耳・鼻・口について
1.耐えられる音の大きさは?
2.人体の空調機、鼻の性能は?
3.鼻がかぎ分ける匂いの種類は?
4.花粉の飛距離は?
5.一回の食事で噛む回数は?
6.唾液の分泌量は?
7.味覚が鈍り始める年齢は?
8.健康に暮らすための歯の数は?
9・声帯の振動数は?
ヘルスアドバイス

 1.耐えられる音の大きさは?
         
 一口に「騒音」といっても、人それぞれの感じ方でロック音楽や赤ちゃんの泣き声も、平気な人もいれば、騒音に感じられる人もいます。
 つまり、騒音とは「耳に好ましくない音」「感性に不愉快な音」であって、個人差や主観で大きく左右されるので、客観性を持たせるために、科学的に騒音を示す基準がつくられています。物理的な音の強さを表示する単位としてdb(デシベル)が、感覚量としての音の大きさを表示する単位としてホーンが用いられています。
 dbとホーンは音の振動数によってそれぞれ数値が異なり、1000ヘルツでは0ホーンは0dbですが、100ヘルツでは0ホーンは24dbとなります。
 人間が聞くことができる一番小さな音は0db、病院の静かな病室だと20db、二人に人がささやき声で話していると30db、人が少ない事務室では50〜60db、普通の会話がとびかっているときは60db、町の交差点では70〜75db、クラシック音楽を鑑賞しているときや、高架の電車に乗っているときは80db、はやっているパチンコ店で90db、工場騒音が85〜90db、ガード下や地下鉄の車両がホームに入ってくるときが100db、ロックコンサートで90〜120db、びょう打ち機の音が120db、苦痛限界の音が130dbになります。
 医学的には100dbの騒音の中に一時間以上いると有害であり、130db以上(ふつうの生活ではなかなか耳にできない音ですが)の音を長時間聞けば、確実に難聴になるといわれます。とくに50歳を過ぎると、聴力の回復力が弱まるので、難聴にならないように気をつけましょう。工場などの場合、90db以上では耳栓をつけ、交代時間を早める規則があります。
 ウォ―クマンのヘッドホンによる難聴が心配されますが、実際にただでさえ音が聞き取りにくい地下鉄車内で実験してみると、危険レベルの85dbをこえた98dbでした。
 それでも難聴の発生率が社会問題にならないほどわずかなのは、日本の地下鉄は一時間以上も乗車するほどの距離がないこと、それにヘッドホンの愛好者が若者に多いので耳も健康で、一時的に聴力が落ちてもすぐに回復することが多いからだといわれています。               




 2.人体の空調機、鼻の性能は?

 顔の中央で外に向かって突き出した、奇妙な三角形をした鼻。この鼻の機能は一般にはあまり知られていませんが、人体の空調システムという大事な役目を担うところです。
 鼻は目に見える部分はわずかですが、その奥にある鼻腔(びくう)は広い空間になっています。鼻腔の中央は鼻中隔(びちゅうかく)という骨と軟骨からなる板で左右に仕切られ、さらに、左右それぞれの側方から鼻中隔に向かって、上甲介(じょうこうかい)、中甲介、下甲介という粘膜に包まれた骨が突き出しています。これら鼻腔の空気との接触面積はぐんと広がっていますが、鼻腔の周囲にはさらに多数の副鼻腔という室が鼻腔と交通しています。鼻腔は片側だけで約160uもあります。外からはうかがい知れない空間が広がっていることになります。
 鼻腔は繊毛(せんもう)という細かい毛でおおわれ、繊毛の上面には粘膜ブランケットという粘膜の層があります。そして、繊毛運動によって粘膜ブランケットが一分間に約1cm後方へ移動し、粘膜についた異物、細菌などが排除され、鼻腔自身の清潔が保たれています。粘膜ブランケットに捕捉されることで15ミクロン(1ミクロンは1000分の1mm)以上の大きさの異物ならほとんどが、4.5ミクロンの大きさの異物なら35%が排除されます。
 そればかりではありません。肺でガス交換を行っているのは肺胞という半球状の袋ですが、ここに入る空気は37℃、湿度95%でなければなりません。そこで、吸入された空気は鼻腔を通過する間に温められたり、加湿されたりします。鼻から空気を吸って肺へ入るまでの時間は、わずか12分の1秒。たったこれだけの間にこんな芸当をしてしまうのです。
 こんなにハードな働きをしているせいでしょうか。約80%の人の鼻腔が左右交代でその任に当たっています。この鼻サイクル、3〜4時間の周期で行われていますが、もちろん無意識下のできごとです。




 3.鼻がかぎ分ける匂いの種類は?

