Unbirthday Present





「さて…、どうしたものかな」
 『Unbirthday』と言って花束を渡してきたとうの本人は、いない。
 かといって、このままこれを持ってただ突っ立っているというのもどうかと思う。
「誰かにやったら駄目だと言っていたしなぁ…」
 しかし、これだけの量をどう扱えと言うのだろうか。
「…部屋にでも持っていくか…」
 それしかないだろう。この花を床に置く訳にもいかないだろうから…。
 整備途中のアルトをそのままに取りあえず受け取った花束を抱え格納庫を後にした。



 重さはさほど感じないが、結構歩きにくい。
 これを両手で抱えてきた本人は、一体どんな事を考えながら歩いていたのだろう。
「…思ったより、においがないんだなチューリップというのは」
 なんとなく抱え直しをする。
「あ、おーい。キョウスケ」
 後から声をかけられたので、ついそのまま振り返る。
「キ、キョウスケ…。お、お前……」
 何故だろう、笑いを堪えながらイルムが言う。
「…何か?」
「いやぁ、キョウスケが花束なんか持って歩いているから、誰かにでもやるのかなぁってよ」
 しげしげと抱えている花束を見ながら。
「いえ。これは、貰ったんです」
「もらっ…?誰に」
「エクセレンにです」
 途端、がっくりと肩を落とした。何か悪い事を言ったのだろうか。
「…お前さあ、このチューリップの花言葉知ってるか?」
 唐突の質問に一瞬戸惑う。
「…いえ、生憎自分はそういうのに疎いので…」
 少なくともチューリップの花言葉は知らない。
「赤いチューリップの花言葉は『愛の告白・愛の宣告・美しい瞳』って意味だ」
 ビシッ…と、人差し指を立てながら言う。相変わらずここぞという所で『決めポーズ』を作りたがる人だとつくづく思う。
「はあ…。…良くご存知なんですね」
 そういう意味をこめて本当にエクセレンがこの花束を寄越したのだろうか。
 しかし、『なんでもない日用』と言っていた。なんでもない日用、って何なのだろう
「『はあ』じゃねぇだろう。せっかく彼女がくれたのに、お前全然応えてねェのかよ」
 確かに、そういう意味をこめて寄越したのだとしたら、俺はその言葉に応えていない。
「中尉…」
「あー、何だよ?」
 しゃがみ込んだまま頭を抱えながら、少し不機嫌そうに言う。
「そうやって口説き落としたんですか?リン社長」
「ばっ…!!」
 思い切り立ち上がる。
 この驚き方は恐らく、違うな。本気で好きな相手だからこそ姑息な手段は使えないという訳か。
「お、俺はなぁ、リ、リンにそっ、そんな」
 言葉と行動が伴っていない。
「…そうだ、中尉。今度の月曜非番でしたよね」
 話題を切り替えた方が無難だろう。
「ああ。」
「じゃあ、俺に付き合って下さい。」
 こういう相手と一緒に行った方が違和感がなくて良いだろう。
「あ?」
「約束しましたからね」
 それだけ言うと、崩れかけた花束を抱え直して歩き出した。




 イルム以外の艦内の人間には接触せずに部屋まで到達する。
「…さて、何とか部屋には着いたが…」
 花瓶を持ってきてくれるといった相手も未だ姿を現さない以上、腕にも花にも限界がある。
「…とりあえず、バケツにでも生けておくか」
 ロッカーからバケツを取り出し、ミネラルウォーターを一本入れてその中に漬ける。
「…なんでもない日用か…」
 それにしても手が込んでいると思った。
「花束か…」
 しげしげとバケツ一杯のチューリップを見ながら考える。
 この借りは、やはり返さねばなるまい。
 さて、どんな手で返す事にしようか。やはり、花束には花束でいくべきだろうか。
 花束、どんな花束が良いだろう。
「…確か紅いカーネーションが良いとかも言っていたが…」
 しかし、エクセレンが驚く程の花束でなければ意味がない。
「…ああ、あった。あいつが好きだと言っていた花が…」
 誰に言うまでもなく呟いて、これならば、と、思う。
「中尉と一緒なら、大丈夫だろう」
 自分と花と言うのは想像し難いものがあるが、イルムと花束と言うのは意外と噛みあう様な気がした。人身御供にして申し訳ないと思いつつ、昔からの付き合いだ、悪く思うなよ、と呟きながら、整備で薄汚れた服をそそくさと脱いだ。







 月曜日、良い買出し日和である。
 少しふてくされ顔のイルムを連れ立って臨時買出し部隊と称し、市内に車を飛ばす。
 あれやこれやと買物を頼まれ、それら全てを買い終わったのは、昼を少し回った時刻だった。
「…で、これで終わりか?昼飯もくわねぇで買い回ったんだ、何かご馳走してくれよな」
 そういうわりには、販売員を引っ掛けて色々試食していたと思うのだが…。
「この間の賭けの配当金、貰ってませんけど俺?」
「いや、それは…」
 分の悪い賭けを決まって勝ってしまうキョウスケに決まって振り込むのはイルム。
 分の悪い方に賭けて負けた事は、過去に一度たりともない。
 しかし、ぎりぎりで巻き返すという事ばかりだった。だから決まってエクセレンに程ほどにしろと止められるのである。
「あ、あの花屋に寄って下さい。そうしたら、終わりです。帰ったら、飯にしましょう」
 遥か先に見える大きなフラワーショップを指差す。
「ああ、あの花屋な。『ない花はない』って有名な花屋だろう?あそこに行けばいんだな」
 信号が変わったと同時にアクセルを吹かし、突っ走る。


