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烈夏スペシャル
革命第七日 サン=ジュストのオルガン
マクシミリアン……。
待っていて……。
あぁ、俺のマクシミリアン……。
君と俺の世界は永遠なのだから。
百合の花は折れた。
パーリは、俺たちの薔薇の花で埋まるべきなのだから。
赤い…赤い…赤くて…赤い…、
最高に美しい薔薇の花が、君を讃えるだろう。
あぁ、俺のマクシミリアン……。
待っていて……。
すぐに連れてくるから。
最高の存在を。
美青年が空を飛ぶ。
魅惑的な二重瞼に夜の星を映して、ベッドの上に屹立し、両腕で
闇天を仰ぎ、帽子と外套を吹く風にはためかせ、彼は飛ぶ。
ヴァヴァ〜〜〜ン。
オルガンの音が響き、彼を包み込む。
彼は空を飛ぶ。
最高の存在を求めて。
友のために。
彼が全てを捧げる友のために。
パーリの革命の誓いの言葉のひとつ、友愛。
友を愛する。
あああっ……なんて魅惑的な響きなのだ!
愛している。
また、彼は友の名を呟いた。
空を飛ぶベッドの上で。
小さな紅い唇から夜風に漏れた言葉。
マクシミリアン……ロベスピエール。
*
……寒いな。
今年のクリスマス・イブは日曜日だった。
俺は一人だった、今年も。
部屋で飯を食っている。ひとりで。
混んでいた鳥フライのチェーン店を回避した結果、今日の晩飯は
持ち帰りの寿司と相成った。
食っている……一人で。
……寒いな。
悔しいが、聖夜のイブに雪が降っていた。白い雪が、幸せの街に
舞い降りてきていた。そして俺の部屋を凍えさせる。
ディスプレイには、SFアニメが流れていた。クリスマスのバラ
エティ番組を回避した結果、俺はDVDを食事の友として鑑賞する
ことにしたのだ。かなり前に大ヒットしたアニメ作品だ。お調子者
で自信満々の、憎めないタイプの戦闘機乗りの男が、出撃前に軽口
を叩いている。
俺はタコを口に入れた。
むしゃむしゃ。
そして考える。あぁ、俺もこんな風に、自信家に生まれることが
できたら、どんなに良かったろうか。
むしゃむしゃ。
そして、トロへと箸を伸ばす。
……赤いな、トロは。
ふと、あの少女のことを思い出した。
ネコのような、いや、果てしなくネコっぽいのに、生魚が苦手だっ
たあの少女のことが。
あぁ……あの日のパーリの空は青かった。
「赤い時代が来るの。だから、ちょっとの間、隠れてなきゃなの…
にゃん」
彼女は、抱きしめる俺の腕からすり抜けようとして、でも、頭の
ネコ耳が俺の上腕部にひっかかって、「にゃ…もう!」ってちょっ
と怒って、俺を睨んだのだった。
その大きな瞳に、なんだかすこし、怯えが揺らいでいた。
ネコ耳さま……。
そんなネコ耳さまは初めてだった。
いつだって偉そうで、優しくて、でも威張っていて、お姉さんみ
たいで、強気な彼女は、俺の女神だった。
青い、青い、自由の色を宿した、俺の最高の女神だった。
そんな彼女が、怯えている。
俺は(俺よりちょっとだけ背が低い)彼女の顎を右手の三本の指
を添えて軽く持ち上げて、ネコ耳さまの瞳をじっと覗き込んだ。
見つめる瞳が、ふるふると震えている。
「とても強いの…強くて赤いの…。わたしの力でもどうすることも
できないくらい」
だから逃げるの……、いいえ、あなたは大丈夫、……赤い彼らが
捕らえようとしているのはわたしだから……。
彼女は、ネコ耳を力なく揺らめかせながら、俺にそう言った。
あれは昨日のことだった。
そして、彼女は消えてしまった。
俺の夢も消えてしまった。
今年もクリスマス・イブは一人なのか。
そうなのですね、神様、ネコ耳さま。
「赤がなんだよ! 君にはこんなに綺麗な『自由の青』があるじゃ
ないか!」
俺は、彼女を勇気づけるように、昔の青春ドラマの先生のように
不自然なくらい元気な声を出すと、えいっ! とばかりに彼女のワ
ンピースのスカートをパラリとめくった。
青いパンツが、俺の瞳を眩しく射止めた。
それは、あの日のパーリの空のような、青。純青っ!
「きやーーーーーっ!」
パシッ!
ゲシッ!
ドスッ!
……女神さまは、やっぱり強かった。
平手打ちと蹴りと膝が俺に叩き込まれ、その可愛い手と足と膝小
僧の感触にちょっと幸せを感じながら、小さな身体から発せられた
神様級の打撃を俺の肉体が吸収できるわけもなく、俺は……崩れ落
ちた。
「にゃん、バカっ、変態っ!」
そして彼女は窓から去っていった。
窓枠を乗り越えるとき、ちょっと振り返ったので、あぁ戻ってく
れるのかなと俺は思ったのだけど、でも彼女は少しの涙声でこう言っ
て、出て行ってしまった。窓から…空へ。
……オルガンと、緑のメガネに気をつけてね……バカぁっ!
