『私の痛風体験談』


 コラムにも書いたとおり、お寄せいただいた多くの情報の取扱いに苦慮していました。
 BBSが楽なのですが、いろいろと面倒なこともありそうだし・・・(←無精もの!)。もともと難しい専門知識を聞かれても困るし、きめ細かなレスを期待されても困るし・・・。
 という訳で、結局、お寄せ頂いた体験談等のメールを転載させていただくことにしました。
 本コーナーの趣旨は、あくまでも、痛風持ちのお仲間の体験談を読んで、「ははは、なるほどねぇ。少しは気が晴れたなぁ」とか思っていただくことが第一です。
 あまり専門的なことは気にしないで、特に議論もせずに、同じ苦労を背負っている人間がいることだけを分かっていただき、勇気をもっていただきたい。そんな程度のことなのです。あしからず。

体験談メールを送ってください  体験談募集中!

【注】 頂いたメールについて、基本的には、氏名等の特定情報は伏せさせていただきます。他の投稿例も参考に、ご自分でハンドルネーム等をご指定ください。メールアドレスについては、ウィルス・メール対策として、原則として掲載しないことにしました。


大阪府在住女性 33歳<痛風持ちはご主人 43歳> (2001/5/30)

 かなりむかついてます。
 33歳の主婦です。旦那は43歳になったところ。
 私自身も仕事をしておりますので、夫は単身赴任をしています。

 4月20日、忘れもしません。
 私の実家の両親と妹と一緒に、金比羅歌舞伎を見よう!うどんをはらいっぱい食べよう!瀬戸内海の魚を、たこを、と意気込んでいたのに、旦那は前夜気合いを入れねば、といって金曜日の夜大好きな焼肉を一人で食べにいって、もつをたらふく、短時間でビールとJINRO(?)で酔っぱらって帰ってきました。
 それでも、結構早い時間だったので、安心していたのに、朝方4時頃に電話がかかり、救急病院へ一人でいったようです。

 大慌てで翌日朝6時頃実家の両親と妹と連れ立って彼の様子を見にいくと、本当に大変そうでびっくりしましたよ!大体、前日のキムチとにんにくのにおいで充満した寝室の悪臭にまず驚きましたが....

 うちは妹二人が医者なので、さんざんけなされました。口をそろえて「贅沢病だ」と。
 ちょうど一ヶ月前、東京から彼の友だちが京都に活けいのししを食べにやってきて、5人中3人が痛風で、うちの旦那は痩せてるし、「あの人たちは、いい年してるのに無茶ばかりしてるからだ、あなたは病気になる前に気付いてよかったね」と、散々彼の友だちを小馬鹿にしていました。

 それから一週間、とりあえずくつがはけないので、最初にスリッパを買いにいって、健康サンダルだと無駄に足の裏を刺激するので、ほどほどのやわらかさの底で、できるだけ足を固定する部分の多いマジックテープ使用のサンダルを見つけました。
 主人はたいがい先の尖った靴を愛用してる方なので、かなり抵抗を感じていましたが、はっきりいってお前の足下なんて誰も見てないよ!と怒り、ようやくサンダルでの通勤をしてくれました。

 とにかく、一週間後のゴールデンウィークはまさに私達の新婚旅行でバリ島のアマンダリで豪遊、という予定だったので、なんとしてでもなおしてほしかったのですが・・・甘かったです。
 わざわざホテルのシェフと連絡をとり、彼の為の特別メニューを作ってもらいました。高級ヴィラでプール付きだったので、他にはうろつかず、とにかく部屋でゆったりできたので、リゾートライフを満喫したのはよかったけど
荷物はすべて私が運ぶなど、体力的に本当にしんどかったです。
 税関でもどこでも、「彼は今足が悪い」「痛風発作で歩けず苦しんでる」と言いふらすことで、結構いい思いはできました。
 欧米には痛風はかなり多いらしく、メニューもわりと楽に見つけることができます。

 ただし、やっぱり移動はほとんどなかったとはいえ、結構うろうろしたのがたたり、痛みはひいたのに、全然腫れがひきません。最悪です。
 旅行に行く前に、ウォーキングシューズを買おう、と思い、医者のすすめもあり、ドイツ製のサンダルを購入しましたが、(ビルケンシュトック)これが実は結果的に彼の足にあわず、なんせうちまたで甲高、幅ヒロ、さらに小指の付け根にはたこが、また当然親指は付け根からはれあがっているという、こういう足には全く逆効果だったらしいのです。
 ひどい話で、これがいいから!といって押し付けてはかせたわりに、結局ぱんぱんにはれた足は戻りません。あの靴は、健康な足の人がはく靴ですよ。絶対に!
 よく足を引きずって歩く老人の方の足下を注意してみると、必ずといっていいほど、スリッパかマジックテープの靴ですよね。でも、スリッパだと固定している部分が少なくぱこぱこと動くので、変な筋を使いますし、マジックテープの靴でまともなものも少ないし・・

 会社では、痛風の人、ということで、年配の取引先の社長やらいい感じの上司には親近感もはいった同情をきっちりいただけるようで、わりと悪くない生活らしいです。
 私はといえば、さっそく痛風の人の食事療法の本を買い込み、4月20日以来、徹底的に作っています。
 翌日の夕食、翌々日の朝食。一応、薬無しで、3週間で尿酸値が10から6、8まで下がったんですよ。
 本当はこのままいきたいけど、なんせ単身赴任をしてる夫の食事を作りに週3回通い妻というのも経済的に非常に大変で、たしかに飲みにはいかなくなりましたが、新幹線代で月に10万以上支出してます。夫を社宅にすまわせて安くあげよう、今の間にお金をためよう!と思っていたのに、なんだかばかみたい???

 でも、やっぱり今は子どももいないし、できるだけの努力をして、外食も私がいる時に一緒にしよう、ということにしました。私自身も酒は強い方なので、ワインを家であけて、彼がグラス一杯、残りは私がすべて、といった感じ。
 もちろん夫は悲しそうですが、「あの日の痛み」についてねちねち思い出させることで、今の所成功してます。
大好きな魚介類も、自宅ではたとえば海藻や温野菜をベースにしたおかずにちょこっとのせたり、もつもふた切れくらいをトマトソースのなかにうかせてあげたり、それも私自身が実家で家の人たちの食事と妹の家族の食事とを作り、おすそわけができるので少量を持ち運ぶ、という細かいわざがつかえます。
 今まで食事より酒の方が主流だったのに、発病以来ずいぶんとおなかがすくようです。でも、それは食事前にミネラルウォーターをがぶのみさせたり、温野菜をできるだけたくさんとることでごまかしています。