「…で、どの花にするんだ?」
 店内はやはり、女性が多い。その女性に愛想を振り撒きながら小声で訪いかけてくる。
「もう決まっているんで」
 決めかねていたのは、花の大きさ。
「すいません、これを」
 店員を呼び止めてすぐ、花を指定する。最初から「これ」と決めていた花。
「え゛っ…?キ、キョウスケ」
 指定したその花に対して、イルムが思いきり動揺する。
「…蕾もつけて構いませんので、全部お願いします」
 店員も一瞬、瞳を大きく開いたがすぐにそのバケツごと持ち上げて包装カウンターに持って行く。その後を、ゆっくりと進んでいく。
「お、おい。花束に合わないぞその花は」
「良いんです。この花で」
 だからイルムを連れ立って買いに来ているのである。
「おい、キョウスケ。その花の花言葉知ってんのか?」
「ええ。何故か、これは知っています」
 しれっと言う。
「知ってて渡すのか?」
 もっとこう、カーネーションとかかすみ草とかガーベラとか花束にしやすい花を選べと、言う。しかし、この花でなければ自分にとって意味がないのである。
「はい。いけませんか…?」
「い、いけなくはないけどよぉ」
 では、何故こうもこの花の花束を止めようとするのだろう。
「ああ、リボンは花の色に合わせて水色でお願いします」
 綺麗なセロファンに包まれた花を止めるリボンの色を指定して、財布を取り出した。




 格納庫に車を停止させる。途端、何とも言えぬ高貴な香りが周辺に漂う。
「…さすがに、甘い、な」
 芳香な格納庫と言うのも一種異様である。買いに行くのにジープで出ていってつくづく良かったと思う。
「甘いなんてもんじゃねぇだろう。こんな花を花束にする奴なんざ、お前ぐらいだぞキョウスケ」
「…チューリップを花束にするよりは、違和感なくありませんか?」
 他の買い物は、イルムにまかせて後部座席のドアを開ける。
「お前さあ、だったらバラの花とかにすりゃあ良かっただろう」
 どちらにしようか迷ったのは、事実。でも、この花を選んだ理由はちゃんとあるのだ。
「バラですか。バラだったら真紅のベルベットでしょうね。黄色はまずいですから」
「まあ、確かにな。黄色いバラは『嫉妬』だからな。そんな花束貰いたかないわ」
 花の首を折らない様にそっと持ち上げて肩に担ぐ。店員に、花の性質上、下に向けると花が痛む為、できるかぎり縦に持ってくれと言われたので、それをそのまま実行に移しているだけなのだが、さすがににおいが辛い。そして、花の重量感がある。
「でもバラは、直接的過ぎるでしょう。俺向きじゃない。…それとも、中尉は、リン社長にバラの花束贈れますか?」
 歩きながら呟く。すると、思いっきりイルムがずっこけた。
「ばっ…!!」
 この反応は贈った事がないな、この人は。本当、態度に似合わずシャイな人だ。
「付き合って下さってありがとうございました」
 深深とお辞儀をして、ブリーティングルームへと方向転換する。
 大抵エクセレンはそこにいる。しかし、それでいなければ、部屋に行けば確実であるだろうから。




 廊下に花の芳香が充満する。花粉症の人間だったら、ひとたまりもないだろう。持っている本人ですら、このにおいに限界が来ているのだから。


 ブリーティングルームの扉の前、笑い声がする。…この声は、エクセレン。思った通り、ここに居る。
「…よっ」
 担ぎ直しながら、コーティングフィムルとリボンの形を直して、入口に立つ。
 ブリーティングルームの自動扉が開く。花束を担いだまま入ると、一番最初に瞳があったのは、ラーダだった。
 少しだけ驚いた表情をするが、それだけだった。悟い人なので助かる。
「エクセレン」
 声に驚いて振り向いた。と、同時にその腕の中に持っていた花束を落とした。
「はいっ?」
 あまりの突然の出来事に理解しきれていないのか、わたわたとしている。しかし、どんなに慌てていても手の中の花束を落とさない所がエクセレンらしい。
「この間の礼だ。貰っておいてくれ」
 花束のデカさにエクセレンの表情は窺い知れない。
「カサブランカ…。以前、花束で貰ってみたいと言っていただろう。だから、やるよ」
 芳香な香りがブリーティングルームに充満している。
「お前に、一番似合うのは、やはりカサブランカだな」
 人にどんな花をあてがうのも勝手だが、エクセレンにはバラのよりもカサブランカの方が良く似合う。
 それだけ言い残して、テレを隠す様に踵を返した。




END



カサブランカ:高貴な人

ちっとだけコメント。
『Unbirthday Present』をアップした次の日に送りつけられました。
コメントは「アレは俺に対する挑戦とみた。だから、書いたからな」。
…誰もアナタに挑戦してません。御願い、勘弁して。
ちなみに、カサブランカの花束は響ちゃんから誕生日に貰いました。
待ち合わせた電車の車両内、もの凄い芳香だったわ。(重かったしね)



戻る