…なんか、ノらないわ。 勤務後、基地の司令他、酒飲み達が集まって、いつものお店へ。基地の人間ばかりなのが難と言えば難なんだけど、雰囲気もよく、お酒も食事も美味しい…そんな店。 いつもなら、周囲が出来上がってく過程を楽しんで、盛り上げてる所なんだけど…ね。 …なんというか、基本的にお酒は楽しく飲む主義なんだけど、今日はどうも楽しくない。 こんな時は、下手に量が嵩んじゃって、その割に飲んでる間は酔えないから、次の日最悪、なのよね。 …もう、止めた方が良さそう。 一緒に来てる皆には、悪いんだけどね。 「ごちそぉさま」 「あれ?エクセレン、もう終わり?」 「どしたんすか、少尉。珍しい」 「…ん〜、実はねぇ…やり損ねの書類思い出しちゃったのよぉ。だから、これから基地に戻らなきゃ」 口々に聞いてくる皆にぺろ…、と舌を出して誤魔化して。 ここにいる人たちには、自分の本心が暴露る心配がないのに内心、ほっとする。 大丈夫。いつもの顔、出来てるみたいだわ。 「え〜。戻っちゃうんですかぁ?」 「駄目だぞ、あんまりゼンガーを甘やかしたら」 「あはは…。ボス、書類嫌いだから。でも、放っといたら書類、回りませんよ?司令」 「…う」 引き止めてくれるのを笑顔でかわし…って、我ながらポーカーフェイス上手いわねぇ。 …ま、自分のダウンの理由に彼らがいない所為だろうけどね。 手を振ってお店を出て、言葉通り、基地に向かう。 …ほんとは、違う所の方が良いんだけど、下手に声を掛けられても鬱陶しいだけだし。この時間の基地なら、人気も少なくて、独りになるのにちょうど良かったから。 「…やっぱり、誰もいないわねぇ…」 真っ暗なオフィスにそっと入り込んで。灯りをつけると、自分の席についてみる。 自室を除いて、愛機の中じゃなきゃ、ここが一番落ち着ける場所。 ちょっと部屋に戻る気になれなかった以上、ここ以外に居場所はない。…ゲシュちゃんは整備中…だものね。 「…や〜っぱ、夢見が悪いと駄目ねぇ」 くすくすくす。 自嘲してみたって、渇いた笑いしか出てこないんだけど。 やっぱり、駄目ね。 あの…事故の夢を見た日は、一日調子が良くないわ。 あの、シャトルの事故。 連邦軍史上、最大と言われている、あの事故で。 生き残ったのはたった二人。 私と…もう一人。 私は奇跡的に外傷も殆どなくって、もう一人は瀕死の重傷だったと聞いた。 それでも、生きていた分、私達はまだ良いのかも知れない。 他の乗員は…皆、助からなかったから。 でも、運が良い…と喜ぶには、被害が大きすぎた。 乗っていたのは士官候補生達…つまり、私達にとっては友人達だったから。 生存者0でも一向におかしくないあの状況で生き残ったからと言って、手放しで喜ぶ事は出来なかった。 …最初から、喜ぶ気も湧かなかった。 「…あなた…今、何してるの…?」 居はしない、生き残りのもう一人へ呟いてみる。 彼が…殆ど言葉も交わした事のなかった彼が…、咄嗟に身体を張って私を抱き締めていてくれたから…私は無事に生きている。 …あの事故の後、向こうは重傷で入院してたし、上層部へ何度尋ねても入院先を教えてもらえなかったから、それっきり…お礼も言えていない。 何をしてるか…。…今、生きているのかすら…わからない。 …そして、最悪の結果が出るのが怖くて、調べる事にすら、躊躇している。 あの事故の時で、憶えているのは、物凄い光と、熱くなった背中。 そして…助けてくれた彼のぬくもりだけなのに。 「…ねぇ…。会えるのなら…会いたいわ」 机に突っ伏して呟く。 …彼も、あの事故にうなされたりするのかしら…? 「…エクセレン」 唐突に声を掛けられて驚いて顔を上げる。気配に気付かなかった…というより、声を掛けられるなんて思ってなかったから。 「…あらん?ボス。…まだ居たの?」 目の前には直属の上司。書類を片手に不思議そうな顔をして。 「…あぁ。新人の機体が届いたのでな」 「タイプTT…ね。明日の赴任に間に合ったのね」 「なんとかな」 言いながら投げ渡された書類にざっと目を通してみる。マオ社の調整したT-LINKシステムを搭載した機体。明日赴任してくる新人君に適性が合ったという、テスト機。…詳しいシステムとかは知らないけど、乗り手をある程度選ぶシステム…という事で、調整も大変だったらしい。 実力とは別個の適性…なんて不思議ね。特脳研が絡んでるって噂もあるけど…。 聞いたところで教えてくれる人じゃ…ないのよね。 「…ブルックリン・ラックフィールド君…だっけ?結構可愛い子よね。…前回みたいに追い出しちゃダメよぉ?」 前回の新人を思い出しながら釘をさす。まぁ、無駄だと思うけど。 いつもの事とは言え、ボスのやり方についていけなくて泣いて帰っちゃうパイロットも多い。…だから、今だに二人しかいないのよ、このチーム。 「…使えん奴は要らん。それより、お前こそどうした?グレッグ司令達と飲みに行ったんじゃなかったのか?」 「酔っ払ったから先に帰ってきちゃったのよん」 相変わらず、イキナリ本題に入るわね。…でも、一応答えは誤魔化してみる。 「…嘘をつけ。お前が酔わん事は先刻承知だ」 「あらら」 自分の酒量がバレてるのって辛いわね。しかも、皆にした言い訳も効かない訳だし。…ま、机に伏せてるところも見られちゃってる訳だしね。 「…また、見たのか」 無造作に顎を掴まれて、視線が合う。ちょっと眉を寄せてるのは…少しくらい心配でもしてくれたのかしらね? 「…ボスには隠し事出来ないわねぇ」 うっすらと苦笑してみる。 事故の事も、その夢にうなされる事も。 知られている相手では対応に困る。 …前に醜態曝しちゃってるしね。今更といえば今更なのかもしれないけど。 「…だぁい、ピンポン。ちょっとダウンしててね。お酒もパスで…部屋にも戻りたくないのよ」 ちょっとおどけたフリをして。…軽く本音を混ぜてみる。本心を隠さなくて良いのは…時に楽で時に辛い。…今は…どっちの方かしら。 正直、部屋に一人で眠るのは…怖いわ。 また、夢に見るかもしれないから。 だから、ここに来てるんだし。…誰も来ないかもしれないけど、誰かの気配だけはしている、オフィス内に。 下手に慰められたくないし、だからと言って誰かに縋りつける程、素直じゃない。 弱い自分を他人に見せるなんて、したくない。 「…ならば、俺の所に来るといい。シャワーとベッド位ならある」 「…そりゃ、なかったら困るでしょ」 …そっけない口調で…ねぇ。そんな提案する?普通。 それにしても…ベッド、1つしかないのを解ってて言ってるんでしょうね?明日、模擬戦させるんでしょ?ここならともかく、部屋にまで行って、ベッド以外じゃ寝ないわよ? 「……独りよりは良かろう」 この言い方は、決定なのね。 …ふふ。断れないのを知ってて言うんだから。 「…そうね。お世話になろうかな、ボス?」 |