「星の子」生誕秘話


                                    義則 孝夫




T.


ドイツ文学で「星の子」といえば、ただちに分かる。― 話は最初から少し横道に逸れるが、こういう話は脱線しながら、ゆっくり話したほうがよい。― 昔、森鴎外がゲーテの『ファウスト』を訳したときに、うっかりして本のタイトルに、原作者名を入れるのを忘れてしまった。後で他人に言われて気がついて、ファウストと言えばゲーテに決まっているので、大師と言えば弘法大師であるのと同じこと、わざわざ名を挙げるまでもない、と述べている。現に、今でも、森林太郎訳の『ファウスト』にはゲーテの名がないままである。― そこまでは行かなくても、「星の子」は、少なくともドイツ文学の一般的心得のある人ならば、何を指すかが、一目瞭然のはずである。と、このようにくどく言うのは、実態はそうでないことが案じられるからである。


またまた話が脇に逸れるが、私が現職を去って、河内の山中に隠棲を始めたとき、戯れに、しかし意味深長に、自分は日本の「ヒューペリオン」だと同僚たちに名乗った。ところが、意外と、即座に反応して笑ってくれた人は少なかったのである。年若い連中に至っては、なおさらであった。「ヒューペリオン」は十九世紀の悲劇的詩人ヘルダーリンの同名の小説の主人公で、当時のドイツの知識人の、精神的および政治社会的努力の、文学作品の中での最高の具現者であった。しかし、小説の結びは、現世でのあらゆる行為から退いて、ついに、最初の出発点であるギリシャのコリントスの丘にたたずみ、世の動静を批判しつつ、来るべき良き日を期待するところで終わっている。そして、この小説の副題には『ギリシャの世捨人』という夢幻的な言辞が付されているのである。(Friedrich Hölderlin: Hyperion. Eremit in Griechenland) そういう奥床しい人物にあやかりたいと、「日本のヒューペリオン」を老後の呼び名としたのに、同業者の中でも「糠に釘」とは、なんとも、風情に欠けるエピソードである。


さて、いよいよ「星の子」であるが、これは19世紀の初頭、ドイツ初期ロマン派の奇才、ノヴァーリスの小説、一般に邦訳名『青い花』で知られる作品中に登場する。この作品は二部からなっていて、その第二部の冒頭に献詩として掲げられる。― 一般公開のホームページである以上、このサイトを訪れる方は、ドイツ文学に馴染みのある方々ばかりとは限らないので、念のため、簡単に筋を紹介しておくと、小説の始めで青年ハインリヒは夢を見る。深い地下の渓谷の流れの中を歩いて行くと、やがて岸辺に青い花が咲いているのを見出す。その絶妙な姿に心打たれて、恍惚としているときに、目覚めを促す母親の呼び声で目が覚める。それからのハインリヒは寝ても覚めてもあの「青い花」が忘れられない。やがて商用の旅に出て、南ドイツ方面に赴き、そこで詩人クリングゾールに迎えられ、諸種の詩の話を聞く。彼の詩人としての資質が次第に目覚めはじめる。そして、クリングゾールの娘、マティルデと出会い、この人こそは、かの谷間で見た「青い花」そのものであったと知る。二人は全員に祝福されて婚約し、祝賀の夕べに、大詩人クリングゾールは、詩文芸の持てる力について、長い、有意義な話をする。ここで第一部は終わっている。


そして、第二部に入ると、先に述べたとおり、まず先頭に約3ページにおよぶ長い献詩があって、やがて、おもむろに話が始まるのだが、この段階で、すでにマティルデは死んでおり、ハインリヒは黄泉の国へ、さながら神話時代のオルフォイスのように、亡き人を求めて旅に出るのである。そして、この作品を完結することなく、作者ノヴァーリスは弱冠30歳で世を去る。......ドイツ文学における最も感動的な作品の一つであるが、その内容は、正直言って、嫌になるほど、難しい。この内容がすみずみまで分かるという人がいたら、それはたとえドイツ人であっても、嘘だろう。特に、ストーリーが順当にすすむところはともかく、理屈を言い出すと、たまらない。上に紹介したクリングゾールの詩論などは、ロマン派のいう「魔術的観念論」そのものの代表で、魔術が普通人に分からないのは、むしろ当然である。だから、これから問題にしようとする「星の子」の詩も、内容はすこぶる難しい。しかし、ここではそんな難しいことを論じようとするのではなくて、至って簡単、この長い詩のたった一句の読み方、したがって、日本語への訳し方を問題にしようとするだけである。だから、どうぞ、安心して、最後まで付いて来ていただきたい。


