「ブリット、構わん。…やれ」 なっ!キョウスケはあたしを馬鹿にしている?「やれ」だって?? 「でも、キョウスケ少尉。アルトに傷をつけたら少尉が…」 「いや、構わん。お前の持てる力でアルトを止めろ。お前ならできる。やれ」 受信機から聞こえてくる冷たく響くキョウスケの声。 この声にだけは従わなければいけないとブリットの本能がざわめく。 「り、了解!!」 しかし、ヒュッケバインはGインパクト・キャノンの標準を定めあぐねいていた。 「ブリット、狙うなら右腕だ。一撃で堕とせ」 「…ふざけんなっ・・!あたしだって!!」 ブリットは言われるままに標準をあわせ、撃ち放つ。 「直撃!?どうしたアルト!お前の力はそんな物じゃないだろう!動けってば!!」 アルトアイゼンの右腕「ステイク」が軋んだ音をさせながら回転を繰り返していた。 操縦桿を上下に振るが、アルトはびくりとも動かなかった。 「動けってば!!!」 どうして動かない?まだ、アラートランプは付いていない。被弾した警報音だけじゃないか。なのに、なんで? 「アルト!!!」 警報機の音もやがて治まり、コックピットは静寂に包まれた。 「カチーナ中尉、もうアルトは動きません。模擬戦を終了します」 レシーバーから聞こえてくるキョウスケの声に、目の前の標準パネルを殴りつける。 「まだ戦える!!あたしだって、できるんだから!!!」 まだ戦える。アルトだって、装甲が厚い筈。何時もキョウスケが言っている「装甲は厚い」と。だから、 自分がブリットなんかに負ける筈がない。あんな女とロクに会話も出来ない様な弱い奴に負ける筈がないのだ。 「…そうですか。しかし、アルトはもう戦闘不能です。例え動いたとしても、あなたの負けですカチーナ中尉」 「そんな事言っちゃって良い訳キョウスケ?」 「カチーナ中尉のアルトはもう戦えない、本当の事だ」 「そうかしら…」 エクセレンの瞳にはそうは見えないのである。キョウスケならば、まだ戦えるだろうアルトの姿である。 「ブリット、模擬戦は終わりだ。すまないが、アルトを格納庫に搬送してくれ」 「了解」 搬送用のカタパルトにアルトアイゼンを乗せると、カチーナを乗せたまま格納庫へ移動する。 「何で…!!!」 操縦桿から離れた両手が、思い切りパネルを叩きつける。 「何でキョウスケにできて……!!!」 何度も何度もパネルを殴りつける。グローブを着けている為、手が直接傷つく事は無い。 やがて、コックピットが外側から開けられる。 「大丈夫ですか?」 その声の主をカチーナは思い切り睨み付けた。 「何で止めさせた!!!まだ戦えたのに!!」 「いや、あなたは戦えない」 その言葉にカッとなったカチーナは、操縦席と自分とを固定していたシートベルトを即座に外して身を躍らせた。 しかし、その拳はがっちりと握られてしまった為、大願成就する事は無かった。 「これが実戦だったら、あなたは死んでいます。生きているからこそ、そうやって当り散らす事も出来るんだ」 「キョウスケ…!」 「ブリットだったから、この程度で済んでいる。俺だったら…」 瞬間、カチーナはキョウスケの手から物凄い勢いで自分の手を引き離した。そして、そのままコックピットを下りると走り去ってしまった。 「あらあら、」 「敵が来るかも知れない。急いで、修理を頼む」 「はい!」 アルトから下りながら言う。 「良いのぉ、キョウスケ?カチーナ中尉…」 「自信だけでアルトは操れん」 「そうなの?」 「…ああ。アルトは、自信だけで操れる奴ではないんでな」 「ふぅ〜ん」 アルトアイゼンを修理するために慌しく整備班が動き回る。 「キョウスケ…、あいつ本気だった。本気で…」 走りながらカチーナはキョウスケが言った言葉を思い出した。 『自分の機体でも……潰す』 その言葉を口にしたキョウスケの瞳が本心であった事もしっている。知っているからこそ、自分はその場を逃げた。 言ったからには、本当にやってのけるだろう。キョウスケは、そういう奴である。 敵わない。悔しいけど敵わない。 「カチーナ中尉」 呼び止められた声、ラッセルだった。 「大丈夫でしたか?キョウスケ少尉のアルトアイゼンに乗せろって出て行ったきりだったんで心配していたんですよ」 瞬間、腰が抜けた様にその場にへたり込んだ。 「か、カチーナ中尉?大丈夫ですか?」 驚いたラッセルがカチーナの元に駆け寄る。 「ああ。心配するな、大丈夫だよ」 「医務室、行きましょう?」 断る理由が見つからない。促されるままカチーナは医務室へ向かう事にした。 「……これは一体どういう事ですの?キョウスケ少尉?」 ぼろぼろになったアルトアイゼンをしげしげと見ながらマリオン博士が呟いた。 「模擬戦を行っただけです。で、こういう状況です」 「こういうって…」 どこをどうしたらこんなにぼろぼろにできるのだろう。かつてキョウスケが搭乗してこれ程ぼろぼろにして帰ってきたという事は過去に一度たりともないからである。 「あー、こりゃ実弾使用したなキョウスケ」 誰が見ても一発で実弾を受けた事は明白である。それをあえて口にするのはイルムの性格だろう。 「ええ。乗っていた本人の意思ですので。自分は、上官には逆らえませんし」 「上官?」 はて、キョウスケにそんな大それた命令をできる上官なんか居たかな、と首を傾げた。 「カチーナ中尉よん イルム中尉」 「あはははははは〜」 言い出したのがカチーナ中尉では無理も無いか、という表情に変わる。 「俺は、本気だ」 キョウスケはぽつりと呟いた。 |