ギリシャの世捨人 |
敬愛するドイツの詩人に、フリードリヒ・ヘルダーリンという、悲劇的な人物がいる。後半生の大部分を狂気のうちに過ごした。ときどき意識が覚めて、その瞬間には素晴らしい詩を書き残した。 いま語りたいことは、しかし、それではない。まだ頭脳健全だったころ、彼が残した一編の、そしてただ一つの小説に関することである。次々と注釈が入るが、小説といっても、全篇がほとんど詩語の連続である。散文詩という概念が、一応、文芸学の領域にはあるが、これは散文で書かれた文章が詩のように美しい、とか、詩情たっぷりというような詰らぬ美的趣味を意味するものではない。叙事文学、つまり小説類に必要な具体的要素、時空的、心情的、社会的要素が混交して、それらを一つの文学的統一体にまとめることが不適当である場合、詩人の筆は、一貫した詩情をその叙述の中に、文章構成の礎石として埋め込むのである。 具体的に小説の内容を述べれば、主人公は家庭教師として雇われた家の妻女に「ディオティマ」という名を付けて、例えば、「おお、ディオティマ、ディオティマ、天国のような存在よ!」と叫ぶ。もちろん、一人で、自分に向ってか、天空に向かってか、である。「ディオティマ」とはもともと、プラトンの『饗宴』の中に出てくる才色兼備の女性であって、主人公の現実とは何の関係もない。そうしているうちに家を追われて、放浪、やがて、南方のギリシャにトルコ軍が侵攻して、ヨーロッパの古典古代の大切な文化財が損傷されるという非常事態が発生して、防衛のためにヨーロッパから義勇軍が繰り出され、主人公はそれに参加する。しかし、そこで見たものは、敵の横暴もさることながら、ヨーロッパ人同士のいさかいや裏切りやらの忌まわしいことが多く、ついに、彼は戦線を去って、戦場に出かけるときの出発点であった、ギリシャのコリントスの岬に佇んで、今は人間はすべて駄目、やがて来る美しい時代を待ち望んで、「世捨人」の境地に入ることを、これも一人で、みずからの心に宣言するのである。 この小説の表題を『ヒューペリオン』という。これもギリシャ古典から取った名前であることは言うまでもない。そして、この小説には副題が付いている。『ギリシャの世捨人』というのが、それである。 私がかつて勤務大学を定年退職したときに、みずからを称して「日本のヒューペリオン」とまわりに触れまわった。たぶん、にこにこしながらだったろうと思う。それほど、この思い付きは、当を得ていて、私には面白かったのである。素人はともかく、まわりの同業者も、しかし、残念ながら、即座に反応してくれる人は少なかった。で、私はやむなく、この頃は「河内山中の隠者」という「匿名?」を、往々にして使っている。それが平然と使えるようになるには、ただし、人間、相当の修練を積まなければならないから、うかつに真似をしないようにお願いする。 トルコ戦争に関しては、私にはどうしても回想を禁じ得ない事柄がある。それは本件とは関係なく、まったく別の人脈に属することである。繋がる人は、イギリスの若きロマン派詩人、バイロンと、ドイツ文学の大御所、ゲーテである。親子ほども年齢の違うこの二人は、文通を通じて、文芸上の問題でかなり親しい関係にあったらしい。分からず屋の多いドイツと違って、ゲーテはこの純粋な若者が気に入っていたらしい。 このバイロンが、やはり、青年の情熱に駆られて、トルコ戦争に義勇兵志願をしたのである。そのときの手紙が残っているらしい。らしい、というのは私は実際に見ていないからである。ゲーテ周辺の人の記録によると、出陣前、バイロンはゲーテに、トルコの事件が片付いたら、帰路にワイマルに寄ってお目にかかりたいと言っていたそうである。しかし、願いは空しかった。バイロンは、たぶん虚弱であったのだろうか、従軍中に病死した。それを聞いたゲーテは次のように言ったと伝えられている。「世紀の最も美しい星は沈んだ。世界はその記憶を留めねばならぬ」 ('09/03/29) |
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