 心配なのは、今まで以上に夫婦でたばこが増えていること。なんといっても食事時間が15分くらいなんです。最悪・・・・・
 まあがんばっていこうと思いますが・・・

 それにしても、病院は絶対に選ぶべきです!
 痛風は死なない、ということで、全然あとまわしでしょう。
 私はまわりが医者だらけなので、検査、治療薬、レントゲン、その他いろんな指示を受けましたが、みんな少しずつ違います。
 一番よかったのは、正しいかどうか別ですが、某大学病院で麻酔科医をしている妹の上司が痛風で、その人たちの意見がかなり速効性があるものでした。
 ただし、薬の処方もやっぱり病院勤務の人たちは、いくらでも自分がカルテをかいて出せるわけだし、調節もききますが、一般人は、かかった医者のいうことしかきけませんよね。というか、薬が頂けませんよね。
 ということで、私は常に薬屋を開けるほど、いろんな薬を常備してます。
 一番有効だったのはボルタレン座薬を量を調節して入れる、というやりかたです。
 家族や親戚にもらう分のみならず、みずからどこの医者へいっても、「ついでに生理痛の薬を」とほざき、ちょろちょろといろんな鎮痛剤系統をいただいてます。もちろん医薬も一緒に!
 ただし、せっかくいろんな知識を家でひけらかしてやっても、実際の夫といえば薬嫌いな上、ずぼらなため、ぜんぜん私の努力は役にたちませんが・・・・

 とりあえず、だらだらかいてみましたが、新婚早々痛風発作がおこるとは夢にも思っていませんでした。しばるのは可哀想かもしれませんが、自業自得、ということで、私はきびしく、自分ができる範囲で健康管理を徹底しようと思います。
 まわりには、薬もあるから気楽にやれば?といわれますが、主人が気楽な分、どこかで引き締めないと!

 このホームページは、彼の発作の翌日にすでに見つけて、全部プリントアウトして彼に見せてあげました。
 「執念の博多ラーメン」の部分で最初に喜んでました。
 都合のいいことに、彼はローテクなので、アクセスできないため、私がかわりにぐちなどをここをお借りしてぶちまけよう、と思っています。
 「痛風夫を持つ妻の会」ぜひ発足したいものです。
 またお邪魔します!

【コメント】
でたっ!痛風介護妻の苦労談。(失礼)
でも、お気持ちよく分かります。
痛風夫を代表して、ひとこと御礼を・・・なんて。
まあ、どうぞお手柔らかに(^^;ゞ


男性 K・Sさん 会社員 (2001/5/29)

 こんにちわ。
 私は42歳の会社員です。最近、こちらのHPを知り、感無量の思いで拝見致しました。ということは、…、そうです。昨日、私のもとにも恐るべき「悪魔」がやって来たのです。
 まさにそれは突然の発病でした。そんな中で、こちらのHPを拝見し、苦しい中でも、明るさとユニークさで痛風を乗り越えていく、数々の素晴らしいお話を拝見し、痛風新参者としては、どれだけ勇気づけられたことか。
 そこで業界新人の私も、これからこの世界にデビューされる方々に、何かのお役に立てればと、これを書き残すことにしました。

 私の会社は東京です。しかし出張が多く、毎月3割くらいは地方都市の出ています。今回の仕事先は熊本県でした。そう、皆様の証言どうり、どうもこの悪魔は「遠方、酒、ご馳走」という三重奏で長い眠りから目を覚ましてくれたようであります。
 そして、思えば私めも、この「地獄」を知る前日には、なんとも鯨飲、暴食の限りを尽くしていたのです。

2001年5月24日(木)
 夜8時、知人宅で軽く食事を頂いた。
 「ご飯一杯、豆腐の味噌汁、かぼちゃと竹の子の煮物。そして漬物、アルコールゼロ」。これだけならなんとも素晴らしいメニューではないですか。まるでこれから起こる、痛風への対策を知っていたかのような構成であります。そうここで止めときゃよかったんです。
 しかし、このまま「酒無し」では済まぬのが「出張」というもの。後輩の「もう少し何か食いませんか」という誘惑の言葉をうけ、熊本の繁華街は銀座通り傍の「居酒屋」に転がり込んでしまったのであります。
 夜11時。「生ビールジョッキ2杯ずつ。鴨のつくね、ゴーヤの炒め物、鯵の南蛮月、キビナゴの天ぷら、水餃子」。食べた量こそ対したことは無いのですが、今振り返るといくつかの爆弾メニューが潜伏している感じではあります。(ちなみに小生のリクエストはビール、鯵、キビナゴです)。
 さらに(~_~;)。0時、常連となった美人のいるスナックに乱入。自慢のボトル、山崎とシーバスリーガルを2本並べ水割りじゃんじゃん、つまみにナッツをひょいぱく、ひょいぱく。
 しかも(@_@)。同スナック閉店の1時30分から、別の店に移動、3時40分まで、「水割りゴクゴク、出されたでかい春巻きパクパク、東京から持っていった土産のひよこのお菓子」まで開けてみんなで食したのでありました。
 うーんこうやって書いてみるとすごい生活しているんだな。こりゃあ報いが来ても当然だったのかもしれません。

5月25日(金)
 この日の午後、市内で車を降り、歩き出したとたん、左足甲の上あたりに妙な痛みを感じたのです。
 うーん?おかしいなぁ、何をした記憶もないんだけど。寝ている時にどっかにぶつけたのかなぁ(^_^;)。
 まさに「痛風ド度新人」が自分にとっての良い方向、良い方向へと勝手に考える展開がスタートしたのであります。時間を追うごとに痛みが増してきたような気もしますが、なーに、どーせそのうち忘れてるさと…。

 夜10時、仕事を終えようやく夕食。同僚と後輩と3人で居酒屋へ。その頃からだんだんと痛みが増して、左足を引きずらないとうまく歩けなくなっていた私は、同僚に理由を聞かれると
 「何も記憶が無いんだよ。これはあんがい痛風かもしんないぞ、イヒヒ」なんてお馬鹿な自滅ギャグを連発していたのであります。内心は
 「そんなことあるわけない、なんせ俺は丈夫な人間なのだ、今までだって病気なんて花粉症ぐらいだ わっはは、これは酒飲めば直る」と今日もお馬鹿に能天気。日本全国日本晴れ!!いよいよ夏だビールが美味いと
 「大ジョッキ2杯ずつ。刺身盛り合わせ、海老のガーリック炒め、ここは熊本忘れちゃならない馬刺し、カラシ蓮根、巻貝の煮物、はまぐり酒蒸し、薩摩白波水割り…」
 それそれ〜と喜び勇んで「地雷献立」をテーブルに箸でつつき、いけいけいけ〜と地獄の一丁目に向けて驀進していったのであります。

 深夜12時。ここは繁華街です。もちろん一軒で終わるはずもありません。なんせ「出張」です。女房は1000キロも先でイビキかいてます。再び美人のいるスナックへ突入。水割りを飲む、うーん…、だが反撃もここまででした(プロ野球ニュース風)。
 流石のお馬鹿な私も、左足の痛さが尋常で無くなってきたことに、ようやく気がついたのです。オカシイ。何かがオカシイ。酒も全然うまくない。これは変だ。愛しいスナックからさえ早期撤退したくなってきた。足を引きずり帰途につく。美人に見送られているのに、情けなく痛みを堪えタクシーに乗り込み、やっとの思いで常宿に帰還する。