ちなみに、ノヴァーリスは勿論ペン・ネームである。正式の名は、フリードリヒ・レオポルト・フォン・ハルデンベルク子爵 (Friedrich Leopold Freiherr von Hardenberg)という。それにしても、ノヴァーリスというのは、初期ロマン派らしい、いい名前ではないか。そして、付け加えて言うと、作品名『青い花』も、表題の訳名としては、いかにも魅力的ではないか。これは、私もまだすこぶる若かった頃、知己にあずかった、その頃すでに老大家であった先生が名付け親である。そもそもの原名は発刊当時の文壇の風潮どおり、単に主人公の名前を取った “Heinrich von Ofterdingen”というにすぎない。日本語とは、いろいろと冒険ができるものである。


U.


前置きめいたものが長くなったが、ここで本題に入ろう。前述のように、この「星の子」という詩はすこぶる長く、また難解であるが、これは二つの部分に分かれていて、前半は星の子の出生の模様が、後半では、第一部の結末で語られたクリングゾールの詩論の奥義が述べられる。ここにまず、その始まりの一節を紹介しよう。


                                Astralis


                      An einem Sommermorgen ward ich jung;
                      Da fühlt ich meines eigenen Lebens Puls
                      Zum ersten Mal — und wie die Liebe sich
                      In tiefere Entzückung verlor,
                      Erwacht ich immer mehr, und das Verlangen
                      Nach inniger, gänzlicher Vermischung
                      Ward dringender mit jedem Augenblick.
                    Wollust ist meines Daseins Zeugungskraft.
                    ......


「星の子」(アストラーリス=Astralis)は言うまでもなく、ハインリヒとマティルデの子で、二人の最初の接吻から生まれたことになっている。単なる接吻だけでは、子供が出来るはずはないのだが、西欧の伝承ではそういう奇蹟が起こるらしい。人類の最も偉い人が処女から生まれたことになっているのが、ここでも想起される。それはともかく、かくして生まれ出るときの星の子の、まさにその生まれ出るときの感覚が、上に述べるところに始まって、以下に延々と、克明に述べられるのである。当然、すこぶるエロティックな表現が想定される。清潔な詩人は、また、愛欲に関して蜜のように濃厚なのである。しかし、ここで、それが詳しく説明してもらえるだろうなどと、期待してはいけない。知りたければ、このすこぶる難解なドイツ語を理解できるだけに、勉強するまでである。


ここで問題にしようとするのは、事柄としては至って簡単である。最初の一行の読み方である。


私の知る限り、この書に関しては、日本で3種の翻訳が存在している。その三つを年代順に列記することにする。


  1)とある夏の晨、われは若やぎて
    わが生の脈拍をはじめて
    感じたりき。かくて愛の
    いよいよ深き法悦境に融け行くにつれて
     われもいやましに目覚め行きて、いよいよ親しき
     圓なる融會を求むる願ひの
       念々に深くなりまさりぬ。
       愛欲はわが生の産みの力。
       ......                    (1939年初版)


  2)ある夏の朝、私は若返った
    そのときはじめて感じた
    私自身の生の脈拍を―そして愛が
    いっそう深く忘我の悦びに没するとき
    私はいやましに目ざめゆき
    いよいよ密度をまして完全に混じり合おうとする
    願いが一刻ごとに切実となった
    愛欲がわが存在を生み出す力だ
    ......           (1977年初版)


  3)ある夏の朝私は生まれた
    あのときはじめて自分の生命が
    脈打つを感じ―深まる歓喜に
    愛が恍惚の境へ沈むにつれて
    私は次第に目を覚まし
    ひとつに混ざり合いたいという願いが刻々に高まりつのった
     快楽こそが私の存在を生んだ力
    ......            (1983年初版)


1)の文例は前述の、この書の日本における名付け親で、最初の翻訳者、2)は私よりもかなり先輩の、入魂の間柄の著名な教授、3)は私よりもやや年少で、とりわけ親密な間柄の有力教授、の手になるものである。したがって、1)については、現在からみれば古風な、半ば文語体の文言で綴られている。その当時は、詩文といえば、こういう書き方が普通であった。難しい字には、当時の風習にならってルビが振ってあるが、まあ、このサイトでは、そうする必要もあるまい。


