この部屋は管理人くにひこの目から見た名馬への思いを
一頭一頭紹介していく部屋です!
第11回 クロフネ UP!!
第11回 クロフネ
第11回 クロフネを語る!
先日引退したばかりのクロフネ。彼を今回語りたいと思います。
クロフネと言えば思いつく印象は、僕にとっては「怪物」という言葉です。 「怪物」と言われる名馬は過去にも多数います。何を差して怪物なのか?ただ強いだけでなく、 常識外である強さ、底知れぬ強さを持った者こそ、「怪物」と言われるのだと思います。 野球界でも松坂や、松井秀樹などなど、怪物扱いされているのも、やはり過去の常識を外れた力を持っているからでしょう。
しかし、どんな人でも馬でも、怪物と呼ばれなくなるときが来るのです。それは、年齢による衰えや、力の底が見えたときですが、 クロフネは、底が見えぬまま、引退してしまいました。永遠に「怪物」のまま僕の心に残り続ける存在になっています。
さて、どうしてそこまで僕に怪物として印象づけたのか、その戦績から語りたいと思います。
平成12年秋、クロフネは2歳でデビューします。デビュー新馬戦こそ2着に破れますが、すぐさま再度、新馬戦に挑み快勝。しかも2歳レコード。 つづく、500万下特別のエリカ賞も、またまたレコード勝ち。これで完全に凄い馬だと、ファンにも認知されました。
そして、2歳最後のレースとなったラジオたんぱ賞は、後にも先にもない超豪華なメンバーでした。クロフネ、アグネスタキオン、ジャングルポケットと言う、 素晴らしいメンバー。このレースでクロフネは3着に敗れますが、それも評価を落とす負け方ではなかったです。
明けて3歳になったクロフネ。ここからのクロフネは、怪物伝説の幕開けとなったのです。3歳初戦の毎日杯で、レコードこそ出ませんでしたが、3歳のこの時期では 驚異的なタイムで圧勝します。つづくNHKマイルでは追い込んで快勝。 外国産馬ダービー開放元年に、大物登場となったのです。しかし、結果は始めての惨敗。距離や馬場などいろいろな敗因が言われました。
このダービーは、本来クロフネらしからぬレースだったと思います。この馬、NHKマイルでこそ、切れる末足を見せましたが、本来はスピードある馬で 先行力が武器だと思います。事実、のちのダート戦では、超ロングスパートと決めているぐらいですから。。ともかく、 このNHKマイルと、ダービーはクロフネにとっては弱点と言える、切れる足のないところが見えたレースでした。
ダービー惨敗で、もはやクロフネは底が見えたと思いました。関係者も思ったかと思います。ダービーでの敗戦を距離だと思い、天皇賞・秋参戦を決めたクロフネ陣営。 そして、秋初戦に、神戸新聞杯に出走。仕上がりが良くなかったのもあり、3着に破れるのです。次走の天皇賞を睨んだ上では、まずまずの結果。と言えたでしょう。しかし、ここから彼の運命を変える事態が起きるのです。
天皇賞は、外国産馬には、2頭しか出走枠がありません。なんと、直前になり、アグネスデジタルが出走登録をしてきたのです。 これにより、クロフネは除外の憂き目にあってしまうのです。天皇賞に出れないとなり、レースに向け万全に仕上げてきた陣営にとって、どのレースに出せばよいのか、悩んでいました。そこに武豊がジャパンカップダートを睨んだ上で、 武蔵野Sに出してはどうかと、進言したらしいです。
そして、クロフネは初めて、ダート戦に挑むことになりました。結果は驚異的なレース。タイム、内容、すべてに置いて次元の違う走りをしたのです。続くジャパンカップダートでも、またもや驚異の走り。 驚くべきダート適性を見せつけられるのです。
JCダート勝利により、関係者から、いよいよ海外遠征の声が出ました。世界最高峰のダートレース「ドバイワールドカップ」の出走を決めたのです。 出走さえすれば、無事にレースに出られれば、勝てたと思います。しかし、クロフネは屈腱炎により、引退をしました。短い怪物伝説でした。けれど、永遠に忘れることのない2001年の怪物伝説となったのです。
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