「怪物」 (Monstrum) の謎解き



                                            
1. 怪物 (Monstrum) とは?

ここでいう「怪物」とは、Grimmelshausen の小説 "Simplicissimus" のタイトルページに描かれている、奇怪な銅版画のことである。まず、右にそのコピーを示す。意味ありげではあるが、頭から足先まで、全身いたるところ、てんでばらばらで、特に西欧式「図像学」(Ikonographie) には馴染みのない日本人の眼には、滑稽とより言いようのない、戯画のようにうつるであろう。

                         怪 物                                  (Monstrum)

一種の戯画であるには違いないが、秘められた寓意は、Grimmelshausen の研究が本格的に始まった19世紀中葉以来、ドイツ人学者にとっても謎であった。さまざまの推論が飛び交い、幾多の学説が発表されて、作品が偉大なだけに、その口絵に付けられた、この絵の深奥な意義が探ろうとされた。戯画に深奥とは変な語の取り合わせではないかと思う人があるかもしれないが、それは時代の実相に暗いと言わざるをえない。昔と今とは違うのであって、古い文学は過去の尺度で測らなければならない。変なアナクロニズムは厳禁である。

と、最近の、古典作品の現代的意義を問う、などという、勇ましい若手の研究傾向に、年寄りの冷や水的な苦言を呈しておいて、さて本題にもどると、試行錯誤を重ねつつとも言えないこともないが、真摯な努力が続けられて、時代が進むにつれて、徐々に研究は精度を増し、多くの有効な解釈が生まれたが、この摩訶不思議な絵図については、とうてい、まだ全容が判明したというわけにはゆかない。あるいはこれを描いた人自身を呼んで来て聞いてみないと分からない、ということがあるかもしれない。冗談でなく、これは本当にそういうことがあるかも知れないのである。Grimmelshausen は絵もまたよくし、この怪物画も、少なくとも下絵は、彼みずからが描いたものと、推測されている。

しかし、決定的な点について、作者の Grimmelshausen とバロック文学の特質とにかかわる重要な問題点で、ほぼ最終的と言える結論が出された。ここでは、そのうちの若干を紹介しようと思うが、それに先立って、この図像の特性を述べておかねばならない。

2. Emblem (?)

この図像をよく見ると、上の表題の部分と、真ん中の絵の部分と、下の説明の部分との、三部から構成されていることが分かる。これは中世末期以降の寓意画の手法を引き継いでいて、文学と絵画を組み合わせて、上部でモットーを、中央部の絵でその比喩を、下部でその説明を、それぞれに示す役割を与えられた、この三部構成の技法は、'Emblem' と呼ばれて、当時の流行であった。
ちなみに、この三部分は、専門用語では「銘」(inscriptio)、画」(pictura)、「讃」(subscriptio) と称され、ドイツ語ではラテン語のそれぞれに該当する語、Inschrift, Bild, Unterschrift が用いられる。本来は、中世の紋章芸術に由来するといわれている。

近頃、日本で身近に見聞きする、ロゴ、記章などと同じ扱いの、英語から来た同じ文字とは、起源は同じでも、意味はいちじるしく異なるので、念のため、混同しないようにお願いしたい。だだし純粋の Emblem は、簡潔で直観性と具体性に富んでいるので、つまり、表現が簡単で眼からすぐ頭に入るように作られているので、一般社会の道徳的教訓の用具であった。ごく単純な例を示せば、有名な「死を思え」 (memento mori) の銘のもとに、うら若い乙女が赤い薔薇に見とれている。その背後に黒マントを羽織った骸骨が立っている。そしてその下に、朝は薔薇、夕べは死、という、万人周知の文言が記されている、といった類いである。

この Emblem の研究はすこぶる興味深いもので、私も一時期それに凝ったものであるが、その知見から言っても、Grimmelshausen のこの図像は、それらと完全に同種のものと見なすことはできない。一般にはもっとはるかに簡単で、社会的教訓の要素が顕著である。そこで、すでに複数の学者から、Emblem との合一性を認める発言がなされているけれども、それには容易に賛同し難い思いである。

