「38℃。先刻より上がってるじゃない」 きっぱりと言い切ると、下からくぐもった唸り声が聞こえる。 「文句言ってもダ〜メ。今日は一日ベッドの中よ。良かったじゃない?ちょうど非番で」 起き上がろうともがく相手を無理矢理ベッドに押し戻し、告げる。いつもなら、さくっと起き上がる彼が簡単に押し戻されちゃうんだから、随分と具合が悪いんでしょうに。 我慢も程々にしないと、ほんとに倒れちゃうんだから。朝、真っ赤な顔して食堂に来た時、物凄くびっくりしたのよ。 「リンゴ食べる?水枕と一緒に持ってきてあげるわよぉ?」 言いながら簡易な作りのキッチンに向かう。役に立つものは殆ど何も置いていない(戦艦の中なんだから当たり前なんだけど)キッチンの、粗末な冷蔵庫から氷を取り出して水枕の中に入れる。ちょおっと頭がごろごろするかもしれないけど、どうせすぐに溶けちゃうもの。構わないでしょ。 それから、食堂から貰ってきたリンゴを剥いて、スポーツドリンク出して…と。 あ…と。薬…。 飲んだ方が良いんだけどぉ…。あいつ、薬嫌いなのよね。どうしようかな。 今持ってってもどうせ飲まないわよね。それなら後で、食事させた後にしようかしらね。 それでも飲む保証は全然ないけど。 まぁ、良いわ。 「キョウスケぇ。頭上げて」 言いながら相手の頭を片手で抱えて、作ったばかりの水枕を滑り込ませる。その上にカバー代わりのタオルを敷いて、そぉっと頭を元に戻した。 「すぐ、冷たくなるからね。リンゴどうする?剥いてきたけど」 「…食べる」 声は熱っぽいし、少し枯れてるけど、それでも一応食欲はあるみたいね。ちょっと、ほっとする。 今度は支えてあげると、ゆっくりと起き上がる。かなりダルそうに、ではあったけど。 「はい、どーぞ」 椅子を持ってきてベッドサイドに陣取り、リンゴのお皿を差し出す。大きさは8等分で、一応フォークもつけたし、そんなに食べにくい筈はないけど。 「…いただきます」 一言断って食べ始める辺りが『日本人』よね。礼儀正しい…というか、なんか可愛いの。 「後でオカユ作るから食べてね。リクエストあるなら他のでも作るわよ?」 「…」 「なぁに?」 「…作れるのか?」 「作れるわよ?料理得意なの知ってるでしょ?」 ラングレー基地で何度か食べさせた筈だけど。ちゃんと、和食を。煮物とか、卵焼きとか。結構和食党多かったしね。リシュウ顧問やジョナサン博士は当たり前に。ボスもブリット君も好きだったしねぇ。…あの二人、日本にアコガレてる人だから。 そういえば、キョウスケの歓迎会で初めて和食出した時、かなり驚いて、でも、なんとなく嬉しそうにしてたのよね。 でも、これから作るのは中華風にしようかと思ってるんだけど。 …食欲、あるみたいだし。 「…いや、粥」 あぁ。そういう事。確かに、普通病人食なんて習わないものねぇ。 「前、ね。キョウスケが赴任してくる前の話よ?リシュウ顧問の奥様に一通り習ったのよ、和食」 「そうか」 結構、ムキになって覚えたのよ。上手くいかないとなんか、悔しくて。絶対マスターしてやろう、て思ってたのよね。 いつか食べさせてあげたくて、ね。 あの、事故の時に生命を助けてくれた人に…ね。 流石に今、目の前で熱出されるなんて予想もしてなかったけど。ましてや、あの時の事なんか覚えてもいないんでしょうし。…事故を忘れてる訳じゃないだろうけど、その時助けたのが誰か、て事はね。興味なさそうなタイプだし。 「少し、寝てて?オカユ、作っておくから」 「…わかった」 …んんっ。まぁまぁ…かしら。うん。結構美味しい。 本格っぽい、特製鶏ガユ。本当はね、ちゃんとダシ取ったりして本格的なのを作りたかったんだけど、簡易キッチンじゃまず無理だし。わざわざ食堂のキッチン借りるのも嫌だったしね。 …それに、何かしてると、絶対皆が寄って来るから。 それが悪い訳じゃないけど、やっぱりね。 珍しく熱出して寝てるキョウスケ、なんてモノを見るのは私だけの方が断然オトクな感じするじゃなぁい? まぁ、ちょっとした独占欲ってヤツよね。 「…エクセレン」 あ。 「起きた?」 「…腹減った」 …やぁねぇ。起きて早々、それなの? 「ちょうどオカユが出来たトコロよん。エクセレンおねーさん特製、中華風鶏ガユ!」 「よくそんな凝ったモノが作れたな」 「んー。それ程でもないわよぉ?苦労したのは材料集めだけだし。