021〜030

SSS021(誘惑)

「飼われてみない?」


「……熱あるの?」
突然言われた科白に瞬きして。
呆れた声で額に手をやってやる。
目の前に酒はない。
だから酔っている筈もない。
なのに、何でこんな世迷いごとを。
…まぁ、コイツが妙な事を言い出すのは今に始まったことじゃないけどね。
「ないって」
「変な事言うからでしょ」
「え〜。良くない?イイコだったらご褒美あげて、そうじゃなかったらオシオキ」
「あ〜。ハイハイ」
「絶対大事にしてあげるよ?首輪だって用意するし」
「…イイお医者さん探してあげようか?」
「……冗談デス」
「よろしい」
全く。
なんて馬鹿げた、突拍子もない事を言い出すのやら。
変なモノでも食べたのかな。


「でも、さ」


「本気で大事にするのになぁ」


「…そういうのは、フツーでいいのよ」
意味ありげに見てくる相手にぴしゃりと言い放つ。




それでも。

一番最初に。

物凄く、甘美な誘惑の科白に。

息を飲んだのは。

バレてるのかもしれない。


SSS022(上戸)

「…接触過多に、なるのよね」
一人で頷く相手に溜息。
「そう思わない?」
「…お前の接触過多はいつもの事だろーが」
「 だからぁ、いつも以上って事」
にぱぁ…と笑いながら目の前のグラスを煽る。
…ちょっと待て。
それはアルコール度数60度…。
言っても意味のない事を思いつつ、見事な飲みっぷりに嘆息。きっと、同じのを追加するんだろう。…強過ぎ。

これだからザルの女は…。

人のオゴリだと思って、くぴくぴ飲むなよ。
連れ帰るの誰だと思っているのやら。
「でも、誰でも良いって訳じゃないのよ?一応選んでるんだけどね。基準、あるみたい。どう思う?」
「…知るか。とりあえず、俺には触るんだな?」
ふにふにと俺<ヒト>の腕で遊び出したヤツに深い溜息。基準なんか知らないが、取り敢えず他のに触るよりはマシ。
「うん」
機嫌良いなー。酒の所為だろうけど。
「…ほんと、スキンシップ好きだな」
「うん。大好き。本当はね、素面でもベタベタしてたい」
「…そうか」
「でも普通、ダメじゃない?だからぁ、酔っ払いの行動にするのー」
ふふ、と笑う顔は微妙に自嘲を含んでいて。
腹が立つ。
「…抱っこ」
「はいはい」
「スキンシップ上戸って、ありかなぁ?」
望み通りペッタリ引っ付いてるのに泣き笑いの声なのが気に入らない。
「…お前の場合は抱き上戸だろーが」
「うん」
「今更、諦めてやるから」
「うん」
「好きなだけくっついてな」
「…はぁい」
捻くれた淋しがりの相手は、面倒臭い。
それでもまぁ。
付き合ってやるだけの価値もなくは、ないだろう。


SSS023(繰人形)

あってなきが如しのプライドを

フリカザシテ歩いてく。


オトナのセカイに背を向けて

知らぬぞ存ぜぬツラヌイテ。


いつか自分も

Pale Puppet。


SSS024(けっ)

男らしいとか
女らしいとか
誰が決めたか
知らないが。


押し付けられるなら
クソ喰らえ。



そんな基準
取っ払った
自分らしさが
勝負のキメテ。






ALL or NOTHING




全て個性。


SSS025(翼)

「『翼を下さい』って曲、あるじゃない?」
「…あるな」
「何か、頷けない?」
「何が」
「んー。解るなぁ…って。翼、欲しいなぁ…って」
「飛んで行きたいのか?」
「うん」
「お前な」
「白くなくても良いけど、さ。飛んで行きたい」

「…折ってやるよ」

「え?」
「翼。根元から。…風切羽切ってやってもいい」
「お〜い…」
「お前みたいなヤツには、蝋で固めたのくれてやるから」
「…お〜い」
「太陽付近まで飛んだら墜ちて来い」
「私はイカロスかよっ!」
「妥当だろ」
「何でっ」
「…解んねぇの?」
「解るか!」
「飛んでくなって言ってんだよ」
「…」
「ここに居れば良い」
「うわー。…熱烈」
「五月蝿い」