 しかし痛みはひどくなる一方。左足の甲の部分が熱い気がする。何がなんだかわからないまま、とにかくシップをする。
 「こりゃあ悪くすると骨のヒビくらい覚悟しておいた方がいいかもしれない。いやいや困った明日も仕事だというのに。しかも土曜か。なら医者に行くなら明日午前中に行っておかないと、週明けまで行けない。それにしても何でこんなに痛むのか…」

 「トイレまで30分」

 部屋の中に、こんな道路標識があっても不思議ではないほど、私の歩行速度は激しく低下しました。ようやく戻ったベットの中で、「悶絶寝返り」を繰り返しながらだんだんと暗い場所に落ちていくような気持ちになってきたのであります。
 私の頭の中に「まさか真性痛風説」がチラつき始めたのはこの頃からでした。

 「痛風と言えば、足の指先が痛いのである。それはすごーく痛いのである。なんせ風が吹いただけでも痛いのである。グルメ人がなる恥ずかしい贅沢病なのである。肉好き男は危険。確か尿酸値とかが多くなる。年輩の人がなることが多いのである。なったが最後、贅沢は敵という、それはそれは節制治療を要求される、恐ろしい病気なのである」

 これがその時の私の旧型16ビット頭脳に置かれていた「痛風全知識」だったのであります。
 そしてそして、実はもう一つ。私が最も恐れていた事実、というか現実がありました。それは
 「父が40過ぎで痛風になった。叔父もそうだった。兄もそうだった。確か従兄弟にもいた」という、恐ろしい「血塗られた痛風家系図」だったのです。

 あぁ、もしも、もしもソイツが私のところまで、お迎えに来たというのなら、一体私はどうすればいいのか。仕事の大半が「出張」というこの私に、さらば地元料理、さよなら肉料理せよというのか。そもそも外勤職の私にいったいどうせよと言うのか。

 「いやいや、違う、これは何かの間違いだ。私が痛いのは足の甲だ。指ではないし、それにいくら痛風野郎でも「仁義」というものがあるだろう。何かの事前予告編ぐらいあるのではないか。だいたいわざわざ出張先の九州くんだりまで「痛風」ごときが、私を追いかけてくることが出来るものか!」などと、あまりの痛みで脳細胞が破壊したらしく、もうむちゃくちゃな状況のまま、眠れぬ夜は明けていったのでございます。

 「痛風だよ」

 温厚そうな顔をしたお医者さんは、笑ながら実にあっさりこう言ったのであります。その瞬間、私の恨みが「痛風野郎」からこの「温厚医師」にほんの一瞬移行したとしても止む得ないほど、彼は楽しそうにそう宣告してくれたのであります。同時にこうも思いました。「この先生は痛風患者はたくさん知っているだろうけど、その痛みは知らない」と。

 ここは我が家から1000キロ以上も離れた熊本であります。そこの町外れにある小さな外科医の診察室。やっとの思いで、這うようにして到達したそのオアシスのようなところで、「あんたは水飲んじゃだめよ」と言われたも同然。私は足の痛みと心の痛みでもはや立ち上がることすら出来ませんでした。しかし思えば、甲が痛かったハズの左足も、いつの間にかその震源地は親指に移動しています。
 温厚先生は「東京帰るんだろ、応急処置はしておくから」とは言ってくれました。ニコニコしながら、「何とかステロイド」という注射を親指付け根にぶち刺してくれたのであります。
 痛風は痛い。だから痛風。死ぬほど痛い。しかしこの注射はすごかった。痛風が大型バスに乗って団体で来たみたいだった。先生自ら「痛いよコレ」と言ってブス。昨夜の痛みの表現にすでに「悶絶」という単語を安易に使用してしまった私は、もうボキャブラリーが在庫切れです。注射の桁違いの痛さのために、本家痛風の痛みなどもう感じなくなってしまったほどです。

 「いったい私が何をしたというのでありましょう」

 一生懸命仕事をし、そこそこの結果を出し、よって人並みの給料をもらい、家族を養い、少し前まではハムスター一匹まで養ってきました。そんなおっさんが、仕事が終わった後で、ささやかに酒を飲み、ちょっとした食事をし、スナックで水割りを嗜む。その先に待ちうけているゴールが、この「激痛、遠方地、激注射」なのでありましょうか。なぜ私だけがこんな目に。すっかり被害者となった私に、さらに尿酸値測定血液検査、同じ場所へぶっとい注射と続きます。

 「我慢して、着いた医院で、散る桜」

 「薬と痛み止め出しておくからね。すぐ痛み引くから。ダメなら座薬も入れてね」
 先生の優しい言葉を背に、私は足を引きずりながら病院を後にしました。しかしこの先生の言葉が事実となるまでに、あと6時間くらい必要としたのでありました。

 今、これを熊本で書いております。薬のおかげで、とりあえずの激痛は収まっています。しかし明日からのことを考えると不安はつきません。果たして朝になれば歩けるでしょうか。そしてこれからの生活は。
 外食がほとんどの私が、肉類無しで、カニ、ウニ、そして肝心要の酒を外して、実際に生活できるのでしょうか。カレーはラーメンは牛丼はどうなるのか?

 私はグルメなどではありませんが、好物はと聞かれると、
 「ビールとラーメン」と胸を張って答える普通のおっさんだったのであります。あぁ、私の人生はもはや終わってしまうのでしょうか。
 しかし、そうなのかもしれません。あの痛さ、あれはもう勘弁してもらいたい。ラーメンやビールの器の向こう側に見えるものが、再びあの地獄であるなるならば、私はその二つの名称をこの小さな脳みそから抹殺してもいいとすら思うのであります。(あくまで今日の覚悟でありますが)

 そして、数日後に出た尿酸値は「10ミリグラム」です。要治療。完璧な痛風でありました。わははは。

【コメント】
力作をありがとうございました。
それにしても、すごい生活ですね。
これでは無理もないかも・・・(^^;ゞ
しかし、ナンノコレシキです。
雄々しく生きてまいりましょう。(?!)


徳島県在住 男性・28歳 A・Kさん 役場勤務 (2001/4/17)

ごぶさたしてます。徳島のA・Kです。HP見てますと相変わらず
わざと?「危ない橋」をお渡りになっているようで・・・。
他人事ながらスリルで足のうずくような感覚です。大丈夫ですか?
さて、今日1ヶ月の検診だったのですが順調に推移。
尿酸値4.3mg/dlで、あれ以来発作もなしです。

実のところ、最近、毎日の薬を飲むのを忘れがちで、
週に2,3度は飲んでなかったんです。
やべー。怒られんぞ。と思いながらも正直に申告したところ、
「それでこの数値であれば、生活習慣の改善だけで大丈夫かも。」
と意外な?返答。先生から「薬止めてみる?」とも言われましたが、
最終的に、「まだ若いので、今のうちに徹底的に治療しましょう。」
との理由で、もう1ヶ月「ユリノーム」服用ということになりました。

しかしながら、ご多分に漏れず「歓送迎会+花見酒」が重なり
焼酎とはいえアルコールが増えたせいか、
尿の酸性度が、もとのPh5.0まで逆戻り。
多少「うずうず」と、注意信号が出ているのもこのせい?