ただ、なぜ Grimmelshausen が、この Emblem に接近した技法をここで用いたのかという問題は残る。単に大衆性を狙ったものか、それとも、伝統に対する巧妙な揶揄があったものか。あるいは、伝統の更なる改新があったものか。

3. 絵と詩

図像コピーが鮮明でないので申し訳ないが、題名と下部の詩の部分のドイツ語は、今様の書体で示せば次のようになる。

                  
      der Abenteüerliche
                                 Simplicissimus Teütsch

                     Ich wurde durchs Fewer wie Phoenix geborn.
                     Ich flog durch die Lüffte! wurd doch nit verlorn.
                     Ich wandert durchs Wasser, ich raißt über Landt,
                     in solchen umbschwermen macht ich mir bekannt
                     was mich offt betrüebet und selten ergetzt,
                     was war das? Ich habs in diß Buche gesetzt,
                     damit sich der Leser gleich, wie ich jetzt thue,
                     entferne der Thorheit und lebe in Rhue.


Frühneuhochdeutsch に馴染みのない人には、滑稽とも、あるいはまた間違いとも思われるかもしれない文言である。 現に私は、ある若い編集者から、これの原稿を「訂正」されたことがあった。冒頭の 'der Abenteü-erliche ...' からしておかしいではないかと言うのである。そう言われて気づいたが、今のドイツ語では 'Der abenteuerliche ...' と書かねばならないだろう。なぜ形容詞の頭が大文字で、定冠詞の頭が小文字になっているのか、というのである。

では反問するが、名詞の頭や、文章の始めを大文字で書かねばならないと決めたのは、果たしてだれなのか。その頃のドイツ語では、大文字、小文字の区別はそんなに杓子定規ではなく、強調したいものを大で書き始めることが多い。神さまなどは大威張りで、たいていは 'GOtt' と二つ分強調されている。若い編集者には、呪文のような Fraktur も、まさに悪魔の筆跡としか映らないであろう。

これはれっきとした当時のドイツ語であるから、信用していただいて、次のだいたい日本語に置き換えたその文意も、信用していただきたい。およそ次の通りである。

      
              
  銘 (inscriptio)
        
            
讃 (subscriptio)     



    「
ドイツの冒険家ジンプリチシムス 
          
            私は火の中から不死鳥のように生まれた。
            私は空中を飛んだ、だが滅びることはなかった。
            私は水中をわたり歩き、地上を旅した。
            そのようなさすらいの中で私は悟った。
            私をしばしば悲しめ、また稀に楽しませたもの、 
            それは何であったのか。私はそれをこの本に収めたが、
            これを読むひとは、いまの私を見習って、 
            愚かさを去り、平安に生きるように」

さて、この文言を読んで上の怪物の姿を眺めると、怪物の姿は文言の内容を示唆しているように思われる。
翼は空中の飛翔を示し、魚の尾と右足の水掻きは水中遍歴を示し、地面と蹄をつけた左足は、地上の旅を示す。さらに地面にころがった仮面は、バロックの「無常」(Vanitas)の定理にしたがって、人生の諸相はすべて仮象にすぎぬことを示し、それを踏んづけて立つ不死鳥は、憂世を清算して永遠の安らぎを説く、末尾の作者の教訓を具現しているかに思われる。しかもこのことは、小説の筋によっても証明されるのであって、物語の主人公は、魔力に助けられて天空を飛び、また水底にもぐり、巻末では世を捨てて隠者となるのである。

この考察を紡いで行くと、絵とそれに付された詩文と物語の内容との一体性は一目瞭然で、口絵の必然性も、難なく理解されることになる。

通常の読者はもとよりそのように受け止めるであろうし、確かにこの種の考え方には一概に否定し得ないところがあって、作者がそういう意図を、少なくともある局面では抱いていたということは、疑い得ないであろう。