一見して分かる問題がある。それは、冒頭の一句の訳し方である。 


 1)......われは若やぎて
 2)......私は若返った
 3)......私は生まれた


1)、2)は同じようであるが、3)は明らかに解釈が異なっている。これはどうしたことか。


‘......ward ich jung’は不定詞の形にすると ‘jung werden’ で ‘jung’は「若い」という形容詞であり、‘werden’は「〜になる」という動詞であるから、文字通りに訳せば「若くなる」ということになる。1)、2)の文例はその常識によっているので、上に示すような文言になる。それも立派にドイツ語であり、決して死語ではない。そういう使い方も、当然、あるのである。しかし、2行目以下を読むとき、果たしてそれで意味が通るであろうか。いや、2行目以下に目を移さずとも、すでに1行目の中で、「ある夏の朝、私は若くなった」などという事態が、論理的に可能であろうか。詩の中ではいかなることも不可能ではないが、しかし、言葉は、常に論理の賜物である。そんな手品みたいなことが起こり得るはずがない。ここは、何かがあると、語学者ならば、まず頭を捻らざるを得ないところである。


私がその不思議に気付いたのは、教師生活も最後の頃であった。関学(関西学院大学)の大学院の授業で、当年度が私の最後の講義になるというので、学生たちからの要望もあって、ドイツ文学における代表的作品を、何か、記念に読もうということになった。そこで私が選んだのが、この作品であった。難解ではあるが、叙事的部分、つまり物語が平叙文で書かれているところは、通常の語学力でこなすことができる。中に珠玉の文言が散りばめられていても、それは殊に注意深く説明して、学生たちにドイツ・ロマン派の詩的想念を納得させるようにすればよい。効果的だと考えた。私はそれまで、大学院の授業では、作品よりも、文芸学の理論的な著作を教材に選んでいたのである。学生たちはそれに辟易していたであろうから、彼らに対して最後のサービス心を発揮することは、私にとっても不快ではなかった。そういうわけで読み始めたが、もちろん、このかなりの分量の作品を余さず読み尽くせるはずがない。肝心の箇所を抜粋して読んだが、難解とはいえ、この作のかなめを成す第二部の献詩を飛ばすわけには行かない。とはいえ、学生にはとても読めた代物ではない。そこで、私の独演会方式で、内容を噛み砕いて、学生の頭脳に注ぎ入れてやったのである。そして、そのときに、最初に私の方が躓いてしまったのである。第1行目がこれではおかしいと、はたと気付いたのである。もちろん、それまでに通読してはいたのだが、それは通読に留まった。実際、他者に教えてこそ初めて物事の真義に迫れることも多いのである。で、例によって、私の辞書巡りが始まった。そして、大した苦労もなく、あちらでもこちらでも、適切な例証が見つかった。これは成句で「生まれる」という意味なのである。煩瑣を厭わず、ここは、それらの記述を引用しなければならない。


 a.Die Formel jung werden nasci gilt von Menschen wie Thieren:......Du aus
    Norden, im Nebelalter jung geworden......   Goethe  (Grimm)
   [成句 jung werden ラテン語で nasci=生まれる、人間にも動物にも当てはまる......
    あなたは北国の出で、蒙昧の時代に生まれたのだ......   ゲーテ:ファウスト]


 b.Jung werden=geboren werden  (Sanders)
  [jung werden は geboren werden=生まれる、の意味である]


 c.Jung werden, wird für geboren werden, von allen Thieren und, im gemeinen     Leben auch von Menschen. Du bist an einem Montag jung geworden. (Adelung)
   [jung werden は geboren werden として、あらゆる動物、および庶民のいだでは人間にも
   使われる。お前はある月曜日に生まれたのだ。]


 d.In der Formel jung und alt werden; jung werden, geboren werden: du aus
     Norden, im Nebelalter jung geworden.    Goethe Faust  II 2  (Heyne)
    [成句 jung und alt werden で、jung werden というのは geboren werden の意味
    である。以下、a.と同じゲーテからの引用]


 e.Jung werden=geboren werden  (seit 17.Jhdt.): Du aus Norden, Im Nebelalter
    jung geworden,    (Goethe-Wortschatz)
   [jung werden は geboren werden の意味、17世紀以来。以下、上述と同じゲーテから
   の引用]


不思議なことにゲーテからの引用はしばしば見受けられ、また同時代の他の作家の使用例も示されるのだが、私としては不満なことに、ノヴァーリスからの貴重な用例の引用がない。c.に掲げた Adelung がこの中ではいちばん古い発刊で、それによると、動物にも使われるこの表現は、やんごとなき身分の方々には使用されなかったらしい。現今のドイツ語では、一般に青少年は ’der Junge’ で通し、「童は見たり、野中のばら」などで、少年のことを ’Knabe’ などとしか爪らしく覚えた留学生が、向こうで、男の子のことをこう呼んで失笑を買うというのも、こういういきさつを承知しておれば、避けられるかもしれない。もっとも、日本でも、畏れ多いが、例えば皇族のどなたかがお生まれになったとき、まさか ’jung werden’ とは言えまい。― どうも話が脱線して困るが、もちろん、書くほうは大いに脱線を楽しみにして書いているのだから、どうかご容赦願いたい。


V.