薬を飲まなくても、やっていけそうな見通しが立ちつつあります。
でもユリノームを毎日飲む行為。言わば
「私は痛風だから気を付けないといかんよ。」
という日々の 「戒め」 が無くなったらどうなるか?
人間ばかだから、きっと忘れちゃうんじゃないかと逆に不安かも。

さて、だいぶ気候も良くなってきたので、運動始めようかと思ってます。
yahooオークションで、折りたたみ式マウンテンバイクを入手!
気分転換とダイエットもかねて、運動療法にチャレンジです。
楽しんでやらないとね。

HIDEさんも、いくらHPの題材のためとはいえ
  閲覧者としては何かハプニングが起こらないかと、
  期待する心理もありますが・・・。(^_^;)ゝ失礼!
あまり実験精神旺盛に無茶しないようにご養生下さい。

【コメント】
常連のAKさんからのメールです。
やはり、どうしても発作が始まった方からの体験談が多いので、
フォロー談としてのお便りは、大変貴重な情報です。
かなり経過良好のようで、良かったですね。
ところで、私はHPの題材のために無理しているのとは違います。(笑)
単に、我慢できないだけなんです。これが・・・。


女性 H・Sさん<痛風持ちはご主人 36歳> (2001/3/23)

こんにちは。
36才の夫が痛風持ちなので、HP拝見しました。
我が家は結婚7年目、痛風との付き合いも7年目になります。
最初の頃(1〜2年)は毎日クスリを飲んでいたし定期的に病院へも
通っていたのですが、けっこう面倒くさい。それで最近は年一回程度、
いざというときのためのクスリをもらうためだけに病院に行くという
不真面目な患者でした。
しかし! 痛風というのは「普段なんともない」というのがクセモノ。
毎日の生活にすっかり油断が出ていた一昨日の夜中、なんと
2年ぶりに発作が! 右足が、左足の1.2倍くらいにふくれあがっていて
相当痛みがひどかったようでした。
赤ちゃんハイハイでトイレに行ったり、布団から右足を出して寝ていたら
指先を猫に噛まれて絶叫したり・・。そんな夫の姿を見ていたら、
不憫だわと思いつつ大笑いしちゃった。そしたら夫ったら
「俺は今度結婚するときはA型の人にする!」とすねてしまったの。
なんで?どーして?明るいB型でもいいじゃない! 

思えば初めて発作が起こったころは、毎日のようにビールビールビール&
肉肉肉、という痛風になっても仕方がないような食生活。それがだんだん
痛風を考慮してというより年齢的に肉より魚へと嗜好がかわり
お酒の総量も減ってきたので「これならイケルかも?」なーんて
思っていたのですが、痛風というヤツはそんな甘いものじゃなかったですね。
かくいう妻の私も、食事内容の関心度が薄れてきていたようで
以前なら絶対食卓に乗らなかったメニュー(モツ類など)も作ってました。
栄養士の娘なのに、恥ずかしい。ホント、反省です。
それで今回、居間に「夫の5箇条」を作成してデーンと貼ることにしました。
といっても「ビールは1日1缶まで。週に一度は休肝日」・・・という程度の
甘い目標ですが、ちゃんと継続すれば何もしないよりいいかなぁなんてね(^^)。
ホントに「痛風発作は、忘れた頃にやってくる」。
痛風は一生モノという事実を、今回肝に銘じた私なのでした!

ところで皆さんは、かかりつけの病院は1カ所ですか?
夫は総合病院・近所の開業医など2〜3カ所に分散しています。
診療時間や休診日を考慮すると、そのほうが会社勤めの身には
何かと便利。痛風ということがハッキリしているので、病院が違っても
もらうクスリに変わりはありませんから特に不安もありません。
かえって、特定の医師の意見だけに振り回されないで済むのが
夫には気楽なようです。痛風は気長にお付き合いするものだし、
こういう考えもアリかなと思っています。ご参考まで・・。

【コメント】
奥さんの側からの見方がとても微笑ましく、
私も妻からはどう見えているのかしらん?などと考えてしまいました。
食生活については、私なんかは、外食と自分の料理が多いので、
どうしても食べたいものを満足するまで食べてしまう傾向があります。
Sさんの場合、奥さんが料理してくれるだけマシです。(笑)
かかりつけの病院については、そういう考え方もあったか、という感じですね。
なお、この後、追信をいただいたので、そちらも以下にご紹介します。


女性 H・Sさん<痛風持ちはご主人 36歳> (2001/3/24)

発作から数日経ったその後の夫ですが、今日あたりは随分快調らしく
しかも土曜日という開放感もあってか「酒のみたい」などと言い出しました。
まったくなんてゆー夫でしょう。
こういうのを「喉もと過ぎれば・・」って言うんですよね!!
痛みが去ったとたんにそんな事を言い出すとは、まったくゲンキンな奴です。
キツイ言葉で戒めましたが、なんだかそれがキッカケとなってしまったようで
そのあと些細なことで言い合いになり、目下大げんか中です。
(夫は今、ベッドでふて寝しています。まだ8時過ぎだというのに・・・。
まったく子供と同じで呆れてしまいます。プンプン!!)

我が家はほとんどの場合外食をしないので、当然週末もウチメシ。
ここ数年は、土曜日は和食(刺身など)と日本酒の日
日曜日は洋食(主に肉類)とワインの日、と決まっていたため
つい今夜も「日本酒の日だぁー」という気分になったのでしょうね。
でも、それは甘い。せめてもう1週間程度様子をみてから、
来週あたりなら私も「少し飲もうか?」くらい言うと思うけどね。
私だって、一緒に禁・アルコールしているのに
そんな妻の愛(!)を全くわかっていない夫なのです。
困ったものです、ホント。
「痛風の夫を持つ妻の会」でも作って、グチを言い合いたいという
衝動にかられます。お仲間、紹介してくださいな(笑)。

ということで、長々とすみません。
またちょくちょくHPをのぞきにいきますので、今後も頑張ってくださいね。
なかなか文章表現がリアルなので、切実さが感じられますけど(笑)

【コメント】
笑ってはいけないけれど、わはははは、いいですねぇ。
果たして痛風は夫婦愛を昇華させるのか、それとも泥にまみれさせるのか。
う〜ん、深遠なテーマですね。
「痛風の夫を持つ妻の会」、どんどんやってください。
我こそはと思う方は、メールを出してみてはいかがでしょうか。
さて、と。私の妻には釘を刺さなければ・・・。(笑)
ちなみに、とってつけたようですが、私は、
独身暮らしのアパートで、一人無言で痛風に苦しんでいる自分を想像すると、
本当に相方がいて良かったなぁ、と心から思います。