しかし、この絵は、それだけでは片づかない多くの謎を秘めている。
特に、怪物が手にもって示している本は何か。なかんずく、開かれたページ上に、変な格好で添えられている、二本の指は何か。 また、この顔と頭は何か。この表情は単なる戯れ以外のなにものでもないのか。 また、肩から腰へがっしりと吊り下げられた剣帯は何か。これも単なる飾り物なのか。

まだまだ他にもあるだろうが、ここではこれらの点について、疑問に答えたいと思う。それが正解であるかどうかは、今後のバロック文学研究の発展いかんによるであろう。

4. 本と指

繰り返し申し上げねばならないが、複写が不鮮明で申し訳ない次第だが、右の切り取り部分を、改めて見ていただきたい。

         
  

怪物は一冊の大きな本を抱えて、開かれたページに手を添えている。そのページには、十数個の図形が描かれていて、手は、あたかもそれらを見て欲しいと誘っているようである。図形の中には、作中のエピソードと関わりのありそうに見えるものが幾つかあって、例えば、「阿呆頭巾」は、(ここでまた明瞭に図面上でその所在を確認していただけないのは残念であるが)、主人公が少年の頃に陣中で道化役に仕立てられる話に合致し、また、おかねでふくらんだ財布は、主人公があるとき、泥棒が隠した財宝を掘り当てて大金持になる話と合致する。だから、ひとつひとつの図形は、小説中のどれかのエピソードの隠喩であろうと判断して、過去の研究において、懸命の捜索を行った結果、上記のように首尾よく行った場合もあれば、どうにも説明のつかないものもあり、中には熱心さのあまり、およそ在りもせぬ寓話をでっち上げたものもある。信念にもとづく研究であっても、誤謬や妄想が許されていいはずはない。

一番の問題は、やはり、特殊な指の構えであろう。小指は(またまた確認が難しくて申し訳ないが)産着に包まれた赤子を押さえ、人差し指は一本の樹木を押さえている。これに注意しなさいと、著者が促しているのだと考えたとしても、それはごく普通であろう。そこで、嬰児は主人公の出生を示し、樹木は、作中に出てくる「身分の木」(Ständebaum)のアレゴリーだとする説が発生する。主人公は無垢な自然児として生まれ、最後には、身分の木の頂点にまでも登りつめる。その間に、ここの図形に見られるような、種々様々の世の中の諸相を体験する、というのである。

この所説は、殊に20世紀の前半において、単一の学者によってのみ、唱えられたものではない。繰り返し言うが、この指の開きを「指示機能」と見るかぎり、それはむしろ当然の説であって、だれもがそう思うのである。そして、指のこの構えが中世の宗教画で予言の合図として知られることからも、そう思って別にふしぎではない。

しかし、果たしてそうであろうか。世の森羅万象を表からではなく、もっぱら裏から見るのが、この種、ピカロ小説の本質であるとすれば、宗教的常識の逆というか、同じ仕草の中に隠された第二の意義というか、そういうものを考えてみる必要があるのではないか。
こうして、最近、新しい説が出されたのである。

それは古くから各種の文献に散見され、いまでも地中海沿岸の地域では実行されているといわれる「拒否」の機能であって、悪魔や害意あるものへの抵抗を示し、また、性的な事柄に関して、侮蔑や嘲りを示すのである。このあとの性的な分野では、現在のドイツ語にも「角を立てる」(Hörner aufsetzen) という言い方があって、つまり、これは、他人の「妻を寝取る」ということの手真似なのである。とすれば、この二本の指は、怪物が抱く本を拒否するということになる。当然、その本は読まれなければならないが、読んだあとで、その内容を抹消せよ、と言うのである。それを、下部の讃の詩句に照らしてみると、その正当性が窺がえる。

