雪月スペシャル
革命第一日 鞠姫を殺せぇっ!


「…や、いや、死にたくない、怖い、怖いの、怖い」

 秋晴れの青空、十月。革命広場の中央に据え付けら
れた木製の処刑の舞台の上で、泣き腫らした双眸を狂っ
たように彷徨わせながら、一人の若い女が震えている。

 彼女は反革命の女なり。
 
 処刑台のまわりには、広場を埋め尽くすほどの群衆
がまた今日も集まり、首切り役人に引っ立てられて断
罪の舞台にのぼった哀れな女に、熱い興奮した視線を
注いでいる。
 そのとき、熱気に満ちた広場に、一陣の涼しい秋風
がさぁっと吹き流れた。風は処刑台の上で渦巻き、こ
れから刑を受けようとする女のミニスカートの裾でひ
らりと舞った。

「おおおおおっ!」

 群衆のどよめき。哀れな女は、その両腕は体の前で
交差するように荒縄で縛られているため、風のせいで
お尻のところで浮き上がろうとするスカートを押さえ
ることができない。
 ちらり、とスカートの中が、広場から処刑台上の女
を見上げる群衆の目に露わになる。女の太もも、下着、
そして不自然に膨らんだその上の部分まで…。

「おおおおおっ!」
「い、いや、み、見ないで、見ないでぇっ…!」

 大群衆の大喝采。彼ら彼女らのくさい吐息と飲み込
む生唾の感触、そして自分の大腿部に突き刺さるよう
な視線を受けて、処刑の舞台の哀れな女は、ペタリと
しゃがみ込もうとする。しかしその華奢な体は、首根っ
この襟の部分を強い力でぐっと掴まれ引き上げられ、
再び晒し者となるべく、群衆の前に立たされたのだっ
た。

「さあ、行くのだ」

 無表情な首切り役人が、女を断罪台へと促す。その
とき、ふと顔を上げた彼女の瞳と首切り役人の目が合っ
た。
「ああっ…」
 すでに泣くことさえかなわないくらい憔悴した彼女
の瞳が、首切り役人の顔を見た。年のわりに落ち着い
た美しい顔立ち、そして秋空に映える漆黒の髪を。
「ああっ…」
「さあ、行くのだ。小娘よ」
「ああっ、寒川さま、お慈悲を、お慈悲を…っ!」
 見つめ合う二人。首切り役人と刑を受ける哀れな娘。
しかし、それは一瞬。
 寒川と呼ばれた首切り役人は娘から視線を外すと、
その弱々しく震える肩を抱き背を押し、無表情なまま
に彼女を断罪台へと導いたのだった。
 革命広場の群衆の緊張と興奮が一気に高まる!

「きゃーっ! 寒川さまっ!」
「損之助さまっ! そんな女に優しくしないでーっ!」
「殺せっ、殺せっ、いけっ、寒川損之助ぇ!」

 美貌の首切り役人の勇姿に向かって悲鳴に似た叫び
をあげる街のおかみさん連中。そして刑の執行の瞬間
を想像し拳を振って怒鳴る革命派の市民たち。

 首切り役人はそんな群衆の興奮をまるで意識せぬか
のように、淡々と娘の腰を断罪台の輪へと挟み込ませ
る作業を終えた。断罪台に垂直に立つ厚い板は円状に
切り抜かれていた。
 革命が万民を平等に裁くための断罪の輪。
 その円輪に腰をとらえられた娘。その上半身は、腕
の荒縄は解かれたものの、腰が輪に挟まれているため
自由に動けない。腰から下の下半身は群衆に向けられ、
群衆はその輪から突き出されるような形になっている
哀れな罪人のお尻をじっと注視している。

 哀れな女のミニスカートが風に揺れている。その裾
に、躊躇なく首切り役人の手がのびた。そして一息に
引き上げめくった! 革命的な群衆の目に、哀れな女
の白いパンツが晒された! 
 そしてそのパンツの下、お尻の上からぴょこんとの
びる一本の膨らみも!

「おおおおおおおっ!」
「…ああっ…」

 群衆の興奮が最高潮に達した。それは断罪台で体の
自由を奪われている女のか細い悲鳴をかき消し、革命
広場は波のような熱狂で覆われた!

「白だっ! 白いパンツだ! 王党派の証だっ!」
「あの女、間違いなく革命の敵だわ!」
「それだけじゃねぇぜ! 見ろよ、あの膨らみは…」
「ああっ、なんてことなのっ!」
「尻尾だ! 尻尾だ! 尻尾を出しやがった!」

 そう、断罪の輪の先で、羞恥に耐えられず嗚咽をあ
げている哀れな女の尻からは、見事な尻尾がぴょこん
とのびている。秋空の下、白いパンツの中から、ぴょ
こぴょこと、革命の群衆の敵意を一身一本に受けて!

 彼女は反革命の女なり。

「ああっ…ああっ…」
 断罪の輪にとらわれた女。嘆くことしかできぬ彼女
の虚ろな目に、ふたたび美貌の首切り役人の顔が映っ
た。無表情な首切り役人の手が、あぁ哀れな女の片頬
をやさしく撫で、そして囁いた。
「大丈夫だ。すぐに済ませる」
「…ああっ、寒川さま…」
 娘の顔が、最後の告解を終えたような、そんな安ら
かさに包まれた。
 
 そして、首切り役人は断罪輪の横をとおり彼女の下
半身、群衆の側へと戻り、また彼女のミニスカートを
無惨にまくりあげた! いや、今度はさらにその下か
らぴょこんと突き出ていた尻尾を左手でぐいっと握り、
白いパンツから完全に引き出した! その力強い左手
の先で、哀れな女の尻尾の先がひょこひょこと揺れて
いる。

「おおおおおおおっ……あっ!」

 しゅぱーん! 

 斬! 一瞬の斬戟!

 宙に舞う尻尾は、まだピコピコと揺れている。 
 首切り役人、寒川損之助の一刹那の居合いの抜刀!

 同時に絡繰り仕掛けで断罪台の下半分の板が跳ね上
がり穴となり、断罪輪にとらえられていた哀れな女の
体は、どさり、と奈落へと墜ちていった。
 奈落から異臭が立ち昇る。それはこれまでに断罪さ
れた幾多の罪人が、その尻尾を斬られた刹那に漏らし
た断末魔の嘔吐と糞尿、そして無念の血が染みついた
革命広場の異臭なり。

「おおおおおおおっ!」
「革命万歳! 革命万歳!」
「尻尾娘に死を!」
「いや、まだまだ足りねぇぜ。まだまだ、まだまだ…」
「そうだ! 本当の革命の敵はまだ生きている!」

 熱狂が醒めやらぬ群衆の中心には、断罪台。
 その舞台上で斬り取った尻尾を高々と掲げる首切り
役人の美貌は、秋空の下、興奮した市民たちに囲まれ
てもなお、無表情。

「そうだ、鞠姫だ!」
「そうよ、あの明橙色の髪の異国の女!」
「鞠姫だ! 鞠姫の尻尾を掴めっ!」
「鞠姫か…」
「鞠姫よ…」

 この巴里国の愛すべき市民のどよめきはさざ波のよ
うに広がり、革命広場を覆い尽くす。

「鞠姫を殺せぇっ!」

 その血の叫びは、やがて全土を覆い尽くすのだった。
 秋の日の、今日の哀れな女の断罪は、革命の恐ろし
き日々の、まだ序章にすぎない…。