さて、ここらで Astralisの詩の話にもどると、いちばん分かりやすくて調子の良い訳にしたがうと、続けて「深まる歓喜に愛が恍惚の境へ沈むにつれて、...... ひとつに混ざり合いたいという願いが刻々に高まりつのった」と歌い上げられるから、これは出生の状態を示すのではなく、そもそもの受胎の瞬間を示すのではないか。ある夏の朝に私は「おぎゃあ」と生まれたというのではなく、ある夏の朝に私は初めて人間になるべく、最初の生命のときめきを感じたと言っているのではないか。煩雑になるので、ここには必要部分だけを示すに留めるが、10行ほど後に「最初の花粉がめしべに落ちたのはそのとき、食後のあの口づけをお考えあれ」と昂揚した気分で歌われる。蛇足であろうが、二人の男女の接吻からこの星の子が生まれることになるのは、前述の通りである。夕べの接吻、そして明け方の受胎の認識、そしてその間に、霊妙にして濃密な胎内の秘事が述べられるのだが、くどいようだが、これはドイツ語の分かる人でも、何を言っているのか分からぬほどの文言の連続である。思うに、あのとき、受胎告知を行った天使も、これほど難しい言葉は使わなかったであろう。― こういうことをくどくどと述べるのは、これが語学に関することだからである。つまり、’jung werden’はこの場合、「生まれる」というよりは、もう一段階前の「生を受ける」という意味ではなかろうか。残念ながら上記の数編の錚々たる辞典には解説がないのであるが、私がドイツ人のノヴァーリス専門研究家から、直接教示を受けて、それではじめて、この第1行目が2行目以下の記述とすんなり繋がると、なるほどと納得したものである。つまり、「生を受けた」という言い方は、「生まれる」よりも生誕の機微にからんでいる。もちろん、日本語の場合も同じで、両者がほぼ同じレベルで使われることはある。上述のドイツ語辞典の用例を見ても、それは分かるであろう。


それにしても、「若やぎて」とか、「若返った」とかの訳語が、どうして平然と述べられるのであろう。最初の古い翻訳では、まだそれほど、日本のドイツ文学研究は尖鋭ではなかった。文士まがいの訳が喜ばれたとしても、あながち非難はできないし、また、ドイツ語の大先生方も、いわゆる「文献学」の友であることを、別に誇りとはしなかった。しかし、戦後に至って、文学研究の方法は一変している。我々が身をもって体験したところであるが、それが生かされないのは、怠慢と言うほかない。上述のように、辞書を引けば、少なくとも語義そのものは、簡単に分かるのである。第一、意味の通じない訳し方をしていて、おかしいと思わないほうがおかしいのである。そういう感覚がはたらかないとなると、これは怠慢のせいではなくて、ほかのことのせいなのであろうか。そうは思いたくないのだが。


W.


ところで、この件の調査をしていて、副産物があったが、それは思いがけず、ゲーテの使用例にしきりにぶつかったことである。言うまでもなく、ゲーテはドイツ文学における規範的な作家であるから、その書くところの文章は規範的でなければらない。当然、辞書にも用例が多用されるのである。しかし、正直言って、この問題でまたまたゲーテのお世話になるとは思わなかった。ちなみに、ノヴァーリスはゲーテよりも年若いけれども、ほぼ同時代に活躍した作家で、クラシックとロマンティックということで、文芸に対する態度は、現象面では異なるが、本質的には共にドイツ観念論文学という範疇で捉えれば、大差があるわけではない。現に、いま問題にしている『青い花』自体が、ゲーテの至って散文的な小説『ヴィルヘルム・マイスター』に対する、詩的対抗作として書かれたものである。ノヴアーリス自身がそれを告白している。


それはさておき、ゲーテがここでもドイツ文学上の語法の代表のような形になっているので、それでは日本におけるその訳の状況はどうであるかと、勿論、それが私には興味の的となって来た。手許の本で、これも至って簡単に調べられることだが、大先輩の業績の調査の結果は、残念ながらというか、あるいは予期どおりというか、三つのうち、正解は一つであった。他の翻訳はこの際、問題としない。