兵庫県在住 男性・62歳 T・Sさん (2001/3/14)

始めまして。兵庫に在住の男性です。もうすぐ62歳になります。
実は、昨日私も通風発症記に書かれているような症状に始めてなりました。
昨日の朝方、右足の親指の付根あたりがジクッとくる痛みがありましたが、
別に気にもせずにいたのでですが、午後からは少しずつ痛みが増してきて、
階段の上り下り、特に階段を降りるときは辛い状態になりました。

夜になると、痛みは益々ひどくなり、寝る頃には立つのもやっとの状態でした。
親指の付根あたりからは、ズキン、ズキン痛みが走ってくるし、
腫れもひどくなり、熱ももってくるし、手元にあったシップを貼りましたが、痛みは取れず、
結局一晩寝ずにテレビを見ながら、痛みを意識しないようにして過ごしました。
今朝ほど時間の経つのを遅く感じたことは有りませんでした。
テレビは終わるし、朝刊を取って読んでも、まだ時間は6時。
そのうち、女房が起きて来て、足の腫れを見せると、びっくりして
隣で薬局をしている従姉妹の所へ、聞きに行ってくれました。
多分通風だろうとの事でした。
病院は外科でも内科でもどちらでも良いとの事でした。

9時になるのを待てずに出かけました。
最初、市民病院にしようかとも思いましたが、近くの個人病院の方が良かろうと、
普通歩いて5分ぐらいところですが、車で行く事にして、
車に乗りブレーキとアクセルを確認すると、何とか踏めそうなので車で行きました。
病院はお年寄りばかりです。と言う私も年寄りの1人かもわかりませんが。
あまり病院とは縁が無かったものですから。
診察では、患部を見せるとすぐ通風のようですね、と言われ、すぐ採血されました。
3日分のシップと飲み薬をもらい、検査結果は3日後との事でした。

家に帰ってもまだ痛みは取れません。
10時の打ち合わせをキャンセルして、横になっていましたが、
ズキン、ズキンの痛みはなかなか引きません。
そのうち、通風については何も知らないことに気がつき、
家庭医学の本を見ようと本棚を探しましたが、見つかりません。
病気には縁がないもと捨ててしまったのかも。
それではインターネットで調べようと思い、Yahooを立ち上げるとすぐこのHPに辿りつけました。

日記を読ませていただき、すごく参考になりました。
検査結果はまだ分かりませんが、多分通風だろうと思います。
これから、一生この症状と付き合って行かなければならないかと思うと、
気が重いところも有りますが、プラス思考で行きたいと思います。
これからも良きアドバイスをお願いします。

今日は通風のおかげで(?)、久し振りに家族と一緒に夕食をとりました。
ビールは中ビン1本のみ。夜出かける予定でしたが、キャンセル。
18日は、飲み仲間で私の誕生会。
19日からはソウルへグルメ旅行、本場のプルコギや韓国料理を満喫。
4月になると大学の同期会や同窓会、中学同窓会、花見とスクジュールがつまっています。
ところでビールは通風には一番悪いと聞いています。ビールに代わるものとしては、
焼酎水割り、湯割り、酎ハイ、などが良いのでしょうか?
私は、この10年ほどは、夏も冬もビールで通しています。
焼肉やステーキを食べながら飲むビールは最高です。こういう時は生ビールが一番です。

これからは、飲み物や食べ物を変えていかなければならないかと思うと
少し寂しくなりますが、これも人生と思い頑張って行こうと思います。
体験談とは言えないような文章になってしまいましたが、ご容赦願います。
まだ、頭の何処かでは通風では無いという意識があるような、ないような
今日の気持ちです。

【コメント】
う〜む、いろいろとご活躍のご様子なので、不自由をお察しいたします。
誕生会・グルメ旅行(しかも韓国料理)・花見etc...
かなりストレスのかかる日々になりそうですねぇ。
ビールのくだりを読んでいて、私も生ビールをグイッと飲みたくなりました。(涙)
私は、食事時には焼酎水割りにしています。ウイスキーで和食という訳にもいかないし。
最近は、とても美味しい良い焼酎(地焼酎?)を置いている店も増えたので、
真剣に焼酎に目覚めつつあります。
【追記】
追信によりますと、痛風であることが判明。旅行はキャンセルになったそうです。
本当にお気の毒さまです。


徳島県在住 男性・28歳 A・Kさん 役場勤務 (2001/3/13)

なんか私のメールがこのコーナーの発端になったみたいで余計な手間をかけさせて申し訳ないです。
さて、その後の経過についてご報告します。

メールを送って以後、食生活などの生活習慣の「改革」を始めました。
いきなりがらっと変えてしまっては、後々長続きしないということで、
(と言うか、自分自身辛抱できないための言い訳?)
とりあえず、ビールは禁止。モツ類の肉は控えるといった程度の食事療法を実行。
もちろんユリノームは毎日服用しながら闘病生活を開始。

もともと酒類は何でも好きなので、焼酎に変えても全然OK!
肉は元来食べない方なので、こちらも支障なし!
こんな具合で日々の生活を送り、もちろん発作も起こることなく、
次第に「これはイケルかもしんない!」
と大きな安心感が出てきた。これぐらいの節制ならなんとかなる!
あの時の発作の痛みも引きはじめ、このペースを守れば大丈夫だと思った。
しかし、そう思ったところが甘かった・・・。

 まさに「油断大敵」でありました。

数々の宴会の席でも「ビールだけは」と断りつつ過ごしていた。
そして久々のゴルフ。あの日以来足が痛くてとても運動どころではなかった。
「気分転換に行こう。」と友人から誘われ、折角だからと断ることもく参加。
そして昼食。「おごりや。おごり。」と先輩からジョッキが1つ。それはすでに目の前に。
シュワシュワと泡を立てながら、黄金の像が如く、きらめきの中に鎮座なさっている。
いまさら断るわけにもいかず、正直「1杯くらいなら」と飲んでしまった。1ケ月ぶりのビール。
やっぱうま〜い!そして夜の打ち上げ。深酒。その時は良かった。翌日事態は一変。

 「なんてぇ〜こったい!痛って〜ぞぅ!」

今度は右足首にあの忌まわしい痛みが。しまった〜!
幸い鎮痛剤も処方されていたので事なきを得るが、自分の油断に痛恨の極み。
今度こそはホントに懲りた。でもたぶんまた繰り返す。ちょっと弱気(-_-;)

一方で朗報がひとつ。噂を聞きつけた近所の、みのもんたファンで健康オタクおばさんから
 「アルカリイオン水飲みで。」と勧められる。水道の水もマズイことだし浄水器のつもりで、
まあ効果があったらめっけもん。ぐらいの気持ちで成水器を購入。5万円。
職場の流しに取り付けて、500のペットボトルに水を汲み汲み飲む。
そして今日。3月13日。発作から1ケ月記念日の検診。
尿酸値は相変わらず4.5mg/dlで好調に推移。
尿の酸性度はなんとph5.0から一気にph7.0に改善!先生もびっくり!
これには驚いた。薬も飲まずにこの良化ぶりには目を見張るものがある。
少し高かったけどなかなかうれしい気分。これから先の闘病生活にも楽しみが出てきた。