 呼吸のために外部から空気をとり入れる機能をするのが鼻です。欧米人の鼻が高いのは、欧米人の起源が北欧系であり、気候が寒くて吸い込んだ冷たい空気を肺に届ける前に温める必要があるからという通説があります。しかし同じ日本人でも、江戸時代の庶民は鼻が低いのに比べ、大名たちの鼻が高いのは気候だけでは説明できないものがあります。
 鼻の軟骨は、とくに17、8歳のころに発達するので、そのころに動物性タンパク質を十分にとれた当時の上流階級の人は鼻が高かったのかもしれません。現代では欧米並みの食生活に近づいているせいか、若い世代の鼻ぺチャは少なくなって、顔立ちもバタくさくなくなってきたように思えます。
 鼻の役割は呼吸と匂いをかぐことです。鼻の奥の鼻腔には嗅上皮(きゅうじょうひ)という粘膜があり、この中の嗅細胞が匂いの刺激を神経に伝え、脳で匂いとして感じます。ヒトが持っている嗅細胞の数は約500万で、3000〜1万種類の匂いをかぎ分けられるといわれます。とくに空腹時や妊娠時、月経時やヒステリー、神経衰弱気味のときに過敏になります。
 イヌは嗅覚器が大きく、嗅細胞の数は人間よりはるかに多くて1〜2億あるので、人間の100万倍も敏感に微量の匂いに反応します。この特性を生かして訓練すれば、警察犬が犯人の行方をかいだり、空港の麻薬犬が麻薬類を発見したり、災害救助犬ががれきの下の負傷者を探しあてたりと、大活躍できるわけです。
 匂いをかぐときは、どの哺乳類も鼻をひくつかせます。嗅細胞は鼻の天井にあるので、クンクンと強く空気を吸い込めば、匂いを含んだ空気が細胞によく触れるからです。人間の嗅覚は主に食べ物に関係しています。まず食中毒で死なないために、食べ物が腐っていないかをかぎ分けるのが本来の仕事。そして食欲を増すような香りは、おいしく食べるために欠かせません。
 料理を楽しく味わうために欠かせないのは、舌による味覚と鼻による嗅覚です。味はまあまあでも匂いがよければ美味しいと感じるし、味がよくても匂いが悪ければまずいということもあります。また、コーヒーと紅茶の区別や、バナナとさつまいもの区別がまったくつかないという実験報告もあります。




 4.花粉の飛距離は?

 体には外部から異物(抗原)が侵入すると、それに反応する抗体がつくられ、次に同じ抗原が入ってこようとしたときに、異物を排除しようとする抗原抗体反応がおこります。
 この防衛反応が過剰で、体に不利に働いた状態がアレルギーです。
 昭和51年は最初にスギ花粉症が数多く発生した年でした。初めは眼瞼結膜にかゆみを感じるくらいだったのが、いまや春先の国民的行事の感があります。くしゃみ、鼻水、鼻づまりが発作的に繰り返しおきて、初めは「風邪かな?」と思っているうちに、目の充血やかゆみがおき、重症になると息をするのもつらいし、頭痛、腹痛、寒気が付け加わりボーッとして集中力がなくなってきます。
 花粉症は成人になってからかかるケースが多く、発症のピークは30歳、経済が急成長した昭和30年代から、アレルギー患者は年々増加傾向にあります。
 ハンノキ、ヒノキ、ブタクサなどの花粉でも症状がでますが、日本ではスギ花粉が80%を占めます。スギ花粉の大きさは平均30ミクロン(1ミクロンは1000分の1mm)、その他の花粉は25〜50ミクロンなので、吸い込まないためには専用のマスクが必要です。
 花粉の飛散時期は関東を例にとると、3月が52〜69%,4月が25〜44%、2月が4〜9%と3月がピークです。
 なぜ花粉症にかかる人とかからない人がいるのかはまだ解明されていません。おそらく先天的な体質で、血縁関係者にアレルギー体質の人がいる場合になりやすいといわれています。アレルギー源の花粉を毎年すこしずつ吸収していって、体の抗体が多くなり、ある年突然症状がでます。この場合、次の年にも90%の確立で花粉症になるといわれています。
 戦後の復興のために、全国くまなく成長の早い杉の植林が行われました。それらが大木になっておびただしい花をつけるようになったのがここ20年くらいのこと。杉の花粉はとても軽いので、春の突風に乗って飛びやすく、その飛行距離はおよそ200kmにも及びます。
 開花の時期に多少の差はあっても日本列島が黄色い花粉にすっぽりおおわれる2〜5月、くれぐれもお大事に・・・




5.一回の食事で噛む回数は?

 1970年以降に生まれた日本人に共通して現れている傾向として、エラがはってしっかりとしたあごの顔つきが減って、鋭角あごで鼻が高く、おちょぼ口の西欧人っぽい顔立ちが多くなっているのに気がついていますか?
 これは体格は良くなったのに全般にあごが細くなったためで、体格に応じた量の酸素を吸い込むためには鼻を高くしなければならないし、小さいあごにはバランス上小さな口が形成されるので、柔らかい食事をとりなれた西欧人の顔立ちに似てくるわけです。
 あごの大きさは食物をよく噛むかどうかによって決まります。たとえば古代人は木の実や干し魚などの固いものを常食にしていたので、遺跡から発見されるあごの骨はよく発達してがっしりしています。江戸からつい数十年前まで、白米の四倍以上咀嚼(そしゃく)しなければならない玄米を主食に、目刺や根菜をおかずにしていた庶民のあごも、かなり鍛えられていました。
 徳川16代の将軍の顔立ちを残された肖像画や実際の遺骨などで分析した結果、戦国武将として野山の戦場を駆け巡り、乾し飯や勝ち栗などの非常食をとっていた家康や秀忠はエラがはった大きな顔ですが、元禄時代以降、大事に育てられた将軍達はおしなべて面長で、歯並びの悪さや虫歯に悩まされていたと言います。
 この徳川300年のあごの変還を最近の20年でやってしまったわけで、あごの大きさは2,3割は小さく、きゃしゃになっています。あるデータによると、一回の食事でかんだ回数は鎌倉時代で2654回、戦前でも1420回なのに対し、小学校の給食では689回にすぎませんでした。
 しかし、あごが細くなったからといって、歯が突然小さくなるわけではありません。2000年前の弥生人の歯は1000年に1%しか大きさが変わらないのです。
 必然的に、細くて小さなあごに生える永久歯はきゅうくつに混み合って、きれいに揃わないし、ジグザグに乱れて生えてきます。咀嚼が少ないから歯並びが悪くなる、歯並びが悪いから噛む力が弱くなるという悪循環はたんに歯のトラブルだけでなく、あごの骨のズレから脊柱側湾症(せきちゅうそくわんしょう)を誘発するおそれがあるともいわれています。