「...... これを読むひとは、いまの私を見習って、愚かさを去り、平安に生きるように」 

主人公は巻末で、有名な「世界よ、さようなら」(Adjeu Welt) を連呼しつつ、森の隠者になり終わるのである。

ここで「本」のことを、改めて考えてみなければならない。これは主人公の一代記のアレゴリーか。そうだとすれば、何故、主人公の実人生のエピソードと多く一致しない図形が描かれているのであろう。「本」の真義は何か。

ここでふたたび近世特有の世界観をふり返らねばならないが、怪物の手にする本に描かれた個々の図形は、この物語そのものに具体的に付属するものではなく、数は少ないけれども、もっと超越的な意味で、世界に偏在する森羅万象の範例として呈示されているのである。そのことの理解を早めるためには、作中の次の記述に注目していただくのが、一番であろう。

作中で隠者となった主人公は、まわりの自然を見て、つぶやく。
自分はかつてある聖人が次のように語るのを読んだことがある。この広い世界は一冊の大きな本であり、そこに神の奇蹟の業を見、神の賛美へ心開かれずにはいられない、と。だから自分もその人にならって、いまの小さな隠遁地を大きな世界とし、そこではどのひとつの物、いやどの一本の木も、神の祝福に至る刺激とならねばならない。 この聖人とは、Grimmelshausen の創作上の先達となったイタリアの作家 Th. Garzoni のことであるが、世界を神によってあたえられた一冊の本とみなす、いわゆる「世界の本」(Welt-Buch) の観念は、その頃には一般的であったのである。

しかし、隠者となった主人公は、いま身を置いている自然に対しては、神に至るよすがを認めているが、俗世間そのものに対しては、すでにその前に「おさらば」(Adjeu) を告げている。だから、自分の人生記録をこの書に書き残したのだと言いながら、この書に記されたような「愚かさ」を去って、「平安に暮らすように」と、訴えているのである。

つまり、この書は当然読まれるために出版されるのだが、にもかかわらず、読後にはすべからず中身を否定せよ、と促しているのである。それを示すのが、この本の図形と、それにまつわる奇妙な二本の指の構えであって、実は、この一見矛盾の中に、また「風刺」文学の実態がひそんでいるのである。次を読み進んでいただきたい。

5. 頭(サチュロスの頭)

酒神バッコスの従者として知られるサテュロスは、半人半獣の好色の山野の精とされ、ふつう、評判があまり芳しくないが、文学の世界では、古くから重要な役割を果たしている。ドイツ語の「風刺」(Satire) はギリシア語の「サテュロス」(Satyros) から来ているとされる。当時のある記録によれば、それは次のようないきさつによる。

   
        サテュロスの頭

「......サテュロスは異教の森の神の一族であって、上半身が人間で、ただし角と長い尖った耳をつけていた。下は毛の生えた山羊の足になっていた。それは山羊人間と呼んでもいいが、生身の悪魔である。そのようなサテュロスのしたことは、どんな人間にも、自分が怪しからぬと思ったことを、憚らず面と向かって述べたことであった。ほかならだれも怖れて言えないこと、また言おうとしないことを、彼らは言った。嘲るような身振りで、哄笑しながら、口を大きく広げた。......」

これにより判然とするように、Grimmelshausen の怪物の頭部は、当時知られていたサテュロスの頭の忠実な再現である。この奇怪な図像の文学的意味付けもまた、ここから明らかであって、「だれもが怖れて言えないことを、あえて述べた」ということである。元来「風刺文学」とは、そういう逞しい性質のものではないか。ここから、したがって、Grimmelshausen のこの怪物も、「正義の味方」の比喩として受け取られるということも、久しく学説内に、存在したのである。

それはそれで一理あろう。しかし、頭部を去って、首から下に眼を移せばどうであろう。それは、上述の記載とは異なるし、当時一般に知られていた山野の精の様態からも離れる。それはどうしてであろう。およそ学説の真なることとを主張しようとすれば、自説に都合のよいところだけを取り上げてはならない。

