になる、と。運は手を貸さない、と。
     少しかすめただけのスパナが、己の左脚の根元から先の感覚を完全に奪い去った
    事に気付き・・・リノアンの表情は戦慄に変わった。
     音速の一撃は、かするだけでも敵の大腿骨を粉砕したのである。
     骨が肉を破り、噴き上がる鮮血。そして這い上がるように激痛が襲ってきた。
     もはや意思では微動たりとも動き得なくなった左脚のため、リノアンは白砂の上に尻餅を強いられる。
     その様を見て、カヤは湧き上がるように凄惨な笑みを浮かべた。
    「あはははは! どうです、まだやれますか?」
     それは「撲殺姫」の二つ名に相応しき、鮮血色の美であった。
     観客は一様に、試合の事実上の終了を感じる。
     後は、逃げる事叶わぬリノアンにカヤの止めが入って終わりであろう。
    「じゃぁトドメと行きますよ!」
     カヤはそう吼えると、スパナを横にして構えた。
     鬼影流スパナ術『狂気』。振り子の反作用を利用し、荒ぶる左右のスパナヘッドで連続攻撃を仕掛け、敵を肉片へと変える。スパナ流必殺の一手である。
     ここにきてなおも、確実に敵を葬り去る技を出してきたカヤの冷徹さに、観衆は畏怖と惨哉の念を禁じえなかった。
     だが、これはスパナ流始祖・カヤ痛恨の失敗であった。
     確実に葬るために、接近短打の技に移行した事が。
    ――ああッッ
     と観衆が叫んだ瞬間。
     カヤの動きがピタリと停止した。
     リノアンの手に何か剣の柄のようなものが握られ、カヤの心臓の位置にその先端を向けていたのである。
    「そんなん・・・アリですか・・・」
    「アリでございます。」
     メイド奥義「ムービ・ルフイラ」。
     全てを燃やし破壊する光の矢を放つ特殊技だ。
     その「決して逆さに読んではいけない技」を知る者は、今となってはごく僅かである。戦艦の主砲並みの火力を誇る飛び道具だとか、ザクの5倍のエネルギーゲインだとか、そういった噂だけが一人歩きしている、と評する者もいる。
     だが、今カヤに向けられているそれは、噂でも伝説でもなかった。
    「リノアンさんが正統伝承者だったとは・・・ちょっと驚きましたよ?」
     カヤの背中に冷たいものが走る。
     『極悪衝』か『首狩り』であったなら・・・そこから放たれる超音速の一撃はリノアンの反応をはるかに上回る速度で疾ったであろう。
     しかし今、この『狂気』の構えから発してなおリノアンを一撃の元に葬るには、一歩半程度の踏み込みが必要になる。
     それでは間に合わない。
     リノアンが反応し、引金を引く方が確実に早い。
    ――どうします、カヤ。
     自問自答する。
     そして、永遠の長さに感じられる一瞬・・・それが終わった。
     リノアンがムービを放つ。
     そしてそれは、カヤの胸板へと真っ直ぐな軌跡を残して飛んで行く。
     一筋の破壊の光条。
     だがそれは、カヤの胸の寸前で急激に方向を変えた。
    「外された!?」
     リノアンの口からそんな罵りが漏れた。
     スパナである。
     カヤがとっさに構え直したスパナがムービを受け止めたのだ。
     リノアンとカヤの目に同時に映ったのは、赤熱して真っ二つに砕け折れるスパナの姿であった。
    「ちぃっ!」
    「でございます!」
     必殺の一撃を外されたリノアンだったが、ハッと気を持ち直した。
     まだ有利なのはこちら。慌てる必要はない。
    ――この一撃で!
     今度こそ必中の念を込め、続けざまの第ニ撃を放つ。
     直前。
     スパナが横薙ぎに飛んだ。
     真ん中からものの見事にヘシ折れたそれは、確かに元のスパナの破壊力など到底再現できない状態にある。
     だが、それは身長2m超の大男などを粉砕する場合での事。
     リノアンの細い身体に致命傷を与えるには十分過ぎるものであった。
    「しまっ・・・」
     言うのと同時、メイド戦士の身体は激流に砕かれる流木のごとく宙に浮き・・・そして力なく地面に落ちる。
     その場を見守る誰もが確信した。
     勝負あった、と。
    「・・・カヤさん。」
     自分はもう助からない。リノアンもまた、それを確信していた。
    「・・・。」
     カヤはただ無言でその顔を見つめる。
    「負けたでございます。やっぱり・・・強いでございますね。」
     死にゆく者の顔は、憑き物が落ちたように穏やかであった。
     胸中に渦巻いていたカヤへの憎悪など、全身から流れ出る血と共に流し去ってしまったかのように。
     カヤは笑わなかった。ただ、
    「あなたの勝ちですよ。」
     憮然と呼べるほどの無表情でそう告げ、
    「・・・私の魂、完璧に折られちゃいましたから。」
     折れたスパナの残骸を掲げてみせる。
     リノアンはそれを見て満足げに微笑んだ。
    「・・・では私が・・・スパナ流を・・・破ったと・・・自慢していいのでございますか・・・?」
    「好きにするといいですよ。」
    「嬉しい・・・でございますね・・・」
    「悔しいですね。」
    「ふふ・・・スパナ流・・・破れた・・・り・・・。」
     リノアンの首が力を失う。
     温かな鼓動を止めたのが見て取れた。
     それは眠りにつくように静かな最期であった。
    「リノアンさん・・・」
     カヤは顔を伏せたまま、もはや相手に届かぬ言葉を呟く。
    「・・・すればよかったですね。」
     二つに折れたスパナを拾い上げながら、
    「あの時のカレーパンも、こんな風に、半分に・・・。」
     噛み締めた唇が切れて、血が流れた。
    ――じゃあカレーパンは半分こにしましょう!
    ――では貧民パンも半分こでございますね?
    ――やっぱりカレーパンは美味しいですねー♪
    ――はいでございますー♪
     夢想の中でかじるカレーパン。それは唇から流れる血の味しかしない。
     若者は知っている。
     血はいつだって後悔の味なのだと。
     己の魂と呼んだスパナをその場に放り捨て、カヤはリノアンを抱き上げる。
     そして友の亡骸を携えたまま、うつむいて試合場を後にするのだった。

    「♪カレーパン   カレーパン   むいてむいて   しまうだけー」



    ●名を残す者
    「カヤさん、お見事でした!」
    「やはり「直撃撲殺姫」の名は伊達ではありませんね!」
    「スパナ流・・・さすがです。」
     カヤは、周りを取り巻く武術家達を押し分けるように控え室を出た。
    「カヤさん、我々にもスパナ流の御指南を!」
     誰かが声を掛ける。
     カヤはそこで足を止めると、振り返りもせずに宣言した。
    「・・・スパナ流の奥義はリノアン・リートに破られました。だから私はもう、スパナ流を使う事はないです。」
     衝撃が走った。
     旅団武術の先駆者の口から、事実上の引退発言が飛び出したのだから。
    「だからスパナ流を破ったのは、後にも先にもリノアンさんただ一人です。憶えておくといいですよ?」
     そう言うと、かつて撲殺姫と呼ばれた少女は初めて笑顔を見せた。


     こうしてスパナ流は武術史からその名を消した。
     一般にはこう認知されている。
    「カヤ・オニカゲのスパナ流は、その親友リノアン・リートによって破られた」
     と。



    ―終―

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