ピピピピピピッ……… 二日酔いの頭には少々響く目覚し時計の音。 「ん………」 頭の上のスペースを右往左往させながら、何とか音がでかくなる前に止めてそのまま腕を落とす。 ムニュ…。柔らかな感触が腕に覚える。 「なっ?」 慣れない感触に思わず跳ね起きると、傍らに何故か素っ裸のエクセレン。しかも、彼女は気持ち良さそうな寝息をすぴょすぴょと掻いている。 「なっ、なんで?」 気が付けば、自分も素っ裸である。寝る時は最低でもトランクスだけは着けて寝るタイプである。しかし、何故か素っ裸である。 「なんで?」 周囲を見回すと、脱ぎ散らかさせた二人分の服。おまけに、ライトの下には封の開いた箱、ゴミ、普段ボードの傍にあるティッシュの箱。そして……………始末した跡。 「ちょっ、ちょっと待て。落ち着け、落ち着け」 重い頭を抱えながら しかし、自分に記憶がない。妙に清々しい感覚は躯にあるのだが、記憶が無い。 「と、とりあえずシャワーでも浴びてくるか」 エクセレンを起こさないようにそっとベッドを抜け出し、脱ぎ散らかした服もそのままにタオルをひっつかんでバスルームに飛び込んだ。 シャワーのコックを捻り、頭から思い切り浴びる。 「あつっ……」 背中に鈍い痛み。シャワーカーテンを開け、ミラーに背中を映して眺めみて青褪める。身に覚えのない爪痕。しかも、六本。猫に引っ掻かれたにしては長すぎる。 「うーん」 洗うべき所を全て洗い上げ、冷水を頭から浴びた後シャワーを止める。 躯をさっと拭いたタオルを軽く腰に巻き、頭を拭きながらキッチンに行き 冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、それを一気に飲み干した。 「記憶がないってのはまずいだろう……」 何とか思い出そうとまだ痛む頭に努力を加える。 「……昨日は、ハガネが無事地球に帰還したんだよな」 昨日の昼間までは、宇宙で戦争をしていたのであるから………。 「……確か、皆で飲んだ後………………」 クレハを無事奪回し、敵を撃沈し 無事地球に帰還したハガネの乗組員と交わした約束通りの打ち上げを盛大に行った後、二人でぶらぶらとただ何となく歩いていた。 「結局ブリットくんは、クスハちゃんがまだ好きなのよねぇ。片思いって切ないわよねぇ。あ、でも、クスハちゃんはリュウセイくんが好きなのよねぇ。リュウセイくんは…?まあ、いいとして。わぁお、必殺の三角関係。ドロドロだけど、ラブラブじゃな〜い」 「エクセレン、そのラブラブってのはやめろ」 「あ〜ら、いいじゃない。私、ラブラブって好きよ」 死語を連発するのはエクセレンの悪い癖である。 「ふぅ〜。少し、酔っちゃった」 しかし、極めて酒豪で人を酔わせてその様子を見る事が楽しみな小悪魔エクセレンが酔う筈はないのだ。それが、今夜は何故か酔ったように ふと左肩にしなだれて来た。 「どうした?」 払う理由もないので、そのままの状態で問い掛ける。酔わなくても、気分が悪くなっているかもしれないと思ったので。 「キョウスケは、私の事好き?」 「…どうして、そんな事を訊く?」 不意に好きかと問われて返答に困ったのは事実だった。 「そうだな、味噌汁と謎のオクラ納豆おにぎりは上出来だった」 でしょー、あれは愛の成せる技だ、という表情を浮かべる。 「不思議な虹色スープも家庭の味だった」 うんうん、と頷いてみせる。でも、不思議なって何?という顔をする。 「俺は…………」 しかし、次の言葉が簡単には出てこなかった。別に酔っているという訳ではなく、酒が入った勢いで言った言葉と取られないだろうか、いまいち不安だからである。 「俺は?キョウスケ、俺は…何…?」 余りの沈黙に怪訝な表情を浮かべたまま、エクセレンが思わず問い掛ける。 「大切に思っている………」 ぽそりと呟く 「わぁお、凄い台詞聞けちゃった」 「凄いって、お前が訊いてきたんだろう」 そう言いながら 滅多にお目にかかれない少し照れたような表情を浮かべるキョウスケを見て 眸をキラキラと輝かせ、頬を紅潮させたままエクセレンはキョウスケの回りをクルクルと回る。 「何だかすっごい良い気分。もっと飲みたいな〜」 飲みたいと言われても、周辺は既に繁華街から離れてしまっていた。あるのは、もうすぐ販売時間が停止する自動販売機のみである。 「ん〜、譲歩して自販のビールでも良い。飲みた〜い」 そう言われ、どうしたものかと腕を組んで暫く考えた後 「なら、そうだ。俺の部屋に来るか?良い酒があるんだが、俺一人では飲みきれない量なんでほったらかしてあるんだ。ああいうのは、開けたら飲んでしまわないとまずくなるからな」 「キョウスケの部屋に行っても良いの?」 「飲み足りないんだろう?」 返事の代わりにエクセレンは 嬉しい、という表情を浮かべた 徐々に思い出しつつ記憶を辿りながらラグソファのある部屋の隅にあるテーブルの上を見ると、確かに飲み干された酒の瓶や空き缶が散乱している。相当飲んだようである。 