アルカリイオン水について調べたところ、世間で誤解も色々あるようで、
人間の体質(体液)がアルカリ性になることはないので過信は禁物らしいですが、
こと私に限っては、尿の中性化という点で効果があった。ということです。
あくまでも一例としてご報告しておきます。

【コメント】
余計な手間なんてとんでもない。このコーナーもおかげさまで好評です。
・・・ということで、2回目の体験談。経過フォローということです。
私、ビールって、どちらかといえば象徴的な位置づけで捉えていましたが、
本当に1杯だけでどうにかなってしまうんですねぇ。この場合・・・。
アルカリイオン水が効いたそうで、よかったですね。
私が毎日ペットボトルのミネラルウォーターを買う出費を考えたら、
長い目で見て、決して高い買い物ではないとも考えられるのではないでしょうか。


長崎県在住 女性 あちゃこさん<痛風持ちはご主人 35歳> (2001/3/8) 

初めまして!!!
実は、我が家の旦那様(35歳)も痛風なのです、、、
本人は、「先生は痛風って言ってないから違う、、、」って言いはるんですけど、
看護婦の母に言わせると、「検査結果を見て何にも言わない先生が変、、、
うち(総合病院)だったらあなた、即、入院よっ」だってさ、、、、

うちは、もう、7年近く薬を飲んでます、、、
時々、足が腫れたりしてるけど、、、
ビールは、一切口にしません。
赤ワインを晩酌に2杯ほど飲むかな???
食事もプリン体の多い食品は避けてますよ。

「まっ、暴飲、暴食しなきゃ、、、痛い目にあわないでしょう、、、」
って、主人には言ってます。
だって、薬とは一生付き合わなきゃならないし、、、
痛風と友達感覚になってもらわなきゃ、、、
妻の私は、食事しかしてやれないもんね、、、
また、近況報告見にきます!!!
 
私、H.P立ち上げたばっかりなので、ここのページの
リンク貼らせてもらえないでしょうか???
みんなに痛風についてもっと知ってほしいんです。
 ***「あちゃこ」の部屋 ***
  http://members.tripod.co.jp/acha22/

【コメント】
「妻の私は、食事しかしてやれないもんね、、、」
ううっ・・・(感涙)
それだけでも十分羨ましい!という境遇の人もいるのでは・・・(笑)
このくらいソフトなスタンスの方が、迷惑をかける身(?)も気楽だったりします。


埼玉県在住 男性 H・Uさん (2001/2/6) 

はじめまして、痛風の容疑者です。
痛風日記を読ませて頂き本当に参考になりました。
実は今苦しんで居ます。経過をお知らせいたします。

3月3日(土)
朝起きると右足の甲の部分が少し痛い、昨日飲んでいてどこかに当てたのだろうとシップ薬を貼って仕事に出る。
通常に仕事をして夜の仲間との集まり、そして2次会へ、ゴルフで朝早いからと早めにあがる。
午後11時頃、家に帰って風呂に入りシップを貼っていたことを思い出す。少し痛みもあるので、シップをして就寝。

3月4日(日)
右足の痛みが昨日より痛い、そして痛みが甲から足首に近くなっている。
ゴルフが出来るか不安になる、しかし、大事なお客さんとのゴルフなので行かなければならない。
多少の痛みはあったがスタート、いざスタートすると何とかなる。
ビール1杯と、カレーライスの昼食をとって午後のスタート。
立ち上がろうとしたら、かなり痛い、少し足を引き摺りながらコースへ出る、又、スターとしてしまうと何とかなる。
しかし途中で右足をかばっているせいか、足が攣りそうになる。残り3ホールはかなり厳しかったが無事ホールアウトする。
寿司屋で打上げ、車なのでビール一杯で烏龍茶にする。
座敷に座っていると、足を動かすと右足が痛い、座り方を痛みの無いように座り変えて打上を終わり帰宅する。
軽く夕食を取ってテレビを見る、右足を少し動かすと痛みがある、捻挫で痛めた所がゴルフで少し悪くなったかと思いシップ薬をはる。
女房は友達と食事会だと言って出て行く。朝早かったので9時に床に就く。
これからが地獄でした、動かすと痛かった右足首がズンズンと痛み出した、動かさないのになんで痛いんだろう。
考えているうちに、痛風と言う言葉をはじめて思い出した。
近年の健康診断で、尿酸値が少し高いよ、注意をしないと発作が出るよと言われていた。
しかし、薬を飲むほどでは無いから食事と酒を控えめにしなさいと言われていた。
痛風は親指の付根が痛むと、経験者の友人や、社員に聞いている。
痛みを堪えながら色々考えてみる、これではとても眠るどころではない。
トイレにも行きたい、起き上がるが、痛くて右足がつけない、歩くことが出来ない。
11時になって、這って居間まで行き女房に携帯電話を掛ける。カラオケの音楽がするが、すぐに帰ると言ってくれる。
女房が帰ってから、救急病院に電話をしてくれる、しかし、当直の医者が心臓外科なのでと、看護婦さんに変わる。
状況を説明すると捻挫でも、痛風の発作でも痛み止めと、シップをするだけなので、自宅にあれば明日来て下さいと言われる。
バッファリンがあったので飲んでみるが全く収まらない。他の救急病院に電話をしたら、診察をしてくれると言う。
息子も起こして車で連れていってもらう。右足は全くつくことが出来ないので左足でケンケンをして車に乗る。
息子が背負ってやるよと言ったが何となく照れくさくて止めた。
病院に着くとレントゲンを取った、診察を受けたが骨には異常が無い、痛風とも違うようだと言われた。
痛み止め、消炎剤、シップ薬、どうしても痛みが我慢できなかったらと座薬をもらって帰宅する。
こんな夜中に診察を受ける事が出来て良かったと思う。
薬を飲んで床に就くが痛みで一向に眠れない。2時30分ころ座薬を入れる、これで朝6時頃まで眠れた。

2月5日(月)
目が覚めると痛みはいくらか良くなっている、ゆっくり動けば、右足もつける、右足を持ち上げないで滑らすように移動すると痛みが少ない。
会社は休んで女房の運転で病院へ行く、整形外科の前で待っていると、顔見知りの院長がどうしたと声をかけてくれる。
昨日のお世話になった状況を話すと、酒の飲みすぎだろう、痛風かもしれない、血液検査もしておくようにと言われた。
整形外科の先生の診察もレントゲンと患部をみて、すぐに血液検査の指示をした。検査の結果が7日に出るので来るように言われた。
6日、7日と30年来の友人達と札幌の雪祭りに行く予定になっていた。
女房も始めてなので楽しみにしていたのに、昨夜の痛さを考えるととても行く気にはなれない。
看護婦さんはせっかくだから無理しても行けばと言うが、仲間の観光会社の社長ににキャンセルをする。土曜日に一緒に飲んだ仲間だ。
普段の行動からして痛風が出てもおかしくないよ、自分では気をつけているつもりでも周りはそう見ていたのか。
夜になると痛みはだいぶ良くなってきた、看護婦さんが言う通りに無理をすれば札幌も行けたかもしれない。
痛みが無くなると人間現金なものだ。