6. 首から下

謎をとく鍵は、実は、まったく別個の源泉にひそんでいるらしい。当時のドイツ人の常識とはかけ離れたところである。それはホラティウス (Horatius) の「詩学」(Ars Poetica) であった。ヨーロッパ古典文学の規範書として尊重されるこの書に、Grimelshausen の怪物の戯画像を裏づける記述が存在したのである。当時のある文人のドイツ語訳を通じて、その箇所の妥当性をここに吟味してみようと思うが、Frühneuhochdeutsch に馴染んでいただくためにも、ドイツ語文も、併せて引用することにする。問題の身体部分の状態を改めて添付図面で確かめつつ、読みすすめていただきたい。


     首から下


              Wenn eines Menschen Häupt der Mahler wolte fügen
              Zum dicken Pferdes Halß/vnd andre Glieder kriegen
                  von allenthalben her; sie schmücken alleweil
                   mit schönem Federwerck: vnd da der Untertheil
              müst' einem schwartzen Fisch geschuppet heßlich gleichen/
              vnd schönster Frawen Zier der Oberleib erreichen:
                   möcht' es/O lieben Freund' (ich zweiffle) wohl geschehn/
                   daß solches Wunder ihr ohn lachen köntet sehn
              da man euch liesse zu? Ihr Herrn Pisonen gleubet/
              daß diesem Conterfeht gantz ehnlich ist vnd bleibet
                   ein Buch /ein thöricht Buch/daß nur den leeren Schaum
                   vns für die Augen stelt/als eines Krancken Traum/
              so das da weder Fuß noch Häupt sich artig schicket
              vnd eines Schlages ist.

日本語で示せば、ほぼ次の通りである。もとより、韻律や行数などは写すべくもない、自由訳である。

「もしも、ある画家が、太い馬の頸に人間の頭をつけ、あちこちから手足をかき集めてきて、それをきれいな羽根で飾り立て、おまけに下半身は醜くうろこのついた黒い魚に変わり、上半身はいとも美しい婦人の装飾をいただいているとしたら、友よあなたがたは、招きにあずかっても、そんな変なものを見て吹き出さずにおれるでしょうか(そうはいかないでしょう)。まことにその通りなのです、ピソーさん。まるで病人の夢のように空しい泡ばかりを並べて見せ、おかげで頭と足とがばらばらの別物という本、そんな愚かしい本は、このまがい物の絵とまったく同じで、選ぶところがないのです」

蛇足とは思うが、このホラティウスの詩論は、ピソー父子あてに寄せられた書簡の形式を取っている。そして、これが執筆されたのは、実に紀元前に遡るのであるが、俗に言うルネッサンスの古典古代の再生の波に乗って、当時、というのはつまり、17世紀の初め、ドイツ語にも翻訳、紹介されたのである。そして、ここに引用したのは、その冒頭の一節である。

らかに Grimmelshausen の怪物像の上半身から下半身にかけては、この記述そのままであることが分かるであろう。鳥の羽根、魚の尾、乳房のふくらみ、左右ちぐはぐな足、すべてが一致する。 当然、 Grimmels-
hausen はホラティウスの記述を知っていたに違いないとするのが、目下の定説である。もとよりそれも、一昔前の想定に反して、彼の学識がその文学の前提となっていることが、ゆるぎなく承認されているが故にである。ただ、しかし、問題は残る。

それは図形の謂れは分かるとしても、この図は、もともとホラティウスが、そうであってはならないとする文学のあり方に対する揶揄として、読者に描いて見せたものである。だから、ピソーさん、そんなものを見せてくれるといっても、吹き出さざるを得ないでしょうと言い、空言と、支離滅裂な内容とを書き並べた「愚かな本」は、この変てこな絵と同じで、どっちもどっち、噴飯物だと言っているのである。つまり、この画像が、作品のライトモティーフの図形化であるとすれば、作者 Grimmelshausen は、みずから、みずからの作品を噴飯物と決めつけていることになる。
 この矛盾はどこから来るのか。

