初めての発作 (1999年3月)


 私が痛風発作を生まれて初めて体験したのは、1999年3月のことである。
 実は、それ以前から、健康診断で
「高尿酸血症の疑い。医療機関で検査・治療を受けてください。」
という診断結果が出ていた。しかも10年近くもだ。
 しかし、私は全く真剣に受け止めなかった。具体的に何の症状も出ていない段階では無理もないことである。
 発症2年前ぐらいから、時折、足に体重をかけると親指のあたりがシクッと痛むことがあり、少しは気にしていたことを覚えている。しかし、症状はその都度すぐに消えて、そのまま忘れてしまうのが通例であった。
 その時点で、「痛風」という言葉は全く脳裏に浮かぶことはなかったのである。


1999年3月18日

 私は、妻と一緒に九州・大分にいた。忙しい仕事の合間をぬって、温泉とグルメの旅行に出掛けたのである。
 前日、職場の仲間と深夜まで飲んでいたので、やや二日酔い気味の体調。日頃から鯨飲馬食を旨としている私は、しこたま日本酒を飲み、飛行機の中でもまだそれが抜けきっていなかった。
 大分に着いて、昼食をとるために町をぶらつこうとしたら、右足が痛むことに気がついた。その痛みは次第に増していき、とても尋常とはいえなかったが、酔っぱらって寝ているときにタンスの角にでも足をぶつけたのだろうと考えた。
 昼食後は、歩くのも苦痛になり、喫茶店に入って靴を脱ぐ。右足がかなり腫れている。
基本的には筋を痛めたような感じだが、骨に何かあれば大事になってしまうと考えたが、まあ、もう少し様子を見ようということにした。
 何とか痛みを堪えつつ、宿泊地の由布院温泉へ。温泉に浸かりつつ、打撲や筋痛のようなものならば、温泉の効果が出るのではないかと思った。


1999年3月19日

 朝になると、足はかなり良くなっていた。痛みを感じるが、前日のように歩けないほどではない。やはり、筋痛か捻挫の類だったのだろうと安心して、観光を続けることにした。由布院の町を結構歩く。
 由布院に連泊なので、この日もゆっくりと温泉に浸かる。痛みはどんどん少なくなっていく。美味しいものも食べて、充実した旅になってきたと喜んだ。


1999年3月20日

 この日には、もう微痛になっていた。ますます上り調子だ。由布院を出て、一路福岡に向かう。
 福岡でもずいぶん歩いた。足はまだ少しは痛いけれど、観光の意欲に水を差すほどではない。ほどよく疲れたところで、九州旅行最後の夜を豪華に締めくくるべく、中州へとくり出した。向かったのは、有名な寿司割烹である。
 酒を飲みつつ、関アジ・関サバを始めとする美味い魚を食べる。これぞ玄界灘・周防灘から豊後水道にかけての海の幸だ。堪能していると、店の人がフグを勧めてきた。今シーズン最後のフグを、ご当地の最上物で締めくくる。これはご趣向なので、一も二もなく注文。
 一人小皿一枚のフグ刺しを食べると、これがやはり美味い。いよいよ上機嫌になって、白子があるか店に聞いてみた。すると、あるとの返事。そこで妻とも協議の上、大盤振る舞いだ!とばかりに注文。これがまた美味い!!
 結局、後にして思えば、このフグの白子が最終的なトドメになったようだ。


1999年3月21日

 翌日の朝起きると、右足は激痛の塊であった。なまじ一度快方に向かっていただけに、精神的打撃は大きかった。
 しかしそれでも、前日歩きすぎたために、温泉で快癒しかけていた筋痛又は捻挫が、再び悪化したのだと信じ込んでいたのである。したがって、後はもう家に帰るだけだからと、痛む足を引きずって、執念で博多ラーメンを2軒食べ歩いた。後になって思えば、愚かの極みである。
 飛行機を待っている間は、地獄の苦痛であった。しかし、東京に降り立ち、家に辿り着いても、まだ筋痛・捻挫だと考えていた。何ておめでたい奴だったのであろう。しかし、初めて痛風になった奴というのは、皆きっとそういうものなのである。


1999年3月22日以降の1週間

 痛みはなかなか引かず、いよいよ病院に行くことにした。行き先は、地元の大病院で、つとに一流と言われている病院である。
 私個人として、痛風という意識がなかったため、「筋の痛み又は捻挫を旅行により悪化させた」ことをずいぶん強調した。医者の先生は、腫れのひどさから化膿症を心配して、抗生物質の点滴を指示した。今思えば、見事に的外れだったのだが、その時は大事になったと青くなってしまった。
 2回目の診察で、血液検査の結果から、痛風との診断が出た。そういえば以前から尿酸値が高いようだと話すと、先生は何故それを言わないと怒っていた。そんなこと言ったって仕方がないのだ。ここで初めて、鎮痛消炎薬と尿酸低下薬を出してもらう。
 しかし、この時点ですでに痛みは減少傾向にあったので、私は「痛風」という診断結果に納得がいかなかった。職場で心配してくれていた同僚達が「痛風」と聞いて示した反応が引っかかっていなかったと言えば、嘘になるだろうか。私自身としても、痛風=「贅沢病」といった位の認識しかなく、何だか「恥ずかしい病気」にかかってしまったという意識があったのだと思われる。
 そこで何と、念のために病院を某都立病院にかえて、再度診察を受けた。経過を話すと、「その病院ならまず間違いないですけどねえ・・・」といいながらも一応検査をしてくれた。そして数日後、「間違いなく痛風です」という太鼓判を押してくれた。
 薬の効果は早く、もう痛みは全くない。元の病院にあと何度か診察に行き、後は薬を取りに通えばいいということになった。
 医者の先生は、「痛風は生活習慣病だから、食生活を改善しなければならない。偏った食事をせずに、野菜をしっかり採って下さい。酒は沢山飲まないように気をつけること。」と指導してくれた。
 激痛の記憶も生々しい私は、深く頷いて、本当に生活改善を進める決意を固めた。


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