堕チル 崩レル 消エテユク 暝イ暝イ暝イ闇 漆黒ノ宇宙 静寂ノ… 彼ラノ望ンデイタ… 嫌ダ 嫌ダ 嫌ダ! 堕チタクナイ 消エタクナイ ナノニ 崩レテイク 堕チテイク 消エテイク タ・ス・ケ・テ タスケテ タスケテ ────────────────! 「────────────アルフィミィ!」 突然、だった。暝い闇を、怖いほどの静寂を切り裂く、鋭い声が彼女を呼ぶ。 真っ直ぐな、自分だけに向けられる声。 誰よりも優しい声。 「こっちよ!こっち!」 明るい、でも少し焦っているような声にゆっくりと顔を上げる。耳を澄まし、声のする方を探る。 「貴女の居場所は、ここよ!」 声は背後からしている、というのに気付き、振り返る。 最初に目に入ったのは、光。 眩しい、それでいて優しい一筋の蒼い光の中、柔らかなシルエットが浮かび上がる。 「…」 「いらっしゃい、アルフィミィ。…一緒に帰ろう?」 顔は見えないのに、笑顔だという事だけは判った。自分、ただ一人に向けられた、その笑み。 懐かしい、そして暖かい、微笑み。 「…行けないですの」 差し出された手を咄嗟に掴もうと思い…そして躊躇する。首を振り、哀しい表情を浮かべたのだろうとは、自分でも解った。 「私は行っちゃいけないですの」 自分は、堕ちていくに相応しい…そう、思ったのか、手を握り、相手の手を取らないよう、自制する。 「…来なきゃ、ダメよ。みんな、待ってるから。貴女を」 相手の声が苦笑気味な色を帯びる。 「ねぇ、還ろう?ここに、おいで?貴女がいなくちゃ、淋しいわ」 優しい、穏やかな声が自分を捉える。堕ちることも、手を取ることも出来ず、その場に止まってしまう。 闇に堕ちなければ、という義務感。 消えたくない、という本能。 手を取りたい、という願望。 その全てが動きを止めるのだ。 「貴女の居場所はこんな暝い宇宙じゃないのよ。こっちにあるの。貴女の仲間が待ってるわ。私たちも、待ってる。だから、行こう?」 「なかま…?」 「そうよ。貴女と一緒に居たくて、迎えに来たのよ。だから…ね?」 一緒に還ろう。 そう、続けられて、再度手を伸ばされる。今度は、両手を。軽く開かれたそこに、飛び込んで行きたいという誘惑が襲ってくる。 「行って…いいんですの」 「当たり前よぉ。さぁ、行きましょ?」 「でも…」 戸惑う。本当に、自分は相手について行く資格があるのか、判断がつかない。 もう1つ、決定的な何かがあれば決まるのに。 動けないまま下を向く自分に困ったような溜息をつくと、相手が一歩下がった。 置いて行かれる! 咄嗟にそう思い、顔を上げる。心を決められない、自分に愛想をつかしたのかと、慌ててしまう。 光が、一瞬遮られる。 「────────────行かな…」 「…待っている。早く還って来い、アルフィミィ」 呼び止めようとした彼女の言葉を遮ったのは、先刻のよりずっと大きいシルエット。 穏やかな、低い声で彼女を呼ぶと、すうっ、と消えた。 「…あ…」 「────────────照れ屋ねぇ。…ね、行こう?待ってるって。貴女だから、待ってるのよ」 目を見開き、呆然と立ち竦む彼女に、くすくすと楽しそうな笑みを溢すと、再び、手を伸ばしてくれる。 きっと、伸ばされた手は、彼女がそれを取るまで下げられる事はないのだろう。 息を飲む。 心を決める。 おずおずと手を伸ばす。 期待と不安。期待の方が何倍も強かった。 「…連れてって、欲しいですの」 小さな小さな、呟きにも似た言葉と共に、相手の顔を見上げる。 頷きながら微笑んでくれる相手の手に触れた瞬間、光が弾けた。 ────────────みぎゃあ、みぎゃあ、みぎゃあ。 「…壊れそうだな」 「そんなことないわよぉ」 夏の、少し強い日差しが室内に入ってくる。なんとも言えない複雑な表情で生まれたばかりの子供の手を突付く夫に苦笑してしまう。 「抱いてみる?」 「…あぁ…。いや。いい」 「どぉしてぇ?」 「…まだ、首も据わってないし、な」 困ったように言う相手に苦笑する。…どうも赤ん坊を壊れ物だと思っている節があるようだ。 「慣れなきゃ?首が据わるまで、まだ暫くかかるわよ?」 「…」 苦虫を噛んだようなしかめっ面を見せた相手に、堪えきれず吹出す。 「やぁねぇ。…ね?あなたのパパはちっちゃなあなたが怖くって抱っこ出来ないんだって。