「…う〜ん」 「何を唸ってるんだ?先刻から」 部屋の隅で小一時間ほど悩んでいる(らしい)エクセレンに声をかける。 物事に然程頓着しないキョウスケとはいえ、流石に1時間もブツブツやられれば気になるというものだろう。 「え?…あぁ!式の当日のことよ」 「…?打ち合わせは終わってる筈だが」 怪訝そうに首をひねる。確か、全ての打ち合わせは終わり、後は当日を待つのみだった筈なのだ。…もっとも、打ち合わせと言っても『首謀者』による簡単な事前調査のようなもので、当事者達が本来抱える負担も労力もほとんどないようなものではあったのだが。 「違う、違う。オマジナイの事よぉ」 「呪い?」 「そう。花嫁がね…って、やだ。照れるわね♪…じゃなくって、花嫁が式の当日に身につけると幸せになれるって言う、4つのグッズ」 花嫁という言葉に自分で照れ、嬉しそうにツッコミを入れつつ説明する。 「そんなものあるのか」 「色々あるわよ。花嫁のオマジナイ。…そもそも、6月に結婚式を挙げる事からオマジナイ、だもの」 「そうなのか?」 「…知らなかったの?」 軽く目を見開く(その変化は恐らくエクセレン以外には判らない程度のものだろう)キョウスケに呆れた声で返す。 世界的に、…と言うより既に宇宙の常識の部類に入るだろう『ジューン・ブライド』をこの男は知らなかったと言うのだろうか。 「…ずっと前にお前が『結婚式は絶対6月』と言っていたのを憶えていただけだが」 首を捻りつつ答えるその内容は、キョウスケにとっては何の気のない科白。だが、エクセレンにとっては最高の科白。 一瞬、驚いたような表情を浮かべて。そのまま顔が、綻んでいく。何故なら、付き合い始めた直後か、その前くらいに交わした他愛のない会話を憶えていてくれたのだから。 感情のままに表情が変化する。花のような、幸せそうな笑顔に。…キョウスケにとって、つい、視線を逸らしてしまう程、艶やかで魅力的な笑顔に。 「…あのね。6月って女神様の月なのよ」 6月は、ギリシャ神話の女神、ヘラの名を冠した月。彼女は全能神の妻で、更に婚姻の女神であるから、その名を冠した月に結婚した女性に加護を与えると。だから女神に護られて幸せになれるのだと、そう説明する。 「…名が違うようだが」 「ヘラはローマ神話ではユノーと言うのよ。英語読みならジュノーね」 「あぁ。そうか」 漸く合点がいったとでも言いそうなキョウスケに苦笑する。 「…一応、常識問題よぉ?」 「知らないものは仕方がないだろう。…それで?」 「え?」 「先刻悩んでいた方は何なんだ?4つの…何だ?」 「…あぁ。Something Fourね。うん。式の当日にね、何か古いもの、何か新しいもの、何か借りたもの、何か青いものを身につけると幸せになれるのよ」 ちなみに、『古いもの』は花嫁の家庭に関するもの。代々受け継がれて来たものを意味するので、母方から貰うジュエリーやドレスが多い。『新しいもの』は新生活における幸せを願うもので、その日におろしたものなら何でもいい。靴や、下着など。『借りたもの』は隣人愛を基にしている為、既婚の友人から借りる、手袋やハンカチ等。そして、『青いもの』は聖書を出典としていて、貞節や純潔を意味している。古来はドレスの裾に青いリボンをつけたりしたが、現代ではガーターや指輪、ブーケの中に青い花を1輪…ということが多い。 …もっとも、ここまで詳しい説明をキョウスケにしたところで無駄なので、エクセレンの説明は簡潔を極める。 「…で、古いものは母方に代々伝わるウェディングドレスがあるからそれで良いでしょ?新しいものは靴を買ったし。上下おろすし!」 「…その上下ってのはなんだ」 「夜のお楽しみ♪」 「…」 「借りたものがちょっと困っちゃうのよねぇ…。一応、艦長の奥様にお借りしようと思うんだけどぉ」 年若い友人(?)が多い所為か、既婚者は数えるほどしかいないのが難点と言えば難点なのである。 「まぁ、なんとかなるだろうな。…だが、お前がそんなのにこだわるとは思わなかったんだが」 「んー。別に、それ程こだわる気はなかったんだけどぉ」 少し思案げに答える。 「ただ、ねぇ。表立って結婚式が出来る訳じゃないじゃない?」 「…まぁ、そうだな。参加者も、ただのホームパーティーだと思っている筈だ」 「結局、軍だって完全には辞められなかったし。月に2度のサンプリングはあるし、…監視付きだし」 「…監視役は俺だがな」 苦笑気味に肩を竦めるエクセレンに憮然とした声が返る。 そうなのだ。大戦直後、取り合えず辞表を出したものの、エクセレンは完全に軍を辞められた訳ではなかった。何故なら、エクセレンが敵方に操られていた事、また敵…アインストたちに因って蘇生させられていたという事実が軍の上層部にも知られてしまっていたので。 その事実は、当然の事ながら危険視される。 少なくとも、表向きは『異動』とされる、監禁や組成のサンプリング、人体実験等が計画されていた程度には。 「…被疑者には内緒で、なんじゃなかったのぉ?」 