2月6日(火)
札幌に行く積もりで居たので、仕事も予定をしてなかったので会社は休んだ。
普段が忙しく動いているので、痛みが薄らぐと体を持てあましてどうしようもない。
テレビで国会中継を見たりして、時間を潰した。もし、痛風だったらどんな事に気をつけたら良いのか、酒は飲めないのか。
インターネットを繋いでみた、そこで痛風日記を見ました。痛風のホームページも読みました。
明日病院で検査の結果が出ます、多分痛風と言われるでしょう。
今は、あの痛みは二度と嫌です、食事や酒の制限をして直したいと思います。
自分との戦いですね、今後もメールしますので色々教えて下さい。

【再メール 2001/3/4】


結果は、尿酸値7.4でした。
しかし、今までの健康診断でこれ以上の数値が出ているので痛風の発作ということになりました。
薬は飲まず、食事と飲酒の制限で様子を見ることになりました。
今は痛みもありません。
食事と飲酒を制限しています。
体重も三キロ落ちました。
経験談他の人の参考になれば幸いです。

【コメント】
淡々とした文面が、かえって凄惨な(?)印象を与えます。
特に、2月4日のくだりは身につまされます。
痛風という病気は、社会で精力的に活躍している方がなりやすいそうです。(私はともかく)
どうぞ、ご自愛下さい。再発しないよう、心よりお祈りしています。


大阪府在住 女性 美咲さん<痛風持ちはご主人 36歳> (2001/3/2)

こんにちは。大阪に住む美咲です。
実は、今日、主人が『痛風の疑い』と、診断されました。
本人は36歳。6年前の職場での定期検診から、尿酸値は9.0以上。
一時は、13.0まで、行きました。
職場管理医から、『はよ〜病院いきや〜』と、言われ続けても知らん顔。
さらに、今日の痛み(じつは5日前から筋がおかしい、と、言っていた)も、
3年前に、同じ足の筋を痛めたことがあったので、後遺症かなぁ、ぐらいでした。
(これは、本当にコンクリートの塊を、思いっきり蹴った事が原因でしたが・・・。)

専門科は、整形外科で、いいんですか?
なんだか、内科な、気がするんですが。
ああぁ、実は主人と、いっても、結婚式はまだで、3月17日なんです・・・。
その後は8日間の海外・・・。
なんでまた、こんな時に・・・。
・・・、はぁ。
でも、本人には、そんな事言えませんし。
一番、痛く、辛く、そして、ショックを受けているのですから。
『あぁ、職場でなんて、言おう・・・。酒は飲まれへんのか?』
などと、落ち込む一方です。
で、こうして、なんとか楽に症状を改善してあげられないものか・・・、と、
検索を始めましたが、本当に、痛風に関する情報は少ないですね。
でも、これから、永遠に薬に頼り、摂生して、生きていくのかと思うと、かわいそうになってきます。

【コメント】
う〜ん、あまりにお気の毒なタイミング。
当面、消炎鎮痛薬を飲むしかないのでしょうが・・・。
でも、永遠にと言いますが、何も楽しみを全てなくす必要はないと思います。
ほどほど自制して、ほどほど楽しむ。うまく折り合いを付けていくようではないでしょうか。
痛風持ちにとっては、そのことを理解して支えてくれる人の存在が、心底ありがたいものです。
本当にご結婚おめでとうございます。どうぞお幸せに。
・・・そうそう、本来の専門はやっぱり内科なんでしょうね。
ただ、まだ原因不明の発症時に、整形外科を受けるケースが多いため、
症状への対処は整形外科で、となっているようです。(←推測)


東京都在住 男性・53歳 Hige Suzukiさん (2001/2/27)

初めまして! 初めてメールさせていただきます Hige Suzukiと申します。

実を言いますと、私も今年1月15日頃、足を挫いたと思いました。
でも、以前から尿酸値が高かったので、痛風と認めたくはなかったが、始めに足のくるぶしに来てしまい、
貴方と同じく、この寒い夜中にトイレに行くのに大変苦労をした経験がありました。
最近、この痛風日記を拝見させていただきゲラゲラ笑ってしまいました(おっと!失礼)。

私の場合、1月15日頃、第1回目の発作(最悪の右足のくるぶし)。
2月10日頃、第2回目の発作(同じ所)。
いまだに(2月27日現在)くるぶしの腫れが引くことはなく、通勤時の階段の下りが辛い毎日です。

やはり、自分を振り返ってみると、かなりの酒(ビール)を毎日飲んでいたのが原因と思われます。
「酒を飲めない人生などは、片足を棺桶に〜〜」としみじみと感じている今日この頃です。

お互いに今後、痛風の発作が起こりませんように。
では、お元気で!

【コメント】
かなり辛そうで、お察しいたします。
「酒の飲めない人生などは・・・」、全面的に同感です。
酒は人生の友、それなしでは余りに寂しすぎます。
とはいえ、「飲めない時だからこそ、僅かに口にするビール1杯が、また旨いんだぁ、こりゃ!」
などとほざく私を冷たく眺め、「痛い痛いって、自業自得じゃないの?」とごちる妻の方が、
どちらかというと正論なんでしょうね。
酒と痛風の共存共栄(?)の道を探りつつ、頑張ってまいりましょう。


みぶ真也さん (2001/2/21)

はじめまして
会社勤めをしながら 自作自演の一人芝居を上演 という二束のわらじを履いた
同病者(!)です

現在 3度目の発作中 ぼくの場合は一度目右かかと 二度目右膝
今回も右膝(今まででは一番軽い症状です) つまり 最初から歩けない発作でした
1度目は友達の誕生パーティ前日 公演に一月前だったし
2度目は旅行中
タイミングの悪いのも痛風発作の特徴でしょうか
今も 一週間後にミュージシャンとのジョイントライブを控えています(大丈夫かなあ)

のみならず この正月には尿管結石まで経験しました
これも 痛風に匹敵する痛み!
家内の実家に泊っていた時でしたから やっぱり痛風に匹敵するタイミングの悪さでした

ところで 最初の発作後一ヶ月間は ぼくもユリノームとウラリット
以後は アロシトールを飲んでいます
そういう治療が一般的みたいですね
尿酸排尿の促進剤は 劇症肝炎だけではなく
尿管結石の原因にもなると 泌尿器科では云われました

ぼくは発作後 ウィークディの飲酒はやめましたが
基本的に 飲食を無理に押さえるやりかたは長続きしないという考えに賛成です
自分なりの痛風との付き合い方を 一歩づつ探していくしかないでしょう
おいしいものだって食べたいし

お酒を飲まないと甘党になるのは本当ですね
今 好きな食べ物はプリン
嫌いなのはプリン体ということに…

みぶ真也ひとり芝居のページ
http://www.roy.hi-ho.ne.jp/m-onji/

【コメント】
膝!というのは体験ありませんが、考えるだに恐ろしいです。
ウィークデイの禁酒というのも、私には真似ができない芸当です。
私は、甘いものはダメなので、プリンは嫌いです。
本来的には、プリン体が好きなんですが・・・(笑)
ところで、みぶさんのホームページを覗いてみましたが、面白いです!