これは『ファウスト』第二部第二幕、ファウストの弟子のヴァーグナーが化学実験室で「小人間」(Homunculus)を試験管の中で作ったときに、居合わせた悪魔メフィストに向かって、その人造人間がいう言葉である。悪魔がこの小人間の信じられないほどの知恵にびっくりして、おれなんぞには、おまえと違って、何にも見えんぞ、と言ったときに、そりゃそうでしょう、あんたは北国のごたごたしところで生まれたんだから、頭が清澄であるわけがない、と皮肉るのである。ちなみにファウスト第二部は、古典的世界、つまり、やがてはヘレナも出て来てファウストと結婚するという、そういう明晰なギリシャの世界を舞台として展開されるのである。調べた訳を次に列記しよう。面倒だろうが、しかし、まず原文からご覧いただきたい。


  Homunculus. Das glaub’ ich. Du aus Norden, 
       Im Nebelalter jung geworden, 
       Im Wust von Rittertum und Pfäfferei,
        Wo wäre da dein Aug frei !                 


  a).小人     さうでせう。あなたのやうに
    北の国に生まれて、蒙昧時代に、騎士や坊主の
    ごたごたの中に人となっては、目が善く
    開いて居ないでせう。          (森鴎外)


 b)ホムンクルス          それはそうでしょう。
    あなたは北方の方で、草昧の時代に、
    騎士や坊主のごたついた中に生まれたんですから。
    自由な眼が開けているわけがありませんよ。    (相良守峰)


 c)ホムンクルス   そうでしょう。あなたは北の国の
               生まれで、騎士や坊主どもがはびこった
     蒙昧時代に青年時代をすごしたんですから、
    自由な目が開いているはずがありません。      (NN)


c)の例文の提供者名は、あえて伏せさせていただく。


下線を施したところが、問題の箇所であって、これを見ると、三者のうち、正確と言えるのは b)の訳だけで、あとは的外れ、というか、的が確実に目に入らぬままに、そのそばを掠めて通っている。さすが、鴎外の掠め方はきわどいが、NN氏の掠め方はかなり遠方を走っている。


’jung geworden’ は ’jung werden’ の現在完了形である。誤解を避けるために念のために申し添えると、a)とc)の訳文に見られる、始めのほうの「北の国の生まれ」というのは ’aus Norden’と出生地を示し、いま問題にしている ’jung werden’とは関係がない。したがって、b)の訳し方では、その混合を避ける配慮がされて、「北方の方で」と表現されているわけである。鴎外はたぶん、まともな辞書は引かなかったろうし、’jung’ が子供、若者、そして、動物に使えば雛鳥などの意味になることは承知していただろうから、持ち前の語学的センスから「人となった」と訳したのであろう。相良氏を経て、どうしてNN氏は辞書を克明に当たらなかったのであろう。ノヴァーリスの場合ほど、作品の意味内容に大きく影響するところではないから、罪は軽いとしても、学界の重鎮として、ここでも瑕疵のなかったことが要望されるのである。


X.結び


材料がたった一行の詩句というだけで、あまりにも少な過ぎるので、どれほどの文章が出来上がるのか、正直言って、はじめは不安であった。だから、どういう書きぶりをするかという文体上の問題も含めて、執筆までに随分長く思案投首を重ねたし、書き始めてからも、最初は手探りの状態であった。そういうこともあって、一見余計に見えることもあれこれ書き加えて、ジグザグ行進の感がないでもないが、書いている途中でいろいろな想念、それどころか、各種の問題も新たに浮上して来て、始めに書き連ねたことが却って邪魔に思えて来た。しかし、いずれもどこかで述べたいと思っていたことなので、ここがその場所であって悪いわけでもなかろう。いずれにせよ、こうして書き上げてみると、学問上肝要な問題提起も果たすことが出来、また、自分の思考もまとめることが出来た。ペダンティックな仕事を、とお叱り、または冷笑される方は、外国語を職業とする者は、なによりも、外国語と日本語の基本的差異と、言語の基本的等価性とを、あくまで理解するように努めなければならない。外国文学者を標榜する者に、言葉そのものに対する、いわば執拗なまでのこだわりが、どれほど大切であるかは、言を待たない。この種の私の仕事は、いつまでも果てることがないだろう。老いて、退屈しないように出来ている。
   
  
                       (2003年11月6日)


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