生まれてくれてありがとう。 生きていてくれてありがとう。 出会ってくれてありがとう。 何にも変えがたい君に、想いの証を渡したい。 どうかどうか受け取って。 もう9月も半ば過ぎ。あいつの誕生日も目前。 なのに、プレゼントの1つも思い浮かばなかった。 …多分、あいつは何も望んではいないだろう。なにせ、無欲に形をつけたような奴だから。正直に何が欲しいか聞いても、『ない』という答えが返って来るのは判ってる。 しかし、だ。 何かしたいというのは俺の本音で。出来れば何かを渡したいというのは切望で。だからここ数日、寝る間も惜しんで悩みまくった。 …それはまぁ、好きなものとかは一応知ってる。 例えば酒。『枠』で、いくらでも飲む。最近はワインに凝っているようだから、辛口の白ワインなんか充分に喜ぶだろう。 でも、それをメインにしたくない。酒なんて飲んじまえば終わってしまう。そんな刹那の代物を渡す訳にはいかない。 俺が渡したいのはそうじゃなくて─────────残るもの。 手に、見えるところに、常にあるもの。 誰より刹那的で、脆くて繊細で綺麗なあいつの元に、残るものでなければ意味がない。 それこそ、枷のように。 自分の脳の足りなさに苛立つ。 どうでもいい相手へのプレゼントならいくらでも思い浮かぶのに、たった一人へのプレゼントが思い浮かばない。 きっと、何をやっても喜んでくれるから。 一瞬目を見開いて、それからゆったりと笑うだろうってのを知ってるから。 それを見たい自分がいるから。 だから、適当なんかでは済ませない。 そんなこと出来やしない。 …でも、期日は迫ってくる。 悩んだ割に妙案も出ず、お陰でとうとう期日前日。どうしようもなくなって、いつもより随分と早い時間に家を出ると、街を彷徨う。いろんな店を覗き、露店を冷やかして、日もしっかり暮れた後、漸く気に入ったのを見つける。 小さな石。 蒼く蒼く深い、群青の石。 あいつが好きだと言った、夜の海の雫。 その色。 目立った細工も何もしていない唯の欠片のようなそれを買って、いつもの店に行く。いつものGAMEには目もくれず、カウンターで酒を片手に石と取っ組み合う。 「…器用ねぇ」 「ん──────」 隣の声を聞き流す。悪いとは思うが、今は相手にしてられない。とにかく、日が変わるまでにこれを作ってしまいたい。 「それ、サファイアでしょ?キィホルダーにしてるみたいだけど」 「…よく知ってんな」 くすくす笑う相手に、感心する。こんな、カッティングもしてない石見て、よく種類がわかるよな。俺は聞くまで判らなかった。 「そりゃ、女ですから」 「…そんなもん?」 「そんなものよ。…知ってる?サファイアってねぇ、慈愛とか誠実って意味あるのよ」 へー。それは知らなかった。…でも、ぴったりだな。 「そりゃ、ちょうど良かった。…魔除けは、あいつ持ってるからな」 さて、出来た。 我ながら上出来。石を買った店で貰った小さな箱に詰めて(包むのは流石に頼んだが…)、時間を確認して出て行く。 今から帰れば、ちょうど日付が変わる頃だ。 いつもより数倍、速かったんじゃないかと思う程短時間で家の前に着く。それでも、息を整えるのに時間食ったから所要時間としては変わらなかったかもしれない。 「ただいま〜」 寝ていたら困るので、極力音を立てないようにドアを開け、中に入る。 「お帰りなさい!…今日は早かったんですね」 ぱたぱたと出て来る姿に内心苦笑する。…まぁ、確かに、朝帰りと比べれば遥かに早い時間だよな。うん。 …それにしても、なんだか対応が新妻だよ、お前さん。 「変?」 「いいえ。珍しいな、と思って」 …弁解はするまい。 「…んー。なんか、眠くってさぁ…」 「どうかしたんですか?」 心配そうに首を傾げる相手に、寝不足の理由なんか教えてやらない。 「…ま、俺寝るわ。──────…と、そうだ、これ」 なんでもない風に、さり気ない風を装って小さな包みを相手の手の平に乗せる。 「…え?」 綺麗に包装された代物に心当たりがないらしい。不思議そうにこちらの顔を覗いてくる。だからと言う訳ではないが、取り合えず気付かれないように深呼吸。 …そして。 「Happy Birthday present」 耳元に口を寄せて。低く。 「For You」 甘く。 「…ま、そういう訳だから。おやすみ〜」 相手に何かを言う隙を与えず、手をひらひらさせながら、そのまま自室へと向かう。部屋のドアを閉める間際、玄関に突っ立ったままの相手の呟きが聞こえた。 「──────…卑怯者…」 |