くすくす笑うエクセレンにキョウスケがますます渋面を作る。 「一応な」 苦々しそうに吐き捨てる。 「…全ては長官たちの裏工作の賜物、だがな」 キョウスケの言葉通り、エクセレンの身柄がある程度自由に…と言うより、表向きには『月に数度の出勤と緊急時の出動義務レベルの予備役』として認められたのは、周囲の尽力によるものだった。 軍内においてはブライトや葉月の反論。また、ロンドベル隊に参加した民間の有力な協力者達のさり気ない圧力(戦後処理への協力を拒否される訳にはいかなかった)が、軍側のエクセレンに対する処置を軽減させたのである。更には、監視役の選任まで。 「すごいわよぉ。サンプリングには葉月長官は勿論、各スーパーロボットの研究所所長が立ち会うし、日中こそ誰だかわからない監視だけど、夜や休日は貴方が監視者なんだから」 「…その方が都合が良いからだろう」 「そうねぇ。好きな人の言う事なら、聞く筈だものねぇ。…願ってもない監視役よね」 昼も夜も不自然のない監視なら、『恋人』の名はうってつけだから。 「…エクセレン」 「どうも傍目には私が一方的に付き纏ってた、て感じだったみたいだし?良いんじゃない?」 楽しそうに笑うエクセレンに流石に苦笑が浮かぶ。元々人前では極端にスキンシップを嫌うキョウスケである。能面とすら言われるその無表情も手伝ってか、初見で恋人同志に見られた事はなかった。言ってしまえば、エクセレンの一方通行の感情にも見えていたのである。 もっとも、そのお陰でキョウスケに白羽の矢を立て易かった、とも言えるのだが。 …誰だって、想いが報われれば嬉しい。 要するに、一種の感情操作(のつもり)である。 「…確かに、上も疑問に思わなかったようだが」 「こぉんなにラブラブなのにね」 「そうだな」 「わぉ」 絶対に否定されると思っていた言葉を即座に肯定されて、エクセレンが一瞬目を見開く。 「…そんなのはお前が知っていればそれでいい」 「特定少数には、知ってて欲しいのだけど?」 その為のオマジナイ、なんだから。 そう続けてキョウスケの首に腕を絡める。そのまま膝の上に収まってしまうが、幾らなんでも放り出す訳にもいかず、取り合えずそのままにしておく。 「やっぱり、イキゴミは見せてあげたいのよ」 「意気込み?何のだ?」 「幸せ、よ。私としてはね、貴方と一緒に居られればそれで充分幸せなの。それが、貴方のお嫁さんになれるのよ?宇宙一幸せになれるわ。でも、ケチもいっぱいついてるじゃない?」 首を傾けて下からキョウスケを覗き込むと無言で先を促される。 「だから、せめてイキゴミだけでも…って思うでしょ?」 「意気込みと呪いの関連性が解らないが」 「幸せになる為のオマジナイをちゃんとしてるのをみんなに見せれば、どんな状況下でも貴方と幸せになりたいって私の願望は解るでしょ?」 Something FourもJune Brideも全てが幸せになりたいが為の行為。それによって幸せになれるというジンクス。 見ている側も、その行為に、想いに安堵し、心からの祝福を贈れる、一種の心の支えのようなもの。 「だから、イキゴミなのよ」 「成程」 「…あ、そうそう。つい脱線しちゃったんだけど。実はSomething Fourの青いものが問題なのよ。何かないかしら」 「…俺に聞くな」 「一応、ガーターは用意したのよ。でも、それって皆に見えないじゃない?それで困っちゃって」 ブーケは別に製作者がいる都合上、青が入るか判らない。ドレスはシンプルに白一色。色彩のバランスとTPOを考えると、丁度良いのが思いつかなかったのである。その所為で1時間近くも唸る羽目に陥ってしまったのだ。 再び悩みだすエクセレンを見て、つい、ため息が漏れる。 「…人の膝で悩むな。──────…これじゃ駄目なのか?」 ふと、思いついた事を口にしてみる。 「何?」 「その、目。…青いもの」 「…目?」 「物ではないが、充分青いと思うが」 海を、宙を思い出させる、吸い込まれそうに深く青い瞳。 何より気に入っているもの。 青と言えば他に連想が出来なくなってしまった程に、魅入られているもの。 「…貴方がそう言うなら、そうするわ。確かに、青いもの」 照れくさそうに微笑みながら頷く。 「まだ色んなオマジナイがあるんだけど、取り合えずはOKね」 「…まだあるのか」 「あるわよ。…オンナノコは少しでも多く幸せになりたがるものよぉ?」 心底から嫌そうな声を出すキョウスケに言い聞かせるように告げる。 よくある、女の子の占い好きもオマジナイ好きも、全てが幸せになりたいから。特に、たった一人の好きな相手と共にある事を望むから。別に、心からその効力を信じている訳ではないけれど。 それでもつい、熱中してしまう。ほんの気休めと意気込みを込めて。 「キョウスケは興味ないかもしれないけど?」 「…俺も、1つだけ知ってる」 くすくす笑うエクセレンに呟く。 「何?」 好奇心に目を輝かせる相手の耳元に口唇を寄せる。 そして、低く囁く。 「──────…Lovin'you…」 |