確 率



「お帰り、哲ちゃん」
「真希…」
 仕事から帰ると、隣の幼なじみが部屋でくつろいでいた。
「…玄関には靴はなかったぞ」
 住宅街の、それも隣接した家で、屋根と屋根の隙間は50cm強ともなれば、二階の部屋なんて屋 根伝いに出入り出来る。
 しかし、だ。俺の部屋の窓は鍵がかかっていた筈で、普通は入って来られる訳がない。その上、 先刻俺が自分で言ったようにうちの玄関には若い女物の靴なんか置いていなかった。ちなみに、 女物の、と言ってもそれはサイズだけで、決してパンプス、ヒール系を期待してはいけない。
「決まってるじゃん。瞬間移動(テレポート)
 別に、鍵開けて入っても良かったんだけど。と、笑いながら続ける、全然悪びれない相手に ただでさえ疲れている神経が更に擦り減っていく気がする。確かに、真希にかかればたいてい の家は無防備状態だろう。昔から、隣の住人が宇宙人だったとか、親友が人間じゃなかったと か言うマンガや小説はよくあるが、俺も充分、その手の話に出る資格があるんじゃないだろう か。幼なじみが特A級超能力者だなんて、普通はないだろう。ないと思いたい。あったら…昔 のSFだな。今時、そんな設定作る奴すらいないぜ。
「ふぁ…」
 今更の事に怒るのも面倒で床に座ると、待ってましたとばかりに人の膝に頭をのっけて寝付 く。
「真希」
「だって頭痛いんだもん。疲れてるんだよぉ」
「自分の部屋で寝ろ」
「雑音(ノイズ)があるからやだ。哲ちゃん、思考障壁(シールド) があるから楽なんだってば」
 勝手なことを並べて眠りだす。よくは判らないが、真希の言葉によれば俺の思考は読めない らしい。ただ、他の人間の思考は読みたくなくても頭に入って来るそうで、一般に耳に入って 来る雑音と同様に思考も入って来るとか。時々、それが強すぎて偏頭痛も起こるそうだ。立派 な一般人の俺から見れば便利だか不便だか判らない体質ではある。
「真希、起きろ。せめてベッドで寝なさい」
「や。哲っちゃんのが良い」
 …俺は枕か。まぁ、多分にそう思ってるらしい節はあるが。
「頭痛の原因は?」
「ん?」
「久しぶりじゃないか」
「んー。────────フラれた」
 意外。フラれた、ねぇ。真希でもそんなもんに縁があったのか。そう言えば、一応そーゆー歳 か。
 そうはとても見えないが。(注意・真希と俺の年齢差は5才である)
「ん、まぁ友達だったんだけどさ。ドジったぁ…。まさか暴露るとは思ってなかったしね。で も、さ、バケモノ、だって。────────それに、今時、こんな反応があるなんて思って なかっ…」
「────────寝ろ」
「はーい」
 寝返りを打ち、顔を下にして寝ようとする。もっとも、寝息が本物になるまでそんなに時間は かからなかったが。




 それにしても…バケモノ、ね。言った奴はその言葉がどれだけこいつを傷つけるのか、なんて思っ てもみないんだろうな。ただでさえ俺以外の人間に知られるのを避けてるのに。人と違うのをここ まで気にしてる相手に対する言葉じゃ、ない。それに、真希は相手が口先で言ったのか心の底から そう言ったのかが他人よりずっと判ってしまう。思うだけでも充分過ぎるほど傷つけられるのに、 口がついちゃなぁ…。
「────────真希、お前…人に会う"確率"って知ってるか…?」
 人に会う確率。市なら数万人分の1。県なら数十万人分の1。国で一億二千万人分の1。世界で は50億人分の1の確率。しかし、これは今現在だけの場合。人が発生してから現在までの人数なら …もう無限に近い数になる。当然ながら同じ人間はどこにも存在しないし。だから、そんな確率で 出逢えた奴なら、出来る限り、どんな奴でも好きでいたいと思う。折角会えた訳だし。…とか言っ て、どうやっても気にいらない奴もいるけどな。
「ちょっと、何かあったら"ここ"にいないかもしれなかったんだぞ?」



 想定出来ない、偶然。



「んー?」
「…何でもない。寝てな」
 薄目を開けた真希の髪を梳いて寝かし付ける。
「…だから、だからな。たった1人に逢う確率はメチャクチャ低いんだ。だから、お前がたった1 人に逢えるまで、仕方がないから俺が側にいてやるよ」




────────もし起きてたら少女趣味と笑うかも知れないけどな。







ちっとだけコメント。
哲ちゃんのフルネームは金子哲也。真希のフルネームは速水真希。
真希はボーイッシュな大学生で、哲ちゃんは某一流建設会社社員です。
実は、この哲ちゃんにはモデルがいます。はい。
この二人はお気になので、また書きたいとは思ってるんですけどねぇ。


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