珍しくも晴れた深夜。 終わらぬ煩雑な書類の山を横目に、休憩とばかりに表に出る。 照明を落した滑走路を細い銀の月が地上を照らしていた。 …そこに、影。 通路の窓枠で頬杖をつき、ぼんやりと月を見つめる、白皙。 常なら、見る者に明るく映る鮮やかな表情は影を顰め、儚げなまでに冷たい憂いを貌に貼りつかせている。 元から調った造作をしているのは知っていたが、それはあまりにも綺麗で。 その、良く知る人物の、見慣れない姿に、自然、足が向いた。 「…エクセレン」 「…あら、ボス。なぁに?書類終わったのぉ?」 声をかけると、いっそ見事なまでに表情が変化する。 先刻までの哀しげなそれから、いつもの、人懐こい笑顔に。 それが逆に自分を拒絶しているように見えて、どこかが痛む。気取られぬよう注意をしながら、持っていた紙コップを渡す。自販の不味いコーヒーではあったが、ないよりはマシ。 「何をしていた?」 殊更質問には答えず、逆に問い返す。おそらく、相手も自分の答えなど求めていないだろうと思いながら。 「…月、見てたの」 「月?」 「そう。なんか、綺麗じゃない?だから…ね」 「…眠れないのかと思ったが」 誤魔化すように微笑み、指差す相手を逃がさぬように後ろからサッシに手を掛ける。なんとなしに口を付けたコーヒーの苦さが心地良い。 「やぁだ。バレてたの?」 「当たり前だ」 苦笑する相手に無感動に返した。 「聡過ぎる男は嫌われるわよぉ?」 向けられる、おどけた笑顔に苦笑する。 「…見てれば、解るものだろう」 「…綺麗過ぎる、蒼い月は嫌いなのよ」 いつからだったろうか。 明るく、聡明な彼女の闇に気付いたのは。 常に見せる表情の裏に、深い傷心を抱いているのを知ったのは。 決して埋まらぬ距離を思い知る度、焦燥が募る。 そして、言葉が口をつく。 「 」 「ダぁメ」 途中で遮られ、口を塞がれる。 「…エクセレン、俺は…」 「ダメよ、ボス。それ以上言っちゃあ」 苦笑し、指を一本口元に当てる。頷けない、沈黙のサイン。 「何故だ?他の男には言わせているだろう」 「だって、ボスのは冗談に聞こえないもの」 不快に告げるこちらに、淡く笑う。 「……」 「だから、ダメ。絶対ダメよ。それを言って良いのは一人だけだもの」 視線が泳ぐ。ここにいない誰かを見詰める時の癖。 「ボス、割と好みだしね。聞けないわ」 くすくす笑う相手に、溜息が漏れる。 どんな敵よりも手強い女。 強かで脆くて、扇情的な…。 「…エクセレン」 「なぁに?ボス」 「『一意専心』は知っているな?」 「ボスの口癖…って言うか、モットーでしょ?」 「…あぁ」 …手に入らぬ物ほど… |