6. 「風刺」問答

上述の疑問に答えるためには、やや厄介な風刺問答を展開しなければならない。学問とは本来そうした厄介な理屈を克服しなければならないものだから、読者はすべからく、ご辛抱いただきたい。

ピカロ小説が世に流布しはじめてから、だからつまりヨーロッパの歴史で近世と言われる時代、16、17世紀に入ってから、風刺文学を文学上の特定ジャンルとして認識するために、さまざまの議論が交わされた。そもそもピカロ小説とは、世の中を裏から見る、風刺小説にほかならないからである。先に風刺の由来に簡単に触れたが、この語の意味するところは一義的ではない。ギリシア語とラテン語とドイツ語とのあいだで、語義の異同もあるし、それに当時の古来伝統の規範詩学では手に負えず、ただ瞠目、困惑するばかりというのが、実態であったかもしれない。けれども、その頃の議論から、少なくとも二三の特徴は、抽出することができるのである。

その第一は、テーマ選択の無制限の自由ということである。風刺作家は、従前の叙事詩や宮廷小説の作家と違って、人間の経験世界の全体を描写の対象にすることができる。第二のもっと肝要な点は、著作の形式的構造および論旨の配置に関することで、風刺文学の決定的原理は、ふつう「混合飼料」 (Mengefutter=

farrago) の比喩で示される、素材の混交である。この混合構成の法則は、ほとんどすべての当時の詩学書にあらわれ、上流文学者はラテン語で「変化」(varietas) と「接合」(cohaerentia) をとなえ、下流文学者はドイツ語の俗語になおして、これを「ごたまぜ」(Mischmasch) と称した。その際、注意しなければならないのは、ふつう風刺文学の意味で使われているラテン語の 'satyra' ないしは 'satura' には、もともとこの意味があるということである。興味のある方は(無い方も是非そうしていただきたいが)、面倒がらずに羅和辞典を引いていただきたい。ちゃんとその旨が記載されている。ドイツ語だけでもややこしいのに、ごたごたとラテン語までが出て来て、迷惑千万、と言われる方も、どうかご辛抱いただきたい。当時、学術用語はすべてラテン語だったのである。

Grimmelshausen はこのような議論に通じており、その著作中でまさに 'Mischmasch' なる語を用いて、無秩序に関して予想される攻撃に対して、反論を展開している。もともと風刺文学は、ホラティウスの系譜に立つ、古くていかめしい規範詩学が否定した「混合構成」 (mixtum compositum) を、逆に創作上の基本原理として生まれた文学の鬼子、「文学における怪物」(monstrum in litteris) そのものなのである。それ故に、Grimmels-

hausen がこの怪物を、口絵の中に図示したのは、きわめて周到、かつ効果的に計算された芸術的行為であったと言わなければならない。バロック文学、特にその世俗文学の特性は、また「内密の詩学」 (die geheime Poetik) という概念で捉えられるが、これはその極致とも称し得るであろう。

7. 風刺の「剣」


最後にその「秘めたる」意義を有しているのが、肩から腰にかけて吊り下げられた、見事な一振りの剣ではなかろうか。これはもとよりホラティウスの原型には求められないし、他に類例を見ない。その頃、普通、抜き身の剣は、論争、風刺のしるしとされた。それは明らかである。しかし、この怪物は剣を抜き放ってはいない。立派な鞘に収めたままである。いつ抜くのであろうか。あるいは、抜かないところに値打ちがあるのであろうか。私はそうだと思う。この剣の意義をたずねるためには、読者が鞘の中に顔を、あるいはみずからの精神を、こじ入れなければならないのであろう。



                  
(2002年8月26日 記)



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