それも、エルザム中佐が分けてくれたしね」 …それも、人知れず、てトコロに苦労しただけなのよね。いや、カップメン以外作れないって思ってる人も多いみたいだし、騒ぎになりそうだったからなんだけど。 まぁ、別に口止めした訳じゃないし、流石に今ごろは私が料理してるかもしれない、て事で大騒ぎになってるかもしれないわね。 キョウスケの生死の心配で。 ブリット君かボス辺りがフォローしててくれると良いんだけどね。…う〜ん。あんまり期待出来ないかしら?人の話、聞かないタイプが多いから。この艦。 「そうか」 「ね、食べてみて?味は悪くないと思うのよ?」 「…あぁ。いただきます」 キョウスケが一口食べるまでってつい、凝視しちゃう。 だって、やっぱり口に合うか不安じゃない?不味くはないと思うけど、そういうのって所詮は主観の問題なのよねぇ。 だからやっぱり気になる。 「…ど?食べられそう?」 「…あぁ。美味い」 ほ。 良かった。やっぱりご飯を食べないと風邪も治らないものねぇ。食べられるなら取り合えず安心よね。…薬は…飲まないでしょうねぇ…。 「食べられるだけ、食べてね。そしたら薬飲んで…」 「やだ」 …やっぱり。予想してた回答なんだけど、即答はないと思うのよ。…でも、仕方ないわね。無理強いして逃げられるのも癪だし、なにより風邪が悪化したら元も子もないわ。 「じゃあ、ジンジャーティー作るから飲んでね。あと、桃の缶詰ね」 デザートよ、デザート。風邪ひきさん専用の。 「……」 「味は保証するし、心配なら一緒に食べてあげるわよぉ?…それとも、卵酒の方が良い?」 「…それで良い」 そんな諦めきった表情しなくても…。卵酒以外ならホットワインとかホットバタードラムとか考えたんだけど。う〜ん。お酒ばっかりじゃ逆に嫌がられちゃうかしら?あったまるんだけどなぁ。材料も揃ってたし。 …あ。食事終わったら着替えて貰わなきゃ。先刻、汗かいてたから。出来ればシーツも取り替えたいな。 「エクセレン」 「何?」 この後の段取りを模索中に話し掛けられる。食べ終わったのかしら。 「…艦内じゃ料理はしないんじゃなかったのか?」 …よく憶えてるわねぇ、そんなこと。 「緊急事態でしょ?」 「…良かったのか?」 「何が?」 「この前の宴会で料理が出来ないフリをしていたろう」 …あぁ、アレ。 別に、料理が出来ないフリをしたつもりはないんだけどね。…カップメンで十分、て言ったのはそういう意味だった訳じゃなかったんだけど…。まぁ、勝手に誤解したのは周りなだけよね。 誤解されても一向に構わないし。私がキッチンに立つ姿って、想像出来ないって言われたこともあるしねぇ。 「出来ないフリって訳じゃなかったんだけどぉ…。それよりキョウスケこそ、そんな事気にしてる割にあの時口裏合わせてたじゃなぁい?何で?」 実際、今日まで個人的に手料理を食べさせた事、なかったもの。…団体ならともかく。 あの時は珍しくノってくれてるなぁ、て思ったんだけど。 「……………深い意味はない」 「そお?つまんなぁい。独り占めしたいのかと思ったのに」 解ってたけど。解ってたんだけど!たまにはオイシイ事言ってくれても良いじゃない!それこそ、熱に浮かされてる時くらい!世迷い言系はこんな時にしか聞けないのに! 「…そうだな。確かに、被害者は俺一人で良い」 … …… ………ちょっと。 被害者ってどゆ事よ。 「きょ・お・す・けぇ」 「…ごちそう様」 「あ。ど致しまして」 怒鳴ろうかと思ったところで言われて、つい返事。…あ。ちゃんと全部食べてる。偉い、偉い。これで薬を飲んでくれたら最高なのにねぇ。 「じゃ、片付けるから着替えて?シーツも替えるから」 お茶碗下げて、デザートの桃缶とジンジャーティー用意して。デザート食べてる間にシーツを交換。着替えとシーツは洗濯しなきゃ。あぁ、もう一度熱測った方が良いかしら。おでこで測るのも良いかも。 …あれ?何か忘れてる気が…。 ま、いいか。 「ね?今日は泊まってくからね」 「…あ?」 「だって、夜中に熱上がったりしたら大変でしょ?もう、自分用の布団も持ち込んでるしね」 キョウスケが寝てる間にちゃあんと用意したのよ。しっかり立て篭もり体勢。追い出そうとしても無駄よ。…ま、どうせそんな元気はないでしょうけど。 「…うつるぞ」 「OKよん」 キスしたらうつるかしら?後でやってみましょ。 「…ね?いいでしょ?」 |