「……昔話を色々したな。エクセレンご自慢の不思議な虹色スープの恐るべき伝授法とか…」 あの明るさは、母親譲り。スーパーロボットを操る技量や能力 射撃の腕は、父親譲り。 「酒好きは、どちらに似たのかな…」 どんな高い酒もエクセレンには適わないな…と、言いかけた時 失っていた記憶が少しだけ回復した。 「どんな高い酒も、エクセレンには適わないな」 かなりほろ酔い状態の自分とは対照的な、エクセレンに言う。 「そんな事無いわよ、しっかり酔ってるわよ」 「嘘付け、そんな風には…………」 言葉が旨く繋げなくなってきている。この分では、そう長い時間正気を保っているのは不可能だろう。 「……寝る?」 エクセレンの声がやけに気持ち良い。 「……ん、ああ………そう、だ……な……」 「ベッドは何処?運んであげるわ」 促されるままに立ち上がって、ふらふらとおぼつかない脚でベッドルームに向かう。 「大丈夫、ダーリン?」 「エ…クセレン、その呼び方は…よ……せ」 しどろもどろの口調で抗議をするが、説得力は大いに欠けるだろう。 ドサッ…。ひんやりとしたベッドのシーツが心地好い。半分寝ぼけている様な状態のまま鬱陶しげにサスペンダーを取り外してベッドの脇に置き 続けてベルトを外し、腹が苦しいのかジッパーを下ろす。 「……私も、寝ようかな」 一人で起きているのも何だなと、エクセレンはぽそりと呟いた。 「ん、じゃ…一緒に、寝よ…」 そう言うなり、エクセレンを押し倒しすぐさまビスチェのボタンを驚く程手早く外すと、ハイネック シャツをひっぺがして下着を毟り取った。そして、覆い被さる。 「キョウスケ?寝るんじゃないの?」 あまりの行動にされるまま状態のエクセレン。 「ん…寝るよ、うん…」 言っている言葉とやっている行動がかみ合っていないのだが。ま、いっかー という表情を浮かべた エクセレンは、キョウスケの首に腕を絡めた。 「……キス、して。キョウスケ」 言われるままに口吻ける。浅い口吻けから、深い口吻けに。溺れる程の快楽をエクセレンに与えていく。 全てを思い出し、大いに反省しながら洋服を着替え、締め切っていた窓を開ける。 新鮮な心地好い風がカーテンを揺らす。 「さて、冷蔵庫に冷凍食品があったから それと缶詰で何か旨い料理でも作るか……」 飲み干された瓶や完をひとつひとつ片付けながら…思い出したようにクスリと笑う。 「他人の様に気の利いた台詞を言ってやれる訳じゃない」 口下手なのは、言葉で相手に理解をさせるのが苦手だから。自分の思いを伝えるのがただ下手なだけ。言葉で紡ぐ事ができるのなら、そんなに簡単な事はない。言葉だけで真実が伝わるのなら、そんな苦労はしない。幾ら言葉を紡いでも、感情に流されれば真実そのものが伝わらない。内に秘める思いだけが、ゆらゆらと熱くなる。言葉は、どんな嘘をも隠してしまうのだから。 「……意外と、デカイんだなぁ」 脱ぎ散らかされた服を拾い上げ、しげしげとエクセレンの下着サイズを見た後 意外と器用にたたみながら ふと 宙を眺める。 「ただ、その存在が当たり前だと感じてしまっている」 何時からだろう、自分でもはっきりとは覚えていない感情。気が付いた時には、既に出来上がっていた感情。しかし、誰かに作られた訳ではない 自分の中に燃え上がっている感情である。 「とても、大切に思っている」 だから、失いたくない。失えない。どんな無茶を強いても守ってやりたい。それが例え、分の悪い自分の生死を賭けた大博打であったとしても。 「誰よりも、何よりも」 甘く切ない吐息と肌の香り。感情が奮ぶるほどに熱くなり、結果、求めてしまった肌の温もり。数え切れない程の数を数え、求め合って欲望の赴くままにその身を任せたりもした。 「言葉では言い尽くせないほど」 離れていても、その気配を感じる事ができる。今までも、これから先も。多分………。 「おまえを愛している」 「私もよ。愛してるわ」 寝ていると思ったエクセレンが、しっかり起きていて、しかも独り言をしっかり聞いていたのである。思わず、苦虫噛み潰した表情を向けて低く呻いた。 「愛してるわ、キョウスケ」 言いながら、ゆるゆると起き上がる。 「エクセレン、服。そのままじゃ風邪を引くだろう」 素っ裸の自分の姿を見て、あらっ、というだけでしれっとしている。 「ねぇもう一回、聞かせて」 「うっ………」 もう一度言ってと言われて、言えるほど人間出来ていない。 「いやん、ダーリン。もう一回言って」 「絶対、言わん」 「んもぅ、ケチなんだから」 ケチと言われようが、起きている以上口が裂けても言わない。 「でも、そんなキョウスケが一番好きよ」 シーツを躯に巻き付けただけの状態で、エクセレンは思い切り抱き付く。 「わっ、馬鹿…」 避ける訳にも行かず、それを受け止める。勢い余って、ソファーに倒れ込んだ。 「私達って、超ラブラブって感じぃ?」 「…………馬鹿」 小さく溜め息をついた後、口唇に おはようの挨拶を交わすのだった。 |