東京都在住 男性 T・Kさん (2001/2/13)

実は、私も本日(平成13年2月13日)めでたく?「痛風の会員」となりました。

ことの起こりは、今週の日曜日の早朝からでした。
前日は、軽く自宅で一杯やって、何時もの時刻に就寝いたしました。
そして、翌日の早朝に「突然、左の親指の付け根」に激しい痛みを感じ、それからは
痛くて眠れず、用もないのに早起きをしてしまいました。

私は、原因が分からず「たぶんトゲかなんか刺さったのかなー」と思い
足の親指をみると「少し、赤みがあるが何ともないように」思えました。
されど、痛みはさらに酷くなりその日の夕方からは、「絶好調」の痛み。
そこで、私は今考えてみればさらに余計なことをしたのでした。
まず、熱い風呂に入って「良く足の指」をもみほぐし、鎮痛剤(バッファリン)を飲み
さらに、痛みをはぐらかすために「ビール」を飲みました。

翌日は(12日)は友達と会う約束があって、痛い足を引きずりながら出かけました。
痛みをこらえながら何とか友達との約束は果たして、自宅に帰る午後になると、
不思議と痛みが和らぎ「歩行」も楽になって来ました。

そして、本日朝早く、近所の整形外科医院に出向き、さんざ待たされたあと
いとも簡単に先生から「痛風です」と云われました。
私は「痛風」なんて病気は今まで、他人事と思い、なんの知識もありませんでした。
そして、不安がつのり、「医学書」を読んで見ても、あまり明快な答えや参考になることが
有りませんでした。
そこで、本日、インターネットのホームページを検索をし、貴殿のページへとたどり着いた次第です。
閲覧して、とても参考になり、また面白おかしく「痛風の病気」について、記載され楽しくなりました。
ぜひ、これからも「闘病日記」を続けて頂ければ幸いと思うと同時に「勇気」づけられます。
長くなりましたが、投稿せざる得ませんでした。それでは、お大事に。

【コメント】
お役に立てれば幸いです。
しかし、もみほぐし&バファリン&ビールというのは危険ですねぇ。
この後頂いたメールによると、1日水2リットル以上飲み続ける生活を送っているとのこと。
お互いに頑張りましょう。


徳島県在住 男性・27歳 A・Kさん 役場勤務 (2001/2/26)

27歳、徳島の男性です。役場勤務。2月13日突如発作。ホントにまいりました。
朝起きると、どうも左足の膝が痛い。先週ゴルフに行ったときから少し痛みだしたので、
おおかた、その時に捻りでもしたんだろうと思っていつものように出勤。
ところが仕事中、イスに座っているだけでも痛むようになり、
お昼頃には、「ひ〜もうたまらん!」状態。それを見ていた課長。

 「お前それ痛風ちがうか?」と、一言。

痛風持ちの課長の一言に、周りが「ほんまかいな?」ということになり、
同じく痛風持ちのK係長が、「間違いない」と断定。這うように病院へ直行する。
しか〜し!今日はマニュアルの軽トラックで出勤!ク...クラッチが踏めない!
オートマのレガシィ乗ってくりゃ良かった...。とは思いつつも背に腹は代えられず
よたよたと激痛に耐えながら病院へ。

病院で事情を説明しつつ血液検査。尿酸値は8.4mg/dl。保健婦さんに「持ってけ!」
と半ば怒られつつ持参した定期検診のその値は、去年10.4mg/dl、今年10.7mg/dl。

 「あんた病院行け言われんかった?即要検査って書いとるやろ?(判定が)DやでD!」

全くその通りですが、正味、自覚症状無かったら、こたえませんがな。
しかしまあ、今見てみると異常な数値だこと...。
とりあえず鎮痛剤とユリノームもらって帰宅。痛みで歩けず眠れず。
結局翌日は完全に寝たきり。2月14日。チョコもらい損ねたやんか...。

一夜明けて発作から3日目。あれっ!と思うくらい完治。事前に聞いていたとはいえ、
「おいおい。昨日までの痛みはどうした!」と言いたくなる回復ぶり。が、

 「薬飲み始めてしばらくは、発作がおきやすくなるけど止めないよ〜に」
 「特にあなたの場合、相当尿酸が溜まってるので覚悟して」

という先生の言葉を思い出して喜びも半分。そしてやっぱり来ましたよ。
2日後再び発作の激痛。今日は神戸まで研修に行かなくちゃならんのにィ!
「うが〜!!!!」と唸りながらバスに乗り、脂汗流しながら研修。最悪...。

1週間後。再検査。尿酸値は見事に4.6mg/dlまで低下!
しかしながら、尿の酸性度はPh5.0ということで、アルカリ性にしてね。と指導を受ける。
それ以後今日まで何事もなく、ユリノームを服用しながら経過観察中です。

27歳での発作ということで、まわりからは「何やっとんじゃ」という反響。
好きでやっとんちゃうわい!不摂生とか酒飲みすぎとか言われ、
うわさも広がり町内一円で「最年少記録!」と笑い者。
ほんとにつくづく自分がなってみないとわからない病気ですな。
自分自身も今回はじめて痛風について詳しく知った訳だし。

さて、うちのほうは田舎なもので病院もそう混み合ってはいません。
受付を済ませ、先に採血して30分くらいで結果判明。その後5分程度指導を受けて、
待ち時間も入れて、まあ1時間もあれば帰ってこられる。しかも玄関先まで車を乗り付けられる!
都会で地下鉄乗って、徒歩で何階建てかの病院に行くことを考えたら、
普段は不便だと思う所もこういう時ばかりはうれしい限りです。

このHPに来て、多少なりとも気が楽になりました。気長にぼちぼち、直しましょう。
そうそうその通り!と同感できる内容ばかりで、みんな同じなんだな。と少しホッとしました。
いろいろメールも来ているみたいですが、他の人はどんなんでしょう?
何件かでも紹介していただければ、参考(気休め)にでもなるのでは?
痛風と闘う皆さんのために、このHPの成功を見守ってます。
「お気に入り」に登録しました!まめに更新もされているようなので、またよります。

【コメント】
わははは、不謹慎ですが、とても面白いです。実感も出ているし・・・
最後の節のご提言もあって、このコーナーの発足を決意しました。(謝々)
それにしても、病院が空いているのは、何よりも羨ましい話です。
私も、どうせ大した診断を下される訳でもなし、
大病院はやめて、近所の医院にコンバートしようかと考えています。


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