弱虫ねー」 「おい…」 「じゃ、抱く?」 子供に同意を求める相手に反論しようとするものの、子供を渡されそうになった途端言いよどむ。 慣れなければならないのは充分に理解してはいても、どうしても、怖いらしい。突付くように触れるのですら、恐る恐る、といった風情なのだ。仕方ないとはいえ、今ひとつ「父親」になり切れないらしいその様子に、自然と笑みが零れる。 「別に、首さえ支えてあげれば大丈夫よ」 「…仕方ないだろう。赤ん坊なんか、触った事もないんだ」 「これから毎日触れるわよ?」 「────────────そうだな…」 どどどどどどど… 「…じ、地鳴り?」 「病院でか?むしろ、これは…」 唐突に、穏やかな雰囲気を壊す音が響く。建物全体を揺らすような(嫌だな、それも)地響きに顔を見合わせる。音は、明らかに自分達のいる病室へ向かってきていた。 バタン! 徐にドアが開く。警戒から腰を浮かせかけたものの、ドアを開け放したまま息を切らせている人物を見とめて座りなおす。 知り合い、だった。 「……い、一番!」 「抜け駆けするなぁぁぁ!」 どか! 「邪魔よ!」 「どけ!」 呼吸を整えながら告げるその背後に見事な蹴りが決まる。更にその後ろから転がり込むように次々と病室に人が転がり込んでいく。 その、あまりのコミカルさにコメントのしようもなく呆然と見守ってしまう。 まぁ、全員旧知の人物だったから大した問題はなかったのだが。 「…病院内では静かにしろと言ったろう!」 ごん! 一喝の下に修正を加えていく人物に漸く声をかける事に成功する。 「ブ、ブライト艦長」 「久しぶりだな、二人とも。すまんな、騒がせて」 「いえ…それより…」 「あー、通してくれないかね?」 「葉月長官まで…」 鉄拳修正の所為で、頭を抱えて座り込んでいるメンツを避けながら、もう一人入ってくる。予想だにしなかった来訪者たちに頭が真っ白になりかけても、それは仕方のない話だろう。 「流石に全員は病室に入らないからね。外にもいるから、順に来ることになっているのだが…」 申し訳なさそうに笑いながら窓の外を指す。示されたままに外を見ると、見覚えのある顔ばかりがかなりな数、集まっているのが見えた。 「…あの、これは…」 「姉ちゃん!赤ちゃん、男?女?女だよな?」 驚きを隠せないまま質問しようとすると、鉄拳の痛みからいち早く復活した少年に遮られる。目を輝かせて赤ん坊を覗き込む姿に、質問は飲み込んでしまった。 「当たり!女の子よ。よく判ったわねぇ」 生まれて間もない赤ん坊の性別は、大概区別はつかない筈なのに。 「ほら!やっぱり女じゃん」 「そんなの判ってるよ。だからみんなで来たんだろ」 自慢気に振り返るのに当然のように突っ込みを入れ、押しのけるように覗くもう一人の少年に苦笑する。 「もう!二人とも、下手な漫才するより先に言うことがあるでしょ!」 「あ、そうだった」 「なぁに?」 後ろからの怒ったような声に、乗り出していた体を起こす。 「うん。えっと…、お帰り、アルフィミィ!」 「お帰りなさい、アルフィミィ」 「お帰り!早くおっきくなって遊ぼうな!」 口々に言って、頭を撫でて場所を変える。 「お。やっとどいたか。…よぉ。久しぶり」 「久しぶりだね。帰ってきてくれて嬉しいよ」 「お帰り」 「おっかえり」 「お帰りなさい」 「お帰り、アルフィミィ」 「元気そうで良かった」 「…会いに来た甲斐がありましたね。おかえりなさい」 「お帰りなさい!また一緒に遊ぼうね」 「おかえりー」 順番に病室に入ってきては一言ずつ声をかけて出て行く。その人数の多さにも、多彩さにも驚いて言葉を無くす。 「凄い?あの時のメンバーの全員が来ているんだよ」 「凄いです。…よく、揃いましたね」 「キョウスケから連絡貰った葉月長官が、全宇宙に情報を流したんだ」 「だから、全員が揃うのを待って、ここに来たんだ」 「…皆、心待ちにしていた事、ですからな。報せない訳には…」 「────────────良かったねぇ。あなたの為に皆が来てくれたのよ。帰ってきて、良かったでしょ?」 理解してはいないだろう娘に囁く。 「生まれたばっかで、全宇宙に友達がいるなんて、あなただけよ。嬉しいわね、アルフィミィ」 「ここで、この宇宙で一緒に生きようね」 平成十四年葉月七日 脱稿 |