RE604ナス管に代表されるカソードについて

良品が希少な昇華型バリウムカソードの真空管

真空管のカソードと言えば、トリタン(トリエーテッドタングステン)と酸化オキサイドが一般的ですが、そのほかに純タングステン(初期のUV202や業務用大型送信管に使用)と昇華型バリウムカソードがあります。ここでは、この昇華型バリウムカソードについて、少し解説いたします。

大塚氏の著書「クラシックバルブ」ではフィリップスが開発したミニワットカソードが、これに該当する旨が述べられています。また、管球王国別冊「歴代名出力管」において岡田氏が構造を簡単に解説されています。


テレフンケンのRE604ナス管やAD1など管壁全体が黒っぽい金属(ゲッター)色の真空管がこのタイプです。フィラメントは、髪の毛ほどの太さのタングステン線に酸化銅をコーティングしたものです。これを、何重にも往復させて、プレートに設けられたバリウム溜め(右端の画像、プレート中央部の長方形のものがバリウム溜め)から製造時にプレートを加熱することでフィラメントにバリウム化合物を付着させて、これをカソードとしています。

このため、管壁のほとんどの部分がバリウム金属色になります。また、バリウムにはゲッター作用があり真空度維持にも一役買っています。ただし、ステムにもバリウム化合物が付着するので、その対策が必要になります。このバリウム化合物は、エミッション効率が高く低温で高エミッションを放出するため、フィラメント点灯時において、ほとんどその灯りを確認することが出来ません。


左からテレフンケンのRE134(横向きプレート)とFotosのF5(斜め向きプレート)です。これらは、ステムからプレートをずらすことでステムへのバリウム付着による絶縁性の低下を避ける構造になっています。


RE604とAD1はこの構造にはなっていませんが、プレート引き出し線の周囲にガラス製の防着リングを設けることで、この問題に対処しています(一部、最初期型のRE604(左)はこの構造になっていません)。

ところで、これらの真空管は現在でも規格基準値を満たすものはほとんど残っていません。ちなみに今まで私がテストしたRE604について結論から申しますと、フィラメント点灯時にオレンジ色に輝くものは、ほとんどがエミッション不良でした。
具体的には、Ep=250V、Eg=−45V時にプレート電流は基準値がIp=40mAで許容範囲−20%以上と言うことで、Ip=32〜40mAが良品と言うことになります。しかしながら、フィラメントが点灯時にオレンジ色に輝くものは、Ip<30mAでひどいものではIp=13mAと言う結果でした。カソード抵抗に1kΩをいれた自己バイアスで測定すると、このIp=13mAのものであっても自己補正作用の効果でIp〜30mA程度流れて、あたかも良品のように見えます。
AD1の場合も同様で、Ep=250V、Eg=−45V時にプレート電流は基準値がIp=60mAで許容範囲−20%以上と言うことで、Ip=48〜60mAが良品と言うことになります。しかしながら、フィラメントが点灯時にオレンジ色に輝くものは、Ip<40mAと言う結果でした。

フィラメントの点灯色とエミッションは関係ないといわれる方もいらっしゃるようですが、等価回路を書いて解析すれば容易に判断できます。つまり、RE604は細いフィラメントが4本並列組が2組直列に配置されていて、そこに4Vが印加されます。フィラメント1本分の抵抗値をRとします。フィラメント全体の合成抵抗値はR/4+R/4=R/2となります。そこに4Vが印加されるわけですから、流れる電流は8/Rになります。フィラメント1本あたりに流れる電流は、その1/4になるので2/Rです。
それでは、たとえばフィラメントの1本が切れている場合を考えましょう。
フィラメント全体の合成抵抗値はR/3+R/4=7R/12となります。そこに4Vが印加されるわけですから、流れる電流は48/7Rになります。ここで、フィラメントの電圧配分について考えましょう。合成抵抗がR/3の部分の電圧は、先ほどの電流値から48/7R*R/3=2.286Vになります。合成抵抗がR/4の方は、48/7R*R/4=1.714Vになります。ここまでくると、簡単です。フィラメント1本の抵抗値はRですから、フィラメントが1本切れて3本になっている側のフィラメント1本に流れる電流は、2.286/Rということになります。
つまり、正常値よりも0.286/R多く流れ、電圧も0.286V高く印加されることになります。よって、正常値よりも明るく点灯するわけです。明るく点灯するということは、通常より高いフィラメント電圧で点灯して、エミッション低下を改善する方法と同じです。つまり、真空管の寿命を削ることでエミッションを維持しているだけです。2本切れた場合、3本切れた場合も同様に簡単に計算できます。より正確を期するには、入手品のフィラメント電流を実測することをお勧めします。

このような現状は、製造から70年近く経っていることからある程度は「やむなし」かもしれませんが、大枚叩いて入手した真空管ゆえに納得できない気持ちが残ります。

フィラメントの部分断線によらないエミッション不良の原因は分解分析(フィラメント断面をEPMA等で組成分析)していないので推測になりますが、フィラメントに付着しているバリウム化合物が経時変化によって変質してしまったか、使用によって減少してしまったのではないかと思います。
経験になりますが、この手の真空管は、無理が利かないこと、エージングによる回復があまり期待できないこと、が挙げられます。


エミ減球を使いこなす例

最近、安価に入手したIp=28mAのAD1で面白い使い方が判ったのでここに紹介します。この真空管は、フィラメントの部分断線ではありません。


この真空管を見たとき、クラングフィルムのKL72406ではないかと、前オーナーに問い合わせたところ、B4ベースに後で取り替えた痕跡があり、たぶんAD1ではないかと言うことでした(画像右、AD1との比較)。さらにエミッションがAD1の基準値の半分くらいしかないものだと言う返事をいただきました。そこでひらめいたのが、RE604として使えるのではないか?と言うことです。

名称 プレート電圧
(V)
グリッド電圧
(V)
プレート電流
(mA)
Gm
(μA/V)
AD1基準値 250 -45 60 5250
RE604基準値 250 -45 40 2500
入手したAD1 250 -45 28 2660
250 -50 14.7 -
250 -41.5 40 -


基準規格のAD1とRE604の規格を比較しますと、ちょうどRE604を並列(パラ)使用するととAD1に非常に良く似ています。ということは・・・エミ減AD1(Ip=30mA程度の場合)をそのままでベースをサイドコンタクトからB4(UF)タイプに付け替えると、RE604代替管が完成です。画像では遊び心で「Telefunken AD1spz/RE604」と命名しました。同じテレフンケンの昇華型バリウムカソードという点でも非常に似通った厳格な音色が楽しめます。