「…ねぇ。蝋で固めたのはくれるって言った?」
「言った」
「…じゃあ、限界まで飛んでくから、お後宜しく」
「…おい」
「ちゃんと、受け止めてね」
「……………おう」


SSS026(悪夢)

…夢は。
良かった、と思う為に観るのだと。
そう、何かの本で読んだ事がある。

例えば。
良い夢を観た時は「良い夢で良かった」
悪い夢を観た時は「これが夢で良かった」
と。
そう、思う為だと。

でも、悪い夢を観た時に、そう簡単に良かった、なんて思えないから。
腕を伸ばしてしまう。

「…どした?」
「なんでもない」
「まぁた、何か変な夢でも見たか?」
「…ん」
「人に言えば、逆夢になるってよ」
「…アナタが傍からいなくなる、夢」
「そっか。あり得ないから安心しな」
「…ん…」

引き寄せられ、甘く背中をあやされ、やっと、安心する。
そして。

あの夢が、ただの夢で良かった…と、漸く思えるのだ。


SSS027(衝動)

いきなり。
本当にいきなり。
キスなんてしたら。
どんな反応するんだろう、あいつは。

ボケてて。
天然で。
鈍感で。
可愛くて。
何より大切な…あいつは。
本当、一体、どんな表情をするんだろう。



湧き上がる衝動。



いつまで持つか。





「何してるの?」
「すーがくの宿題」
「見せて」
「…自分でやれって」
「算数嫌い」
「算数じゃねぇし」
「んじゃ、教えて?」
「はいはい」





いつも一緒だから、それを壊すのは怖い。
けど。
いつか。



この衝動に飲み込まれるかもしれない。




その時には。



嫌わないで。


SSS028(難儀)

感情そのものは単純なのに。
その他の事情が邪魔をする。

立場。
プライド。
性格。

今更なモノと失くせば良いモノに縛られて。
先に進む事を拒んでる。


もっとずっと、コドモの時なら。
こんなモノに足を取られる事もなかったろうに。


今は。
くだらないと思いつつも、そんなモノが大事になってる。


感情を素直に口にする事はなんと難しいか。



映画を観て。
読書をして。

そんな事でなら幾らでも表に出せるのに。




自分を覆す。
人生を左右する。

そんな可能性が物凄く怖い。

現状維持で立ってるのがやっと。


ナサケナイ。




「飲みに行く?」
「ん。いーよ。ゴチソウサマ」
「誰が奢ると言った」
「…ち」




表面の平静と内面の狂喜。

何故か、決して見せる事が出来ない。

たとえ。
手遅れになっても、隠してしまいそう。
手に余る、心。



あぁ、なんて。




難儀。


SSS029(恐怖)

怖い怖い怖い。

目を逸らせ。

意識を外せ。

近付くな。



アナタは恐怖。
誰よりも危険。
なんて怖い。



その目で見ないで。
その声で語らないで。
その手を伸ばさないで。




お願いだから。



私を変えないで。




アナタに見詰められたいと思う。
アナタに囁かれたいと思う。
アナタに

支配されたいと願う。




そんな感情に

私を攫わないで。


SSS030(恋着)亮哉と風津姫

「…アンタなんて、大っ嫌いよ」



意志の強い瞳。
真っ直ぐに睨め付けるあの、表情。
心地良ささえ感じる、偽りのない感情。

総てが自分を縛り付けた。



細胞の一つ一つが歓喜する。
血が沸く。
肉が踊る。
意識そのものが持っていかれる。



ただ一人に。
そう。
彼女に。





欲しい。


欲しい。


欲しい。


どうしても。



この自分を縛り付けた、彼の人を。
この腕に閉じ込め、壊したい。


嫌悪と憎悪で焦がしてみたい。
真紅に染まった彼女は誰よりも艶冶。


それをするのは自分。
自分だけ。



それはなんという快楽。

誰にも譲れぬ悦楽。


愉悦の中で策を弄す。


今より彼女は、我の物。