クリスマス・イブ・イブの寒い空に、ネコ耳さまは飛んで出て行っ
てしまった。
……俺は、箸に赤いトロを掴んだまま、ぼんやりと窓を眺めてい
た。昨日、ネコ耳さまが出て行った窓を。
ディスプレイには、アニメの続きが流れている。お調子者の戦闘
機乗りの男が自信満々に初出撃へと飛び立っているところだった。
……俺のネコ耳さまも飛び立ってしまった。
「いいじゃないか、パンツくらい見たって……」
何でそれくらいであんなに怒るんだ! ふつふつとしたやりきれ
ない思いとともに、後悔が俺の中に湧き上がってくる。
窓の外は雪の聖夜イブ。
あの空に、彼女は行ってしまった。
あの空に…あの夜空に…、夜空に……夜空に……何かが光った…
…飛んでくる………夜空から……こっちへ……来る…来る、ああっ!
ガッシャーン!
それは、窓と窓枠と、壁を突き破って空から飛び込んできた。
ひゅーーーーっ、ひゅーーーーっ。
十二月の寒風と雪が、一つの壁を粉微塵に破壊された俺の部屋へ
と吹き込んでくる。
ヴァヴァ〜〜〜ン。
俺は、トロを箸に掴んだまま、ひっくり返っていた。
「フフフ、フフフ、フフファアアアアーッハハハハハ!」
テノールの笑い声が、星空に木霊している。
ヴァヴァ〜〜〜ン。
また重低音が響いてきた。これは、教会で聞いたことがあるよう
な響き。
そう、オルガンの音色だ!
そうか、クリスマス・イブだもんな!
俺の頭は、混乱していた。
「見つけた、ついに見つけましたよ、マクシミリアン!」
美しい声、男の高い声、テノール。夜空を貫くような美声が、俺
の頭上から響いてくる。
ひっくり返りながら、俺は見上げた。そして見た……肌が透んで
いて鼻梁が麗しく紅い小さな唇の美しい男が、ベッドの上に屹立し、
天を仰いで笑っていた。
冬の夜空に向かって、まるで天使のように、笑っていた。
ディスプレイは空飛ぶ三機の戦闘機を映している。
俺は、空から飛んできたベッドと男を、ただ呆然と見上げていた。
「さぁ、君! 食事はここまでだ。早く僕のベッドに来たまえ!」
天使のように美しい男は、俺の右手の箸が掴んでいるトロを握る
と俺の口にピョイと放り込み、そして俺の両手を掴んで俺をベッド
へとポイッと引き上げた。女性のように美しい顔に似合わない怪力
に俺は驚いたが、驚きはそれだけではなかった。
「魅せてくれたまえ、俺に、君の真実の姿をっ!」
男は俺の目を見つめ、そしてかん高いテノールで叫ぶやいなや、
俺のズボンに手をかけた。
気づいたときいは、ベルトを抜き取られていた。
気づいたときには、チャックを降ろされていた。
ストン。
気づいたときには、ズボンが落ちていて、
あぁ、なんて早業なの…やめてっ…なんて言う暇もなく…
(俺はこの日、赤いパンツをはいていた。
ネコ耳さまが、他のパンツを全部洗濯しちゃったから。
これはとても恥ずかしい)
――なんて思いつく暇もなく…
気づいたときには、彼はしゃがみ込んでいて、
俺の股間を美しい双眸で凝視していた……ああっ、いやん。
なんて言う暇もなく…
彼は、美しきパンツ姿の俺を、その細くてなめらかで力強い腕で
ぎゅっと抱擁して、天に届くようなテノールで叫んだ。
「素晴らしいっ! 素晴らしっ! 素晴らしい赤だっ!」
アーッハハハハハ!
ヴァヴァ〜〜〜ン。
男の美しい笑い声と、オルガンの音が、俺と冬の夜空を覆い尽く
し…、
「やりましたよ、マクシミリアン! 待っていてください。います
ぐ、いますぐに貴方のいる都、パーリへと戻ります!」
アーッハハハハハ!
ヴァヴァ〜〜〜ン。
クリスマス・イブの夜、俺は一人じゃなかった。
空を飛んでやって来た男にベッドの上で、雪を溶かすくらい強く
熱く抱きしめられて……俺は聖夜を迎えた。
ディスプレイでは、戦闘機隊の隊長が叫んでいた。
『カキザキーーーーッ!』
俺の心は、男の胸板に包まれて、墜落していた。
それはとても深く、聖夜な思い出として、いつまでも俺の心の襞
に刻み込まれることだろう。
男に頭を・身体を・心を抱かれ、俺はただ、うわごとのように呟
くことしかできなかった。
……ネコ耳さま、ネコ耳さま、ネコ耳さま、
「ネコ耳さまのバカーーーっ!」